永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(548)

2009年11月01日 | Weblog
 09.11/1   548回

三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(30)

御息所も鼻声で、

「あはれなることは、その常なき世のさがにこそは。いみじとても、また類なき事にやはと、年つもりぬる人は、しひて心強う醒まし侍るを、さらに思し入りたるさまの、いとゆゆしきまで、しばしも立ち後れ給ふまじきやうに見え侍れば、すべていろ心憂かりける身の、今までながらへ侍りて、かく方々にはかなき世の末の有様を、見給へ過ぐすべきにやと、いと静心なくなむ」
――悲しいことは、その無情の世の常でございます。どんなに悲しくても、他に例のないことではありませんので、年老いた私などは強いて気強く諦めておりますが、落葉の宮の塞ぎこみようは全く恐ろしい程で、今にも後を追いそうに見えます。今まで辛い目ばかり見て参りました私が生き長らえて、今また逆縁の悲しみを見るとは、まことに心の落ち着く暇もございません――

 御息所はつづけて、

「自づから近き御中らひにて、聞き及ばせ給ふやうも侍りけむ。初めつ方より、をさをさうけひき聞こえざりし御事を、大臣の御心むけも心苦しう、院にもよろしきやうに思しゆるしたる御気色などのはべしかば(……)」
――あなたは親友でいらっしゃるので、自然お聞き及びのこともあったでしょう。私は初めからこの縁組を全く承知しなかったのですが、致仕大臣のご意向もお気の毒でしたし、朱雀院(落葉の宮の御父)も、まあ良かろうと、お認めになったご様子でしたので、
(私の方で思い直しまして結婚させたのですが、こうなってみますと、私の考えを押しとおすのであったと、しみじみ残念でなりません)――

 御息所は「それはそれとしましても、柏木がまさかこんなに早く亡くなられるとは想像もしませんでした」と、お話を続けられて、

「御子達は、おぼろげの事ならで、悪しくも良くも、かやうに世づき給ふことは、え心にくからぬことなりと、古めき心には思ひ侍りしを、何方にもよらず、中空に憂き御宿世なりければ、(……)」
――皇女というものは、並大抵のことでは、善かれ悪しかれ、こうして結婚なさることは、奥ゆかしいことではないと私の古い頭では思っておりましたが、落葉の宮はどのみち中途半端な不運の身の上だったのですから、(いっそ後を追って同じ煙に消えてしまうのも、口の端のうるさい世間を逃れるためには良いのかも知れませんが、そうさっぱりと思い切る事もできませんし…)――

 そうおっしゃって、そんな折に訪れた夕霧の懇ろなお見舞いを見に沁みて有難くお思いになり、話し終えて、また大そうお泣きになるのでした。

◆おぼろげの事=並み一通りの様、普通。(大抵下に打ち消しの語がついて言われる)

ではまた。