第74期将棋名人戦七番勝負第5局(2016年5月30,31日)で挑戦者の佐藤天彦八段が羽生善治名人に勝ち、通算4勝1敗となって、新名人となった。
今期のA級順位戦では二十代の若手佐藤天彦八段が8勝1敗のぶっちぎりで名人挑戦を決めた。A級に昇ったばかりの勢いでそのまま突っ走った感じであった。
全局をネット中継で観戦したが、羽生先勝後の第二局がとくに印象に残った。先手佐藤が早囲い矢倉であるが、7八玉のまま6八金と囲い、天野矢倉にした。幕末の棋聖といわれる天野宗歩が用いたからという。通常の金矢倉よりも一手早く囲うことができる。
佐藤の攻めで終盤戦が続くが、▲8八玉のような早逃げの手や、羽生の強い受けの手などがでて、へぼ将棋ファンにはどうなっているのかさっぱりわからないが、形勢不明の熱戦であることは伝わってくる。羽生がようやく攻めに転じた後、佐藤が▲2四飛と後手王に詰めろをかけたとき、解説によれば、先手王に詰みが生じたのだという。だが1分将棋の中、それに気がつかなかった。そのときの羽生の心理状態に大いに関心をそそられる。途中の△6八馬が妙手だったらしいが、それに気がついていなくとも詰ましにいけば、などと思ってしまう。
第二局は七番勝負では大事な一番とされるが(プロ野球日本シリーズのとき元巨人軍川上哲治監督も同じことをいっていたような憶えがある)、今期の名人戦はまさにこれで、挑戦者は二連敗を免れ、1勝1敗のタイにもどすことができ、これから怒濤の三連勝で、名人位についた。
佐藤天彦新名人は、後手番の横歩取りを得意とすることが特徴の一つらしいが、これはへぼ将棋ファンには難しくてよくわからない。新名人のことで憶えているのが、瀬川晶司五段がプロになるときの特別の試験で何局か対局をしたが、そのときの対局者の一人で、まだ奨励会三段だったが、勝ったことである。ずいぶん自信たっぷりだったことに驚いたものである。
今期の名人戦は、羽生世代同士の対決ではなく、若き挑戦者ということで、ちょっと名人戦に興味を失いかけていた私も大いに関心をもった。羽生から名人位を奪取したのが羽生世代ではなく、二十代ということで、とくに若い棋士にかなりの刺激を与えたと思われ、今期の順位戦がどうなるかいまから楽しみである。また、永瀬拓矢六段が羽生棋聖に挑戦する棋聖戦がすぐにはじまる(6月3日)が、これもどうなるか興味がつきない。
羽生が52期(1994)で新名人になってからの名人戦7番勝負の結果は次のとおり(将棋連盟HP)。
52 1994 羽生善治 4-2 米長邦雄
53 1995 羽生善治 4-1 森下 卓
54 1996 羽生善治 4-1 森内俊之
55 1997 谷川浩司 4-2 羽生善治
56 1998 佐藤康光 4-3 谷川浩司
57 1999 佐藤康光 4-3 谷川浩司
58 2000 丸山忠久 4-3 佐藤康光
59 2001 丸山忠久 4-3 谷川浩司
60 2002 森内俊之 4-0 丸山忠久
61 2003 羽生善治 4-0 森内俊之
62 2004 森内俊之 4-2 羽生善治
63 2005 森内俊之 4-3 羽生善治
64 2006 森内俊之 4-2 谷川浩司
65 2007 森内俊之 4-3 郷田真隆
66 2008 羽生善治 4-2 森内俊之
67 2009 羽生善治 4-3 郷田真隆
68 2010 羽生善治 4-0 三浦弘行
69 2011 森内俊之 4-3 羽生善治
70 2012 森内俊之 4-2 羽生善治
71 2013 森内俊之 4-1 羽生善治
72 2014 羽生善治 4-0 森内俊之
73 2015 羽生善治 4-1 行方尚史
74 2016 佐藤天彦 4-1 羽生善治
次期(75期)のA級順位戦で誰が名人挑戦者になるのか、ちょっと気が早いが、羽生や森内等がふたたび名人戦の舞台に立つのか、それとも、若い渡辺や広瀬や稲葉新八段等が初挑戦者となるのか、いまから楽しみである。そして、次期以降、佐藤新名人またはその同世代が名人をこのまま保持するのか、それとも、羽生世代が巻き返すのか、興味深い。