AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

切迫性尿失禁が中髎の灸1回で改善した自験例(69才、男)

2023-08-14 | 泌尿・生殖器症状

1.主訴:突然尿意が強くなり、トイレが間に合わない

2.現病歴

1週間ほど前の就寝中、少々尿意を感じたので、起き上がりトイレに向かって十数歩歩いた。そのわずかな間に、我慢できないほど尿意が強くなった。トイレまであと数歩となった時、我慢できずにパンツやパジャマのズボンだけでなく、廊下やトイレの床などにも小便を漏らした。一度排尿を始めると、膀胱にある尿全部が出終わるまで尿の勢いは止められなかた。それ以降、1日数回は我慢できない尿意が急に出現し、たびたびパンツを取り替える必要があった。こういう状況になって紙製の尿漏れパンツを使おうかとか、寝床のすぐ隣に携帯トイレ(ポリバケツ)を置こうかと考えるようになった。まるで後期高齢者のようであった。


3.診断

切迫性尿失禁であり、その原因となるのが過活動膀胱によるもの。腹圧性尿失禁については、これまで患者の訴えとしては度々あった。笑ったり咳をしたり、重い物を持とうと下腹に力を入れた際に尿が漏れるというもので、その症状を想像することができた。切迫性尿失禁については以前から知識としては知っていたのだが、膀胱が意志とは無関係に収縮した結果、失禁するとはいう状態を身をもって体験した。

4.切迫性尿失禁とその針灸治療効果

 
早速ネットで、本疾患の治療について調べると、抗コリン剤が有効で、服薬により寛解しやすい疾患と書かれていた。しかしすでに私は糖尿病の治療薬を多数服用していることでもあり、これ以上薬は増やしたくなかった。では過活動膀胱による切迫性尿失禁の針灸治療はどうすべきかと調べると、北小路博司氏の発表で、中髎から仙骨骨面に対して斜刺し、骨盤神経を刺激するとあった。これは以前から勉強していたことで、日常的に患者に使用している方法でもあった。とはいえ、通常治療には多くのツボを同時に使うのが普通なので、次髎が本当に効いたとする確信をもてた症例は、ほとんど記憶に残っていない。何事も実体験しないと手に入れることができないということだ。

 
中髎に自分自身で針をすることは難しかったので、家内に頼んで左右の中髎あたりにせんねん灸(強力温熱タイプ)をしてもらった。直接灸が良かったのだがモグサをひねる技術がなったので次善の策としてせんねん灸をしたもの。施灸体位は腹臥位でなくアグラ位で上体前屈位とこだわってみた。これは少しでも交感神経優位に誘導しようとする狙いがある。左右中髎に2壮づつ実施。


それから1~2時間経ち、尿意を感じた。トイレを目指して歩くこと十数秒。こみ上げてくるような激しい尿意はなくなり、普通に小用を足すことができた。念のため翌日も同用に中髎のせんねん灸治療を実施。あれから丸2日が経つが、切迫性尿失禁症状はなくなっている。中髎施灸の効果が、これほど強力なものだとは嬉しい誤算だった。


5.中髎刺針の効果の臨床研究結果の整理 
 (北小路博司:泌尿・生殖器系障害に対する鍼灸治療、「鍼灸臨床の科学」医歯薬、2000年9月より引用)

1)中髎刺針の原法(北小路博司)

 
2寸(60㎜)7番(0.3㎜)針を用い、中髎を刺入点とし、45°頭側の斜刺し、刺針転向で仙骨骨膜に沿うように50~60㎜刺入、重だるい得気感覚が得られた後、手で針を半回転する旋捻刺激および2~3ヘルツでの雀啄刺激を左右10分間ずつ行う。これを1回の治療として、基本的に週1回の治療感覚で行った。

これまで八髎穴刺針は、習慣的に針は後仙骨孔を貫通べきだとされていたが、実際にその必要はなく、仙骨孔を貫通しない刺針でも骨盤神経に影響を与えることが重要なことが判明した。骨盤神経に影響を与えるには、8番針にて仙骨骨面にこすりつけるような強刺激の針が効果的だという。

2)中髎刺針の効能の要点

 ・過活動膀胱の収縮過敏を鈍化させる。したがって切迫性尿失禁に効果がある。
 ・内尿道括約筋の緊張を緩めることで排尿困難を改善する。

①切迫性尿失禁
過活動膀胱による切迫性尿失禁に対しては、最大尿期時膀胱容量が増加傾向。切迫性尿失禁患者の60%が、尿失禁の消失ないし改善した。中髎刺針は膀胱容量を増加させる傾向がある(対抗コリン剤と同じ作用。抗コリン剤とは内臓中空内臓の痙攣による疼痛鎮静に使用)。 

②前立腺肥大症(第Ⅰ期)
前立腺肥大症第Ⅰ期に対して、週1回の中髎刺針を行い、平均6回あまり施術した。夜間の排尿回数減少、昼間排尿間隔の延長がみられた。治療終了後は元に戻る傾向があった。
  
③排尿困難に対して
排尿筋、外尿道括約筋協調不全(膀胱機能正常、尿道機能は過活動)による排尿困難6例中、4例で排尿困難が消失、1例は改善した。すなわち中髎刺針には、尿道括約筋過活動を鎮める効果があるらしい。
  
④低緊張性膀胱による排尿困難
神経因性膀胱の一タイプ(膀胱括約筋が低活動、尿道機能正常)で、主訴は排尿困難。このタイプ7例に中髎刺針を行い、1例に排尿困難の軽減がみられた。つまり膀胱括約筋の収縮力を増やすことはあまりできなかった。


※腹圧性尿失禁   

切迫性尿失禁ではなく、腹圧性尿失禁はどのように施術すべきか。斎藤雅一は、中極深刺手技針が有効だった例を紹介した。腹圧痛性尿失禁の70歳女性に対して、中極穴に対して下方に45°の斜刺で4㎝刺入し、得気を得た後10分間半回旋刺激。週1回治療で5回治療を1クールとした。すると、1クール終了時に、尿失禁時の不快感が消失した。(斎藤雅一:排尿障害プラクティスVol.7 No.1. 1999)