*165*はこうやって・・・

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*165*の日々です

三度目の

2016-12-18 22:02:54 | 
12月14日、満月の夜、母は旅立ちました。
30数年着慣れた看護婦の白衣を身につけて。
棺には毛糸と編み針も入れました。

私と弟は、涙では母を送りませんでした。
なんだか私達兄弟は、感情が欠落しているのか、
いつもそういう感じです。
その代わり、数日間、ずっと母の話ばかりしていました。

さて、次のステージに進むのは母ばかりではありません。
私達残された者も思い出話ばかりしているわけにはいかないのです。
通り一遍の届出はもちろんのことですが、
母は、老人ホームにお世話になっていたのです。
自分の家ではないのだから、
1日も早くその居城だった部屋を片付けなければなりません。

母の移動に伴う片付け事はこれで3度目です。
最初は、初めて老人ホームに入る時。
それまで住んでいた家も明け渡す必要のある借家でした。
3DKいっぱいに詰め込まれた家財というか、ほぼ不用品を、
休みごとに通って1か月かかって片付けました。
次はホーム入所中に入院、それが長期化することになりホームを退所。
となると、持ち込んだ荷物を引き上げなければなりません。
前回よりは少量でしたが、私も弟も余分な荷物を引き取る余裕はありません。
かと言って勝手に処分することもできず、
弟などは自宅の他に一部屋借りることになったほどです。
無事退院した母は、また別に老人ホームに入所。それが今回の城です。
細長い4帖ほどのスペースにベッドを置いた残りの広さなのに、
考えられないほどの品が詰め込まれていました。
母の趣味は編み物をはじめとする手芸です。
その手芸材料がいたるところに保管されていました。
母としては管理していたのでしょう。
しかし、ほとんどがリサイクル物だったがゆえに、主を失ったそれらは産廃となりました。
ゴミ袋をいくつ使ったかわかりません。

私は、きちんと出来上がった母の作品はセンスがあって好きでした。
自分のフェイスブックに何度も写真を投稿しました。
作業の2日間、鬼にした心を一瞬溶かしてくれたのはこの子です。
これが最後のフェイスブック投稿となりました。