goo blog サービス終了のお知らせ 

とめどもないことをつらつらと

日々の雑感などを書いて行こうと思います。
草稿に近く、人に読まれる事を前提としていません。
引用OKす。

NYダウ、7日連続下落 トランプ氏勝利観測に警戒感

2016-11-05 14:44:04 | 海外・国内政治情報等

NYダウ、7日連続下落 トランプ氏勝利観測に警戒感
2016年11月5日09時33分
http://www.asahi.com/articles/ASJC51VWYJC5UHBI00K.html

 週末4日のニューヨーク株式市場は、米大統領選の行方への警戒感が根強く、大企業で構成するダウ工業株平均が7営業日連続で下落した。終値は前日より42・39ドル(0・24%)安い1万7888・28ドルと、7月上旬以来、約4カ月ぶりの安値水準をつけた。

 多くの機関投資家などが運用の参考にする指標「S&P500」は9営業日連続の値下がりとなり、米メディアによると、連続下落としては1980年以来36年ぶりの長さだった。

 大統領選をめぐっては、共和党候補のトランプ氏と民主党候補クリントン氏の支持率が接近。経済政策が見通しにくいトランプ氏が勝利する可能性への警戒が広がり、運用リスクを避ける売りが先行した。市場では「週明けもリスク回避の売りは続く」(米投資会社)との見方が目立つ。

 ハイテク株が中心のナスダック市場の総合指数は、前日より12・04ポイント(0・24%)低い5046・37で取引を終えた。

 4日のニューヨーク外国為替市場の円相場は、午後5時(日本時間5日午前6時)時点では前日同時刻に比べ11銭円安ドル高の1ドル=103円05~15銭。


世界情勢に自信ニキ達は皆静観決め込む。

尤も、どっちが大統領になっても、副大統領が決まった瞬間、大統領が体調不良などで副大統領に権限委譲して皆ハッピーみたいなことやれば無問題。


ロシア上院議長 北朝鮮への対応で日本と連携の姿勢

2016-11-05 14:40:24 | 海外・国内政治情報等
ロシアとの試合も段々と激しくなってきた。

ロシア側は投げや足払いやキックとパンチと握手と抱擁を繰出したが、日本側は握手と抱擁以外は静観している。


ロシア上院議長 北朝鮮への対応で日本と連携の姿勢
11月3日 20時12分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161103/k10010754981000.html

ロシアのプーチン大統領の側近、マトビエンコ上院議長は、3日、長崎市にある原爆資料館を訪れ、アメリカによる原爆投下を批判するとともに、核やミサイル開発を進める北朝鮮への対応をめぐって、日本と連携していく姿勢を示しました。

ロシアのマトビエンコ上院議長は、3日、初めて長崎市を訪れ、このうち原爆資料館では中村明俊館長から原爆が投下された当時の状況などについて説明を受けました。

続いて「犠牲者のことを思うと心が痛みます」などというメッセージを記帳したあと、「軍事面からしてもアメリカは原爆を落とす必要性は全くなかった」と述べました。

マトビエンコ議長は記者団に対して、「ロシアは、日本とアメリカとともに北朝鮮の核開発をめぐる計画を批判している。計画が地域の脅威にならないよう共同で努力していきたい」と述べ、核やミサイル開発を進める北朝鮮への対応をめぐって、日本と連携していく姿勢を示しました。

今回プーチン大統領の側近、マトビエンコ議長が長崎市を訪問したのは、ロシアとしてアメリカによる原爆投下を批判するとともに、ことし5月にオバマ大統領が広島を訪問したことも踏まえ、核をめぐる議論がアメリカ主導で進まないよう、けん制する狙いもあったものと見られます。

マトビエンコ議長は、来月、山口県で行われる日ロ首脳会談を前に、安倍総理大臣などと会談を重ね、一連の日程を終え3日、帰国の途につきました。


ちな、1年前の記事

ロシア、北方領土に新たな軍事施設建設
2015年12月02日 10:09 発信地:モスクワ/ロシア
http://www.afpbb.com/articles/-/3068755?ref=jbpress

【12月2日 AFP】ロシアのセルゲイ・ショイグ(Sergei Shoigu)国防相は1日、北方領土(Northern Territories)で新たに2つの近代的な軍事施設の建設を開始したことを明らかにした。

 ロシア国防省のウェブサイトによると、同相は軍幹部との会合で、ロシアが択捉(Iturup)島と国後(Kunashir)島で軍事施設の建設を「積極的に推し進めている」と語ったという。

 同省は、新たな軍事施設は「ロシアの極東国境における戦闘即応性強化につながる」としている。この他、学校や保育園、レジャー施設や住宅など合わせて392のプレハブ建物を冬の間に建設する計画だという。(c)AFP


NHK報道によると、基地の数は約400。これが現在どうなったかと言うと・・・? 


社会学の定義

2016-11-05 10:57:49 | 哲学・社会
解説と意見は下記。

古市くん、社会学を学びなおしなさい!! 古市憲寿 P3

 はじめに

 「社会学って何ですか? 」

 あなたが「社会学者」を名乗る人や、「社会学」を専攻している人に出会ったら、そう聞いてみるのがいい。なぜなら、彼らの多くは狼狽したり、言葉を濁したりするだろうから。それくらい「社会学者」にとって、「社会学」を説明するのは難しい。
 ある人は「僕たちが生きる社会について研究する学問です」とシンプルに答えるかもしれない。そんなときはこう聞き返せばいい。「経済学や歴史学は社会について研究していないということですか? 」
「社会」を調べるというのは社会学の専売特許ではない。人間の営みが織りなす「社会」というものを探求するという意味では、多くの学問は「社会」と無縁でいられない。
 それは経済学や人類学といった「文系」の学問はもちろんのこと、「理系」の学問でも同じことだ。たとえば僕の知る人工知能やロボットの研究者たちは、それが「社会」でどのように受け入れられるかについて、真剣に思いを巡らせている。
 ある人は「社会学」を「常識を疑い、問い直す学問です」と説明するかもしれない。そんなときは、「そんなこと、ツイッターで誰でもしていませんか?」と返してみるのもいい。
 たしかに、社会学の教科書にはよく「常識を疑う」学問だと書かれている。しかし「常識を疑う」ことに、本当の社会学は必要だろうか? 
 たとえば「昔の日本人は礼儀正しかった」という「常識」を持つ人がいたとしよう。その人には大倉幸宏さんの『「昔はよかった」と言うけれど』(新評論)という本を紹介してあげればいい。同書によれば、戦前の日本では席を譲らない若者や電車の中でメイクをする女性は珍しくなかったらしい。なかには着替えを始めたり、半裸になる人もいたという。
 しかし同書は「社会学」を銘打っていないし、大倉さんも「社会学者」を名乗ってはいない。どうやら「社会学者」でなくても「常識を疑う」ことはできそうだ。実際、SNSで多くの人に拡散される発言には、「常識を疑う」何らかの発見が含まれていることが多い。
 そう、「社会学って何ですか?」と同じくらい、「社会学にしかできないことは何ですか?」という問いに答えることは難しいのだ。

 もっとも、書店に行けば無数に「社会学」を宣言した本があり、教科書や辞書も多く存在している。
 この本にも登場する社会学者の大沢真幸さんは、『現代社会学事典』(弘文堂)という二万円を越える辞書の中で、「社会学」をこう説明する。
「社会学を定義する根本問題は、社会秩序はいかにして可能か、という問いにある。社会秩序が成り立っている状態とは、主体の他者に対する期待が互いに高度な蓋然性で満たされる状態、つまり互いの他者に対する期待に相補性がある状態である」
 はい、この説明で「なるほど! それが社会学か!」と一瞬で納得した人は、本書を良い無必要はあまりない。さっさと大澤さんの『身体の比較社会学』(勁草書房)でも読破すればいいと思う(って、もうとっくにしてますか、そうですか)。
 大澤さんの師匠にあたる社会学者の見田宗介さんは、『社会学入門』(岩波新書)の中で、もう少しわかりやすい言葉で「社会学」を説明している。見田さんによれば、「現代の知において把えられた人間の学、つまり関係としての人間の学である」という。
 言葉自体は簡単ではあるが、つかみどころのない定義だ。ちなみに『社会学入門』という本は、「入門」を銘打ちながら、なかなかに抽象的で、最終章は「われわれはもういちどあの逞しい魂の宣明者の声とはるかに呼応して言わねばならない。魂のことはわれわれの内なる魂に、シーザーのことはわれわれの内なるシーザーに。と」で結ばれている。


別に私は社会学者でもなんでもないが、書く。

1.
社会学とは一体なんだろう? と考える時、簡単には「それは社会を考える学問です」となる。
それでは社会とは一体なんだろう? と言った時に定義が人によってバラバラになる。ここが混乱の基だ。

そこで私が勝手にその統一した定義を考えてみることにした。
私なりの社会という単語の統一定義は下記のようになる。

人は様々な習性を備えている。火を使い、料理をし、返報性があり、交換の習性があり、言語を用い、孫を育て、時に掠奪、殺戮をし、嘘をつき、家を建て、服を着、道具を加工し、椅子を作り、絵を書き、歌を歌い、踊る。目立ちたがり、あるいは隠れたりする。これは人間のDNAに書かれているプログラミングコードのせいだ。そのプログラムは特定の動物種が特定の行動をするように、例えばビーバーが森林を切り倒してダムを作るが、似た様な生態であるカモノハシはそういうことはしないように、人間という動物種は上記のように、他の生物に見られない特定の行動をする。尚人間が何もせずに原野に放り出された場合は、人間という動物種は手の平大サイズの打製石器を作る習性がある。人間はそうした命令がプログラミングされた生体コンピュータであるとも見なすこともできる。
人間とはある特定の条件を所与として与えられたのなら、ある特定の動きをするコンピュータなのだ。

さて、この特定のプログラムが書かれた生体コンピュータなる人間は、もう一種類の習性がある。このコンピュータたちが複数集合した時に、本能とは違った、また別個の動きをするのだ。
コンピュータが集合すると、ピラミッド型の命令体系を持つ組織を作る。そして他の集合を攻撃したり和解したり、あるいは個々のコンピュータはそれによって精神的な動きが疲弊したりする。
このコンピュータ群は分業して交換し、更なる集団の発展をしたりする。
このコンピュータ群は、一度集合したならば、どの時代でもどの地域でも、構成したピラミッド下位層の個体を中間搾取する傾向にある。
あるいは、その下位層の個体群がその搾取に耐え切れなくなった時に、下位層は反乱してそのピラミッドを破壊する傾向にある。

こうしたコンピュータ群における特定の動き、言い換えれば人間というコンピュータが二つ以上出会った時、それは互いを意識した動きを始める。人間が二人以上集まると、本能とは別の、別個の動きをし出すのだ。この本脳とは異なる別個の動きをし出す単位が「社会」であり、そしてややこしいのが、その行動をした結果構築されたものそのものも、これがまた「社会」と呼ばれる。
(社会とは、人間が集合した容態と結果の二つを指し、それが混淆した意味として使用されるので、使用の際にはそれらを区別して使用せねばならない。)

さて、このコンピュータ同士が群れて集合した時、その”社会”は一定の動きをなしたりするのだが、実はその動きというのは、そのコンピュータである私たち自身こそがあまりよく分かっていない。
よってその動きのメカニズムを分析し、知り、法則化し、そしてそれを再応用するのが社会学の役割となる。


2.
>  ある人は「僕たちが生きる社会について研究する学問です」とシンプルに答えるかもしれない。そんなときはこう聞き返せばいい。「経済学や歴史学は社会について研究していないということですか? 」
No. 経済学や歴史学はそれぞれ特有の観点があるが、これはその特有の切り口で社会を分析しているに過ぎない。
その総合的な役割が社会学ではないだろうか、と勝手に書いてみる。

3.
>  ある人は「社会学」を「常識を疑い、問い直す学問です」と説明するかもしれない。そんなときは、「そんなこと、ツイッターで誰でもしていませんか?」と返してみるのもいい。
>  たしかに、社会学の教科書にはよく「常識を疑う」学問だと書かれている。しかし「常識を疑う」ことに、本当の社会学は必要だろうか? 
>  たとえば「昔の日本人は礼儀正しかった」という「常識」を持つ人がいたとしよう。その人には大倉幸宏さんの『「昔はよかった」と言うけれど』(新評論)という本を紹介してあげればいい。同書によれば、戦前の日本では席を譲らない若者や電車の中でメイクをする女性は珍しくなかったらしい。なかには着替えを始めたり、半裸になる人もいたという。
ちなみに、更にその前の電車登場小噺として、電車に乗る際に履物を脱ぐ人が多く、電車から降りるときに履き物が無い! という人が続出した話も忘れてはならない。
あるいは東海道新幹線が出た当初、「新幹線は飛行機と同じです」という前提から、専用の正装と革靴を作ったというほのぼのお話も。
あとは逆のパターンのあまりよくない話として、客車で喫煙OKだったので、タバコの灰皿が、各ボックスシートに備え付けられてたことかな。

4.
>  しかし同書は「社会学」を銘打っていないし、大倉さんも「社会学者」を名乗ってはいない。どうやら「社会学者」でなくても「常識を疑う」ことはできそうだ。実際、SNSで多くの人に拡散される発言には、「常識を疑う」何らかの発見が含まれていることが多い。
>  そう、「社会学って何ですか?」と同じくらい、「社会学にしかできないことは何ですか?」という問いに答えることは難しいのだ。
それは社会学者の怠慢ではないのか? 

5.
>  この本にも登場する社会学者の大沢真幸さんは、『現代社会学事典』(弘文堂)という二万円を越える辞書の中で、「社会学」をこう説明する。
> 「社会学を定義する根本問題は、社会秩序はいかにして可能か、という問いにある。社会秩序が成り立っている状態とは、主体の他者に対する期待が互いに高度な蓋然性で満たされる状態、つまり互いの他者に対する期待に相補性がある状態である」
私の答えはノー。これは他者なる存在の既定が不足している。これは地域社会を構成する、対等な市民と、あるいは、それを統制する行政のシステム、あるいは国政、あるいは諸外国からの脅威というのも含めねばならない。
あまりに抽象度が高すぎる。

>  はい、この説明で「なるほど! それが社会学か!」と一瞬で納得した人は、本書を良い無必要はあまりない。
なので、この説明で「なるほど! それが社会学か!」とは納得できない。まあこんな感じで噛み付いているから私は点が取れないのか? 
いや、きちんと私の過去を振り返ると、きちんと頭が悪かったのだ・・・

>  大澤さんの師匠にあたる社会学者の見田宗介さんは、『社会学入門』(岩波新書)の中で、もう少しわかりやすい言葉で「社会学」を説明している。見田さんによれば、「現代の知において把えられた人間の学、つまり関係としての人間の学である」という。
これも私の先述の説明に包含される。

>  言葉自体は簡単ではあるが、つかみどころのない定義だ。ちなみに『社会学入門』という本は、「入門」を銘打ちながら、なかなかに抽象的で、最終章は「われわれはもういちどあの逞しい魂の宣明者の声とはるかに呼応して言わねばならない。魂のことはわれわれの内なる魂に、シーザーのことはわれわれの内なるシーザーに。と」で結ばれている。
全然意味分からん。

※追記。
どうもこれはイエスのセリフが元ネタのようで、解釈が複数あるのでこれまた混乱している。
http://www.yamato556.jp/tsure-dure/render_unto_caesar/
「ローマに税を払うべきか? 」といじわる質問をされてユダヤ神殿で税を納める際のイエスの問答。
「税を払うべき」→教徒の支持を失う。「払わないべき」→ローマへの反逆。

というところへイエスは上手い返答をした。
「私たちはカエサル(ローマ皇帝)に税金を納めるべきでしょうか?」
「その金貨には誰の顔が書いてあるのか」
「カエサルの顔がかいてあります」
「カエサルのものはカエサルに、神のものは神に返しなさい」
(マタイ伝22 より要約)

・ということで、うまいことかわした説。
・宗教(信仰による宗教的行動:神のものは神に返す)と世俗(現実的生活における現実的行動:カエサルのものはカエサルに返す)は分離した際にも並存しても問題ないし、両者の規律を守ってもこれもまた問題ない説。
であるが、これを認識論に発展させてみる。


中世キリスト教社会は人間主観中心の認識社会であり、またそれで成り立っていると思っていた。実念論である。
リンゴやイチジク、オレンジがあるならば、その上位概念である果物という存在もまたあるのだろう、と。
これは現在社会における分類学的な分類方法とは異なる。
分類上では、リンゴは木になるから果物だが、イチゴやメロン、スイカは、例え甘くても野菜(果菜)扱いである(ナス・トマトと一緒)。
だが、実念論では果物の下にリンゴやイチゴ、メロン、スイカが定義される。

このセフィロトの樹が上から下に降りてくる、即ち人間主体による主体的理解による産物、即ち概念からの具象化的理解と、
逆にセフィロトの樹が下から上に登っていく、即ち現実の分類と体系化ということで考え方は対立する。
イチゴは果物か野菜なのか? 両方の見解は食い違う。

社会学とは基本的に、経験科学からの観測から分析するので、現実を分類し、体系化する分類学型だ。上記の例で言えば、イチゴは野菜だ。
しかし私は違和感を抱いている。いくら現実主義とは言え、そこに人間としての分類には、人間の鋳型となる信仰が必要なのだから、実念論も実は必要ではないか・・・? と。
あるいは、ものごとの理解に二つのアクセス方法がある。その片方を否定するというのは、それは対立するもう片方からすれば否定もできようが、しかしその逆もまた然りなのではないのか? 
その両方を使ってこそ、真実に辿り着ける可能性が高くなるのであれば、そうした方がいいのではないか。

「魂のことはわれわれの内なる魂に(実念論での概念による社会分析)、シーザーのことはわれわれの内なるシーザーに(現実での分類による社会分析)。」
の両方が必要である、ということをここでは言いたいのではないのだろうか。


TPP、米技術系企業に恩恵-受益最大は日本とシンクタンク指摘

2016-11-05 10:15:10 | 海外・国内政治情報等
いつものポジトー。
資本は嘘もはったりも倫理的に許される。


TPP、米技術系企業に恩恵-受益最大は日本とシンクタンク指摘
Angela Greiling Keane、Mike Dorning
2015年11月6日 09:09 JST
更新日時 2015年11月6日 11:27 JST
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2015-11-06/--igmwnr94

日本など12カ国は5日、環太平洋連携協定(TPP)の協定案全文を公表した。同案に盛り込まれた関税撤廃・削減で最も恩恵を受ける米国の分野はテクノロジー、銀行、農業になる見通しだ。

  米通商当局者はオバマ政権がまだTPPの米経済への影響の分析を完了していないと語った。自由貿易を支持する米ピーターソン国際経済研究所の調査によれば、TPPが2025年までに各国経済にもたらす年間利益は日本が1位で1050億ドル(約12兆8000億円)。米国は770億ドルで2位だった。

  農業機械メーカー、米ディーアの広報担当ケン・ゴールデン氏はTPPによって同社製品を購入する国内農業生産者に新たな市場が開けるだろうと指摘した。またディーアにとっては米国やメキシコ、ニュージーランドの工場で製造した製品への関税が低減することになると述べた。
  
  ピーターソン研究所の上級研究員、キャロライン・フロインド氏は、特にベトナムやマレーシアなどで建設・発電機器や大型車など重機の輸出への通商障壁が撤廃ないし引き下げられる見通しであることから、ゼネラル・エレクトリック(GE)とキャタピラーは大きな恩恵を受ける可能性が高いと分析。「多くの国は現在、大型インフラプロジェクトを進めており、米国はこうした特恵を活用する上で有利な立場にある」と語った。

  協定案の公表を受け、12カ国で批准に向けた手続きが始まる。米国では大統領による協定署名の少なくとも90日前までに議会に署名の意向を伝える必要があるとする規定などにより、議会採決は恐らく来年3月以降になる見込み。

  オバマ政権は今後、米通商代表部(USTR)のフロマン代表らが一丸となって、国内雇用への悪影響を心配する民主党議員や、大統領選挙が迫る中で民主党のオバマ政権を支援することに消極的な共和党議員の説得に努めなければならない。ただ共和党議員の大半は基本的に自由貿易に賛成の立場だ。フロマン代表はインタビューでTPPについて、「経済全般で極めて広範な利益が見込まれる」とコメントした。

  オバマ大統領にとって最大のハードルは与党議員の説得だろう。通商協定の一括交渉権限を大統領に付与する大統領貿易促進権限(TPA)法案の下院採決では民主党議員188人中28人しか賛成票を投じなかった。民主党大統領候補争いでトップを走るヒラリー・クリントン氏は国務長官時代にはTPPをアジア重視戦略の中核と述べていたが、先月TPP不支持を表明した。


抽象画ってひょっとしてこうなんじゃないか、って思ったこと

2016-11-05 10:04:30 | 映像作品
よくあるピカソなどの抽象画が「世界で誉められているけれども、実際よく分からん」というのが一般的な見解だと思うし、自分もそう思っていたのだけれども、本当はこの部分で優れている、というのが頭の中に引っかかってきたのでメモ。



例えばこの「泣く女」だけれども、どこにも写実的な絵が無いし、むしろ絵の部類としては、写実観点から見れば下手糞の部類である。

が、どうして我々は、これが「泣いている状態」だとか「これは女性である」だとかを直感的に思うのだろうか。

恐らく、それは「この絵に描かれている人は女性である」だとか、あるいは「この絵に描かれている人は泣いている」だとかの記号がどこかに潜んでいるからではないか。

つまり、何らかの認識を記号化して人に伝わらせる、つまり物語の主要要素の抽出をして、絵にはそれしか描かない、という文章上での抽象技法を絵に応用しているのではないだろうか。