AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

筋伸張位で行う鍼灸治療の生理学的意義 ver.1.1

2021-03-26 | 総論

 熱心に勉強を続けている<奮起奮起の会、針灸実技講習会>の常連参加のS先生から、「伸展時痛というのは、筋の凝りからきているのでしょうか?  」とのメールを頂戴した。このような原理的な学習は鍼灸師の苦手とするところである。私に寄せられた質問の多くは「こういう患者がいて、鍼灸しても改善しません。どうましょうか?」という即物的なものであって、治効原理の質問は珍しい。私は次のように返信メールした。

筋コリは、すなわち筋短縮のことで、短縮した筋を無理に伸張させようとすると、所定の長さまで伸張させるには余計負担がかかることになる。ゆえに回答はイエス。また短縮筋を押圧すれば、コリを触知できる。


治効原理については、一度疑問に思ってそれを解決すべく色々調べてみても、余計に難しくなり混迷の度を増すばかりになることが多い。とくに生理学は抽象的なのでその傾向がある。ところで生理学を学習することは、鍼灸臨床には、どのように役立つのだろうか。筋刺激をより効かせるものにするには、どうすべきか。これらに対する見解を示すことにしたい。


1.筋紡錘と腱紡錘の伸張受容器の相違点

「筋紡錘」「腱紡錘」にはともに伸張受容器で、これは筋肉が、これ以上引っ張られると困るというセンサーである。一方、筋肉に収縮受容器は存在しない(これ以上縮んだら困る!ということはない)。
  
筋紡錘(錘内筋)には運動神経(γ)と感覚神経(Ⅰa)がある。
腱紡錘(ゴルジ体)には感覚神経(Ⅰb)があって運動神経はない。
(腱紡錘に運動神経がないことは、筋紡錘は伸縮するが、腱紡錘は伸縮しないことを示している)

筋紡錘と腱紡錘は発火する閾値に差がある。筋紡錘の方が先に発火する。たとえば足関節の背 屈動作を急な動作で行うと下腿三頭筋が伸張されるが、アキレス腱は伸張されない。アキレス腱伸張させるには、足関節の背屈動作をゆっくりとした動作で徐々に力を入れて行うべきである。

  
2.伸張反射(=深部反射)

1)概念

筋・腱に刺激を与えた際、筋の反射的収縮を起こす仕組みを伸張反射とよぶ。本反射は受容器と効果器が同じ筋内にある単シナプス性(脊髄にあるシナプスを1回経由しただけ)である。急に伸ばされた筋線維は、反射的に収縮する性質がある。原始的には、関節を固定し姿勢保持する意義がある。

筋が普段から一定レベルに緊張しているのも伸張反射による。たとえば手に持ったバッグをひったくりに持って行かれそうになった際、反射的に手に力を入れてしまう現象が起こる。これはバッグを奪われないようする反射行為だが、生理学的には、急に伸ばされた筋が反射的に収縮した結果、つまり伸張反射に他ならない。

筋が普段から一定レベルに緊張している(これを筋トーヌスとよぶ)のも伸張反射による。
伸張反射の例: 膝蓋腱反射、眼輪筋反射、下顎反射、上腕二頭筋反射、アキレス腱反射など

※屈曲反射(=表在反射):皮膚や粘膜に刺激を与えると、筋の反射的収縮をおこす仕組み。詳細省略

2)α-γループとは

どの程度の伸張反射を起こすかの調節には、α(筋収縮そのものを行う)とγ(筋紡錘の感度を調整)の運動ニューロンが関与している。たとえば精神緊張している際、おもわず手に力が入ることがある。精神緊張していると、腱反射は強く出現しやすい。

状況に適合したγ運動ニューロンの興奮
→筋紡錘の感度が上がる(=γバイアス)
→設定された感度に応じてα運動ニューロンが活発に活動
→筋収縮

3)筋ストレッチとの関係
    
筋をゆっくり伸張させる運動を、筋ストレッチとよぶ。ゆっくり伸ばすのは、伸張反射を防ぐ意味がある。筋を瞬間的に伸ばそうとすると、反射的に筋が収縮してしまう。筋をゆっくり伸ばすことで、筋をストレッチ(=伸張)させる効果、具体的には筋緊張緩和と筋の柔軟性改善、関節可動域拡大、血流改善が期待できる。
   
私の針灸治療で、効かそうとする重要点刺激は、刺針部をストレッチして行う、もしくは運動鍼することにしている。それは、γ運動ニューロンの活動を高めておくことを念頭に置き、伸張反射を活発化させることを重視しているため。


3.Ⅰa制御とⅠb制御

γ運動ニューロンの興奮を鎮めるには、「Ⅰa抑制」または「Ⅰb抑制」を用いる。

1)Ⅰa抑制

①Ⅰa抑制とは

主動作筋が収縮する際は、拮抗筋が弛緩する生理的機序をⅠa抑制とよぶ。これはスムーズな関節運動を行うためのしくみである。別名、相反性抑制または反回抑制。
例)肘屈曲の際、上腕二頭筋が収縮する際には、拮抗筋である上腕三頭筋は弛緩する。

②Ⅰa抑制の生理学的機序
   
目的筋を大きな速度で伸張する
 →筋紡錘が反応してⅠa求心性線維に刺激を送る
 →その刺激が脊髄を通り脊髄にあるα運動線維を介して拮抗筋に抑制的に働く
 →拮抗筋が弛緩。        

③Ⅰa抑制の臨床応用
   
対象筋の拮抗筋を収縮させることが、問題筋の筋緊張を緩めることにつながるケース。

例)腰部筋緊張を緩める。 
拮抗筋である腸腰筋を緊張させる動作をさせる。具体的には仰臥位で大腿挙上させ、腸腰筋を緊張させる動作を指示。治療者は、その運動に抵抗を加える。

例)大腿四頭筋緊張を緩める
拮抗筋であるハムストリング筋を緊張させる動作をさせる。具体的には側臥位で、上になった側の下肢を、膝関節伸展させたまま、股関節を伸展させる。弓を反らすような姿勢にし、セラピストは、その運動に抵抗を加える。

2)Ⅰb抑制

①Ⅰb抑制とは

筋肉の両端部分のスジが他動的に引き伸ばさると、筋は反射的に弛緩する。これをⅠb抑制とよぶ。Ⅰb抑制は、筋肉の収縮や外力によって急激に引き伸ばされ筋が断裂するのを防ぐための防御機能である。「腱」紡錘による自筋(目的筋)の抑制。
例)腱反射:腱を筋が弛緩した状態で軽く伸ばしハンマーで叩くと、筋は一瞬遅れて不随意に収縮した後、弛緩する。筋が弛緩するのは、筋断裂を回避するための防御反応である。

②Ⅰb抑制の生理的機序

筋をゆっくりと大きく伸張する
→腱紡錘(=ゴルジ腱器官)腱紡錘が伸ばされてⅠb線維に刺激を送る
→その刺激が脊髄を通りγ線維を介して伸張した筋に抑制的に働き、筋が弛緩する。

※Ⅰa抑制は、目的筋を大きな速度で伸張することでスイッチが入る。これに対して、Ⅰb抑制の起こる閾値が高く鈍感なので、Ⅰa抑制が働かないように、静かにゆっくりした動作が必要である。

③Ⅰb抑制の臨床応用  

「腱」紡錘は自筋(目的筋)を抑制する。

例)下腿三頭筋痛では、アキレス腱のばし
スタティックストレッチ(反動をつけず、ゆっくり引き伸ばして行うストレッチ。ストレッチ作用は弱いが安全性が高い)

例)膝OAの痛みでは、大腿直筋緊張を緩める
大腿直筋緊張を緩めるには、単に四頭筋上の筋硬結部に刺針するのではなく、仰臥位で膝関節屈曲させ、四頭筋緊張させる→その状態で膝蓋骨の大腿四頭筋停止部の圧痛(鶴頂あたり)を探って手技針すると効果的。

例)腰方形筋緊張による腰痛治療 
立位で前屈させて腰方形筋を伸張させる。その状態で腰方形筋の腸骨稜停止部の圧痛に手技針または運動針。   

 

4.坐位や立位で行う体幹筋施術も、筋伸張肢位での施術といえるか?


立位や坐位になると体幹部では背腰部筋や胸腹部筋が緊張し、その姿勢を保持しようとする。より厳密にいうなら、重力方向に重心が合うように拮抗筋が緊張しつつ調整している。この筋が緊張している状態を、筋収縮と考えれば、先に記した<筋伸張位で行う鍼灸治療‥‥>という論旨と矛盾するかのように見える。しかしこれら拮抗筋は同時に持続筋収縮しているかに思えるが、前後、左右、上下の重心動揺に合わせて筋収縮が変化している。
 
立位や坐位の姿勢に変化なければ、筋は等尺性筋収縮をしているといえるのだが、厳密にいえば重心動揺に応じて筋収縮が変化しているという意味がら、筋が伸張と収縮を繰り返しているともいえると思う。
ゆえに立位や坐位での背腰部刺針や腹部刺針も、やはり伸張状態にして刺針しているといえるだろう。

例1:上腹部症状を訴える患者に、ベッドに腰掛けさせた姿勢で、膻中~中脘の圧痛点を探して刺激する。

例2:治療室の壁の前に、患者の胸や腹を接触するよう立たせる。この状態で、脾兪・腎兪・上仙などの圧痛点を探して刺針する。なお壁の前に立たせるのは、術者の背腰部を押圧する力を逃がさないため。
では背腰痛患者に対し、立位で施術するのではなく、立位で上体を強く前屈させた状態すなわち背腰筋を強く伸張させた状態で刺激するとどうなるだろうか。非常に治療効果が高くなることだろう。