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進化する魂

フリートーク
AKB48が中心。
気の赴くままに妄想をフル活用して語ります。

価値を決めるのは顧客である、現実を決めるのは顧客ではない

2012-07-13 00:29:50 | AKB48_イノベーション
昨日久しぶりに新宿行ったのだが、ロシア料理を食べるつもりが途中にあった居酒屋の誘惑に負けてしまい・・まだ調子が悪い(笑)

何も考えられない・・今日は早く寝よう(--;)


◆◆◆◆◆◆


乗り遅れた感があるのだが、BLOGOSで元AKB48アシスタント・プロデューサーの岩崎夏海さんが面白いことを書いていた。
コメント欄も盛り上がっていたようなので、私もちょっと反応したい。

(書きたいネタがどんどん後回し・・)


面白さを決めるのは読者ではない
http://blogos.com/article/42575/


絶対的な「笑いの法則」
http://blogos.com/article/42712/


2つ目の補足記事はいらないような気がするけど・・話がわかりにくくなっている



まず、最初に明らかにしておくべきことは「面白さ」の意味である。

一般的に「面白さ」は「効用(満足度)」であるので、主観評価にあたる。

この意味では、多くのコメンテーターが批判しているように「面白さを決めるのは読者」である。

しかし、岩崎さんは、一般用法としての「面白さ」を「満足度」に置き換えているわけなので、主観評価としての「面白さ」を前提とした批判は、この場合は批判として成立しない。

「面白さ」という言葉をそのまま使うことを批判するのは有りだと思う。

誤解を招かない為には、例えば「面白さ」ではなく「真・面白さ」「面白さ定理」といった言葉を使うことが有効だろう。

(自分のネーミングセンスの無さに嫌気がさす・・orz )



では、ここでの「面白さ」とは何なのか?が一つの重要なテーマになる。

岩崎さんはこう言っている。


それ(面白さ)は、この世にすでにもともと存在している、先天的なものなのだ。この世には、ピタゴラスの定理みたいに「面白さの公式」というのがあらかじめ在って、ゆるがせにしがたい。


この宇宙には「面白さ」に関する公理のようなものがあるという。
コメント欄の中に、プラトンの「イデア」を持ち出して説明するものがあったが、そんな形而上の話を持ってこなくても簡単に説明できる。



こういう場合は比喩を使うのが手っ取り早い。


たとえば、ここに高層ビルがあるとする。
さらに、このビルは震度7の揺れにも耐える最新の免震構造を持っているとする。

このビルは「安全」だろうか?

安全かどうかは主観である。
安全基準が定義されていようとなかろうと、最終的に「安全かどうか」を判断するのは人間の仕事だからだ。

しかし、「安全」かどうかを判断するにあたって参照するであろうこのビルの震度7にも耐える免震構造は主観ではない。
免震構造そのものは「安全」ではないけれど、安全と判断されるべきモノとしてそこに存在するわけだ。

これは「現実」だ。



たとえば、予防注射をすることを考える。

注射は「痛い」のだろうか?

痛いかどうかは主観である。
しかし、痛いという判断の基になる注射針が身体に刺さるというコトはそこに存在するわけだ。

これも「現実」である。



当Blogのいつもの主張になるのだが、価値を決めるのはいつだって顧客である。

だが、その価値判断の基となる現実を決めるのは作り手である。

現実によっては価値が変わってくるが、でも価値判断は現実だけによって決まるわけではないのでやや面倒だ。

「価値」と「現実」は違うものだという、極当たり前の話である。


たぶん、岩崎さんが言いたかったのは、それとは別に、この現実から価値への変換経路(主観評価)上に「面白さの定理」があるという話だと思うが、あるとも言えないし、ないとも言えない。

当Blogの行動経済学シリーズで人間の主観評価が如何にいい加減か説明してきたが、人間のその時々の心理状態も含めた上での統一理論的なものがあるとは言える段階にない。



細かいこと言い出すときりがない。
「認知されない現実は存在していると言えるのか?」とか
「現実はありのままの存在で、認知した現実は事実だ。認知したものを現実と呼ぶなら、現実を決めるのも顧客だろ?」とか。


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2 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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Unknown (ムー)
2012-07-13 18:02:09
確かに価値を見出すのは顧客ですが、今までにない商品の場合その価値を生み出しているのは生産者といえます。
例えば、iPodですね。全曲を全てパソコンに保存し、同時に持ち運べるようにする。
すでにCDプレイヤー、MDプレイヤーはあったけれども全てを持てるというのがこれほど素晴らしいとは誰も知らなかった(シャッフル機能がいかに素晴らしいか、手にしてから気づいたことでしょう)
少し話はずれていると思いますが、この例をあげると少しは分かりやすくなるのかなと思います。
お笑いなどもそうですけど、なんらかの知識を一定以上持てば初めてわかる面白さもあります。(スポーツなんかルール分かってはじめて面白いと思います)面白さを一元的に顧客が決めるのは間違いだという一つの根拠ですね。

もっとも、絶対的な「面白さの公式」があるのか?それとも面白さの中にも、万人がちょっとおもしろいと思うの、ある層がめちゃくちゃ面白いと思うものなど多数あると思うので、解が一つのように書かれて論じているのは若干の問題であると感じました。もっともなんとも漠として掴みがたいですね。ですが、私は「面白さは読者でも制作者でもないところにある」という考えは非常に面白く思いました。
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価値の定義次第かと思います。 (advanced_future)
2012-07-15 00:22:48
>ムーさん
コメントありがとうございます。

>価値を見出すのは顧客ですが、今までにない商品の場合その価値を生み出しているのは生産者といえます。

その通りで、それゆえ「価値を決めるのは顧客である、現実を決めるのは顧客ではない」と主張するものです。


>なんらかの知識を一定以上持てば初めてわかる面白さもあります。
>面白さを一元的に顧客が決めるのは間違いだという一つの根拠ですね。

たぶん、ボタンの掛け違いだと思うのです。
「面白さ」を「主観評価による効用」だと定義するか、「客観的な指標」だと定義するかの違いだと思うのです。
(もしくは両方を含んだものとして定義するか)

それで私は「震度7に耐えうる免震構造」の話を出しました。
「安全(価値)」と判断することと、「震度7に耐えうる免震構造(現実)」は別のモノだからです。

(厳密にいうと現実を認知しているのは顧客なので、現実すら顧客が決めているのですが、ここでいう「現実」は認知とは関係のない「ありのままの現実」のことです。)


「価値」の定義をどう考えているかについても、誤解の元だと思うのです。

一般的に「価値」には、「使用価値」「交換価値」「象徴価値」があると言われます。
しかし、どの価値も、その価値を認めるかどうかは人(顧客)によって変わるものです。

包丁の切れ味がどれだけあるのか(現実)を決めるのは顧客ではありませんが、その切れ味のある包丁を必要とする(使用価値がある)かどうかは顧客次第です。
パソコンは便利なものですが、原始時代にパソコンがあっても使用価値はないと思います。
顧客がそれを必要としないからです。

為替レートが「1ドル=100円」だとすると1ドルの交換価値は100円ですが、1ドルを100円に交換してもよいと認めるかどうかは、顧客次第です。
人が完全合理的なら、効用を最大化するように行動するので、儲かる話には人は乗るはずですが乗らないことの方が多いです。

象徴価値は本当は物語的なことと絡めて話をするべきなのですが、面倒なのでここでは触れません。

私はいつも「顧客価値がないものは価値(意味)がない。」と主張しています。
しかし、「顧客価値」とは別に「価値」というものを定義することは可能です。
(使用価値、交換価値、象徴価値...)
私はそれを価値とは呼ばずに「現実」と呼びました。

後日「価値」について書きますか・・価値について語れるほど自信はないのですが・・汗
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