1.肋間神経痛の原因
特発性は比較的若い女性に多く、左側の第5~第9肋間領域に多い。成書には、特発性は少なく大部分は症候性であると記されているものが多いが、針灸に来院する患者の大部分は特発性であり、帯状疱疹による肋間神経痛も来院する。
2.肋間神経の走行と神経支配
①第1~第6肋間神経
肋間を胸骨縁に向かって走行し、前胸の肋骨に相当する部の肋間部の筋運動と、深部知覚を支配する。その皮枝は前胸壁皮膚知覚を支配する。皮枝には外側皮枝の外側枝と内側枝、皮枝の外側枝と内側枝がある。
②第7~第12肋間神経
途中までは肋間部を走行するが、腋窩線あたりから内腹斜筋と腹横筋の間を走行し、腹白線に至る。腹壁筋の運動と深部知覚を支配する。その皮枝は鼡径部を除く腹壁の知覚を支配する。要するに腹部の大半は肋間神経支配になる。
3.旧来の針灸治療法
特発性(原因不明)の肋間神経痛は、これまで神経の刺激によるものと考えられていた。そして神経が深層から表層に出る部が治療点だとされていることから、脊柱点・外側点(側胸点)・前胸点を取穴するのが定石だった。まあこの治療点を刺激しても大した効果は得られず、ゆっくりと改善するのが常だった。これでは自然治癒なのか鍼灸の効果なのか判然とせず、悔いの残る治療となることも多々あった。
①脊柱点:脊柱外方3㎝の処。胸神経後枝が表層に出る部。
②側胸点(外側点):前腋窩線上。前枝の外側皮枝が表層に出る部。
③前胸点(胸骨点):胸骨外方3㎝。前枝の前皮枝が表層に出る部。
第6肋間神経以下は腹部肋間神経痛として現れ、前胸点に相当する圧痛点は腹直筋外縁に出現し、「上腹点」と称する。
実際にはある範囲全体がまんべんなく痛むようで、特定の圧痛点を見いだすのは困難であることが多い。教わったことと違っている事実を知り愕然とした。
4.特発性肋間神経痛の新しい方法
近年、特発性肋間神経痛は胸椎の椎間関節や肋椎関節の機能異常や炎症によるものだと認識されるようになった。椎間関節は脊髄神経後枝支配なので、問題となる関節は肋椎関節と胸椎部の回旋筋群系(後枝支配)であるが、肋椎関節の関節症が真因だとしても、結局は回旋筋群系のトリガーが活性化して肋間神経(=胸部脊髄神経前枝)痛を起こすことになる。
胸椎背面の筋構造は次の通りである。
1)背部一行の最浅層に脊柱起立筋の棘突起側の筋として棘筋がある。棘筋は頸椎~胸椎に存在する。
2)棘筋の下層は回旋筋群系で、椎体の横突起と棘突起を結ぶことから、横突棘筋ともばれる。横突棘筋は、浅層から深層にかけて順に、半棘筋、多裂筋、長(短)回旋筋になり、どれも脊髄神経後枝支配。胸椎は左右の回旋性に富むので、長(短)回旋筋が発達している。
3)横突棘筋の語呂:浅層から深層に向けて、は(半棘筋)だ(多裂筋)か(長短の回旋筋)
上図で、脊柱起立筋(棘筋、最長筋、腸肋骨筋)は肋間神経痛にはあまり関係がない。棘筋の深層にある回旋系筋が関係する。胸部回旋筋群は、浅層から深層に半棘筋、多裂筋、長短の回旋筋になる。とれもこれらの回旋筋の筋膜癒着が、おそらく肋間神経痛に関与している。
回旋筋のオリジナル語呂:浅層から深層方向に、は(半棘)だ(多裂)か(回旋)
5.肋間神経痛の針灸治療
症状部に応じた短背筋群に対して刺針する。座位で棘突起外方1寸(1.5 ~2㎝)から2~3㎝深刺して緊張して硬くなっている回旋筋々膜まで針先を入れる。最深部の短背筋群の硬結に対して、細かな雀啄手技を行い、症状のある肋間神経痛部に響かせる。
上図は、遺体解剖から描いたもので、横突棘筋に刺入する。横突棘筋とは、半棘筋、多裂筋、長短の回旋筋の総称で、横突起とその上方の棘突起を結んでいることから、この名称がつけられた。
どれも小さな筋なので、この3筋のどれに刺入すべきかは判断きない。2~3㎝刺入して、硬い筋膜に到達したら、それを緩めるためこまかな上下動の手技針をしたり置針する。
なお第7~第12肋間神経は、横隔膜辺縁を知覚支配しているので、棘突起外方1寸から深刺は、刺針刺激が肋間神経に沿って側面~前側に響くというより、横隔膜中へ響くように感ずる。
これが柳谷素霊著「秘法一本鍼伝書」の五臓六腑の膈兪針と脾兪針の原理だと思われた。
6.特発性肋間神経痛に対する傍神経刺について
肋間神経痛の治療は、反応ある胸椎(第5~9肋間が多い)に対応する肋横突関節および関節周囲の肋間筋に対する施術を行う。この治療法は、木下晴都氏の創案した「肋間神経痛に対する傍神経刺」そのものである。(木下晴都:肋間神経痛に対する傍神経刺の臨床的研究、日鍼灸誌、29巻1号、昭55.2.15)
①2寸#5針を使用
②症状にある胸椎棘突起から外方2横指(3㎝)を刺入点とする。
③10°内方にむけて直刺4㎝。この時、気胸には十分注意する。
④5秒留めて静かに抜針
⑤最初の2~3回は毎日、その後は隔日、または1週間に2回程度の施術とした。
⑥102例の肋間神経痛患者に対して傍神経刺をおこなったところ、91%が優、6%が良、3%が不変、悪化例はなかった。うち優の結果を得た93例をみると、発症1~7日の52例では平均2.9回治療。8~15日の18例では4.6回、16~30日の12例では7.9回、3ヶ月以上経過した4例では11.5回だった。
上記の報告は非常に内容が充実していて、刺針方法は今回の私が説明しているものに似ている。ただし上図「肋間神経痛の傍神経刺」は間違いがあるので、これを指摘しておきたい。
これは椎体の外縁を通り抜け、肋骨間をすりぬけるように刺入している。針は外肋間筋にまで刺入することになっているが、これは肋間神経に影響を与えることを目的としているからで、刺針深度も4㎝と深い。外肋間筋のすぐ深部には肺実質があるから気胸事故も起きるかもしれない。この図は肋骨や胸椎横突起が描かれていないので、その危険性が分かりにくくなっている。
7.横突棘筋を刺激するとなぜ肋間神経痛が生じるのか
今回私が説明しているのは、横突棘筋(脊髄神経後枝支配)の癒着を緩めることを目的とした刺針なので、木下の考えとは異なるものである。木下晴都の活躍した時代は、MPSの考え方が存在しなかったのでやむを得ないことであるが、筋膜性疼痛症候群(MPS)研究会会長の木村裕明医師は、根症状の発痛源の多くは、ギザギザ底部(=椎間関節)のfasciaの重積のようだという見解をした。「L5の根症状がある場合は、大抵L5/S1facetの上か下のギザ ギザの底部にfasciaの重積が見られる。そこに圧痛が出る。上下の椎間関節を結ぶ、ギザギザの底部の fasciaに針をもっていき、リリースすると下肢に関連痛が出る。出ない場合は、ちょっと針先を外側にずらすとよい。そこに造影剤を入れると、たいてい神経根に沿って広がる」と記載されている。この内容を本態性肋間神経痛にあてはめると、胸椎椎間関節の横突棘筋あたりに筋膜の癒着がみられ、そこに針をもっていき、この癒着を剥がすようにすると肋間神経に沿う痛みが出ると表現できるだろう。
バージャーは、脊椎の関節包を刺激すると、刺激部とはことなる部位に痛みが生じることを実験的に証明した。下図では、胸椎椎間関節の関節包を刺激すると、肋間神経に痛みが放散している。また木村の腰椎椎間関節部あたりの筋の癒着は、坐骨神経痛様の下肢症状を示すという主張にも合致している。
結局胸椎部の後枝支配である横突棘筋の筋膜が癒着すると、肋間神経痛様の放散痛が生じるという内容になる。肋間神経は混合性神経で神経痛を起こすこともあれば内・外肋間筋の筋緊張をもたらすこともある。横突棘筋のトリガーが活性化した結果、内・外肋間筋の筋緊張を生じ、これを患者は痛みとして認識するのかもしれない。
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