永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(565)

2009年11月19日 | Weblog
09.11/19   565回

三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 その(13)

 この幼子がひどく泣いて、吐いたりなさったので、乳母も起き騒ぎ、母君の雲井の雁も、

「御殿油近くとり寄せさせ給うて、耳はさみして、そそくり繕ひて、抱きて居給へり」
――大殿油(おおとなぶら)を傍にお寄せになって、額の髪を左右の耳に挟んで、せかせかと忙しくお世話をしながら抱いておいでになります――

 この雲井の雁は、

「いとよく肥えて、つぶつぶとをかしげなる胸をあけて、乳などくくめ給ふ。ちごもいとうつくしうおはする君なれば、白くをかしげなるに、御乳はいとかはらかなるを、心をやりてなぐさめ給ふ」
――よく肥ってふっくらとしたきれいなお胸を開けてお乳を含ませていらっしゃる。幼子もたいそう美しく色白で可愛い方なので、お乳は出ないのですが、気休めに含ませていらっしゃるのでした――

 夕霧も傍にいらっしゃって、「どうしたのか」などとお聞きになります。魔よけのための散米などしていて、先ほどの夢の情緒などどこかへ飛んで行ってしまいそうです。

「なやましげにこそ見ゆれ。今めかしき御有様の程にあくがれ給うて、夜深き御月めでに、格子もあげられたれば、例の物の怪の入り来るなめり」
――この子が苦しそうですわ。どなたかが綺麗な方にうつつを抜かして、夜歩きに格子も上げられましたから、例によって物の怪が入って来たのでしょうよ――

 と、若々しくきれいなお顔で恨み言をおっしゃるので、夕霧も苦笑いをなさって、

「あやしの物の怪のしるべや。まろ格子あげずば、道なくて、げに入り来ざらまし。あまたの人の親になり給ふままに、思ひいたく深く、物をこそ宣ひなりにたれ」
――物の怪の案内をしたとは妙ですね。なるほど私が格子を上げなければ、物の怪も道が無くて入り込めなかったでしょうね。(寝た振りをして知っていたのに、知らぬふりへの皮肉)大勢のお子を持つようになられると、なかなかしっかりしたお口をきくようですね――

 そうおっしゃる夕霧の目元の美しさに、雲井の雁はそれ以上はおっしゃらず、

「まことにこの君なづみて、泣きむつかり明かし給ひつ」
――実際、この君は夜通し泣きやまないで、むずかって夜を明かされたのでした――

◆大殿油(おおとなぶら)=宮中や貴族の家の正殿に灯した油の灯火。

◆耳はさみして=耳挟みして=女性が額髪を左右の耳の後ろへかきやって挟むこと。忙しく立ち働くときなどにするもので、品のないこととされていました。

◆そそくり繕ひ=そそくる=忙しく手先を動かして用事をする。繕う(直す、病気を治す)

ではまた。