09.11/24 570回
三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 その(18)
夕霧は、
「その御気色を見るに、いとど憚りて、とみにもうち出で聞こえ給はねど、せめて聞かせ奉らむの心あれば、今しも事のついでに思ひ出でたるやうに、おぼめかしうもてなして」
――そういう源氏のご様子を見ますと一層遠慮が生じて、急には言葉も出ませんが、強いてお耳に入れたいと思う気持ちがありますので、たった今、話のついでに思い出したように、わざと話をぼかしながら――
「今はとせし程に、とぶらひにまかりて侍りしに、亡からむ後の事ども言ひ置き侍りし中に、然々なむ深くかしこまり申すよしを、かへすがへすものし侍りしかば、いかなる事にか侍りけむ、今にそのゆゑをなむえ思ひ給へ寄り侍らねば、おぼつかなく侍る」
――(柏木が)いよいよ最後という時にお見舞いに参りましたところ、死後のことなど遺言されました中で、これこれのことにつき、深く殿にお詫び申し上げたい由を繰り返し申しましたので、一体何の事だったのでしょうか。私は今でもその理由を考えつきませんので、気にかかっております――
と、如何にも納得できないように申しますのに、源氏はお心の中で、
「さればよ、と思せど、何かはその程の事、あらはし宣ふべきならねば、しばしおぼめかしくて」
――はたして、夕霧は気づいていたな、何の今更その当時の事を説明する必要もない、ちょっと不審げな様子をして(続けます)――
「しか人のうらみとまるばかりの気色は、何のついでにか漏り出でけむと、自らもえ思ひ出でずなむ。さて今静かに、かの夢は思ひ合せてなむ聞こゆべき。夜語らずとか、女ばらの伝へに言ふなり」
――それほど柏木に怨まれるような様子を、いったい何時示したのかと自分でも思い出せない。それはそうと、そのうちゆっくりとその夢の事は考え合せてお知らせしよう。夢の話は、夜はしないものだとか、女たちが言い伝えにしているそうだから――
と、おっしゃって、柏木の遺言については全くお返事がありませんので、夕霧は、
「うち出で聞こえてけるを如何に思すにかと、つつましく思しけりとぞ」
――そんなことを口にしたことについて、源氏がどうお思いになっておいでかと、気まり悪い思いをされたとか――
◆三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 終わり
ではまた。
三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 その(18)
夕霧は、
「その御気色を見るに、いとど憚りて、とみにもうち出で聞こえ給はねど、せめて聞かせ奉らむの心あれば、今しも事のついでに思ひ出でたるやうに、おぼめかしうもてなして」
――そういう源氏のご様子を見ますと一層遠慮が生じて、急には言葉も出ませんが、強いてお耳に入れたいと思う気持ちがありますので、たった今、話のついでに思い出したように、わざと話をぼかしながら――
「今はとせし程に、とぶらひにまかりて侍りしに、亡からむ後の事ども言ひ置き侍りし中に、然々なむ深くかしこまり申すよしを、かへすがへすものし侍りしかば、いかなる事にか侍りけむ、今にそのゆゑをなむえ思ひ給へ寄り侍らねば、おぼつかなく侍る」
――(柏木が)いよいよ最後という時にお見舞いに参りましたところ、死後のことなど遺言されました中で、これこれのことにつき、深く殿にお詫び申し上げたい由を繰り返し申しましたので、一体何の事だったのでしょうか。私は今でもその理由を考えつきませんので、気にかかっております――
と、如何にも納得できないように申しますのに、源氏はお心の中で、
「さればよ、と思せど、何かはその程の事、あらはし宣ふべきならねば、しばしおぼめかしくて」
――はたして、夕霧は気づいていたな、何の今更その当時の事を説明する必要もない、ちょっと不審げな様子をして(続けます)――
「しか人のうらみとまるばかりの気色は、何のついでにか漏り出でけむと、自らもえ思ひ出でずなむ。さて今静かに、かの夢は思ひ合せてなむ聞こゆべき。夜語らずとか、女ばらの伝へに言ふなり」
――それほど柏木に怨まれるような様子を、いったい何時示したのかと自分でも思い出せない。それはそうと、そのうちゆっくりとその夢の事は考え合せてお知らせしよう。夢の話は、夜はしないものだとか、女たちが言い伝えにしているそうだから――
と、おっしゃって、柏木の遺言については全くお返事がありませんので、夕霧は、
「うち出で聞こえてけるを如何に思すにかと、つつましく思しけりとぞ」
――そんなことを口にしたことについて、源氏がどうお思いになっておいでかと、気まり悪い思いをされたとか――
◆三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 終わり
ではまた。