09.11/4 550回
三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(33)
夕暮れの雲の色が鈍色に霞み、桜が散った木々にやっと今日気がつかれ、目をとめられて、大臣は懐から畳紙を取り出して歌を詠まれます。(歌)
「木の下の雫にぬれてさかさまにかすみの衣きたるはるかな」
――逆さまに親が子の為の喪服を着て、今年の春は涙にぬれて過ごすことだ――
(木に子を響かせ、かすみに墨を響かせ、黒染の衣の意を込める。近親ほど喪服の色は黒になる)
夕霧の(歌)
「なき人もおもはざりけむうちすてて夕べのかすみ君着たれとは」
――あなた(父大臣)を後に残して、喪服を着ていただこうとは、亡き人も思わなかったでしょう――
柏木の弟君の弁の少将の(歌)
「うらめしや霞のころも誰着よとはるよりさきに花の散りけむ」
――うらめしい事よ、墨染の衣を誰に着せるつもりで柏木は春の来ぬ間に死んだのでしょう――
死後のご法要はさすがに御立派になされたようでした。
夕霧は、あの一条の宮にも度々お見舞いに行っておられます。
「卯月ばかりの空は、そこはかとなう心地よげに、ひとつ色なる四方の梢もをかしう見えわたるを、物思ふ宿は、よろづの事につけて静かに心細く、暮らしかね給ふに、例の渡り給へり」
――四月の空は、何ともいえず心地よく、緑一色の梢も趣深く眺め渡されますが、物思いに沈みがちな一条の宮邸は、何もかもしめやかに心細く、日を過ごしかねておいでになるところに、夕霧がいつものように来られました――
庭には、ようよう若草が萌え出で、砂を敷いた間から蓬が生え初めています。柏木がいらしたころは綺麗に植え込みの手入れをなさっておいででしたのに、今はなにもかも伸び放題で、この景色にも夕霧はほろりと涙を落としつつ分け入って行かれます。
ではまた。
三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(33)
夕暮れの雲の色が鈍色に霞み、桜が散った木々にやっと今日気がつかれ、目をとめられて、大臣は懐から畳紙を取り出して歌を詠まれます。(歌)
「木の下の雫にぬれてさかさまにかすみの衣きたるはるかな」
――逆さまに親が子の為の喪服を着て、今年の春は涙にぬれて過ごすことだ――
(木に子を響かせ、かすみに墨を響かせ、黒染の衣の意を込める。近親ほど喪服の色は黒になる)
夕霧の(歌)
「なき人もおもはざりけむうちすてて夕べのかすみ君着たれとは」
――あなた(父大臣)を後に残して、喪服を着ていただこうとは、亡き人も思わなかったでしょう――
柏木の弟君の弁の少将の(歌)
「うらめしや霞のころも誰着よとはるよりさきに花の散りけむ」
――うらめしい事よ、墨染の衣を誰に着せるつもりで柏木は春の来ぬ間に死んだのでしょう――
死後のご法要はさすがに御立派になされたようでした。
夕霧は、あの一条の宮にも度々お見舞いに行っておられます。
「卯月ばかりの空は、そこはかとなう心地よげに、ひとつ色なる四方の梢もをかしう見えわたるを、物思ふ宿は、よろづの事につけて静かに心細く、暮らしかね給ふに、例の渡り給へり」
――四月の空は、何ともいえず心地よく、緑一色の梢も趣深く眺め渡されますが、物思いに沈みがちな一条の宮邸は、何もかもしめやかに心細く、日を過ごしかねておいでになるところに、夕霧がいつものように来られました――
庭には、ようよう若草が萌え出で、砂を敷いた間から蓬が生え初めています。柏木がいらしたころは綺麗に植え込みの手入れをなさっておいででしたのに、今はなにもかも伸び放題で、この景色にも夕霧はほろりと涙を落としつつ分け入って行かれます。
ではまた。