「へンくつ日記」

日常や社会全般の時事。
そして個人的思考のアレコレを
笑える話に…なるべく

つ、ついに表舞台へ!?

2010年08月31日 18時31分00秒 | Weblog
 
影のドンが
遂に表舞台に!

さて、これから
どんなドラマが待っているのか…

って、それより
第一って言ってた
国民の生活は
どうしてくれる!
もう、待ったなしなんだぜ!

ったく、自分達の権力が第一なんじゃないか…もう
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トロイカ体制

2010年08月31日 00時38分19秒 | Weblog
トロイカ体制とは旧ソビエトで
三頭の馬で引く馬車のことから
三首脳が政治を引っ張る体制のこと

だけど、実際は…どうなの?


さて、そのトロイカだが
ロシアでは歌として知られている
その歌詞を読むと意味深なのだ…

『トロイカ』 原詩に忠実な歌。

 走るトロイカひとつ 雪のヴォルガに沿い
 はやる馬の手綱取る 馭者の歌悲し
 はやる馬の手綱取る 馭者の歌悲し

 何を嘆く若者 たずねる年寄り
 何故にお前は悲しむ 悩みはいずこ
 何故にお前は悲しむ 悩みはいずこ

 去年のことだよおやじ 好きになったのは
 そこへ地主の奴めが 横槍を入れた
 そこへ地主の奴めが 横槍を入れた

 クリスマスも近いに あの娘は嫁に行く
 金につられて行くなら ろくな目にあえぬ
 金につられて行くなら ろくな目にあえぬ

 鞭持つ手で涙を 馭者はおし隠し
 これでは世も末だと 悲しくつぶやく
 これでは世も末だと 悲しくつぶやく…

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David Krieger氏の発言

2010年08月28日 13時29分53秒 | Weblog
 
国連から「平和の使徒」
として認定されている
NGO・核時代平和財団の
デイビッド・クリーガー所長は
核兵器について以下のように語っている


『核兵器を保持し、何かあれば使用も
 辞さないという思想の奥に隠されている
 人間の生命が持つ“負の傾向性”を直視し
 責任を持って対処しなければならない
 具体的には、「核兵器は絶対悪である」と
 “必要悪派”に対し断固として声を上げることである
 そうでなければ、“悪”に加担してしまうことになる』(要旨)

世の中に「必要悪」は必要ないのだ

因みに、この財団の顧問委員会のなかに
平和学者のヨハン・ガルトゥング博士など
世界的な学者が多くおり、5年前に亡くなったが
ノーベル平和賞受賞者の
故ジョセフ・ロ-トブラッド博士の名も

この二人のことは、大学で真剣に学ばせて頂いた
「核の傘」信者の日本の政治家や識者は
真摯に彼らから学ぶべきと思う

追記
 クリーガー所長は青年の
教育についても言及している

『青年は本質的に正義の心が備わっている
 それを育む親・教師の責任は重い
 現代の教育は物質的な欲求を
 満たす方法ばかりを教えるが
 教育で大切なのは“他人に感謝する心”を育み
 “他の文化と交流する機会”を与えること』

『そして青年は、良き教育者
 良き人生の師と巡りあう事が肝要だ』(要旨)
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「敵わねぇ~」

2010年08月25日 22時15分06秒 | Weblog

映画「脳内ニューヨーク」
原題は「Synecdoche, New York」
その意味は、“提喩法(例えを用いて)
で描くニューヨーク”という感じか

二年前のミニシアター系の映画なので
つい見過ごしていたが
先日ツタヤで発見し鑑賞した

いや面白いのなんのって
素晴らしいのひと言
アメリカの映画館で観たなら
間違いなくスタンディング・
オベーションだったろう

気が利いた言葉遊びも満載で
それが一見、筋とは関係ないように思えるが
実はチャンと伏線になっており
物語に深みを持たせている



これから観る人もいるだろうから
物語の中身は書かない
だが、主人公の人気劇作家ケイデン・
コタード演じるフィリップ・シーモア・
ホフマンが抜群に巧いことは伝えたい
そして、なにより素晴らしいのは
この映画で初の監督をした
脚本家のチャーリー・カウフマンだ

火事で燻(くすぶ)っている
最中の一軒家が売りに出され
「家主が売るのを急いでいる」との
女不動産屋の台詞にフッ飛んだ
その家が何十年経っても
燻ったままという
発想に舌を巻いた

そして、一人一人の人間は
とてもチッポケな存在だが
皆が皆、それぞれの人生という舞台の主役
その主役の代役は誰にも出来ない
自分以外の一人一人の人間は
自分と同じく等しく尊い



こんな高度で難解なメッセージを
サラリと伝えてしまう

彼の書き手としての技量と奇抜な発想
人間を見る目の愛情の深さと鋭さは
ただただ脱帽というしかない

彼の作品で思い出すのは
「マルコヴィッチの穴」だが
「脳内~」はそれを超えた

彼には書き手としての嫉妬より
大きな羨望を抱いてしまう
とうてい追いつけない才能だ
「参った。敵わねぇ~」のだ


「敵わねぇ~」といえば


頭脳集団「ジャパン・メンサ」が作った
不動産情報ポータルサイト提供のクイズ

下記の図から暗号を解けというのだ




僕はチラッと一見しただけで降参
解く気力も沸かなかった
その「ジャパン・メンサ」の基の組織
「MENSA」は、IQ(知能指数)
148以上の人間だけが所属できる組織で
「普通の人には理解されにくい
高い知能を持つ者同士の交流」が目的なんだと
因みに、IQ148以上とは人類全体の2%ほどという
会員数は全世界で約10万人
日本の会員は350人ほどとか
彼らはバカな我等には理解できない
高尚な悩みを語り合うため
毎月、銀座で定例会を開いているんだと

ご苦労様、だ

しかし、僕もIQは幾らかある
けれども、MENSAには絶対に入れない
何故なら、IQ145と僕のIQの差は
天と地ほどあるから
というのが入会拒否理由だ

憤慨したが仕方がない
なにせ、未だに割り算は
一桁で割るのが精一杯なのだから…
 
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母校

2010年08月24日 12時52分28秒 | Weblog
 
所用があり久々に母校へ



最初の写真の道は
大学正門からキャンパスへ続く
「桜花の道」

この道を、桜の日々も
新緑の日々も
枯葉の日々も
そして冬の日々も
感謝と感動で歩いたのだ
感慨深い道だ



ちょうど昼時
キャンパス内で
弁当を食べる学生に
猫がゴハンをねだる

学生は「ゴメンな 
 俺も腹ペコなんだ」

猫「そっか
 シャーナイなぁ~
 なら次探しますわ」と
僕の元へ…



僕もあげるものがないので
「すまんなぁ~」

猫「シャ~ないなぁ…」

人間を怖がらないキャンパスに住む猫
皆が動物を苛めない証拠
正しく優れた教育を
受けている学生ゆえんだ
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死後の世界はあるか?

2010年08月22日 07時18分07秒 | Weblog
 
たしか、ビクトル・ユゴーだったと思う
文学者として「死後の世界」が存在するのか
大いに興味があった
死の前に、彼は使用人に言った
「もし、死後の世界があるなら
 なんらかの合図をする
 その合図があったら
 私の友人らに、そのことを伝えてくれ
 合図は何がいいか…
 そう、書斎の机にあるベルを
 二度鳴らそう
 それが合図だ」

彼が亡くなって125年経つが
一度でもベルが鳴ったという記録は
ない…
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「混ぜるな 危険!」

2010年08月21日 15時43分09秒 | Weblog
カミサンが風呂場で
漂白剤をかけたところに
カビキラーを吹きかけようとした
僕は心底驚き、大声を出して止めた
カミサンはキョトンとして
「何大声出してんのよ!」と怒った

「塩素ガスが発生するだろっ
 死んじまうゾ!」
「エンソ? 何よそれ」

無知というのは怖いものだ
これだけ報道でも注意を呼びかけているのに
カミサンの頭には届いてなかったのだ
もし、間違って塩素ガスが発生すれば
命を落とすことになっていたかも知れない

僕は怒って、上記のことを説明した
本当に無知は怖いし、不幸を招く
ある意味で罪と思った


さて…世の中には、こういった
無知ゆえの恐ろしさがアチコチに見られる
軽い気持ちで始める薬物もそう
バイト感覚の風俗業もそう
そして、スピリチュアルとかいう流行物や
“パワーなんとか”、先祖の霊や水子霊
などというものから入るカルト宗教もそう

皆、今流行っている「ラー油」感覚で
これらに足を踏み入れているようだ
ラー油なら、飲みすぎて体を
壊すことで止めるだろうが
麻薬は心身を破壊し社会を壊す
風俗業は一生後悔の人生の元となり
カルトは自らの心を壊し
オウムのように社会を破壊する

こんなことは、何度も言われているのに
こういったことに足を踏み入れる者の
耳には、心には届いていないようだ

これらのことは然るべき教育機関が
ちゃんと教えるべきなのだ

「薬物」や風俗に関しては、医学面でも教え
警察や法曹界の人間、その他には
現場から教えてもらってもいい

さて問題はカルトだ

以前、ある大学の宗教学者が
オウム真理教を肯定した
だが、その後、オウムは
あのような事件を起こした

学者でも、日本の場合
カルトを見抜けないのだ
というより、日本の学者の
宗教に関する知識は劣っているのだ
生まれると赤子を神社に連れて行き
結婚はキリストの教会で挙げ
死ぬときは寺で坊さんを呼ぶという
宗教グチャグチャ体質の日本ならではである


ところで、米国の某宗教学者は
カルトについて以下のように言っている

霊魂や前世を教義の中心に置いたり
表向きはスピリチュアルなんとかと誤魔化したり
多額の献金と集団生活を強要したり
愛=セックスと教え、不特定多数の人間と
“愛し合わせたり”
悪魔を本尊として祀ったり
教祖が釈迦やキリストの生まれ変わりと
言い切る宗教モドキは
全てカルトである…と

カルトの特徴としては
仏教とキリスト教のように
異なる二つの教えを合体させる
ということも多いようだ
合体させることにより
より多くの支持を得ようとするらしいが
しかし、それが危険なのだ

そうなのだ
宗教も異なる二つを混ぜると
“カルトの塩素ガス”が発生し
心が死に至ることもあるのだ

「混ぜるな危険」
「混ぜるとカルトガスが発生します」
この表示は宗教にも必要かも…
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正義思想と悪魔思想

2010年08月19日 22時15分24秒 | Weblog
 
あいも変わらず食品偽装事件が起こっている
今回は、あの、超有名、巨大企業である
セブン&アイ・ホールディングスの子会社
イトーヨーカ堂だ

要は、ヨーカ堂が輸入した中国産冷凍ウナギが
大量に余り、賞味期限が過ぎてしまったので
他に転売しようとしたが、ヨーカ堂の
名前がついていると非常にマズイ
だから、名前を張り替えてから
販売業者に転売した、というもの
これは食品衛生法違反という立派な犯罪

これに対して親会社セブン&アイ・ホールディングスは
「違法性はなかったと信じております」だって

あのね、信じようと信じまいと
違法なの。犯罪なの
判る? ハロ~、起きてる?
日本語通じてる?

最近、この手の答えをする企業や役所
学校や警察や…ともかく多いよね
「こちらには何も問題はなかった」云々
問題がないのに、何故、事故が起こり
殺人が起こり、子供が死ぬの?
問題があったから、そうなったんじゃないの?

もー、困ったもんだ
日本語が通じない日本て何?


ともかく、企業の犯罪は後を絶たない
三菱自動車のリコール隠し事件や
今は潰れた雪印食品の牛肉偽装事件
有名菓子・赤福の賞味期限偽装事件
ミートホープの食肉偽装事件
中国産ウナギ&しじみの産地偽装事件
運輸業界の違法カルテル
もー、枚挙に暇がない


何故にこんな偽装事件が起こるのか
腕を組んで頭をひねって胡坐をかいて
時折立って、思い切り考えてみた…

すると…あることに思い至った

それは「正義の定義」という問題だ
問題を起こす人や企業・団体は
この正義の定義が間違っているのだ

彼らは、自分、そして会社や
団体・役所にとっての利益を
守るのが正義と考えている
これは実は“悪魔の思想”なのだ

世界に通用する正義の要件とは
人のため、社会のため、人類のため
皆の幸福のため、平和のためという
規範がなくてはならないのだ

その正義を壊すものとして
人殺し、盗み、欺き、嫉妬
落としいれ、嘘、破壊
そして利己主義がある
特に、自分・自分達だけを
守ろうとするのは反社会的
正義に対するものとして
世界では認識されている
自分さえよければ
他人はどうなっても構わない
または、知ったことじゃない
これが反正義の彼らの思想だ

また、この「正義」の定義が曖昧で
しっかりとした価値観を持たない者は
結局は流され、反正義思想となってしまう
そうした人間は、「会社を守るため」
「役所を守るため」もっと言うと
「国を守るため」という殺し文句で
簡単に悪に加担してしまう

けれども、そうやって悪に加担した結果
消費者を欺き、人的・経済的被害を与え
結果的に人々を不幸にしていくのだ
人間を不幸にする思想だから
反正義思想は“悪魔の思想”なのだ

映画で悪魔が描かれる
まるで他人事のように僕らは見ているが
実はその人の思想によって悪魔か
そうでないかが決まるのだ

さて、アナタは正義思想?
それとも悪魔思想?
中間はない
どちらかだ
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養護施設の思い出

2010年08月19日 16時20分25秒 | Weblog
児童養護施設や児童相談所での
職員らによる子供へのイジメや
わいせつ行為が報道されている

施設で暮らす子供達は
大抵が家庭や社会から
見捨てられた経験を持つ
そんな傷ついた子供をあろうことか
守るべき立場の人間が精神的
肉体的に虐待をしていたのだ

親との離別や肉親による虐待
そして貧困などの苦しい現実から開放され
ようやく人並みに生きられる
そう思ったのも束の間
子供を守るべき施設で
そんな行為が行われていたのだ
子供は二重の苦しみを受ける
絶対にあってはならないことだ
そういった職員らは厳罰に処して欲しい

しかし、こういった許されざる行為が
実は一部で、昔から横行していた
何を隠そう、私も父親の酒乱で一家離散となり
児童相談所から養護施設に預けられ、思春期の
数年をそこで過ごした経験があるから判るのだ

職員に苛められ体罰を受け
施設の年長の孤児にも苛められ
更に、中学を出て施設を出た先輩の
「後輩の指導」目的という“シゴキ”もある
年長者から意味なくビンタを食らったこともある
それを職員(先生と呼ばされる)に言っても
何も解決してくれない
今思えば、彼らの仕事の基準は
子供の幸せではなく公務員として
そつなく失敗なく、だったのだ

そして「告げ口」をしたと理由で
また年長者に叩かれるのだ
年長者(中学三年生)に
手や口による性的行為を強要された者もいた
そんなことも、私がいた施設では横行していた
更に、一人の中年男性職員による
男児たちへの性的虐待もあった
そのことを子供達は皆知っていたが
職員達は知らなかったのか
その中年職員はクビになることはなかった
今でも、爪で濃いヒゲを一本づつ抜く男の所作が
気持ちの悪い思い出として記憶の底にある
そのためか、今も濃いヒゲの中年は苦手だ


子供達は大抵が義務教育を終えると
その施設を出て、大工や左官などとして働く
高校に行く者は極端に少なかった

通常の卒業とは別に、親や里親などが
子供を引き取ることになり
施設を“卒業”することになった子供は悲惨だった
卒業の前日の夜、年長者らに囲まれ袋叩きに合うのだ
それは激しい嫉妬による暴力だった

私も、妹と共に卒業が決まった際
(父が退院したのだ)
私と妹は卒業をひた隠しに隠した
卒業の儀式が怖かったのだ
誰かに聞かれると「父は、また入院した」と嘘を言った
そして、当日、私と妹は
逃げるように施設を出たのだった

全ての養護施設がそうだとは思わない
殆どの施設は健全なのだろう
だが、私にとってあの養護施設は
思い出したくない忌まわしい記憶となっている

閉鎖された社会は淀み濁る
養護施設も社会に開かれたものにしないと
子供達が可哀想だ
何より子供は安全で健全な場所が欲しいのだ
その環境を大人は作る義務がある

それら施設に関係する人たちは
自分達の環境は安全で健全か
よく確かめてみてほしい
それが最も大事な仕事なのだから
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山親父のこと

2010年08月17日 12時25分20秒 | Weblog
北海道では熊のことを“山親父”と呼ぶ
決して親しみを込めた愛称ではない
そこには畏怖と怒りが込められている
だから、子供の頃に「昨日、山親父が出たらしい」
という大人の言葉に、私は緊張し体を固くしたものだ

勿論、街に住む人間には関係のない話だが
田舎の山の近くに住んでいた頃は
私にとって熊は、現実の脅威だったのだ


今から90年ほど前、北海道北部の
日本海側にある小さな村で
世界でも類のない熊による悲惨な事件があった

それは師走の寒い朝だった
ある開拓民のわらぶきの家に
冬眠に失敗した熊が侵入した
その熊は身長2メートル70センチ
体重は340キロという巨大熊だった
家には若い母親と6歳になる子がいた
子は頭を咬まれ、爪で喉を裂かれて死んだ
母親は囲炉裏で燃えていた薪を投げつけ
近くにあったマサカリで抵抗しつつ
囲炉裏を回る様に逃げたが
熊は執拗に母親を追い詰め
遂には母親の腹に食いつき
そのまま咥えて窓から出た
囲炉裏端は血で染まり
窓には頭髪が絡みついていた
母親はまだ絶命しておらず
断末魔の声を上げながら
熊に引きづられていった

昼飯の為に帰宅した男たちは
家の惨劇に震え上がった
亡くなっているであろう
母親の亡骸を取り戻すため
集まった村の人間たちと共に
点々と雪に残された血痕を辿った

森を捜索して間もなく
村人達はその熊に遭遇した
熊の大きさに皆は驚愕した
怒り狂った熊は村人に向かってくる
村人は慌てふためき逃げ惑う
熊はそのまま逃走し見えなくなった
安堵した村人は、大きな木の根元に
血で染まった雪があるのを発見する
その雪の周りは、何かを隠すように
小枝が積み上げられている
その小枝を除くと…
母親の膝から下の足と
頭部だけがあった

無残な亡骸を見た夫は号泣する
そして、妻を弔うため家に運んだ
しかし、それを知ったマタギは警告する
熊は保存目的で、獲物を木の根元に隠す
それを奪われると必ず取り返しに来る、と…

マタギの警告は的中する
通夜の晩、再び熊が家を襲撃したのだ
警戒のため猟銃を構えていたのが幸いした
村人の発砲に熊は驚き退散する
が…熊は山中に逃げたのではなかった

森に近いその家から五百メートルほど離れた
ある大きな家に、熊を恐れた女達や子供が非難していた
その家に熊は襲ってきたのだ
そして結局、女一人と胎児を含む
子供四人が犠牲となった
そのほかにも三人が重傷を負った

この前代未聞の事件に終止符が打たれたのは
最初の犠牲者が出てから5日目のことだ
大々的な討伐隊とは別に行動していた
ある有名なマタギが一人で怪物を仕留めたのだ

熊を解剖し胃の中を調べると
今回の事件以外に、以前に山で
行方不明となっていた三人の女の
着物の切れ端が出てきたという

この悲惨な出来事は
私の尊敬する作家・吉村昭氏の
「熊嵐」に詳しい



ともかく、相手が熊やサメなどの畜生の場合
圧倒的な力でねじ伏せ殺すのが鉄則なのだ
だが、これは畜生の場合だ

人間の場合、敵対する勢力は
熊ではなく“人間”なのだ
殺すことで決着させるべきではないのは
当然の話だ
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「この世の誰も体験したことのない」攻撃って…?

2010年08月16日 15時53分21秒 | Weblog
 
今日、米国と韓国が合同で軍事演習を行う
それに反発して、某独裁国家の人民軍総参謀部が
「我が国への侵略とみなす!」と激怒
米韓に対し「無慈悲な対応の鉄ついを下す」と叫んだ

これは遺憾!
僕は旋律を奏でた(演奏してどうする)
いや戦慄を覚えた

そして、独裁国人民軍は続けて
「この世の誰も体験したことのない
 最も厳しい懲罰」を下すと…

ん?
「誰も経験したことのない懲罰」と聞いて
僕は肩の力が抜けた
何故なら、最も悲惨な原爆は二度も日本に落ちているし
サリンなどの忌まわしい神経ガス攻撃も経験している
これら非人間的な武器以上のものは考えられないが
「経験したこと」があるので、これは「ない」

では、「経験したことのない最も厳しい懲罰」とは何か
経験したことのないものだから、必死に想像するしかない



  もしかして ↑ こんな感じ?

でも、こんなのぶつけたら
自分達の国も同時に消滅しちゃうよね



そこまでバカじゃないよね?

じゃあ、どんな武器なんだろう…



巨大ピカチュー攻撃とか?

ま、まさか…



ジェイソンを差し向ける気か!?
それは怖い
ヤメテね

しかし、なんだろう…
あ、もしかして全人類の足の裏を
コチョコチョ攻撃?
これは勘弁して欲しい 
わきの下はもっとダメだ

そんなバカな訳はないね

それとも…「何かするぞ。待ってろ…」と
ずーっと何もしない、待つ不安攻撃?
これも不気味だ

しかし何にせよ
他国に向けて武力行使すれば
世界は黙っていないし
さすがに温厚なこの方も
激怒して、得意の太極拳で
独裁国を潰しにかかるに違いない

でしょ?
温総理


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終戦記念日に思う

2010年08月15日 16時49分47秒 | Weblog
 


長崎に原爆が落とされた65年後
菅直人首相は長崎市の平和公園で
「『核兵器のない世界』の実現に向けて
 先頭に立って行動する」
「核兵器保有国をはじめとする各国首脳に
 核軍縮・不拡散の重要性を訴える」
そう演説した

だが…
その舌の根も乾かぬうちに
“非核三原則の法制化”には慎重で
“核抑止力”も記者会見で肯定した

これを世界の常識では
“哲学の無い二枚舌人間”という

考えてみれば、過去の大戦も
当時の政治と軍部の責任者が
「戦争はよくない」が「アジアの平和のため」
という二枚舌論法で戦争を始めたのだ

そうして何百万人もの無辜の民を殺したのだ

おそらく管さんは
「絶対に戦争は反対」だろう
しかし、戦争を引き起こした指導者と
体質は全く同じだということに気づいていない
普段の言動から、口では絶対反対と言っても
その時の状況次第では、どう転ぶか判らない危うさを
僕は彼に感じるのだ

一方で、保守勢力の中の右派勢力は
「強い日本復興」のために
憲法改正を声高に叫んでいる
「自分達だけ」という民族主義や国粋主義が
多くの争いを引き起こしてきたという歴史に目をつぶり
再び愚かな選択を彼らはしようとしている

65年前、最たる愚考の戦争が終わった
「もう二度と戦争はイヤだ」と誰もが思ったはずなのに
その“戦争を引き起こす根”を否定しようとしないのは
一体どうしたことかと思ってしまう
「核の傘」理論や「大和民族云々」理論は
戦争に直結する危険な理論なのだ

それなのに、日本の知識人とされる人間も
否、エセ知識人ほど、上記理論を振りかざす
“二乗”は処置ナシ、である

僕は憲法改正には反対だが
もし改正するなら
以下の条文を足して欲しい

1、やむを得ず戦争に突入した場合は
 それを決定した時の総理・閣僚
 それに反対しなかった政治家・学者
 言論人、そしてマスコミ人等を
 戦地の最前線に配置し戦わせる

1、上記条文は、永遠に改正されない


上記のような改正なら
若くして戦争で亡くなった多くの犠牲者も
そう、戦地で亡くなった僕の祖父も
きっと納得してくれるに違いない
コメント (2)
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お金持ちの家のK君のこと

2010年08月15日 08時42分10秒 | Weblog
 
ネット上で「この家金持ち!」と
思うのはどんな時かという設問があった

1位は「お手伝いさんがいる」
2位は「家・門が大きい」
以下、プールがある。車が多い
シアタールームがある。グランドピアノがある
シャンデリアがあるなどが続く
下位に「カルピスが濃い」というものもあった
普段、どれだけ薄めて飲んでいるのかと
思わず笑ってしまった


幼い頃の私が、ある友人の家の
「金持ちぶり」に驚いたのは
インスタント・ラーメンだった
当時、まだ即席めんは高級品で
我が家では出たことのないご馳走だった
それが友人のK君の家に遊びに行った際
美人で上品な母君がお手伝いさんに指示して
ゆで卵や炒め野菜など色々な具材が入った
きらびやかなインスタント・ラーメンを
おやつとして出してくれたのだ

「こんな豪華なもの、生まれて初めて」と
子供ながらに感激したのを覚えている
と同時に、別世界に住む友人に
少なからず嫉妬したのだった
お互いに、この世に生まれて
まだ十年ほどしか経っていないのに
既に大きな差があるのことに
何ともいえぬ理不尽さを感じた


幼い頃、友だちのなかでも
我が家が一番の貧乏だった
印刷工職人だった父の収入は低く
その中から養育費として
二人の弟を引き取った別れた母に送っていた
だから我が家の家計は想像以上に厳しく
月末近くなると、ただでさえ質素な食事が
次元が違うくらい粗末なものになった
小麦粉を水で溶いてフライパンで焼き
それに醤油をつけて食べるというのは良い方で
酷いときには、山に自生するユリの根を掘り
その球根を茹でて食べたこともある
そうして窮状を凌いで、父の給料日が来ると
「また生き延びた」と
子供ながらにホッとするのだ

そんな生活をしていたから
K君の家は雲上のものだったのだ

K君の家には何度も遊びに行った
その度に、K君の母君はおやつで歓待してくれた
優しく上品なK君の母君は
キラキラ輝く女神のように思えた


最後にK君の家に遊びに行ってから
一ヶ月ほど経った頃だと思う
突然、K君の母君の写真が
テレビの夕方のニュースに映った
「逮捕」の文字があった

私は心臓が止まるほど驚いた

テレビに映る写真のK君の母君は
みすぼらしい老婆のように見えた
画面が変わり次のニュースになっても
私は画面から視線を外すことが出来なかった


後に知ったことだが
K君の母君の逮捕理由は
選挙違反だった
保守候補を支援するため
友人知人に金を渡したのだ
何故、彼女がそんなことをしたのか
子供だった私には判らない
ただ、その後K君の母君は離縁され
実家のある東京に戻っていった
そしてK君も、父親と何処かに引っ越していった
大きな家は人手に渡り、やがてその家も取り壊された

私は、空き地になったK君の屋敷跡に佇み
この世に確かなものなど何もない
お金も地位も何もかも
そして親子の絆さえ
全ては砂上の楼閣なのだ
子供ながらに
私はそんなことを思ったのだった
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食べ放題…って、お得?

2010年08月11日 08時02分28秒 | Weblog
 
渋谷にある某食べ放題レストランに行ってきた



食い意地あらわの我ら夫婦は
気合を入れて皿に食べ物を乗せていく



食べ放題といいながら
ローストビーフは一人一皿だけ…



数種類のパスタは食べ放題



チキンカレーも食べ放題



チョコフォンデューもドンドン行け~!



留めはアイスじゃー!

…と、45分の制限時間で
いろいろ食べたのだが
これで1000円なので
オマケに腹がはちきれそうなのでヨシとするが…
考えてみれば、カレーにパスタに
その他エトセトラ
ごく普通のものばかりだ

なので
僕ら夫婦はそろそろ
食べ放題は卒業かなと感じたのであった
少しばかり高くとも
良いものを食べたほうが
精神的な満足感は高い

と、言いつつ
また何処かの
食べ放題に行くのだろうが…ガハハ
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You are fired!

2010年08月10日 06時07分34秒 | Weblog
 管総理を初めとする民主党議員の
話す内容に全く説得力が感じられない
全てが空虚な単なる言葉の羅列にしか聞こえない

(皮肉にも小沢前幹事長だけは
 その話はスッキリと理解できた)

彼らは、如何に揚げ足を取られずに
その場その場で相手を理論的に封じ込めるか…
単純にそれを競っているように思う
それでは強い信念と哲学の無い
“競技ディベート”をしているに
過ぎないではないか

国の平和と国民の生活を向上させるために
如何にすれば良いのか討論しているのではない
だから、空虚にしか聞こえないのだ

その証拠に、彼らが野党の時と現在とでは
言い分が正反対だ。まさに競技ディベートだ

こんな“競技”をしている間に
世の中の時計はどんどん進み
困窮者は次々と崖から落ちていく

会社に置き換えてみると良く解る
口先だけの無能社員は
自己の責任を巧妙に回避し
会議では立派なことを言ってのける
皆が見ているところでは(テレビでは)
いかにも仕事をしているふりをするが
実際の現場で汗を流し
その責任を正面から受け止め
業績向上の為に必死になることはしない
そんな社員ばかりの会社は必ず潰れる

我々と関係の無い会社なら
潰れようが残ろうが関係ない
しかし、それが政府与党とくれば話は違う
政治の崩壊は即、我々の生活の崩壊に繋がるからだ

だから、無能社員はクビにするべき
日本の財政再建・国民の生活のためには
無能国会議員のリストラは不可欠だ

まずは…そう、君から辞めてもらおうか













わ、私っすか!?
議員じゃないっすけど…
ま、珍獣のくくりでは同じだけど…
コメント (2)
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