佐渡の翼

佐渡の観光名所紹介、佐渡の宿泊施設の宿泊記、佐渡の全飲食店と東京都内高級レストランの食べ歩記、ヨーロッパ及び国内旅行記事

内藤タクシーに乗り相川柴町へ移動       投稿者:佐渡の翼

2015年01月31日 03時45分12秒 | 佐渡相川祭り

タクシー乗り場には二台のタクシーが待っていたが、先頭のタクシーは既に客を乗せていたので筆者は二番目に待機していた内藤タクシーに乗った。運転手さんに「ホテル大佐度経由で相川の願龍寺の隣にある柴町のお旅所まで御願いします」と言った。すると運転手のおじさんは「おや願龍寺ですか、私は相川の願龍寺のすぐそばで生まれ育ったんです」と言い、「成長してからは山側の家に移り住むようになりました」と続けた。筆者が「山側と言うと大山祇神社の方ですね」と応じたら、「お客さん、良く知ってますねえ~」と感嘆したような声を上げた。筆者は「相川ならその隅々まで知っているんだよ」と答えておいた。「大山祇神社の向こうには総源寺があるよなあ~」と言うと「俺は総源寺の娘さんと同級生なんだよ。彼女は函館に嫁いだが、この間久し振りに逢った」と続けた。さすがと言うか当たり前だがおじさんは相川出身なので相川の事情には詳しい。おじさんに寄ると、佐和田のりき寿司の親方のおやじさんがやっていた相川の佐渡前寿司「りき」は閉店したそうで、相川で美味い寿司屋は銀寿司と五番所橋近くにある「初寿司」だと言った。初寿司の親方は相川のりき寿司で板前として働きながら修行を積んだ後に独立したそうで、味は折り紙付きだから是非訪ねて欲しいとおじさんは続けた。「相川は、つるやさんのスパゲッテイも美味いんだよね」と筆者が言うと、おじさんは「あそこは一度火災の被害を受けたがすぐに復興した。たいしたものだよ」と明かしてくれた。車が佐渡会館前を通過した時、おじさんは「佐渡会館は建設当時アスベストを使用していた事が判明したため閉館した」と説明してくれた。このおじさんは、65歳で内藤タクシー(本社が佐和田で真野にも支店がある)を定年退職した後会社に再雇用され、昼間だけ働いているそうで、佐渡の最年長タクシードライバーは84歳だと言った。佐渡で定年後も働けるのはかなり恵まれた境遇だと思うが、おじさんは佐渡市民税の重税感は筆舌に尽くしがたいとこぼした。そこで筆者が「その佐渡市が税金を注ぎ込んでいる、佐渡汽船の両泊航路は今年中に休止となる見通しだが、航路そのものは廃止されないので格安汽船が参入する可能性がある」と告げると、おじさんは「え~、そんな話初めて聞いた。佐渡の人はそんな事誰も知らない」と驚いた様子で言った。「そりゃそうだ、そんな話を佐渡汽船や佐渡市役所が事前にばらしたら、赤泊地区の人々はパニックになるじゃないか、だから発表直前まで両者共黙っているのさ」と筆者はおじさんに教えてあげた。更に筆者は「2017年に佐渡金銀山が世界遺産に登録されるのは既定路線だから、そうなると観光客が増えてタクシー業界は儲かる。更に佐渡空港の滑走路が延伸され、佐渡羽田線が開設されるのでタクシーはひっぱりだこになる」と続けた。次から次へと夢のような話をばらまく筆者を見ながらおじさんは「お客さんはその筋の方ですか?」と、問うて来たので筆者は「ああ、そうですよ」と答えてあげた。筆者は国交省の官僚との間に太いパイプがあり、その種の情報をいち早く手に入れられる立場にある。それが証拠に筆者がかつてブログで予言した事は全て的中しているではないか。

このおじさんは相川生まれだが、現在は畑野に居住しているそうで、筆者が「畑野にある神楽と言うお店は美味しい」と言うと、「うん、神楽の板さんは羽生さんと言い、真野の歴史伝説館内のレストランで働いていたが、その後東京に出て道場六三郎の下で修業を積み、腕を上げた後に畑野で開業した」と明かしてくれた。どうりで美味しい訳だと筆者は納得した。更におじさんは「両津のお寿司屋さんで食べるくらいなら、まるいしや弁慶などの回転寿司屋へ行く事を勧める、その方が安いし美味いと思う」と佐渡の寿司屋事情を見事に喝破した。筆者がラーメン屋事情に付いてもご意見を伺おうとしたところでタクシーはホテル大佐渡の車寄せに滑り込んだ。

柴町の御旅所にある神輿の台座


この記事をはてなブックマークに追加

ニコライ地区    投稿者:佐渡の翼

2015年01月30日 09時10分28秒 | ドイツ・イタリア・フランス旅行2014年

ニコライ地区はベルリン発祥の地とされている。13世紀初頭にシュプレー川の周りに人々が住み始め、ニコライ教会(トップ画像)を中心に街を形成していった。従って、ニコライ教会はベルリンで最も古い教会。現在の姿は第二次世界大戦後に復元されたものでオリジナルではないが、教会周辺は中世の雰囲気を漂わせた、なかなか風情のある街並みである。そこにはカフェや雑貨店などが建ち並び、そぞろ歩きが楽しい界隈である。筆者はこの地区は夜に訪ねると面白いと感じたが、その予想は見事に当たった。昼間は何気なく通り過ぎてしまっていたが、夜に舞い戻って見たら可愛いお店がたくさんあった。

ニコライ教会の内部は撮影可能だが、黄色い線を越え奥へ立ち入っての撮影は禁止されている。筆者はその事に気付かずに、黄色い線を越えた位置でパシャパシャやり始めた。すると係りのおばさんが近づいて来て「If you want to take a photography inside the church beyond yellow line, you need to obtain photo-permission」と言われ注意を受けた。

猶、蛇足であるが、ブログのプロフイール欄に掲載されている女性の顔写真は筆者の新しいセフレの顔写真である。

ニコライ地区にある、とあるカフェ

これが夜になると輝きを増す

ヨーロッパは既に9月中旬から紅葉を開始していた

このカフェの雰囲気

ここを右折すると味のあるビアホールが待っている

スワロフスキーがある

ここにも熊ちゃんがいた

ニコライ教会の内部。この位置からの撮影はOK

ここもOK

黄色い線を超えた所はNo!

ここで係りのおばさんからストップがかかった

これは教会の入り口付近にあるレリーフで撮影可

教会を出てしばらくの所に川があり、その近くにあった銅像。竜に立ち向かう馬に乗った騎士ですかねえ~。

ベルリン大聖堂が見える

アジア系の観光客

ミューレンダム橋の手前にあったカフェ


この記事をはてなブックマークに追加

船内アナウンスに熱心な操縦士       投稿者:佐渡の翼

2015年01月29日 05時33分16秒 | 佐渡汽船

出港10分後に操縦士から船内アナウンスがあった。この操縦士は「皆様、本日はジェットフォイルつばさにご搭乗頂き誠に有難うございます。現在の越佐海峡の天候は、まるで皆様をお迎えするかのように見事な晴れ、南西の風が吹いており波の高さは1メートルほどでございます。本日は朱鷺2day walkにご参加のため乗船されているお客様も多数いらっしゃる事と思いますが、佐渡をお訪ねの際は是非とも小木宿根木をご訪問下さいませ。宿根木には吉永小百合さんが主演したJR東日本のCM撮影の舞台となった三角家がございます。どうぞ女優吉永小百合さんに成り切ったお積りで宿根木の街並みを散策されてはいかがでしょうか」と言った。すると、「田舎おばさんか、ばあさんしか乗船していないのに何が吉永小百合だよ」とでも言いたげな失笑の輪が船内に広がった。

ジェットフォイルが両津湾に入ると、再びこの饒舌操縦士が「皆様、あと約10分ほどで本船は佐渡両津港に着岸いたします。両津港に入港いたしますと進行方向右手に菅笠姿の赤いおけさ灯台が見えて参ります。お座席が進行方向左側のお客様に於かれましては見にくいかと存じますが、そこは心の目でご覧頂ければと思います」と言った。「おけさ灯台は実際に見てこそ価値があるのであり、心の目で想像してもしょうがあるまいに」と思いながら、筆者はこの操縦士の国語力を疑問視してしまった。ジェットフォイルは定刻の午前9時に両津港に着岸した。筆者は降船レースでもトップを走り、既にゲートが取っ払われている到着口を一番で通過し、1階のタクシー乗り場へと急いだ。

一応授乳席もある


この記事をはてなブックマークに追加

聖マリエン教会とテレビ塔   投稿者:佐渡の翼

2015年01月28日 03時02分11秒 | ドイツ・イタリア・フランス旅行2014年

ハッケッシェン・ヘーフェを出た後、スパンダウアー通りを南東の方向に歩くと真向いに赤の市庁舎、そして左手に聖マリエン教会とテレビ塔が見えて来る。聖マリエン教会は森鴎外の小説「舞姫」で、主人公の太田豊太郎とエリスが初めて会った場所と言われる教会である。一方のテレビ塔は高さが368メートルで展望台は高さ203メートルの場所にある。東京タワーやスカイツリーに比べるとちゃっちいが、タワーの隣に教会があると言う新旧揃い踏みの構図が面白い。この教会周辺はちょっとした公園になっており、ネプチューンの噴水(トップ画像)や人工池などがあり、市民の憩いの場となっている。テレビ塔の北東側はアレクサンダー広場になっており、そこにはSバーンや複数のUバーンが乗り入れるアレクサンダープラッツ駅がある。

聖マリエン教会

テレビ塔

赤の市庁舎の前は工事中のため

右方向から回り込んで撮影した。夜景もこの位置から撮影した。撮影時刻は午前11時37分

広場から聖マリエン教会を見た構図


この記事をはてなブックマークに追加

ジェットフォイル搭乗レース   投稿者:佐渡の翼

2015年01月27日 07時36分07秒 | 佐渡汽船

7時55分新潟発のジェットフォイルは7時45分に改札を開始した。筆者はつい飛行機搭乗時の癖が出て、2レーンある改札ゲートのうち、誰も通ろうとしない向かって左側の改札ゲートのバーコードリーダーに搭乗券に印刷されたQRバーコードをタッチさせてすばやくゲートを通過し、ジェットフォイル搭乗レースに於いても勝利を不動の物とした。そして予め指定しておいた1階の前方部分にある3A席に着席した。ジェットフォイルの前方部分の座席は4列あり、4列目の後方にトイレがある。佐渡汽船がジェットフォイルにプレミアムクラスを設置しない理由を問われたら「その需要がないからだ」と答えるだろう。確かに現在の斜陽観光の現状ではそうかもしれない。わずか1時間余りの航海に特等以上の料金を支払って佐渡へ渡る酔狂な人間は筆者くらいの者だろう。だが、2年後に佐渡金銀山が世界遺産に登録されるのは確実な情勢であり、登録の暁には、観光客増でプレミアムクラス設置の必要性に迫られるだろう。その場合は、欧州の域内航空路線のように、今あるエコノミー席の配列である2-5-2を 1-3-1の乗客で利用する形式に改装して改造コストを抑え、4列目の席と後方のトイレとの間に仕切り(カーテンなら最安である)を設けるだけの改装費用で済む。そして接客に当たる美人CAを乗務させさえすれば安直にプレミアムクラスを設置出来るのではないだろうか?プレミアムクラスは通常料金の1000円増しが妥当であろう。1000円はCAさんの撮影権料である。2年後にはジェットフォイルのプレミアムクラス設置が現実味を帯びるのは間違いないだろう。世界遺産へ登録となれば、首都圏からの観光客の利便性に配慮し、誘客も兼ねて佐渡羽田線の開設計画が俎上に登る。これからの佐渡は恩恵を受けようとする観光関連業者の様々な思惑を乗せて2年後へと突き進むだろう。もたもたしていたら2年何てあっという間だ。世界遺産登録招致レースのバスに乗り遅れてはならぬ。今年からの2年間が本当の意味での正念場となる。

猶蛇足だが、ジェットフォイル船内では2014年から既にWi-Fiが使用できるようになっている。

英文の正しい和訳は「前の乗客がゲートを完全に通過し終えてからQRコードリーダーにチケットを乗せなさい」であるが、画面ではかなり意訳してある。

搭乗ゲート

ジェットフォイルに乗り込む乗客達

両津発午前5時30分のカーフェリーが間もなく着岸

帽子を振って見送る佐渡汽船のおじさん

新潟港に着岸したおけさ丸

喜多山のふぐ弁当


この記事をはてなブックマークに追加

ハッケッシャー・マルクト駅とハッケッシェン・ヘーフェ(ホーフ)  投稿者:佐渡の翼

2015年01月26日 05時50分27秒 | ドイツ・イタリア・フランス旅行2014年

筆者のヨーロッパ旅行記をお読みになった当ブログの愛読者の中には、「私もヨーロッパへ行ってみたい」とお思いになられた方は多数いると思う。ヨーロッパの観光閑散期は1月5日から2月末までであり、それ以外は全て観光繁忙期である。往復をエコノミー席に座り、一泊素泊まり5000円程度の安宿での旅を許容出来る人ならばヨーロッパ何て簡単に行けちゃう。観光閑散期なら交通費、宿泊費、食事代も含めて20万もあれば充分だと思う。そして昼も夜もばっちり撮影出来て軽量だが画質がいまいちのソニーα7Sを持参すればブログに掲載しても恥ずかしくない程度の写真は撮れる。ANAカードの支払をマイペイスリボ払いにして飛行機に乗らずにちまちまマイルを貯めている人ならば、45,000マイル貯めれば観光閑散期の欧州往復のエコノミークラスの無料特典航空券が手に入る。もっとも陸マイラーが45,000マイル貯めるためには4年半が必要であるが。。。あるいは有償でエコノミークラスのチケットを購入すれば、片道28,000マイルでビジネスクラスにupgrade出来る。ただし、無料航空券にせよupgradeにせよ、ツアーに参加した場合はこれらの特典は利用出来なくなる。英会話に不安がある人ならばツアーに参加すればいいし、英語に自信のある読者ならば1都市滞在型の個人旅行を計画すれば安全で快適な海外旅行が楽しめるだろう。ちなみに佐渡からのヨーロッパ方面へのツアー商品はそのほとんどが便利な新潟空港出発でKorean air利用である。個人旅行ならばKorean airではANAのマイルは使えないので、新潟・成田便を利用して成田発のフライトを選ぶか、あるいは成田から電車で羽田へ移動し、羽田発のフライトを利用するかのどちらかを選択すべきである。筆者が利用した羽田発0時55分のフランクフルト行きの便利用ならば、佐渡両津9時15分発のカーフェリーで新潟に渡り、そこからバスで新潟空港へ移動し、14時55分発の成田行きのANA便に搭乗する。成田から羽田空港国際線ターミナルまでは直通の京急線があるので、それに乗れば0時55分発のフランクフルト行きに充分間に合う。貯めたマイルで行きの便をビジネスクラスにupgradeしておけば筆者のような豪華な旅が現実になる。そしてフランクフルト一都市滞在型にして自由に行動すれば1年分のブログネタを確保できる寸法だ。

2月の日曜日の0時55分発のANA便で羽田を出発すれば、同日にフランクフルトへ到着する。フランクフルト観光とその近郊への旅などは3日もあれば充分。日、月、火とフランクフルトに滞在し、水曜日にフランクフルトを出発し、木曜日に帰国のスケジュールにして、今年のように水曜日が建国記念の休日になる年を選べば、4日間の休みの取得でヨーロッパ往復弾丸旅行が完結する。佐渡市役所の職員ならば土曜も休みなので、3日間の有給休暇を取得し土曜に一日かけて羽田へゆっくり移動すればいい。海の時化で羽田への移動日の土曜が終日欠航になる恐れがある場合は、金曜日に移動して都内のビジネスホテルに宿泊し、翌日羽田へ向かえばいい。

スパンダウアー通りとカール・リプクネヒト通りが交差する場所

赤の市庁舎

聖マリエン教会とテレビ塔のツーショット

ハッケッシャー・マルクト駅に向かう路面電車の線路

ベルリンで見つけた見世物小屋

こんなトラムが走っている

前方にハッケッシャー・マルクト駅のガード下が見えて来る

どことなく有楽町のガード下に似ている

右手はベルリン銀行

ハッケッシャーマーケットと書いてある

カフェテリアのパラソル

バトラーズと書いてあるが、可愛いビルだ!

ここがハッケッシェン・ヘーフェの入口、ヘーフェとはドイツ語で中庭を意味する

アンペルマングッヅのお店

ここを潜り抜ける

シアターの切符売り場。カッセとはお会計場の意味だ

ここが中庭、真ん中にあるのはスイーツのお店。ドイツ語で中庭を意味するホーフ(Hof)は、その名の通り建物の中庭に面しておしゃれなカフェやギャラリー、雑貨屋さんが立ち並びぶ複合ショッピング施設のことを言う。吹き抜けの中庭に向かって開かれた小さなアトリエや工房を訪れる、どこかそんな感覚でショッピングを楽しめるのがホーフ最大の魅力だ。ハッケッシャー・マルクトにあるハッケシャー・ホーフはベルリンの中で最も有名なホーフと呼ばれ、8つの建物が繋がり1つのショッピング施設を形成している。雑貨店やギャラリーだけでなくレストランや映画館も備わっていて朝から夜までずっといられるのも魅力的。

このレストランは無国籍料理のお店だがドイツ料理の扱いはない

ドルチェだからスイーツだな

開店の準備中

シアターの文字が見える

各フロアの案内図

gourme to goだからお持ち帰りの意味だな

1840レストランねえ~

花が綺麗だったので思わず撮影した






この記事をはてなブックマークに追加

ホテル新潟を出て佐渡汽船新潟港ターミナルへ   投稿者:佐渡の翼

2015年01月25日 05時49分08秒 | 佐渡汽船

10月19日の朝は午前4時に眼が覚めた。部屋を出た後、未明の新潟の信濃川付近を撮影するために万代橋まで歩いてみた。ヨーロッパや長崎の夜景を見慣れた眼には新潟の夜景なんて大した事はなかったが、ブログのネタにと数枚撮影しておいた。午前6時にホテルの1階にあるカフェダイニングへ行き朝食を食べた。ビュッフェスタイルのいつもの食事である。例によって大量食いをした後、チェックアウトを済ませ、タクシーで佐渡汽船乗り場へ向かった。ネット予約をしてあれば、予約回答メールに添付されたQRコードを印刷した紙片を自動券売機のバーコード読み取り部分にかざせば往復の乗船券が排出される仕組みだった。だが、肝心の自動券売機の説明看板には、「この券売機ではジェットフォイル、カーフェリー1等、2等の乗船券が購入出来ます」と書かれているだけで、「スイートルームや特等の乗船券も購入出来る」とは一言も書かれていない。これは欠陥案内看板である。何故ならスイートルームや特等を予約した客の中には「何だ、この券売機では特等は購入できないのか?」と誤解する人がいるかもしれない。筆者もそのように誤解し、わざわざ窓口に出向いて発券してもらった口なので、佐渡汽船に於かれましては「この券売機ではジェットフォイル、カーフェリーの2等、1等、特等及びスイートル-ムの乗船券が購入出来ます」と書いた看板に差し替えて頂ければ幸いである。

ただし、ネット予約で事前クレジット決済で乗船券を購入した人が自動券売機で発券すると、佐渡島内の観光施設の入場料割引証は出て来ない。従ってそれが必要な人は窓口で発券してもらわねばならない。佐渡汽船はこんな細かい事をHPでは告知していない。こういう情報は現場を知り尽くした筆者のような旅行者だけしか知らないし、無論佐渡観光戦略官もこのからくりにはまだ気付いていない。

ホテル新潟のフロントロビー

100円コインパソコンコーナーもある

未明の新潟

ラブラ万代辺り

万代橋

から見た対岸のビル群

メディアシップ

レインボウタワー

ホテルオークラ新潟

新潟県庁方向

新潟日報の

本社ビルを撮影

いつもの朝食

店内の様子

お部屋の窓から撮影した新潟市中心部の景色


この記事をはてなブックマークに追加

ベルリン大聖堂とリープクネヒト橋   投稿者:佐渡の翼

2015年01月24日 04時11分27秒 | ドイツ・イタリア・フランス旅行2014年

ベルリン大聖堂とは、ベルリンのミッテ地区にあるホーエンツォレルン王家の記念教会で、ベルリン=ブランデンブルク=シュレージシェ・オーバーラウジッツ福音主義教会に属し、ルター派の礼拝をおこなっている大聖堂で、ひときわ目を引くドームが印象的な建物である。写真で見ると物凄い迫力だが、何度かヨーロッパを訪ねた事がある人が見ればそれほど感動する代物ではない。言うまでもないが、佐渡の神社仏閣した見た事がなく、この種の建物を初めて見る人ならばその大きさに圧倒されるだろう。ベルリン大聖堂は観光客で混雑する昼よりも夜の方が綺麗だ。その画像は後日供覧するが、内部の見学開始時間は午後12時であり内部は撮影禁止である。

手前に噴水があり、これを入れて撮影すると雰囲気が変わる

更に引くとこうなる

近くに寄って入り口部分を縦アングルで撮影した

これは大聖堂の北側にある建物で、旧博物館

大聖堂は南西方向に向かって建っており、ここは聖堂の南東部分

樹木が邪魔するため

なかなかいい写真が撮れない

これはDDR博物館。東ドイツの日常生活を、1000㎡以上の空間に並べた展示品で体験出来る博物館。東ドイツ料理の店も併設されている。

ニコライ教会の尖塔が見える

大聖堂を南東方向から見た構図

シュプレー川には遊覧船が幾つか就航している

日曜の午前中のため観光客の数は少ない。欧州では平日に観光客が多い。

大聖堂の北東部分で丁度聖堂の真裏に当たるがこれを川越しに撮影した

川沿いに建つピザレストラン「Heat」前にあった熊さん。「ピザを食べてHeat upしようぜ」と言う意味だろう


この記事をはてなブックマークに追加

バー・リオンドール(ANAクラウンプラザホテル新潟)  投稿者:佐渡の翼

2015年01月23日 04時49分35秒 | 佐渡のお宿評価

昨年の10月18日(土曜日)筆者は仕事を終えた後、相川祭りの見物を目的に佐渡へ向かうべく東京駅の新幹線ホームへと急いだ。EOS-1DXを収納したカンプラーのカメラバッグと着替えを入れたトートバッグを持参していたが、早々と17時30分に東京駅に着いてしまった。東京発18時12分のMaxとき341号のグリーン車に乗車予定だったが、この列車は越後湯沢から到着予定の「谷川号」の折り返し運転のため、車内清掃が完了し乗車可能となる時刻は発車予定時刻の2分前である。40分ほどの待ち時間があったので、駅構内の駅弁屋「祭」と言うお店に入り、このお店で一番高い弁当である、「東京弁当」なるものを購入した。お値段は1650円と言う安さだったが、実は季節限定で1800円の「東京駅記念弁当」も売り出されていたが、テレビで報道されたためそれは既に売り切れていた。「東京弁当」の中味は「東京駅記念弁当」とほぼ同じで、御品書きには色々と御託が並べられていた。曰く、「浅草今半の牛肉時雨煮」「人形町魚久のキングサーモンの粕漬焼き」「日本橋大増の江戸野菜の煮物」「築地すし玉あおきの卵焼き」と、東京の名店から取り寄せた看板商品をてんこ盛りにし、お米は秋田県産のあきたこまちを使用した高級弁当だそうだ。食べてみたら、1650円と言う安さが実感出来たしテレビで騒ぐほどの味では無かった。グリーン車内は7割ほどの混み様でいつもの週末と同じであった。

列車は20時16分に新潟駅に到着した。そして筆者はタクシーに乗り、ANAクラウンプラザホテル新潟へ向かった。ANA系列のホテルは、昨夏からIHGと言うホテルグループに加盟したため、宿泊マイルを得るためには、チェックイン時にIHG Reward Clubカード(無料で発行してくれる)とANAカードの両方を提示する必要があった。筆者は一泊朝食付きで12,800円のシングルルームを予約しておいた。IHG Reward Clubメンバーが宿泊する際は、late check outと翌朝の新聞朝刊配布サービスを受けられるし、更にこのホテルでは250mlのペットボトル入りのミネラルウオーターとおつまみ用の柿の種2袋が入った小さな紙袋までくれた。筆者は部屋に入るとバッグからカメラを取り出した後、直ちに13階にあるバー・リオンドールへ足を向けた。このバーからは新潟の夜景が良く見えるので、このホテルのバーは筆者のお気に入りの一つである。窓際には3テーブルほどあったが、いずれも女性グループの客達で埋まっていた。筆者は壁際のソファー席へと案内されたが、卓上にキャンドルが置かれていなかったため、撮影の光源用にするため、それを置くようにとスタッフに御願いした。そして旅の夜の御約束事みたいになっている、恒例のジントニック二本立てとミックスナッツを注文した。ジントニック二本でいい心持ちになって来たのでカメラのレンズを窓外の夜景に向け、何枚か撮影した。ところがEOS-1DXは手前にある被写体にピントを合わせようとするため、どうしても客の姿が写ってしまう。女性客だから華やかでそれはそれで一つのいい構図だった。

ジントニックを飲み干した筆者はモスコミュールを追加で注文した。すると、それを運んで来たウエイター氏はどうやらこのバーの接客責任スタッフらしく、「お客様、他のお客様が入る角度での店内撮影はご遠慮頂いております」と慇懃無礼な物言いをした。筆者は素直に「はい、分かりました」と一旦は彼からの注意を留め置いた。だが、「宿泊客には窓外の景色を撮影する権利があるはず」、そう思い直した筆者はその責任スタッフを呼び付け、ルームキーとIHG Reward Clubカードを提示した上で「私はこのホテルを含め、過去何度もIHGグループのホテルに宿泊した謂わばIHGグループの上顧客だし、新潟に宿泊する際はおたくのホテルを常宿にしている。そして私は窓外に焦点を合わせて夜景を撮影しようとしただけで客の姿を写そうなどという意図は毛頭ない。風景を写そうとしてそこに人物が写りこむのは避けようが無いし、人物の顔が鮮明に写っていなければ問題はないと思う。しかるにその大事な客に向かってだな、そんなクレームを付けるとは心外千万!第一、フラッシュも焚かずにこんな暗い店内で客の姿何て写せる訳がないじゃないか」とはったりをかませつつ金に物を言わせて店長に猛抗議をした。すると店長は手のひらを返したように、名刺を差し出しながら平身低頭となり「お客様のおっしゃる通りでございます。誠に申し訳ございませんでした」と平謝りに転じた。筆者は「分かればいいんだ、料金は部屋付けにしておいてくれ、これでこの1件は水に流すとしよう」と言い残しお店を去った。去ったが後味の悪さは翌日まで残存したので、華岡君もホテル新潟のバーへ乗り込みソニーα7Sで店内をパシャパシャやるのは控えた方がよさそうだ。

追記:ホテル新潟に限らず、館内レストラン撮影の際は他のお客様の御迷惑にならないよう御配慮下さい。猶、他の御客様のプライバシー保護の観点からホテルスタッフがお声掛けする場合がございますのでご了承下さい。


これが東京弁当

内部はこうなっている

グリーン車内

ANAクラウンプラザホテル新潟のシングルルーム

バー・リオンドールの店内、窓外にはレインボウタワーが見える

ピンクとオレンジ色に光っている建物は何だろうか?

こちらはホテル日航新潟の方向

女性バーテンダーさん

窓際席は女性客だけで占められていた

恒例のジントニック二本立てとおつまみとキャンドル

カラフルなカクテルをご注文のようだ

皆さん

とても楽しそうに談笑していらっしゃる

最後に注文したモスコミュール


この記事をはてなブックマークに追加

フンボルト大学からシュロス橋まで    投稿者:佐渡の翼

2015年01月22日 05時54分08秒 | ドイツ・イタリア・フランス旅行2014年

トップ画像はシュロス橋の欄干部分に飾られている彫刻群のうちの一つである。金色の十字紋章を持つ翼の生えた天使像が「佐渡の翼」を、そして仰向けになりおちんちんを誇示している像が「佐渡の翼教徒」をそれぞれ象徴している。とまあ、こじつければ幾らでもこじつけられる面白い彫刻や風景が目白押しなのがベルリンだ。ウンター・デン・リンデン通りを往復し、洒落たカフェに入って休憩し土産物屋をひやかし博物館や教会の内部を見学し、買い物などに興じていたらそれだけで一日はあっと言う間に暮れてしまう。ちなみにこの彫刻にヒントを得たと言うか真似したと言うか、非常に良く似た構図なのがこちらの画像

佐渡両津の両津大橋の欄干部分に飾られている青銅の像。「佐渡の春」と言うタイトルだが、あと2ヶ月ほどの冬を我慢すればこんな時期が来る

話を再びベルリンへ戻す。これはフンボルト大学である。1810年に、教育改革者で言語学者のヴィルヘルム・フォン・フンボルトによってフリードリヒ・ヴィルヘルム大学 として創立されたベルリンで最も古い大学である。

その正門と思われる

これは大学の真向いにあるBebelplatz(焚書広場)である。焚書広場とは、1933年、ナチズムの思想に合わないとされた2万冊の書物が燃やされた場所である。

改築中のベルリン国立歌劇場

ヴィルヘルム・フォン・フンボルトの弟アレキサンダー・フォン・フンボルトの銅像。彼は地理学者であった。

ここがノイエヴァッヘ、

ノイエヴァッヘとは「戦争と暴力支配の犠牲者のためのドイツ連邦共和国慰霊館の事で、日本語の説明文もあった

広い入口部分にはこんな銅像が一つポツンと置かれていただけ

ドイツ歴史博物館前でガイドさんの説明に耳を傾ける欧州からの観光客達

ベルリン大聖堂まで約350m

標的と書かれた面白い垂れ幕

再びベルリン国立歌劇場

ドイツ歴史博物館の通りに面した部分

それを縦アングルで撮影

こんな彫刻を見つけた

これが可愛い!

黄金のレリーフ

シュプレー川沿いにオープンする野外のマーケット

夜になるとこの辺りは酒場に変身する

シュロス橋越しにベルリン大聖堂が見える

シュロス橋を渡る人々

シュロス橋の欄干沿いに建つ彫刻


この記事をはてなブックマークに追加

相川祭り(佐渡市相川)見物へ出発   投稿者:佐渡の翼

2015年01月21日 05時25分33秒 | 佐渡相川祭り

佐渡島最大規模のお祭りである相川祭りの開催日は、毎年10月19日と決まっている。2014年の開催で400回目となり節目を迎える昨年の相川祭りは日曜日と重なったため、日曜祝日しか休めない筆者に取ってようやくそのお祭りが見学可能となった。筆者は昨年の4月14日に10月19日の宿泊予約をしようと、相川の万長ホテルに電話をかけてみた。すると宿泊予約の担当者は、「当日はツアー客用に旅行会社が全室を押さえているため個人客の予約は受けられない」と、例の佐渡流の断り文句を繰り返した。個人客の予約を受けて、旅行会社用の部屋に不足が出てしまっては翌年からは客を回してもらえなくなる。そうなれば、ただでさえ佐渡への観光客は減っているのでホテルに取っては死活問題となる。旅行会社の予約を優先せざるを得ないホテル側の事情は充分理解出来たので、万長さんを諦めホテル大佐渡へ予約を打診したら、今度は快く受けてもらえた。相川祭りの前日は、新潟のANAクラウンプラザホテルに宿泊し、19日に新潟発7時55分のジェットフォイルで佐渡へ渡り、以後は終日相川に留まりこの祭りの様子をキャノンEOS-1DXで撮影しまくる予定とした。そして10月20日の午前5時30分両津始発のカーフェリーで新潟に戻り、午前9時04分新潟発で大宮しか停車しない東京行きの新幹線に乗車し、午前10時43分に東京へ到着した後オフィスへ直行し仕事に就くと言う強行スケジュールを組んだ。

アーネストソーンのブーツカットジーンズとトゥモロウランドのブルーのレインコート。皮とデニム生地のツートーンカラーの洒落た靴はキャサリンハムネットと言うロンドンのブランド製。


この記事をはてなブックマークに追加

ベルリンの街    投稿者:佐渡の翼

2015年01月20日 05時25分31秒 | ドイツ・イタリア・フランス旅行2014年

トップ画像は、マダムタッソー蝋人形館前の、思わず本物のマリリンモンローか?と見まごうような精巧さの蝋人形である。ヨーロッパと言うのはこういう面白い物が突然にそして唐突に現れる。特に見知らぬ小路に迷い込んだ時などにそれらに遭遇し易い。クベトリンブルクでは幾つかそうした体験をして楽しかった。人間と言う者は、初めて目にする風景に自然とカメラのレンズを向けたがる。だから、デジイチを海外へ持参する時は予備のバッテリーと充電器は必携アイテムである。電池の消耗を心配し、撮影した画像の保存前に慌ててカメラのスイッチを切るとせっかくの画像が消えてしまう事がある。だから決してそんな安いカメラを持参してはならない。更に電池消耗度が激しいソニーαシリーズなどのデジイチも海外旅行には不適である。撮影中に電池切れになる恐れがあり、せっかくのシャッターチャンスを逃す可能性が高まるからだ。従って写真素人は、昼も夜もばっちり撮れる軽量のミラーレスカメラ(ソニーα7Sなど)と予備のバッテリーを常に持ち歩くようにすれば安全である。外国では「これは何の建物なのか?」と考える必要はない。印象に残った建物は取りあえず撮影しておき、帰国後に画像に残された文字を解読すればいい。そして建物だけを撮る事に熱中してはならない。必ず人物を入れた構図で撮影するように心がける事だ。そうすれば写真が寂しい感じにならないし、思わぬ構図が切り撮れるかもしれない。

Endeはバスの終点を意味する

入場無料の展示ホールのようだ

バスの停留所

トップツアーの観光バス。ガイド役のお兄ちゃんが筆者のカメラを見て「シェーネカメラ」と言った。美しい素敵なカメラねと言う意味だ。ドイツは、光学機器メーカーのライカやレンズメーカーのツァイス社の本家本元であるからしてドイツ人はカメラの品定めに厳しい目線で臨む。だからEOS-1DXなどを持っている観光客は相当に珍しいらしく、絶えずじろじろと見られた。

ベルリンの裏路地

フェラーリのお店

Bundestagとは連邦議会の事だが、こんな所にその関連の建物があった

アインシュタインと言う名のカフェであろう

これが有名なお土産屋の「ベルリンストーリー」。ベルリンには熊の人形が多いが、その背の高さは決まっているそうだ。

ここを右へ曲がると

フリードリッヒ通りに至る。右手に見えるのはウエスチンホテル

これが「フリードリッヒ大王騎馬像」の後面

同側面

同前面


この記事をはてなブックマークに追加

ベルリン市内観光(ブランデンブルク門)   投稿者:佐渡の翼

2015年01月18日 05時45分55秒 | ドイツ・イタリア・フランス旅行2014年

ブランデンブルク門から東に向かうとウンター・デン・リンデンを経て王宮へとつながっており、プロイセン王族が、ベルリン市外に出てポツダムやティーアガルテンに向かう時には必ずこの門を通過する、ベルリンの正門と言っても過言ではない位置付けだった。ブランデンブルク門はフリードリヒ・ヴィルヘルム2世の命により建築家カール・ゴットハルト・ラングハンスによって古代ギリシャ風に設計され、1788年から3年間の建設工事を経て1791年8月6日に竣工した。これといった竣工式も行なわれないまま門は開通し、供用に付されたという。門はアテネのアクロポリスの入り口にあったプロピュライアの門を模した物で、門の上には、彫刻家ゴットフリート・シャードウが制作した四頭立ての馬車(クアドリガ)に乗った勝利の女神ヴィクトリアの像が乗っている。この門は、平和の勝利を記念する「平和門」としての位置づけであったが、完成直後にナポレオン・ボナパルトによりベルリンは征服されブランデンブルク門はナポレオンのパレードの舞台と化し、ヴィクトリア像はフランスへ戦利品として持ち去られた。その後のナポレオン戦争によりプロイセン軍がパリを占領すると、ヴィクトリア像は再度ベルリンに持ち帰られ門の上に戻されたと言う。門は戦勝と凱旋のシンボルとなり、門のあるカレ広場(四角形広場の意)はパリ広場に改名され、ヴィクトリアの持つ杖には勝利を記念して鉄十字紋章が取り付けられた。門の前は列強の大使館やホテル・アドロンケンピンスキーなどの壮麗な建築群が並ぶベルリンの中心地のひとつとなった。以上はウィキペディアからの引用改変文であるが、筆者はベルリン市内の地図を頭の中に叩き込んでいたので、地図など持たずに街を歩き回った。

ベルリンはドイツの首都にして大都市なのだが、航空機のメンテナンスに定評があり、star aliance groupの創立メンバーでもある、世界で最も安全な航空会社と言われるルフトハンザドイツ航空のハブ(拠点)空港は、フランクフルトとミュンヘンにあるため、日本からベルリンへの直行便がない。そしてベルリンはヨーロッパで最も美しい街とは言い難いが、新旧が混在した街でもある。ここでは日本人の観光客は一人も見かけなかった。

雨上がりのブランデンブルク門

左手が観光案内所で右手が銀行

この建物の北側にドイツ連邦議会議事堂や共和国広場がある

ブランデンブルク門から見たアドロンケンピンスキーホテル

信号待ちをする人々、この頃には雨は止んでいた

真正面から見たアドロンケンピンスキーホテル。ホテルは北側を向いて建っている。筆者が宿泊した部屋は、エバート通りに面しており、方角としては西側であるが、部屋からはブランデンブルク門は見えなかった。

これは救急車両かな?

アンペルマンの信号機。アンペルマンとは、1961年に東ドイツに設置された歩行者用信号のマーク。東西ドイツ統一後に撤去が進んだが、あまりにも可愛いので、残そうと言う運動が起こり、今では西側にも新設されている。このアンペルマンをデザインした文具やキッチン雑貨など、女子が好きそうなグッヅを扱うお店の本店がハッケッシェン・ヘーフェ内にある


この記事をはてなブックマークに追加

ホテル・アドロンケンピンスキー(ドイツ・ベルリン):9月14日(日)    投稿者:佐渡の翼

2015年01月17日 02時43分03秒 | ドイツ・イタリア・フランス旅行2014年

ブリストルケンピンスキーからタクシーに乗り、今度こそ本物のホテル・アドロンケンピンスキーへと向かった。両ホテル間の移動にはベルリン市内の移動なのに、信号待ちなどで15分を要し、空港とベルリン市内間の移動とほぼ同じと言う皮肉な結果になった。料金は15ユーロほどだったが、筆者は運転手さんに20ユーロ札を手渡した。ホテル・アドロンケンピンスキーは、ベルリン・ミッテ地区のブランデンブルク門のすぐそばに位置する豪華な5つ星ホテルで、ミシュラン2つ星のレストラン、ショッピングアーケードなど最高水準の施設を提供している、ベルリンに於ける最高級のホテルだ。ブランデンブルク門はベルリンの一大観光名所となっており、門を見終えた宿泊予約の無い観光客がホテルのロビーに入り込み写真だけを撮影して帰る事例が多く、宿泊客らの顰蹙を買っていたため、ホテル側は「館内撮影禁止」の立札を立てていた。だが、宿泊客は勿論自由に館内を撮影出来る。

筆者は、ホテル到着後直ちにフロントに向かい予約確認書を提示した。このホテルは昨年の1月に予約したのだが、2月に有効期限が切れる東京VISAカードで予約したところ、予約から1週間後に「このカードでは予約出来ません」と言うメールが予約サイトから送られて来た。筆者はカード会社に電話をし事情を話したところ「そのメールを当社に転送して欲しい。さすれば当社の方からホテル側に、宿泊時にはカードは有効で国際的な信用取引には何の問題もない事を連絡しておきます」と言われた。筆者はその言葉を信じ、再度同じカード番号で予約をやり直しておいた。ところが、それから一ヶ月を経過した頃に、再び予約サイトから「ホテル側からこのカードでの予約を拒否された」と言うメールが届いた。止む無く筆者は新たに取得したANAVISAプラチナプレミアムカードで予約をし直した。

そんな経緯があったので、チェックイン時に一悶着あるかもしれないと思い、それはもう折込み済みだったが、案の定フロントマン氏は「予約が確認出来ない。念のためパスポートを見せて欲しい」と言った。フロントマン氏はパスポートを見ながら何度かコンピューターのキーを叩き続けた後に、ようやく「OK, We have confirmed your reservation」と言った。筆者がルームナンバーを尋ねたら、彼は「We have no available room now. Please come back at 3pm, when which we can provide you a room.」と、流暢な英語で答えた。筆者は、ポーターから受け取った荷物の預かり証をフロントマン氏に手渡した後、館内撮影をした。そして、雨は止んでいたものの念のためにホテルから傘を借り、EOS-1DXだけを携えながらベルリンの街へ出た。

奥がバーで、手前がラウンジに変わる

象と蛙と仏塔は何だかオリエンタル風

奥の方に見えるのがフロント

ロビーで朝食中の女性が偶然カメラ目線で写っていた

ラウンジから入口方向を見た構図だが、高級感がまるで違う!

道路から見たホテルの外観


この記事をはてなブックマークに追加

ベルリンのタクシーに乗ったらwrong hotelに到着した   投稿者:佐渡の翼

2015年01月16日 05時09分29秒 | ドイツ・イタリア・フランス旅行2014年

筆者はベンツの隣に待機していたワゴンタイプのタクシーのおじさんに、「ホテル・アドロンケンピンスキーまでお願いします」と告げた。おじさんは「Oh, kempinski? OK」と言った。タクシーの車内には軽快なリズムの音楽が流れていた。「チタ、チタ、チタ、チタ、チタチタチタッタ~♪」のリズムは今でも脳裏にこびりついている。ドイツのタクシーでは、バックミラーの左端部分に料金がデジタル方式で赤色で表示される仕組みになっている。トップ画像を良く見ると、バックミラーの左端上部が液晶表示の明かりを反映して赤く写っているのがお分かりかと思う。これなら日本のように、シフトレバー付近に設置されている料金メーターを身を乗り出して覗き込む必要がなく、極めて見易い。何故、真似の上手い日本人はこんな便利なシステムを真似しないのだろうか?観光案内本にはテーゲルからベルリン中心部までは30分と書かれているが、実際は15分で到着した。そしてベルリンのホテルに到着する頃に激しい雨になった。ホテルに着くとおじさんは「ここがケンピンスキーさ」と言った。料金表示は18.60EURだったが、カードで支払えた。筆者は降り際に5ユーロのチップをおじさんに渡した。「スーツケースを車のトランクに入れてもらうと別料金が必要になる」と観光案内本に書かれているが、そんな超過料金は不要だった。ただし、タクシーに寄っては徴収される場合もある。現実に、イタリアのナポリでは1EURの上乗せを要求された。

ホテルに到着したのは午前9時35分である、チェックインには早過ぎる時間だったので、まずはゆっくりトイレを済ませてからフロントへ行く事にした。用を足した後、フロントへ行き、係りのお兄さんにブッキングドットコムの予約確認書を提示した。するとお兄さんはコンピューターのキーを叩きながら、さかんに小首を傾げた。そして「あのお~お客様、当ホテルには予約が入っておりませんが」と言った。筆者は「おいおい上手い冗談だな、もう一度予約番号とPin codeを確認しろよ、予約はクレジットカードで保証されているんだ」と言うと、お兄さんは、再度コンピューターの画面を見ながら「あ~あ!」と言った。そして「お客様がご予約なさったのはケンピンスキーはケンピンスキーでもアドロンケンピンスキー様の方で、当ホテルはブリストルケンピンスキーでございまして、アドロン様はサボイ系列で、当ホテルはブリストル系列で経営母体が異なります。外にタクシーが待機しておりますのでそれに乗ってアドロンケンピンスキーホテルへ御移動なさるのがよろしいかと思います」と流暢な英語で慇懃に答えた。

これでお兄さんが小首を傾げた謎がようやく解けた。ホテル内に入った頃からどうも高級感に欠けるなあ~と思っていたし、客層が韓国人のツアー客らしき人ばかりでチープっぽかったのでおかしいなとは思っていたが、タクシーの運転手さんも運転手さんだ。「ベルリンにはケンピンスキーホテルは二つあるがどちらのケンピンスキーなのか?」と確認すれば良かっただろうに。

筆者は、これを教訓にして、どんなに超有名な高級ホテルに行く場合でも、タクシーの運転手さんへは、ホテルのアドレスを記載した予約確認書の提示を徹底する事を心に決めた。

車内にはVIPタクシーのステッカーが貼られていた

ちょっと雰囲気が違うような気がした

韓国系の客が多い!

ホテルの入り口をロビー側から見た構図だが、少し高級感に欠けるような気がしないでもない

確か、アドロンケンピンスキーホテルにはロビー階にショップなどは無かったはずだが。。

ロビーラウンジもこんな安っぽいものでは無かったと思うが。。。


この記事をはてなブックマークに追加

ブログの記事内容について

「佐渡の翼」の記事内容は、調査スタッフ個人の、お店や宿泊施設に対する感想や意見を記述したものです。これらは、すべての読者が感じる内容とは必ずしも一致しません。「佐渡の翼」に掲載された記事を参照した後、読者ご自身の判断で行動した結果、生じた損害・損失について、当ブログは一切責任を負いかねますのでご注意下さい。更に、お店の外観写真やメニューはあくまでも取材時点でのものであり、最新情報とは必ずしも合致しておりません、重ねてご注意下さい。佐渡島内の焼肉屋と焼き鳥屋は調査の対象外です。これらのお店に関する情報をお求めの方は「佐渡なび」(http://www.sadonavi.net/)にアクセスしてお調べ下さい。なお、当ブログで紹介後に営業を休止したり廃業した飲食店は、宿根木の日本料理の名店「菜の花」(2013年4月に東京上野桜木で再オープン。電話番号:03-3827-3511)、小木の新保屋食堂、佐和田の居酒屋「侍」、佐和田の中華料理「潤采」と「洛陽」、佐和田のラーメン大学「かねふく」、佐和田のラーメン店「燕人」、佐和田の喫茶店「トムキャット」(バール・フェリチータに変貌)、佐和田の「石川食堂」、佐和田のラーメン屋「げんき家」、佐和田のキャバクラ「パレス」、八幡のスナック「メンソーレ」(カラオケ、ココルに変身)、二見のラーメン屋「二見食堂」、真野の「寿司正」(後継は洋風のお店になる模様)、相川の「りき寿司」、相川ののら犬カフェ、金井の蟹料理専門店「かにっこ」、金井の食堂「ランチ@さとにわ」(佐和田へ移転)、金井のスナック「花音」(スナックyy'78に変身)とスナック「リバーサイド」(居酒屋兼食堂:クッチーナに変身)、畑野の食堂「菜花村」、両津の喫茶&レストラン「アン」、両津のファーストフードの店「マックス」、両津の「彩花停」(海結に変身)です。なお、紹介後に閉館したホテルは小木の「ニュー喜八屋」、佐和田の「シルバービレッジ」(改装され、ホテル浦島東館として再スタート)、相川のホテル「さどや」、えにしの宿「新ふじ」、相川やまきホテル。廃業した旅館は、小木の「ごんざや旅館」と相川の「中山旅館」です。 2017年3月8日現在の情報に基づいています。

佐渡の翼管理人

当ブログは著作権法により保護されています。当ブログ内で提案された「アイデア」の借用、具現化、実行等には何らの制限もありませんのでどうぞご自由にご利用下さい。当ブログの記事内容を著作権者の許諾なしに「引用」することは、その必然性があれば著作権法上は合法です。しかし著作権法第32条では、「引用は、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない」と定められています。「正当な範囲内で」 とは「 引用しすぎてはいけない」という事であり、質的にも量的にも、自身の文章が「主」、引用部分が「従」という関係にある(最高裁判例)事が求められています。なお、アクセス状況は2009年2月1日からの累計です。 Copyright © 2009 Wing of Sado All Rights Reserved