あしあとーⅡ

日々のあれこれ、綴ったものが自分の足跡に

「治天の君」

2020年05月09日 | TV・映画

これは以前舞台で上演された作品だ。多分地方公演はなかったのだろうと思う。

この題名の「治天の君」とは天皇を指す言葉である。

そしてこの物語の主人公は大正天皇で,その時代を描いた舞台である。

 

何年か前この舞台を観劇された関東に住む友人がこの舞台を見た感想文を書かれて

それに私がコメントしたことを覚えていて下さって、この作品がネットで見られますよと

教えて頂き、念願叶ってパソコンで見る事が出来た。

 

昭和20年、日本は戦争に負けてそれ以前の事が大きく変わった。

以前は西暦なんて使う事なんてなくて、天皇が変われば元号が変わる時代、

つまり戦前まで使われていた和暦とは孝徳天皇(西暦700年ごろ、調べました(^^)/に始まり

天皇が変われば元号も変わるという時代が昭和20年の敗戦まで続いていた。

大正と言う時代は15年間、これが短いか長いかは私は過去の和暦がどの天皇が

何年続いていたかを知識として持っていないので論ずることは出来ないけど、

明治が45年、昭和が64年の事を思えばやっぱり長いとは言えないなぁーと思う。

 

私は昭和の生まれである。だから親から大正天皇ことを少し聞いたことはある。

体も弱く、頭も少し・・・、つまり知恵遅れ? そんな方だったと聞いた覚えがある。

この物語にも出てくる、勅書を丸めて望遠鏡のように覗いたという逸話、この行動が

頭が弱い事の証明のように国民の間に伝わっていたように思う。

私はこの事は天皇家が血族結婚が多かった結果、起きたのではないかと思ったことがある。

だが実際は脳の病気を患われた結果だったことが判って何故かしら良かったなと思った(^^)

 

47歳で亡くなられたらしいが、この舞台の演出家がなぜ大正天皇に焦点を当てようと思われたのか?

それは私には判らいけど、でもこうして舞台になって少しでも人々の関心が

大正天皇と言う方に向けられれば、少し影の薄かった天皇に光が有ったような気がして

何故か良かったなぁ~!と思うのだ。

 

でも大正デモクラシーと言う言葉が残っている位だから決して悪い時代ではなかったのだろう。

舞台に登場した大正天皇はお人が良くて、短命ではあったけど奥様との仲も良くて

お幸せな人生だったのかなと・・・、良かったなと・・・。

 

大正天皇って全く存じ上げない天皇だけど、でも天皇と言う自らの意思でその座を

望んだわけではなく、生まれながらにしてその運命が決められている人生って・・・。

 

私なら嫌だわ・・・(>_<)

いやこんなこと言っちゃいけないね。現在も天皇制は続いているのだから・・・。

 

でも孝徳天皇以来こうして現在までも延々と天皇制が続いて来た日本と言う国は、

それぞれの時代では大変な事が有ったかもしれないけど

天皇と言う象徴を頂点に頂いて今日までその国の形を持ち続けられた事は

統治が出来ていたという証だから、

もしかしたら世界でも一番幸せな国かもしれないな!と思う。

 

(間違えていたところが有ったので一部訂正)