無意識日記
宇多田光 word:i_
 



問題なのは、そのビルボード記事の最後の部分。三度び再掲しよう。


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「ずっと、アメリカにいてもどこにいても、少し気まずかったというか……大学に行くまではほぼインター系の学校にいたので、あまりにも国も人種もごった返してて、逆に人種を意識しないでよかったんです、みんな“人間”、みたいな。そうじゃなくて出身国や人種を意識する環境にいると、もっとシンプルだったらいいのに、って思うことが多くて。でも、アイデンティティーの大事な一部でもあるなと最近思うようになって、オンラインのライブやコーチェラのようなグローバルなオーディエンスともダイレクトにつながれる機会が増すにつれて、アジア人としての自分のアイデンティティーも自然に感じられるし、“音楽”以外の環境でいつも感じる居心地の悪さみたいなものも減っていくような気がします」と話してくれた。


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そこの部分に対応するはずの英文がこちら。後から参照します。


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“When I was here [in the U.S.], I always felt a bit awkward… I didn’t really grow up feeling very conscious of my race because I grew up mostly in international schools where we were all from like 80 different countries in the world. I’ve always just felt like a human being. I just always wished it was simpler. Like just that we could have just like, not think about that so much,” they shared. “But it is an important part of our identity and in some ways I kind of missed out on building my identity as an Asian person. So weirdly, finally, I feel like I’m getting in touch with that. And with things like social media and online interaction with fans, I’m aware, I get so much reaction from non-Japanese fans. I really feel the buildup when I do anything online.”


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これ、前半部分はそれなりに逐語訳なのだが、後半部分、日本語の方でいえば「でも、アイデンティティーの大事な一部…」からあと、英語でいえば they sharedからあとの所は、意訳を越えている。特に「“音楽”以外の環境でいつも感じる居心地の悪さ」の部分は英語の方に影も形も無い。

なので、もしかしたら我々が目にしてる英文記事と、日本語訳者の受け取った英文記事に齟齬があるのかもしれない。それをなんとなく踏まえつつ。

日本語文の方を読むとヒカルが自分のアジア人、アジア系であるアイデンティティーに目覚めたことで自分のぎこちなさが消えたみたいに書いてるが、英文の方はそんなことは書いていない。後半部分を私なりに訳してみるとこうなる。

「でも、人種もまた私たちのアイデンティティーを構成する大事な一つなんですよね。幾つかの点で私は、アジア人としてのアイデンティティーを築き損ねてたみたいで。なので、不思議な話ですが、今回やっと自分のその面に出会えた感じなんですよ。それで、ソーシャルメディアみたいなものとかで、(アジア系の)ファンとのオンラインでのやりとりがあるので、私はたくさん日本以外から反応を貰ってる事に気がついています。オンラインで何かをする時には、今までの積み重ね(の大きさ)を本当に感じています。」

この、「自分のその面に出会える」という所が、ヒカルの独特な表現になっている。原文は "feel like I’m getting in touch with that."だ。この“get in touch with A"という言い回し、辞書を引けば「Aさんと連絡を取る」という風に書いてあると思うが、今回は会うとか触れ合うとか通じ合うとか、そういう意味に捉えた方がいいだろう。ヒカルは、自分のアジア系のアイデンティティーと今回コーチェラで出会ったのだ。

「ハロー! アジアンな私!」

という風な感じで。それだけのことなので、ぎこちなさがどうとか居心地がどうとかは特に関係が無いのである。

Apple RadioでのZaneとの会話でも似たような事を言っていたのよ。「ノンバイナリ」という言葉を知ったときにヒカルは、

「ハロー! やっと会えたね!(Hello ! We finally meet !)」

と言っていたらしいのだ。これも、アジアンなアイデンティティー同様、自らの内面の概念的な部分を擬人化して外側に立たせ、自分自身がそれと相対しているイメージを持たせている。ここらへんのヒカルの表現をよく知らずに、今回の記事は日本語訳された可能性が高い。いずれにせよ、実際のインタビューの音声を聴かないと本当のところはわからないだろう。今回の日本語記事の内容がしっくり来ない、という方がいらしたら、それは無理もないですよね、と申し上げておきたい。少なくとも、ただの英文記事の翻訳からでは上記の日本語記事の最後の部分は導けない。長い記事だから私が見落としてるところもあるかもしれないけれど、ひとまず、貴方が記事を読んで違和感を感じたとしてもそれはヒカルが変わってしまったとかではなく、インタビュー記事の技術的な問題である可能性が高そうだとだけ、今は告げておきますね。

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前回「それほとんど言い掛かりだよね?」と言われかねない指摘をしたが今回はもっと話が細かい。「そんなん翻訳に従事してる人同士でやっといてよ」とかって言いたくなるヤツだ。

私が気になった点はこちら。

「……大学に行くまではほぼインター系の学校にいたので、あまりにも国も人種もごった返してて、逆に人種を意識しないでよかったんです、みんな“人間”、みたいな。そうじゃなくて出身国や人種を意識する環境にいると、もっとシンプルだったらいいのに、って思うことが多くて。」

この真ん中の「そうじゃなくて」って要る!? ない方がいいと思うんだけどねぇ。これのせいで文意が伝わりづらくなってる。元の文章はこう。

"… I didn’t really grow up feeling very conscious of my race because I grew up mostly in international schools where we were all from like 80 different countries in the world. I’ve always just felt like a human being. I just always wished it was simpler. Like just that we could have just like, not think about that so much,”

私が訳すとこう。

「私は自分の人種をそこまで意識することなく育ってきました(※ こどもの頃、10代の時期をそう過ごした、という意味)。というのも、殆どの時期を私はインターナショナルスクールで過ごしたからです。インターは世界の80ヶ国とかの国からの生徒が集まってるような場所だったので、私はいつもただ自分は“人類の一員”なのだと感じていました。(なので)私はずっと人種問題がもっとシンプルだったらいいなと願っていました。そんな風だったので、私を含むインターの生徒たちは、自分の人種についてそこまで(深く)考えることなくいれたんです。」

特に" Like just that we could have just like, not think about that so much,"の部分がわかりにくい。そのせいでここの部分が記事のそれまでと違い逐語訳を放棄した形になったのでは?と推測する。あと、toが抜けてる? 多分これ“we could have not to think about that so much"だと思うんだが確信は持てない。もしかしたらここ、原文の更に元のヒカルとのインタビューでは少し違うかもしれないな。

“Like just that"というのは、文脈からしてその前全体を受けて「そんな感じで」或いは「そんな風に」という言い方に、日本語だとなるだろう。

つまり、ヒカルは、人種の坩堝で育ったので人種的アイデンティティについて深く考える必要なく過ごしてきたのだと。更に、その為、ここが訳す場合はっきりしないのだけど、"wished it was simpler"、「もっとシンプルだったらいいのに」という所の"it"が、何を指すのかというね。私なりに解釈すればこれは「人種問題」か「人のアイデンティティ」かどちらかだと思う。そう解釈すると、ここでヒカルが言いたいのは、

「インターで人種気にせず過ごして何の問題もなかった。みんなもそうしたらいいのに。シンプルで楽だよ。」

といった事になるかと思う。

それを踏まえないと、この次の発言が謎になるのよ、ってのを見るとこからまた次回っ。

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