アタイは自分が嫌いだ
痩せっぽちだし、姿勢もカッコ悪い三角だし
音だって「チ~ン」としか出せないし…
干からびた皮のヒモに吊らされて…最悪
アタイは自分が嫌いだ
自分に何の価値も見いだせない
父さんも母さんもおんなじ
カッコ悪いトライアングル
その二人から産まれたんだもん
カッコ悪いの当たり前
もう諦めてるよ、人生なんか
将来?
何それって感じ
将来も、おんなじトライアングルだよ
以前、皆の前で一生懸命に
「チーン」「チーン」って鳴らしたことあったよ
でも、誰も聴いちゃくれない
あげくに「うるさい!」って、睨まれたよ
アタイはゴミなんだ、きっと
もう、どうでもいいんだ
悪いこと、全部やっちゃうんだ
電車にだって、床に座っちゃうんだ
「どうせアタイなんか」って感じだし…
他人の迷惑なんか関係ない
どうせ皆、アタイのことゴミと思ってるんだし
地べたは、アタイらゴミの場所
文句言わせないよっ
「痛テ~な! 背中蹴るんじゃねーよ!」
はぁ…最悪
いいなぁ…フルートは
細くて綺麗で 素敵な音色を出すし…
皆に大事にされて
綺麗なケースに入れられて
アタイとは住む世界が違う
渋谷で変な奴に会った
精一杯、力んで吹いても
地味に「プォ~」としか音の出せないオーボエだ
「俺は自分が嫌いだ」って呟いていた
アタイと同じだ
本当は華やかなトランペットになりたかったんだって
なんか気があった
「付き合う?」って訊いたら
真っ赤になって「…うん」だって
笑っちゃった。変な奴
でも、アタイとお似合いかも…
お互い「自分が嫌い」だし…
そんで、しばらくは幸せだった…
彼氏がだんだん荒れてきた
「俺は社会から必要とされていない」って
「俺なんか無価値だ」って…
朝からお酒飲み始めた
「アタイだっておんなじだよー」って
泣いて言ったけど
彼氏の気持ちは荒んだまま
どうしたらいいのさぁ
アタイまで墜ちていくよぉ
地獄だよ、誰か助けてよ…
「どうしたらいいんだろ…」って思いながら
アタイ、あてもなく上を見ながら歩いていたら
変な看板持ったシンバルにぶつかったんだ
バシャーン!
相手が相手だけに、ぶつかると
けたたましい音がする
「何よ、団員募集って」
シンバルは打った腰をさすりながら
「楽団ですよ。メンバーが足りないんです」
「フーン。どのパートが足りないの?」
「オーボエ」
それが、彼氏の立ち直るキッカケになればって
アタイは嫌がる彼氏を無理矢理連れて
楽団の稽古場に行ったんだ
たまたま団員のトライアングルが風邪でお休みだったんで
アタイも仲間に入れて貰った
そんで練習が始まったんだけど…
もう、シゴキが凄いんだ
音がチャンと出ていない
ダラダラした生活してたから
綺麗な音が出ないんだって
何度も何度も、すごい怒鳴られて…
「なんだよ、来てやったのに」って
キレそうになったけど
彼氏が歯を食いしばって
一生懸命音を出しているのを見て
アタイも頑張ったよ
気がついたら、フルートもトランペットも
ほとんどの楽器がそばで練習してた
そんで…フルートもトランペットも
アタイらと同じく
「下手くそっ!」って、凄い怒鳴られて
それでも泣きながら、汗流しながら練習してた
「皆、一生懸命なんだ…」
長い練習が終わった帰り道
アタイと彼氏はヘトヘト
そん時さ、途中まで帰りが一緒のシンバルが
ボソッと言ったんだよ
「シンバルには、シンバルしか出せない音がある
太鼓にシンバルの代わりは務まらない
だから僕、頑張れるのよ
だって、僕の代わりはいないんだから」
アタイら、黙って聞いてたよ
シンバルはさらに
自分に言い聞かせるように言ったんだ…
「皆、誰でも、自分が思いきり活躍できる舞台を探してる
でも、その舞台が見つからず、焦って、ヤケになって
結局、無駄に人生を過ごしちゃう奴も多いんだ
でもさ、舞台は向こうからやってくると思うんだよ
目の前の山をひとつひとつ地道に登っていれば…必ず
絶対、ヤケになったり、自分を捨てたりしたらダメなんだ…
グッと堪えて、目の前の山を登ろう
アメリカに行くんだって、まず山手線乗って
私鉄乗って、出国手続きして、飛行機乗らなきゃダメだろ?
それと同じさ」
その理屈がよく判んなかったけど
「いい事言うジャン…」ってアタイが言ったら
「僕の先輩の兄貴の先生の先輩の先生が言ってたんだ」だって…
その後、シンバルは
変な歌を口ずさんだんだよ
「♪~自分が好きだ 自分が好きだ
誰も代わりのいない 自分が大好きだぁ~」
「何それ?」って訊いたら
「自分を好きになる歌」って笑った
それを聞いていた彼氏も、フッと笑った
いよいよコンサートの日
結局、トライアングルのパートは
担当の彼女の風邪が治らず
アタイがやることになったんだ
すごい緊張するよ
お腹が痛くなってきた…
彼氏の顔も真っ青だ
そして…
その時間は「真剣」以外の何ものでもなかった
時間が止まったようだった
そして、アタイの番
曲間の静かになったところに
「チ~ン」
(やった…上手くいった
傍目には、何の変哲もない
小さなチーンだけど
この曲全体の大事なホシなんだ
このチーンがないと曲が完成しないんだ)
そしてフィナーレがきた
観客が立ち上がって、すごい拍手
アタイも感動して涙が止まらない
彼氏もオイオイ泣いている…
本当は、アタイ、まだ「自分が好き」じゃないけど
好きになろうと思う
シンバルに教わった元気になる歌を繰り返して…
「♪ 自分が好きだ 自分が好きだ
誰も代わりのいない 自分が大好きだぁ~」