AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

足冷の針灸治療理論とテクニック ver.1.1

2022-12-15 | 末梢循環器症状

 ネットを色々と見ていると、<寝るときの靴下はあり?なし?医師に聞く →「絶対良くない」「リスク大きい」>とする記事を見つけた。回答しているのはK医師で、「靴下を履き、強制的にあたたかくすると、体温が下がらないので安眠につながらない」と説明している。これを見てあきれた。とても医師の意見だとは思えない。これは冷え性と安眠を混同している意見であって、「冷え性の者が靴下をはいて寝ることは、冷え性の改善にはならないが、眠りにつきやすくする一つの策だ」というのが正しい。睡眠中、足が適温になったら無意識的に靴下を脱ぐだろう。このあたりのことを説明したい。

1.四肢温度と核心温度
  
恒温動物の深部温度(=核心 core 温度)は、内部  環境保持のため一定温度(ヒトでは37℃)に保たれている。深部温度とは内臓などの体幹深部と頭蓋骨内の温度である。これに対し、皮膚表層温度(=外殻温度)は易変動性で、通常は気温に比例する。(皮膚温が高くなりすぎると、発汗して冷却するが)

  
体幹深部で温められた血液は、血流を通して末梢を温めるが、四肢の体温は末梢に近いほど外気温に平行して下降する。これは限られた熱エネルギーを分配する中で、内臓活動機能に不可欠な核心温度を保持するための対策である。


   

2.機能的冷え症の病理機序
 
1)熱の産生不足

   
体幹部核心温度低下しそうになたら、身体の産生熱量を増加させようとする機序が働く。熱源は内臓(とくに肝臓熱)と骨格筋(ふるえ熱)であり、これらの代謝亢進のために、甲状腺刺激ホルモンや副腎髄質のカテコルアミン分泌が増加する。核心温を保つことができなければ死に直結する。

 
2)皮下動静脈吻合(AVA arterio-venous-anastomoses =グロムス機構)の役割

   
血液循環は、動脈→毛細血管→静脈という基本構造をもち、毛細血管では酸素や栄養素の受け渡しをする。これとは別に、末梢毛細血管を経由しないで、細動脈→細静脈へと、あるいは細動脈→細動脈へと血流がショートカットする部分が、唇や耳鼻、手指や足指(要するに洋服で覆われない部分)に存在する。このような部位を動静脈吻合とよぶ。真皮にある動静脈吻合の役割は余分な熱を逃がすことにある。

   
暑い日には、動静脈吻合を開いて、末梢の血流量を増やすことで、放熱量を増加させて核心温の上がり過ぎを防いている。寒い日には、動静脈吻合を閉じて、末梢血流量を減らすことで、熱の逃げるのを防ぎ、核心温を下がり過ぎないようにしているが、その代償が「手足の冷え」である。

 

上下肢末梢が冷えは、その部分の血流量低下していることを意味する。グロムスが開いた状態であり、小動脈から小静脈へと大部分の血流が流れるので、それより末梢への血流が少なくなっている。
確かに手足が冷たく不快だが、それにより核心温を保持するという合目的性がある。

グロムスを閉じた状態にすれば、小動脈→毛細血管→小静脈と血液が循環するので手足は冷えない。身体が十分熱エネルギーを産生できる余力があるなら、産生量を増やして核心温度を保ちながらも上下肢末梢も温かい状態にできるだろう。しかし産生できるエネルギーに余剰が内場合、グロムスを閉じようとしても、核心温度が低下してしまう以上、グロムススイッチは閉じることができない。ゆえに、上下四の冷えの改善目的で、を井穴刺絡したり、指間針刺激してグロムスを刺激しても、その刺激に反応できずず冷えは改善しないことになる。

このような場合の処置としては、室温を温めたり、暖かい食事を摂ることが先決で、針灸治療としては仙骨の箱灸や赤外線照射を行うことが必要になるだろう。

 

3.不眠と冷え性の関係
    
睡眠は第一義的には脳の加熱を防ぐことにあり、睡眠時には脳血流量が減るので深部温を下げることができる。その時の余剰の熱は手足か放散される。この熱が布団に伝わり、布団が暖かくなり、手足も温まる。身体が副交感神経優位体勢となって眠る体勢が整う。

   
足冷が強い者は、四肢から放熱できるほどの熱量が十分ない(四肢から放熱するなら、核心温度が下がり過ぎて内臓機能を維持できない)。こうした場合、靴下をはいて布団に入ると、下肢からの熱の放散も少なくてすみ。核心温度を下げ過ぎるというリスクが減る。

就寝中に脳内血流が減り、四肢から熱を放散できる情況になったら、無意識的に靴下を脱ぐだろう。すなわち靴下をはいて寝ることは、冷え性の治療にはならないが、睡眠促進にはなる。寒冷時、就寝前に風呂に入ることは、脳の加熱を促進させる行為なので、睡眠時には多くの余剰の熱を手足から放散するので、布団に入った瞬間からポカポカと手足が温かく、快適な睡眠が得られやすい。

 

3.冷え症の針灸治療

1)腰仙部の長時間温補(筆者の方法)

①腰仙部の赤外線照射(または箱灸)


治療室内は適温に保つ。伏臥位にて腰仙部を露出させ、赤外線照射(または箱灸)を実施する。加熱部以外はバスタオルで覆い熱を逃がさない工夫をする。深部までの加熱を行うため照射時間は、温和な加熱で20分またはそれ以上必要である。この考え方は、ローストビーフを芯まで上手に焼く要領ににている。肉の芯まで火を通すには、長時間の弱火がよい。短時間の強火では熱がるだけで、芯は温まらない。
この時重要なのは、足は直接温めないということである。腰仙を温めることにより、足部皮膚温を上昇させねばならない。換言すれば、足部皮膚温が正常になるまで、腰仙を温め続けるべきである。 
  
温罨法に熱湯で温めたコンニャクを20~30分仙骨部に貼り付けるというのは湿熱なので興味深いが、該当部位に置針ができなくなるので、針灸院で行う方法としては適切とはいえない。自宅療法としては好ましい。


②腰仙部の多壮灸(郡山七二「現代針灸治法録」)
「冷え症には、腰仙骨部の経穴を数カ所(たとえば、大腸兪や次髎)選び、多壮灸する。他の治療を行う暇があるならば、壮数を増やすことを考える」といった大胆な記載がある。追試してみたが、手間の割に効果が乏しい印象をもった。
 

2)動静脈吻合に働きかけるテクニック
   
動静脈吻合の開閉は、そこにある交感神経により支配されている。寒い日には末梢血管にまとわりつく交感神経は緊張して血管は細くなり、動静脈吻合は閉じるので、熱が漏れにくい。
意図的に閉じている動静脈吻合を開くことができれば、そこから末梢の血流がよくなり冷えも改善されるが、手関節部、指間部、指尖部などに刺針しても、大して手足の血流は改善しないという苦い事実がある。動静脈吻合への刺激の加えかたが妥当でないのかもしれない。
   
先日、針灸実技講習会<奮起の会>でご協力いただいている岡本雅典氏と話す機会があり、手足のグロムスを開放する手技療法についてご指導いただいた。患者の手指足指の背側から指間に術者の指を入れ、数回強く掌屈・底屈させるという方法で、手足の指間にある虫様筋・指間筋の伸張刺激になる。私も被験者としてやってもらったが、かなり痛かった。その程度強くやらないと効きかないらしい。


※指間の筋の構造と動静脈吻合のおさらい

指間には、背側・掌側骨間筋および虫様筋の2種類の筋がある。背側骨間筋は、指の外転(パーを出すように五指を広げる)に、掌側骨間筋は、指の内転(五指を中指に近づける)運動を行う。虫様筋は指の伸展運動に関係し、トランプを広げて持つ時のようにMP屈曲、IP伸展という形をつくる。通常筋は、骨と骨をつないでいるが、虫様筋は腱と腱をつないでいる。
以上の内容は難解だが重要ポイントは次のようである。深部に動脈弓があり、ここを基点に各指に小動脈が伸びている点が重要で、その枝分かれ部にグロムス機構(動静脈吻合、動々脈吻合)があって、血流方向を制御していることである。