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グルーポンおせち問題の雑感

2011-01-05 12:26:51 | 経済
グルーポンの割引で買ったおせち料理が酷すぎワロタwwと話題に(アルファモザイク)
http://alfalfalfa.com/archives/1852782.html

グルーポンのおせち問題が話題になっているようだ。
ちょっとこの話題に乗ろうと思う。
(別にどうしても言いたいことがあるわけではない。)

最近WikiLeaksやYouTubeに関する話題がメディアの在り方や論壇を変えると盛んだが、
日本における2ちゃんの威力は強烈だなと改めて感じ入りさせられた。

リンクは張らないが、中にはバードカフェのゴミを漁って、
具材の発注書を見つけて2ちゃんで暴露するものまであった。
既存のマスメディアには絶対に乗ってこない情報だ。
そして、ネット上の情報が即時的に収集、公開されてしまうという荒業。

既存マスメディアがこの時勢にも関わらず自らの醜態を曝すように
政局一辺倒になるのもわからんでもない。
もはや、その類の情報しかマスコミが優位性を発揮できるものがなくなってきているからだ。

まぁ、マスコミ論はここでは横に置いて、このグルーポン問題について私見を少し述べてみたい。

まず、食品業界関係者からすれば、こういう事件は困るわけだ。
これは、事実がどうかとは関係なくイメージ問題は大衆商品には付き物である。
そういう観点から考えれば↓な議論は正論であり、うなづけるものだ。

全然違うよ、堀江さん (はてな匿名ダイアリー)
http://anond.hatelabo.jp/20110104091443

最近では問題が発生すると、すぐにコンプライアンスという御旗の錦の下に大規制が行われる。
結局、それらは企業側のコスト増となり、消費者にとっては品質低下や価格高騰という結果になる。
関係者からすれば、一握りの業者のためだけに、そのような事態を招くことは避けたいのは当然だ。
しかも、それが過失ではなく故意であればなおさらであろう。

この問題は、リーマンショックで有名なあの金融信用不安と似たような構図なのである。
数多くの饅頭の中に毒饅頭が混入した場合に、どうやって信用不安を解決できるかという問題である。

最も単純で確からしいが、最もコスト増となる方策は、全ての饅頭について消費者に届く前に検査することである。
こんな気の遠くなる作業はできないので、サンプリング検査になるだろう。
しかし、サンプリング検査だけで消費者が納得するであろうか。
狂牛病騒ぎの際に、日本はアメリカに全頭検査を押し付けた。
アメリカはクレイジーだと日本を批判したが、
これは消費者側の日本と生産者側のアメリカの立場の違いでもある。

しかも検査中は出荷できないわけだから、生鮮要素のあるものは商品価値を陥れる結果にもなる。

ただ、サンプリング検査では本質的な問題を解決できないと判断されるのが通常で、
生産者側での品質管理を徹底させるというのが一般的に考えられる方策だろう。

企業側では、品質基準認定機関から承認を受けることによって消費者にアピールする方策がある。
行政側では、品質基準を法律で定め、違反者に対して罰則を与える方策がある。
消費者側では、品質承認を受けない企業の商品を買わないことや、
政治に働きかけて規制法律を作る方策がある。

ただ、どの方策にも
コスト増や、商品開発の自由度の低下などに繋がるというトレードオフがあるので
単純に規制すればよいというものでもない。
毒饅頭を食べることはなくなっても、饅頭の味が落ちたり、同じ味の饅頭しか店頭に出なかったり
饅頭の価格が異常に上がったりすることは消費者にとってうれしいことではないはずだ。

その観点で、もう一つ注意しておくべきこともある。
例えば、↓のBlogの内容も、また正論であり、うなづけるものだ。

おせちの裏側(京都を遊ぶ社長のblog)
http://blog.livedoor.jp/ftakahiro/archives/1399386.html

しかし、無知ゆえの失敗を許さないという姿勢もまたバランスを欠くと前述の損失を招く。
(上記ブログはおせちは大変だよと書いてあるだけです。)
今回のグルーポンおせち問題の場合は、経営者の程度が低かったのであろう。
ただ、起業や新規事業立ち上げの際には、
無知ゆえのリスクにもある程度鈍感であることは重要である。
起業の99%は失敗するのだ。
夢を見て動き、現実に苛まれて止まるといった失敗を許容できな社会は、
新陳代謝も多様性も促進されず、閉塞的なものとなってしまうだろう。

ここにも、1つのバランス感覚が要求されているのだ。


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