禅のことば。
「既に起きてしまった念や思いは、それ以上発展させないように心から放ち、
まだ起こっていないことをあれこれ心配しないこと」という意味。
つまり、考えてもしかたのないことは、くよくよ悩むでないってこと。
仏教では、本来私たちの心は太陽のようにキラキラしていると。
でも、色々な妄想を呼んで、せっかくの太陽のような心を傷つけるのは、
周りにいる誰かではなく、実は自分自身だと。
脳は実際、心を痛めたり暗い感情の中にあると、傷つけられるそうだ。
そして悩んでばかりいる人の脳細胞は、どんどん死滅して認知症になりやすいらしい。
心が傷ついたり悪いことに囚われると、思考能力は落ちてしまうってことかな。
禅では、「今」を大事にと説いている。
それは「今」を一生懸命まじめに生きよ、なんて言う重たい、
もっともらしい教訓ではなくて、「今」を受け入れ、楽に淡々と過ごしていれば、
不思議と悩みに暮れることもないのでは、という意味かなと、私は勝手に解釈している。
うちの猫が虫をくわえて自慢げに見せにくる時の顔は、虫には申し訳ないけど、
実に生き生きとしている。
まさか人間は、虫とは言え余計な殺生はできないから、たまたま散歩中に
実の詰まった美味しそうな栗を見つけたら、「おっ!めっけもん!」って、
ご機嫌になれたら、それでその日はしあわせってもんさね。
大事なことは、意外とそんな身近にあるのかも。
そんなしあわせを探す、日々是好日。