永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(562)

2009年11月16日 | Weblog
09.11/16   562回

三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 その(10)

 御息所が、

「これになむ、まことに古きことも伝わるべく聞きおき侍りしを、かかる蓬生にうづもるるもあはれに見給ふるを、御先駆にきほはむ声なむ、余所ながらもいぶかしう侍る」
――この笛は、まこと古い由緒も伝わっていると聞いておりましたが、こんな草深い家に埋もれさせますのも残念ですから、お先払いの声に負けぬほどに、あなたがこの笛をお吹きになるのを、余所ながらでもお聞きしとうございます――

 夕霧は恐縮なさりながら、拝見されますと、

「これもげに世と共に身に添へてもてあそびつつ、自らもさらにこれが音の限りは、え吹きとほさず、思はむ人にいかで伝へてしがな、と折々聞こえごち給ひしを思い出で給ふに、今すこしあはれ多く添ひて、こころみに吹き鳴らす」
――この笛も、なるほど柏木が生涯身から離さずもてならし、ご自分でもこの笛の本当の音を出すことができない、これを所望される人に是非とも伝えたいものだ、と常々言っておられたことを思い出して、このときなおさら風情を覚えて、少し試しに吹いてごらんになります――

 曲の半分ほどをお吹きになって、夕霧の(歌)

「露しげきむぐらのことにかはらぬを空しくなりし音こそつきせね」
――露深いこの荒れた宿に、柏木がいらした昔の秋と変わらぬ虫の音と、そして笛の音を聞きました――

 御息所(返歌)

「横笛のしらべはことにかはらぬを空しくなりし音こそつきせね」
――横笛の音は昔と変わりませんが、柏木を恋しく哭く音は尽きないものです――

 こうして夕霧はお帰りをためらわれておいでになるうちに、夜も更けてしまいました。
自邸の三條のお屋敷にお帰りになってみますと、格子などを下ろさせて、妻の雲井の雁も子供たちも、みなお寝みになっている様子です。

「この宮に心かけ聞こえ給ひて、かくねんごろがり聞こえ給ふぞなど、人の聞こえ知らせければ、かやうに夜ふかし給ふもなま憎くて、入り給ふをも聞く聞く、寝たるやうにてものし給ふなるべし」
――この宮(落葉宮)に夫の夕霧が想いを掛けて、あのように親切を尽くしておられるのですと、人が雲井の雁に告げ口をしますので、雲井の雁はこんな夜更けになってのお帰りに憎らしくて、お部屋に入って来られましたのを耳にしながら、寝たふりをしていらっしゃるのでしょう――

◆かくねんごろがり=そのように親しげな様子を
◆なま憎くて=なま(中途半端)、小憎らしい。

ではまた。