「へンくつ日記」

日常や社会全般の時事。
そして個人的思考のアレコレを
笑える話に…なるべく

コンスタンティヌスの寄進状

2017年02月18日 15時01分30秒 | Weblog

ローマ帝国を再統一したことで知られる
名君・コンスタンティヌス大帝(在位:306年~ 337年)は、
国として初めてキリスト教を認めたことでも知られる。
当時、各地にいた司教は対等の立場だったが、
大帝が「ローマの司教は彼らの上に立つべき」と言ったことで、
ローマの司教は「ローマ教皇」と呼ばれることになったのだ。
それ以後、ローマの司教は千年以上にわたり最高指導者として
信者の尊敬を集めることになる。 つまり、政治の最高権力者が
宗教の権威づけを始めたのだ。
逆に言うと、政治家の思惑に宗教界が従ったということでもある。

 さて、そのコンスタンティヌス大帝が、帝国を再統一した直後に、
ローマの司教(ローマ教皇)に「帝国の西半分を譲る」と宣言し、
「寄進状」を書いて与えた。それから間もなく大帝は病死する。
まだ活気あふれる壮年だったのだが…。
 一方、ローマ司教は「寄進状」を根拠に、11世紀頃から
イギリスやフランス、そしてドイツ、イタリヤの領主から
税金を取り立て始める。更に市民から収入の「10分の1」を
税として取り立てた。
それが数百年も続く。ずいぶんと豪華に暮らせたことだろうし、
権力も増大した。それを、各領主は快くは思っていなかったようだ。
13世紀、神聖ローマ皇帝フリードリッヒⅡ世の法王への敵対を
応援する各地の王の存在などを見ても、それが判る。
皆、しぶしぶ税を払っていたのだ。
 税金を取り立て始めた11世紀の当時から「寄進状」の真贋は
噂されていたが確証はない。
それを詮索するのは、宗教上のタブーとまで思っていたようだ。

 だが、1440年。ナポリの王宮に使えていた若き学者が
「寄進状」の言語を探究し始める。
そして遂に〝判った〟のだ。「寄進状」に使われていた言語は、
11世紀頃に使われていたラテン語だということが。
つまり、コンスタンティヌス大帝が書いたものではない、
真っ赤な偽物だったのだ。
 その偽物を根拠に、ローマ教皇は金と尊敬を集めていた。
偽物と判明した直後から、
人々は宗教の奴隷から、そして重税から解放された。
(今も奴隷みたいな人は結構いるが…)

 「寄進状」が本物とまだ信じられていた13世紀に、
前述のフリードリッヒⅡ世はローマ教皇に対して「モーゼや
キリストをはじめとする預言者なるものは、大ペテン師。
それを盾に偉そうにしている教皇はアホだ。それに、
マリアは処女で懐妊したというが、道理から外れている。
信じられる訳がない」と言い放ったとか…。
結局、皇帝はキリスト教を破門になるが(それも3度も)、
とてつもなく度胸がある人だったようだ。
今の時代でもなかなか言えないことを…。(王様の耳はロバの耳!)

 因みに、十数年前にローマ教皇が、イスラムを殺しまくった
十字軍や、偽の「寄進状」や、その他諸々のことを
「ゴメンね~。悪かったよぉ~」と謝っている。

 ともかく、「当たり前」に疑問を持つことは大事だ。
特に、根拠のないことの上に立つ宗教には要注意だ。
 人間の祖先は一組の男女じゃない。海は真っ二つには割れない。
ノアの箱船の事実はない
拝んだら、死んだら極楽に行けるなんてことは嘘(どうやって証明する?)。
だから壺を買え、金を出せは詐欺。「私はキリストの生まれ変わり」なんて奴は、
精神がイカレてるか詐欺師。霊魂はない。守護霊も水子もない。
この世は神が創ったのではなく、あのビルも、あの工場も、あの飛行機も、
あの車も、全て〝人間〟が造ったのだ。
だから人間は、想像上の神にかしずくのではなく、人間を尊敬し人間を大事にする
思想を持つべきなのだ。宗教が上、信者が下という宗教は、全て邪教だ!

 …と、近所のオジサンが言っていた。
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1 コメント

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Unknown (私)
2017-02-18 16:24:48
その近所のオジサンは私です

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