09.11/13 559回
三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 その(7)
落葉宮は御琴を片づける暇もなく、直接夕霧を南廂にお通しになります。縁の側にいた女房たちが奥へゐざり隠れるらしい衣ずれの音も、辺りの薫物の香も奥ゆかしい。いつものように御息所が対面なさって昔のお話などなさいます。夕霧は、
「わが御殿の、明け暮れ人しげくて、ものさわがしく、幼き君達など、すだきあわて給ふにならひ給ひて、いと静かにものあはれなり」
――ご自分の屋敷が、いつも人の出入りが多くて賑やかで、また幼い子達が集まっては騒いでいるのに慣れていますので、このように静かな風情にしんみりとなさる――
庭は手入れの行き届かない荒れた感じはするものの、内親王らしい気高さで住み慣らしていらっしゃって、
「前栽の花ども、虫の音しげき野辺とみだれたる夕ばえを、見渡し給ふ」
――前栽の花などが、虫の音の鳴き乱れる野原のように咲きほころび、夕暮れのほの明かりに浮かんでいますのを、夕霧は見渡していらっしゃる――
先ほどまで落葉宮が弾いておられた御琴をひき寄せてご覧になると、律の調子に整えられていて、よく弾きこんでいらっしゃるし、またその人の移り香が沁み込んでいて、
なつかしい感じがしております。夕霧は、
「かやうなるあたりに、思ひのままなるすき心ある人は、静むることなくて、様悪しきけはひをも現はし、さるまじき名をも立つるぞかし」
――こんな所でこそ、慎みのない好色者は心を抑える事ができず、見苦しい振る舞いに及んで、とんでもない浮名を立てたりするものだ――
などと、考え続けながら、御琴を弾いていらっしゃる。
◆すだきあはて給ふ=すだく(集まる)、あはつけし(軽々しい、浮ついている)
ではまた。
三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 その(7)
落葉宮は御琴を片づける暇もなく、直接夕霧を南廂にお通しになります。縁の側にいた女房たちが奥へゐざり隠れるらしい衣ずれの音も、辺りの薫物の香も奥ゆかしい。いつものように御息所が対面なさって昔のお話などなさいます。夕霧は、
「わが御殿の、明け暮れ人しげくて、ものさわがしく、幼き君達など、すだきあわて給ふにならひ給ひて、いと静かにものあはれなり」
――ご自分の屋敷が、いつも人の出入りが多くて賑やかで、また幼い子達が集まっては騒いでいるのに慣れていますので、このように静かな風情にしんみりとなさる――
庭は手入れの行き届かない荒れた感じはするものの、内親王らしい気高さで住み慣らしていらっしゃって、
「前栽の花ども、虫の音しげき野辺とみだれたる夕ばえを、見渡し給ふ」
――前栽の花などが、虫の音の鳴き乱れる野原のように咲きほころび、夕暮れのほの明かりに浮かんでいますのを、夕霧は見渡していらっしゃる――
先ほどまで落葉宮が弾いておられた御琴をひき寄せてご覧になると、律の調子に整えられていて、よく弾きこんでいらっしゃるし、またその人の移り香が沁み込んでいて、
なつかしい感じがしております。夕霧は、
「かやうなるあたりに、思ひのままなるすき心ある人は、静むることなくて、様悪しきけはひをも現はし、さるまじき名をも立つるぞかし」
――こんな所でこそ、慎みのない好色者は心を抑える事ができず、見苦しい振る舞いに及んで、とんでもない浮名を立てたりするものだ――
などと、考え続けながら、御琴を弾いていらっしゃる。
◆すだきあはて給ふ=すだく(集まる)、あはつけし(軽々しい、浮ついている)
ではまた。