永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(549)

2009年11月03日 | Weblog
 09.11/3   549回

三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(32)

 夕霧はその足で柏木の父大臣のお屋敷に参上しますと、ご子息たちが大勢来ておられます。大臣のご様子は、

「旧り難う清げなる御容貌、いたう痩せおとろへて、御髭などもとりつくろひ給はねば、しげりて、親の孝よりもけにやつれ給へり」
――(大臣は)歳をとられてもご立派でしたお顔が、ひどくお痩せになっていて、髭などもかまわれないので伸びきって、ご両親の喪に服した時よりも目立ってやつれていらっしゃる――

 二人は言葉もなくただ泣きに泣いていらっしゃる。夕霧が一条の宮に参られたことをお話になりますと、またさらにお泣きになるのでした。致仕大臣が、

「君の御母君のかくれ給へりし秋なむ、世に悲しき事の際には覚え侍りしを、女は限りありて、見る人少なう、とある事もかかる事も、あらはならねば、かなしびも隠ろへてなむありける(……)」
――あなたの母君の葵上が亡くなられたあの秋が、この世の悲しみの頂点だと思われましたが、女には決まりというものがあって、人にもめったに会わず、何事にも表立つこともないので、私の悲しみも人に知られずにおりました。(柏木は大した人物でもないにしろ、帝の信任もあって、次第に一人前になり、彼を頼みにしていた人が残念がるようですが)――

「かう深き思ひは、その大方の世のおぼえも、官位も思えず、ただ異なることなかりし、自らの有様のみこそ、堪へがたく恋しかりけれ。何ばかりの事にてかは、思ひさますべからむ」
――私がこうも歎きが深いのは、世間の信望や官位のことではなく、ただただ柏木自身の人柄が何ともいえず恋しいのです。どうすればこの悲しみを消すことができるでしょう――

 と、空を仰いでぼんやりなさっていらっしゃる。

ではまた。