アミューズは佐渡の小木で飼育した黒豚のリエットと三種のパン。リエットとは、肉を磨り潰し、脂肪分を加えてペースト状にしたものを言う。島豚は、昆布を食べさせて育てたそうで、こんな飼育方法の豚は全国で佐渡だけなので、今後ブランド化を進めて行くそうだ。パンは、バゲット、麦のパンと英国のパン。お好みで付けて食べるためのオリーブオイルも供された。筆者は、昼はパンは食べない主義だが、島豚のリエットを味わうために、英国パンだけ食べてみた。リエットは、塩味が薄く、ほどよい脂加減であった。前菜は季節の海の幸を使用した4品である。向かって左上から時計回りに、夏野菜のポーチドエッグ添え(軽く網焼きした烏賊が乗せられていた)、鯛のマリネ、赤ピーマンのムース、アワビのアーモンド香草焼きである。いずれも、いつも食べている都心の高級ホテルのそれに負けず劣らず、いい~お味である。レベルは相当高いっす。プチグラスに入れられたじゃがいものスープまで出て来た。そして、食べ終える頃合を見計らったかのように、いいタイミングでお皿が下げられ、次のお料理が出て来る。3人のウエイトレスが入れ代わり立ち代わり給仕してくれたから誠に心地いい。魚料理は、舌平目のムニエル、オレンジソース添えである。通常のムニエルなら、魚のブツ切の表面に小麦粉を付けて焼いた物が供されるが、このお店では魚を細長く切り、その二つを輪っか状にし、二重三重に巻き上げた物の表面を焼いていた。かなり芸が細かい!店内がやや暑いため、扇子をパタパタやり始めたら、魚料理を運んできたスタッフが近づいて来て、「あのお~、もしよろしければ冷房の温度を下げましょうか」と申し出てくれた。筆者は渡りに船とばかりにこの申し出をすんなり受け入れた。この辺、客の快不快を的確に判断し、素早く対応している。さすがはホテル併設のレストランである、その接客術に抜かりは無かった。ムニエルを食べ終える頃に、筆者の隣のテーブルに20代と30代とおぼしき女性二人連れが案内されて着席した。次のお料理が運ばれて来るまでの間、筆者は彼らの会話を耳を欹ててよお~っく聞いてみた。眼鏡をかけた30代の女性がネットカフェ「自遊空間」の話をし始めたからだ。女性曰く「入会金が300円で最初の30分が280円、延長料金は10分毎に80円と細かく加算されるのね。雑誌は全て新しくてたくさんあるのよ。あ、これなら別に自分で買わなくてもいいかなって感じで。3時間ほどいたんだけど、すっごく安かった!お昼食べて雑誌読んで丁度いい、なかなか面白かったわよ。でも人が多かったわね」。う~ん、筆者とは住む世界が違うなと思った。「佐渡ならば、広々とした自然の中で思いっ切り休日を楽しめばいいのに」と思うのは東京に住む人の言い分で、普段から、自然が豊かな場所で生活している人は、逆に激狭空間に閉じこもりたがるのかもしれない。筆者は、休日は東京でも佐渡でも広々とした空間で過ごす主義なので、こうした女性とはとてもじゃないが付き合えない。
もしも、お目当ての彼女を連れてデイナーでこのお店を訪ねたならば、川端康成の小説「雪国」の次のようなくだりを思い起こすだろう。「列車の窓ガラスに女の瞳が映し出された。そして突然その瞳に灯(ともしび)が燈った。よく見るとそれは妖しくも美しい夜行虫であった」。まるで、温泉芸者の駒子に逢いに行く島村の気分で、「窓ガラスから見える越の松原の間には、漆黒の真野湾と沢根や真野の街の夜景がいいコントラストを描きながら横たわっていた。すると突然、窓ガラスに映し出された彼女の瞳に灯(ともしび)が燈った。よく見るとそれは妖しくも美しい沖の漁火であった」と、ついつい文学に関する造詣深さを披歴しながらブログに書き留めたがる翼君の真似好き輩が出現するかもしれない。いやホイチョイさんならこう表現するだろう、「ガラスに映った君の綺麗な瞳を眺めていると物凄くロマンチックな気分になるんだ。あ、君の瞳に火が燈った!出力は三千ボルトもある。それもそのはず、君の瞳は、沖に浮かぶイカ釣り舟の漁火に重なっていたんだよ」と。だが、このキザな決めセリフは、稲鯨あたりからイカ釣り舟が出漁し、デイナータイムに真野湾沖を航行する事を事前に確認してからやらないと赤っ恥をかく事になる。