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進化する魂

フリートーク
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隷従への道は善意で敷き詰められている

2010-08-17 12:18:56 | 政治

年に1回見るかどうかという日曜朝のNHKの番組「日曜討論」の一部を見た。
たまたまチャンネルを切換えたら児童虐待をテーマに議論をしていたからだ。
討論者は、辻井喬、西部邁、吉岡忍、雨宮処凜、宇野常寛。

この中で、非常に面白い日本の縮図を見た。
雨宮処凜氏と宇野常寛氏が「社会システムの欠陥」を声を大にして主張していた。
特に宇野常寛氏は、時代とともに変る社会構造の変化に着目すべきで、
戦後モデルの破綻と、新しい時代の社会保障システムの構築に主眼を置いていた。
要は、現行の社会システムの中では児童虐待などは必然的な帰結であって、
今後こういうケースは増加するだろうという見方である。

この話自体なんら新鮮味のある話ではないし、よく聞く内容だ。
だが、面白いのはこれに反応した西部邁氏の話だ。
西部氏は保守の立場から次のような話を展開した。

(かなり個人的な補足を入れ込み意訳してある)
日本には、古来より構築されてきた家族や地域などのコミュニティという素晴らしい社会システムがあった。
戦後、資本主義イデオロギーの下、社会構造の変化として人が「個」に分断されてきたことが、
現在の状況を生み出しているのだ。
この「個」への分断を必然的現象とは捉えずに、再興することを考えねばならない。
なぜなら、社会システムの構築によって全てに対応することはできないし、
また、この考えは政府・国家の役割を無制限に広げる危険性を持っているからだ。

この話を宇野常寛氏は十分には理解できなかったらしく、
それでも確率的に発生する欠陥に対処するためには社会的システムの必要性が存在すると反論していた。
宇野氏の話も当り前で真っ当なものだが、西部氏と議論している軸が異なり、ピンボケた反論であった。
せっかくの議論の種まきを西部氏がしたのに、それを受け取る宇野氏側に素養がなかったために議論が育たなかった。
討論慣れしている西部氏は自説を無理強いすることがなく、平凡な議論のまま終わってしまったのだ。
NHKはオビで「言論界の重鎮 vs. 若手論客」みたいなものを差し込んでいたが、それ以前の内容であった。

私は西部氏の意見に賛同するものではないが、西部氏の主張は非常に重要な論点を提供していると考える。
東大の学生だった頃に西部氏の弟子だったという池田信夫氏が最近次のエントリを書いているので紹介したい。
(池田氏と西部氏は仲悪いらしいが)

例えば、宇野氏は↓このような形で西部氏に反論すべきだった。

「後期近代」を考えるブックガイド(池田信夫blog)
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51467160.html

自我の源泉(池田信夫blog)
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51468456.html

なんにせよ、この番組に限らず他のメディアでも見て読んで気になっているのは、
「十分な社会システムの構築」を主張する人々は、
社会や国家というものの本質を理解しているのだろうか不安になることだ。
非常に力強く、そして説得力があるように見える主張の中に、
大きな誤解や無理解が含まれているのだとしたら、それは非常に危険なことと言わざるを得ない。
もちろん、彼らが己の信じる善意と正義に基づいて主張していることに疑いの余地を挟むつもりは無い。
しかし、ちょうど終戦記念日のその日に行われた議論において、
我々が戦争から学ぶべきものを何か忘れているのではないかという不安に駆られたのだ。

1944年にフリードリヒ・ハイエクが発表した「隷従への道」を題材にしたこの動画をよく噛み砕いて見て欲しい。
ここでのテーマの1つである「戦争」を「貧困」や「格差」に置き換えて欲しいのだ。
当Blogでは、「不安」を題材とした政策や施策を「不安ビジネス」と呼ぶことにする。

隷従への道




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