おやじのつぶやき

おやじの日々の暮らしぶりや世の中の見聞きしたことへの思い

JR「姉ヶ崎」駅~「木更津」駅。その1。海岸線の今昔。(「房総往還」をゆく。第4日目)

2020-02-28 19:48:59 | 房総往還
                   「房総往還」歩きの第4日目。
「姉崎陣屋」「鶴牧陣屋」跡、藩校跡(「姉崎小学校」に)など、姉ヶ崎には鶴牧藩の遺構があるようですが、ちょっと分からず。そのまま南に向かいます。
注:「陣屋」=江戸時代に城を持つことを許されなかった小藩主の居所のこと。

左手に大きな洋館。

                 

車がけっこう頻繁に通過する街道歩きとなります。トタン囲いの蔵が。

右手に内房線の鉄橋。その向こうに工業地帯。

梅の木が庭先に。

しばらく進むと、八坂神社。裏山は「椎津城」があったところ。

右側の「瑞安寺」門前の道しるべ。
                      
「百番札所」。
「是よりちばてら四里八町 たかくら四里」。(文政元年(1818)の 銘文)。
なお、境内にはもうひとつ道標があるようです。天保2年(1831)。 銘文は「 右 きさらづ まくた 左 たかくらみち」とのこと。

「セブンイレブン」で買い物。来た道を振り返る。

「内房線」沿いに進みます。かつては線路付近が海岸線だったようです。


                   

この付近の今昔。


1880年代のようす。街道は、海沿いの海岸段丘の縁を進む。



2010年代のようす。海側が工業地帯として埋め立てられている。

(「今昔マップ」より)

足元にスイセン。

左側の崖を切り取ったような道が続く。日差しが届かない。

右側は明るく開けた世界が広がる。

じめじめした道。「スリップ注意」の看板。崖からは地下水が流れ落ちている。

            線路側には歩行する幅がなく、少し広い、こちら側を歩くしかありません。

「内房線」の電車がけっこうひっきりなしに通過。

 旧道は、もう少し西側の鉄道線路寄り(あるいは線路そのもの)だったような感じです。

今度は「落石注意」の看板。袖ケ浦市に入ります。

左手上空に、飛行機が。中古車の買取・販売のお店「ハリーランド」(クルマノフリーマーケット)。
 

街道はこのお店の敷地内を通り抜けるように屈折していたようです。○の部分。


1880年代のようす。


2010年代のようす。


同。

 線路の向こう側、「湾岸道路」(国道16号線)との間に、りっぱなおうちが。


                 踏切もあり。
かつてから存在したおうちなのでしょうか?

1880年代のようす。

2010年代のようす。線路の敷設、道路整備で移転した?

左手が開けてきます。奥の山際に旧道? 

菜の花。

クレソン? 

竹林。

歩道も復活します。左手に「亀寿し旅館」。
                            頭上の高架橋は、右手の「湾岸道路」とのインターに通じる道路。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする