昨日投稿した金子光晴「作詞にあたっての十個条」第七条には続きがあり、千家元麿の詩が引用されています。
もうひとつ千家元麿の「雁」という詩をあげておきましょう。この詩は、すこしのけれんもない、質朴な表現で、正面から取りくんで書かれたものですが、うちに作者の善意と、正義感と、無垢な精神をとおして、ひとつの世界のひろがりを感得することのできるよい例です。
暖い静かな夕方の空を
百羽ばかりの雁が
一列になつて飛んで行く
天も地も動かない静かな景色の中を、不思議に黙って
同じやうに一つ一つセッセと羽を動かして
黒い列をつくつて
静かに音も立てずに横切ってゆく
側へ行つたら翅の音が騒がしいのだらう
息切れがして疲れてゐるのもあるのだらう
だが地上にはそれは聞えない
彼等はみんなが黙って、心でいたはり合い助け合って飛んでゆく。
前のものが後になり、後ろの者が前になり
心が心を助けて、セッセセッセと
勇ましく飛んで行く。
その中には親子もあらう、兄弟姉妹も友人もあるにちがひない
この空気も柔いで静かな風のない夕方の空を選んで、
一団になつて飛んで行く
暖い一団の心よ。
天も地も動かない静かさの中を汝ばかりが動いてゆく
黙ってすてきな早さで
見てゐる内に通り過ぎてしまふ。
千家元麿は、『白樺』派の詩人で、『白樺』派に共通した一刻で、ひた押しなところがあり、それが往々、独善的傾向に傾くこともありますが、この詩は、そうした嫌味がなく、すっきりとしたもので、成功作ということができましょう。そして、字づらばかりでなく、じゅうぶん、その底によこたわる、宇宙的ひろがりを感じることができます。
千家元麿には直球的な情深い作品が多いですよね。作者自身の家族愛、想像力、表層的ではない感動を描く才能を感じます。
もうひとつ千家元麿の「雁」という詩をあげておきましょう。この詩は、すこしのけれんもない、質朴な表現で、正面から取りくんで書かれたものですが、うちに作者の善意と、正義感と、無垢な精神をとおして、ひとつの世界のひろがりを感得することのできるよい例です。
暖い静かな夕方の空を
百羽ばかりの雁が
一列になつて飛んで行く
天も地も動かない静かな景色の中を、不思議に黙って
同じやうに一つ一つセッセと羽を動かして
黒い列をつくつて
静かに音も立てずに横切ってゆく
側へ行つたら翅の音が騒がしいのだらう
息切れがして疲れてゐるのもあるのだらう
だが地上にはそれは聞えない
彼等はみんなが黙って、心でいたはり合い助け合って飛んでゆく。
前のものが後になり、後ろの者が前になり
心が心を助けて、セッセセッセと
勇ましく飛んで行く。
その中には親子もあらう、兄弟姉妹も友人もあるにちがひない
この空気も柔いで静かな風のない夕方の空を選んで、
一団になつて飛んで行く
暖い一団の心よ。
天も地も動かない静かさの中を汝ばかりが動いてゆく
黙ってすてきな早さで
見てゐる内に通り過ぎてしまふ。
千家元麿は、『白樺』派の詩人で、『白樺』派に共通した一刻で、ひた押しなところがあり、それが往々、独善的傾向に傾くこともありますが、この詩は、そうした嫌味がなく、すっきりとしたもので、成功作ということができましょう。そして、字づらばかりでなく、じゅうぶん、その底によこたわる、宇宙的ひろがりを感じることができます。
千家元麿には直球的な情深い作品が多いですよね。作者自身の家族愛、想像力、表層的ではない感動を描く才能を感じます。