永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(571)

2009年11月25日 | Weblog
09.11/25   571回

三十八帖 【鈴虫(すずむし)の巻】 その(1)

源氏(六条院、院、大臣) 50歳 夏~秋まで
紫の上          42歳
女三宮(入道宮、宮、母宮)23~24歳
薫(若宮、宮の若宮)    3歳
柏木(故権大納言、故君、衛門の督)2年前33歳で逝去
明石の女御(女御)    22歳
匂宮(明石女御と今上帝の三宮)4歳
夕霧           29歳
雲井の雁(夕霧の正妻)  31歳
落葉宮(一条の宮、二宮)朱雀院と一条御息所の姫宮で、女三宮の異母姉
一条御息所(落葉宮の母宮)
秋好中宮(故六条御息所の姫宮で、冷泉院の中宮。御子はいない)41歳

翌年の夏ごろ、六条院の池の蓮の花盛りの時分に、女三宮が御持仏をおつくらせになったその開眼供養を催されます。

「この度は大臣の君の御志にて、御念誦堂の具ども、こまかに整へさせ給へるを、やがてしつらはせ給ふ」
――今回は源氏の発願で、御念誦堂の仏具類を念入りに調進されてありましたのを、そのままお飾りつけになります――

「幡のさまなどなつかしう、心ことなる唐の錦を選び縫はせ給へり。紫の上ぞ、いそぎせさせ給ひける」
――仏前に掛ける幡(はた)なども奥ゆかしく、格別見事な唐の錦を選んでお縫い合せになりました。紫の上がいそいでご用意をおさせになったのでした――

◆写真:六条院の池の蓮の花盛り  風俗博物館


源氏物語を読んできて(570)

2009年11月24日 | Weblog
09.11/24   570回

三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 その(18)

夕霧は、

「その御気色を見るに、いとど憚りて、とみにもうち出で聞こえ給はねど、せめて聞かせ奉らむの心あれば、今しも事のついでに思ひ出でたるやうに、おぼめかしうもてなして」
――そういう源氏のご様子を見ますと一層遠慮が生じて、急には言葉も出ませんが、強いてお耳に入れたいと思う気持ちがありますので、たった今、話のついでに思い出したように、わざと話をぼかしながら――

「今はとせし程に、とぶらひにまかりて侍りしに、亡からむ後の事ども言ひ置き侍りし中に、然々なむ深くかしこまり申すよしを、かへすがへすものし侍りしかば、いかなる事にか侍りけむ、今にそのゆゑをなむえ思ひ給へ寄り侍らねば、おぼつかなく侍る」
――(柏木が)いよいよ最後という時にお見舞いに参りましたところ、死後のことなど遺言されました中で、これこれのことにつき、深く殿にお詫び申し上げたい由を繰り返し申しましたので、一体何の事だったのでしょうか。私は今でもその理由を考えつきませんので、気にかかっております――

 と、如何にも納得できないように申しますのに、源氏はお心の中で、

「さればよ、と思せど、何かはその程の事、あらはし宣ふべきならねば、しばしおぼめかしくて」
――はたして、夕霧は気づいていたな、何の今更その当時の事を説明する必要もない、ちょっと不審げな様子をして(続けます)――

「しか人のうらみとまるばかりの気色は、何のついでにか漏り出でけむと、自らもえ思ひ出でずなむ。さて今静かに、かの夢は思ひ合せてなむ聞こゆべき。夜語らずとか、女ばらの伝へに言ふなり」
――それほど柏木に怨まれるような様子を、いったい何時示したのかと自分でも思い出せない。それはそうと、そのうちゆっくりとその夢の事は考え合せてお知らせしよう。夢の話は、夜はしないものだとか、女たちが言い伝えにしているそうだから――
 
 と、おっしゃって、柏木の遺言については全くお返事がありませんので、夕霧は、

「うち出で聞こえてけるを如何に思すにかと、つつましく思しけりとぞ」
――そんなことを口にしたことについて、源氏がどうお思いになっておいでかと、気まり悪い思いをされたとか――

◆三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 終わり

ではまた。


源氏物語を読んできて(569)

2009年11月23日 | Weblog
09.11/23   569回

三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 その(17)

 夕霧から笛の夢見の話を聞かれた源氏は、

「とみに物も宣はで聞し召して、思し合はする事もあり」
――急には何も仰られず聞いておられて、お心に頷かれることがおありのようです――

 やっと源氏は、

「その笛はここに見るべきゆゑあるものなり。かれは陽成院の御笛なり。(……)女の心は深くもたどり知らず、しかものしたるななり」
――その笛は私が預らなくてはならない理由がある筈だ。それはもと陽成院の御笛でね。
(紫の上の故父宮が大切にしていらしたのを、柏木が幼児から笛が上手いのに感心して、その式部卿の宮が萩の宴をなさった日のご褒美に、柏木に贈られたのだ)女心に深くも考えず、あなたに渡したものだろう――
 
と、おっしゃって、お心の内では、

「末の世の伝へは、またいづ方にとかは思ひまがへむ、さやうに思ひなりけむかし」
――将来、この笛を譲られるのは、女三宮の若君(薫)しかいない。亡き人(柏木)もそう思っている筈だ――

 とお思いになって、

「この君もいといたり深き人なれば、思ひよることあらむかし」
――夕霧もよく心の行き届く人だから、何か感づいていることもあろう――

 と、源氏は用心深く思われるのでした。

ではまた。


源氏物語を読んできて(568)

2009年11月22日 | Weblog
09.11/22   568回

三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 その(16)

 源氏はお話を続けられて、

「女はなほ人の心うつるばかりの故由をも、おぼろげにては漏らすまじうこそありけれと、思ひ知らるる事どもこそ多かれ。過ぎにし方の志を忘れず、かく長き用意を人に知られぬとならば、同じうは心清くて、とかくかかづらひ、ゆかしげなき乱れなからむや、誰が為も心にくく、めやすかるべき事ならむとなむ思ふ」
――しかし、女はそれほどの嗜みがあったとしても、めったなことでは示すものではないと思うことが多いね。あなたが柏木との友情を忘れず、その落葉宮を末長くお世話しようというならば、同じ事なら、潔白な心で何かと配慮して、浅はかな浮気心など起こさない方が、誰の為にもゆかしく無難なことだと思うよ――

 とおっしゃいます。夕霧は、

「さかし、人の上の御教へばかりは心強げにて、かかるすきはいでや」
――なるほど、人にお教えになるときだけは、しっかりと要心深くおっしゃるけれど、さて、ご自身のこととなると、こんな時の浮気はどんなものであろうか――

 と、お心にお思いになりながら源氏をお見上げして、

「何の乱れか侍らむ。(……)」
――何の浮気などいたしましょう。(でも親切を尽くし始めてたちまち顧みなくなっては、返って世間から疑いをかけられそうで。想夫恋もあの方はご自分からではなく、たいそう奥ゆかしい風情がありました)――

「齢なども、やうやういたう若び給ふべき程にもものし給はず、またあざれがましう、すきずきしき気色などに、物馴れなどもし侍らぬに、うちとけ給ふにや、大方なつかしうめやすき人の御有様になむ、ものし給ひける」
――(落葉宮の)年齢も、それほど若々しいという程でもありませんし、私もふざけた浮気事などの経験もありませんから、安心しておいでのようで、全体に優しく感じの良い方でいらっしゃいます――

 と申し上げて、丁度よい機会とお思いになり、あの笛の夢のお話をなさるために、源氏の近くに膝を進めます。

ではまた。

源氏物語を読んできて(567)

2009年11月21日 | Weblog
09.11/21   567回

三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 その(15)

そして、薫の様子は、

「口つきの、ことさらはなやかなる様して、うち笑みたるなど、わが眼のうちつけなるにやあらむ、大臣は必ず思しよすらむと、いよいよ御けしきゆかし」
――口元がことに華やかで、にっこりとなさるところなどは、わが眼を疑うほどそっくりで、これでは六条の院(源氏)もきっとお気づきのことであろうと、ますます父上のお心を知りたいと思うのでした――

 明石の女御の皇子たちは、そのご身分として拝見するから気高くも思えますが、この薫は非常に上品で、特別に愛嬌もあって、ついつい見比べてご覧になる夕霧は、

「いであはれ、もし疑ふゆゑもまことならば、父大臣のさばかり世にいみじう思ひほれ給うて、子と名乗り出で来る人だになきこと、形見に見るばかりの名残をだにとどめよかし、と泣きこがれ給ふに、聞かせ奉らざらむ罪得がましさ…」
――なんとまあ、もしも自分の疑いが当たっているなら、柏木の御父大臣があれほど気が抜けたようにおなりになって、柏木の子だと名乗ってくる人すら無いことよ、せめて形見と思うだけのあとを残してくれたならと、泣き泣きお暮しになっておられるのですから、この事をお知らせしないのは罪作りなことだ――

 と、思いますものの、

「いで、いかで然はあるべき事ぞ」
――いや、どうしてそんなことがあろう――

 どうしても納得がゆかず、見当がつかないのでした。薫は気立てもやさしく、夕霧にすっかりなついていられるので、可愛くてご一緒にお遊びになります。

 夕霧はそのあと源氏に、昨夜の一条邸に行かれたご様子をあれこれお話なさいますと、
源氏は微笑しながらお聞きになっていて、かの想夫恋の合奏のところでは、「その想夫恋を弾かれた落葉宮のお心持ちはどうであったろう。なるほど後の世までも語り伝えたいようなあわれ深い話ではあるがね…」と続けられます。

ではまた。


源氏物語を読んできて(566)

2009年11月20日 | Weblog
09.11/20   566回

三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 その(14)

 夕霧は、あの夢を思い出されて、

「この笛のわづらはしうもあるかな、人の心とどめて思へりしものの、行くべき方にもあらず、女の御伝へはかひなきをや、如何思ひつらむ、…」
――この笛は厄介なことがありそうだ。柏木が執着を持っていたものが私の所に来るというのは筋違いだし、女の方から贈られるものではないし、いったい柏木は何と思っていたのだろう。――

「かのいまはのとじめに、一念のうらめしきにも、もしはあはれとも思ふにまつはれてこそは、長き世の闇にも惑うわざななれ、かかればこそは、何事にも執はとどめじと思ふ世なれ」
――柏木があの臨終の際に兆した怨恨や執着の一念によって、死後も長く闇に迷うということだ。だからこそ何事にも執念を持つものではないのだ――

 などと思い続けて、愛宕の寺で柏木追善の読経をおさせになりました。そのほかの柏木が帰依しておられた寺でも読経をおこなわせららました。例の笛をいきなり寺に寄進することは尊いことながら、それではあまりにもあっけないことだと思って、六条院に参上しました。

 源氏は丁度明石の女御のお部屋においでになっておられな、女御の皇子の三の宮は三歳になっていて、久しぶりに夕霧に甘えてだっこをおねだりしています。兄宮の二の宮と、女三宮の若君薫とが、こちらでは分けへだてなくお遊びになっておられます。これは紫の上のご配慮でもあります。
 夕霧は薫をまだよく見たことがないと思い、桜の枝をお見せになってこちらに呼ばれますと、走っていらっしゃる。

「二藍の直衣の限りを着て、いみじう白う光りうつくしきこと、御子たちよりもこまかにをかしげにて、つぶつぶと清らなり」
――(薫は)二藍の直衣だけを着て、大そう色白で艶やかに美しいことは親王たちよりもずっと優れ、気品があり、丸々と太って綺麗でいらっしゃる――

「なま目とまる心も添ひて見ればにや、眼居など、これは今少し強うかどあるさままさりたれど、まじりのとぢめをかしうかをれる気色など、いとよく覚え給へり」
――何となくそう思って見るせいか、目もとなどは、薫の方が柏木より強く才気が勝っているようだが、目尻の切れが美しく薫っている様子などは、たいそう良く柏木に似ている――

◆女の御伝へはかひなきをや=笛は男性から男性へ伝え贈られるもの。この場合、柏木から実子の薫へ贈られるべきことを暗示している。

◆眼居=まなこゐ=眼差しのこと

◆よく覚え=よく似ている

ではまた。

源氏物語を読んできて(565)

2009年11月19日 | Weblog
09.11/19   565回

三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 その(13)

 この幼子がひどく泣いて、吐いたりなさったので、乳母も起き騒ぎ、母君の雲井の雁も、

「御殿油近くとり寄せさせ給うて、耳はさみして、そそくり繕ひて、抱きて居給へり」
――大殿油(おおとなぶら)を傍にお寄せになって、額の髪を左右の耳に挟んで、せかせかと忙しくお世話をしながら抱いておいでになります――

 この雲井の雁は、

「いとよく肥えて、つぶつぶとをかしげなる胸をあけて、乳などくくめ給ふ。ちごもいとうつくしうおはする君なれば、白くをかしげなるに、御乳はいとかはらかなるを、心をやりてなぐさめ給ふ」
――よく肥ってふっくらとしたきれいなお胸を開けてお乳を含ませていらっしゃる。幼子もたいそう美しく色白で可愛い方なので、お乳は出ないのですが、気休めに含ませていらっしゃるのでした――

 夕霧も傍にいらっしゃって、「どうしたのか」などとお聞きになります。魔よけのための散米などしていて、先ほどの夢の情緒などどこかへ飛んで行ってしまいそうです。

「なやましげにこそ見ゆれ。今めかしき御有様の程にあくがれ給うて、夜深き御月めでに、格子もあげられたれば、例の物の怪の入り来るなめり」
――この子が苦しそうですわ。どなたかが綺麗な方にうつつを抜かして、夜歩きに格子も上げられましたから、例によって物の怪が入って来たのでしょうよ――

 と、若々しくきれいなお顔で恨み言をおっしゃるので、夕霧も苦笑いをなさって、

「あやしの物の怪のしるべや。まろ格子あげずば、道なくて、げに入り来ざらまし。あまたの人の親になり給ふままに、思ひいたく深く、物をこそ宣ひなりにたれ」
――物の怪の案内をしたとは妙ですね。なるほど私が格子を上げなければ、物の怪も道が無くて入り込めなかったでしょうね。(寝た振りをして知っていたのに、知らぬふりへの皮肉)大勢のお子を持つようになられると、なかなかしっかりしたお口をきくようですね――

 そうおっしゃる夕霧の目元の美しさに、雲井の雁はそれ以上はおっしゃらず、

「まことにこの君なづみて、泣きむつかり明かし給ひつ」
――実際、この君は夜通し泣きやまないで、むずかって夜を明かされたのでした――

◆大殿油(おおとなぶら)=宮中や貴族の家の正殿に灯した油の灯火。

◆耳はさみして=耳挟みして=女性が額髪を左右の耳の後ろへかきやって挟むこと。忙しく立ち働くときなどにするもので、品のないこととされていました。

◆そそくり繕ひ=そそくる=忙しく手先を動かして用事をする。繕う(直す、病気を治す)

ではまた。