佐渡の翼

佐渡の観光名所紹介、佐渡の宿泊施設の宿泊記、佐渡の全飲食店と東京都内高級レストランの食べ歩記、ヨーロッパ及び国内旅行記事

治門観音(佐渡市高瀬)   佐渡の知恵袋解答シリーズ

2011年08月31日 06時00分52秒 | 佐渡及び首都圏近辺の面白観光スポット

相川から七浦海岸沿いに建つホテル「めおと」さん方向に向けて車を走らせ、このホテルを過ぎたあたりの左手に三宮神社が見えてくる。このあたりで車を徐行させ、ふと右手を見たら「高瀬(たこせ)」のバス停が見えたのでここに車を停めた。そしてバス停の真向かいにある民家で道案内を請うた。出てきたおばさんは二見方向を指差し「すぐそこにカーブミラーが見えるでしょ、そこに左へ入る道があります、そこを少し行った所にお堂があるのでそれかも知れません。でも私よく知らないんですよ」と言った。地元の人なのに自信たっぷりに答えられないところを見ると、このおばさん、島外から移り住んで間もないのかもしれないなと思った。案内された場所へ行ってみると確かにそこに治門観音があり、佐渡なび地図の場所とぴったりと一致していた。観音堂の問題は比較的答え易い。地元の人に聞けば何とかなるからです。ところが城跡や遺跡と言った類は跡が残っていなければ正確な場所を特定するのは困難だ。しかもほとんどの城跡や遺跡には案内標柱が建っていないのでよけい特定作業を困難なものにしている。


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小川城跡(佐渡市小川)     佐渡の知恵袋解答シリーズ  

2011年08月30日 06時00分31秒 | 佐渡及び首都圏近辺の面白観光スポット

佐渡なびの管理人さん提供の地図を見ると、JRファミリーオ相川へと行く道の手前に山本酒店があるがそこを右折してしばらく行くと小川城跡があるようであった。航空地図で示された場所とおぼしき所まで行って、畑作業をしていたおばちゃんに尋ねてみた。おばちゃんは「小川には城などは無い」と言った。そして「私は生まれも育ちも小川だが小川に城があるなんて聞いたことがない」とも言った。「いや、確かに城はあるらしいんですよお~」と言うと、おばちゃんは首を捻りながら、「そしたらのお~、ここは上小川だが、もう少し相川よりに下ったところの左手に神社がある。その近くに史跡に詳しい人がいるのでその人に聞いたらどうだ」とアドバイスしてくれた。教えられたとおりの場所へ行くと、網戸越しに上半身裸のおじさんがいた。おじさんに「小川城とはどこにあるのでございましょうか?」と問うと「そもそも小川には城なんてないよ」と言下に否定し、「無いから答えられない」と続けた。私が「いや、そんなはずはないんですけどねえ~、何とかそれに近い所でいいですから答えて下さいよお~、でなきゃあ帰れませんから」と食い下がると、おじさんは「それじゃあ何かい、あんた、小川に城があると言う文献でもお持ちなのかね?」と文献学者のような事を言った。私は「え、いや相川町史によれば、あのその、佐渡なびと言うホームページによればあ~」としどろもどろで答えると、おじさんはしばらく思案した揚句「小川城と言うのはないが、島ん城ならある」と言った、そうだ、確か「佐渡島の古城跡を紹介するホームページに島ん城と言う単語があった」のを思い出し、はたと膝を叩き、おじさんに向かって「それだあ~」と叫んだ。おじさんは、なあ~んだ島ん城の事かいとでも言いたげな表情で「島ん城なら、山本酒店で聞くといい、あそこの御先祖が城の土地の一部を持っていたそうだからなあ~」とアドバイスしてくれた。ようやく城の場所を特定できそうだなと思いながら勇んで山本酒店のドアを叩いてみた。すると店主様がお出になり、「ああ~島ん城かい、ここから見えるよ」と言いながら道路を挟んだ向こう側の海岸寄りの枯れた一本松を指差した。そして「あの松の麓一体が島ん城だよ、道の右側に下へ降りていく道がある」と続けた。私が「何か標柱でも建っていますか?」と問うと、「いや、そんなものは無い」と答えた。とにかく行くしかないだろう。そう意を決した私は一本松めがけて進んだ。確かに右手に降りて行く道が見えたが獣道のように細くて草ぼうぼうだ。虫除けスプレーを足に降りかけておいて正解だった。恐る恐る下って行くとやがて松の根元あたりに到達した。右手は断崖絶壁で海から舞い上がる風に飛ばされたら滑落死しかねないほど危険な場所だ。ふと左手を見上げると、城の石垣の残骸が幾つかあるのを見つけた。これが城跡だと言う動かぬ証拠だ!しっかりと足を踏ん張ってこの位置をGPS機能付きのデジカメに納めた。こんな場所で写真撮影などと言う行為は危険極まりない、良い子は絶対に真似しないように。まさしく命からがら陸へと舞い戻り、改めてこの一本松を眺めてみた。その昔、天然の要害たるこの地に城を築いたお殿様(古豪石花将監氏の配下の小川殿)は、遠く尖閣湾を望みながら小川集落周辺の治世に頭をめぐらせていたのだろうかと悠久の昔に思いを馳せてみた。

 


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知空堂(佐渡市沢根)    佐渡の知恵袋解答シリーズ

2011年08月29日 03時40分20秒 | 佐渡及び首都圏近辺の面白観光スポット

佐渡なびの管理人さん提供の地図によれば、知空堂に到るには、沢根郵便局に向かって左手の細い道を北上すればいいことになっていた。この道は沢根郵便局に向かって右手にある、「しまや」さんの駐車場前の幅広い道と合流していた。この広い道と県道との合流部には「田中入り口」と言う案内看板が立っているし、この道は鶴子銀山へと向かう道でもあった。ここに車を停め徒歩で向かった。かんかん照りの時は日傘が必要だが、太陽が雲に隠れると沢風のようなものが吹いてきて途端にさあ~っと涼しくなる。田中地区では多分エアコンは不要であろう。しばらく行くと茅葺屋根の家が見えてきた。ここに住んでいる人ならば知空堂の場所を教えてくれそうだなと思って入ってみると生憎と留守である。家の中に入ると涼しい!上方の茅の部分の隙間から涼しい風が流れてくるのだ。茅葺屋根の家は保守管理が大変だが、夏は涼しく冬は暖かいのではないだろうか?この家を出た後更に進むと「部落案内」という看板が目に入った。見ると、道が二手に分かれた部分に観音堂の文字があった。佐渡なび地図とも場所的には一致しているのでともかく行ってみる事にした。しばらく行くと沢根保育所から北上してきた道と合流する場所に出たのでもう少し先だなと思って進んでみた。やがて「田中集落ふれあいセンター」という建物が見え、その向こうにお堂が見えた。お堂の名前を示すものは何もなかったが佐渡なび地図の場所と一致しているのでこれが知空堂だろう、そう思いデジカメで撮影しておいた。だがなお「本当にあそこが知空堂なのか?」と言う一抹の不安が拭えなかったので、ふれあいセンターの手前にある立派そうな民家に行き、確認の意味で知空堂の場所を尋ねてみた。「こんにちわあ~」と言うと、2階から東京医科大卒の精神科医「香山リカ」によく似た聡明そうなおねーさんが降りてきて「何でしょうか」と言った。「あの観音堂が知空堂ですよねえ~」と同意を求めたら、意外にもおねーさんは「あそこはこの辺の集落の人がただ観音さんと言っているだけで知空堂じゃないですよ」と言った。「だけど西国33観音霊場は案内看板はおろか、肝心の観音堂の名前すら書かれていない所もありますから、あそこが知空堂じゃないんですかあ~、ほら地図の場所とも一致してるしい~」となおもしつこく、地図を示しながら同意を求めたが、このおねーさん頑として首を縦に振ろうとはしなかった。そして「鶴子銀山関連の方ですかあ~、どうしてそんな観音堂を探して周ってらっしゃるのですか?」と逆質問をしてきた。「佐渡の西国33観音霊場を探しまくってお遍路をしているんですよ」と答えたら、「そしたらあ~、じゃあ~あ~、あなたがそうまで言うんならあ~」とでも言いたげな表情でくるりと踵を返し、知り合いに聞くために電話をかけ始めた。1軒目の知り合いさんは知らないとの返事で、では知ってる人の電話番号を教えて欲しいとのおねーさんの要請に番号を教えてくれたようだ。おねーさんはその番号をメモすると再び受話器を手に取った。2軒目の知りあいおばさんは知空堂の場所を知っていた。そのおばさんによると、「今来た道を戻り、一旦県道に出ろ、そして左折してしばらく行くと「地引網体験会場」という案内看板が左手に見える。そこを過ぎたあたりに左へと折れる細い道がある。その奥に観音堂がある」とのことだった。なあ~んだ、管理人さん、県道脇とこんな山奥とではかなり位置がずれてんじゃん。だが地図位置が相当づれたおかげで「骨折り損のくたびれ儲け」ではなく、たくさんの楽しい儲けが得られた。山奥にひっそりと佇む茅葺の古民家を見つけた事、香山リカ似のおねーさんとお話ができた事、田中集落の観音様(これを田中観音と言うそうだ)に出会えた事などである。これも怪我の功名かもしれない。さて肝心の知空堂は、ビューティーサロン「ミーク」と言うお店の更に向こうにその案内標柱があった。ほとんど見落としてしまいそうなほど小さな標柱だ。この標柱の場所を左折してすぐのところに、くだんの知空堂があった。

 

追記:佐渡なびの管理人さんより、以下のお知らせがございました。

「田中集落の観音様を 田中観音と言いいましたが、その後の調査で田中観音は真田寺にあることが 判明しました。」


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義民太郎右衛門の墓(佐渡市佐和田)   佐渡の知恵袋解答シリーズ

2011年08月28日 04時05分50秒 | 佐渡及び首都圏近辺の面白観光スポット

両津方向から向かうと佐和田のバイパスを「クラブパレス」の所で右折し、アミューズメント佐渡方向へと北上する。やがて左手に佐渡クリーンセンターなる清掃工場が見えてくる。これを過ぎたあたりで道が「エ」の字型になった場所にでる。右に曲がると右手が二宮小学校、左手が山田と書かれた青い看板が見えた。山田方向に進むとオートパーク佐和田へ向かうらしい。佐渡なびの管理人さんの地図ではこの道の北の方に墓があるようなので、とにかく前進してみた。すると更に道が二手に分かれており、その真ん中にお堂のような建物に向かう参道とがあった。このお堂の中に墓があるのかもしれないと言う予感がした。左手の道の道路沿いのおうちで道案内を請うた。するとおじさんが現れ、「義民の墓の事は知らないが、多分、あの少年堂というお堂の境内に幾つか墓があるので探してみてはどうですか」と言った。半信半疑でこのお堂に入ってみたら、右手に義民太郎右衛門の立派な墓があった。この墓は佐渡なび管理人さん提供の地図の位置に近い所にあった。このお墓をGPS機能付きのデジカメで撮影した後帰り際に、作業服を着たあんちゃん様と出会ったので義民太郎右衛門について尋ねてみた。するとおにいちゃんは「ぎ、ぎみん?知らないっす」と答えた。義民とは正義のために命を捨てた人のことだ。一体、太郎右衛門はどのような正義を守るために自らの命を犠牲にしたのだろうか?命を賭してまでも守るべき正義とはどのような正義であったろうか?地元の人でもよく知らない義民太郎右衛門だが、その墓がやけに立派だったところを見るとかなりの人物だったに違いない。


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今夏の佐渡旅行         投稿者:佐渡の翼

2011年08月27日 03時20分57秒 | 佐渡汽船

731日午前310分、筆者は荷物を愛車に積み込むと首都高速へと車を走らせた。いつものように越後川口SAで15分の休憩を取った後、午前7時丁度にANAクラウンプラザホテルに到着した。ここのカフェラウンジで朝食を食べた後、ガソリンを補給し佐渡汽船新潟港ターミナルの航送車待機場へと向かった。午前815分頃に到着したら、土日祝日限定の乗用車往復運賃特別割引の最終日とあって、既に32台の車が待機していた。これだけの車が待機していたら多分2階席へ誘導されるだろうなと思っていたら、案の定左舷の二階席の先頭から4台目の位置に駐車させられた。航送料金そのものは約18,000円ほど安くなっていたが、6月で高速料金休日千円制度が廃止されたため、新潟東京間の往復高速料金は約7,000円増で、差し引き1万円ほど安くなった程度だ。おおさど丸は定刻の午前9時25分に新潟港を出港した。

 

出発前夜は、給料アップで気を良くしていたので親しいガールフレンドを誘って六本木のバーで1杯ひっかけた後、帝国ホテルのバーへ移動して楽しく酒を飲んだ。彼女曰く「あなたは、無地のベーシックな色で上下を纏め、そこに鮮やかな色のソックスを刺し色的に挟みこんでいるから見栄えがいいのよ」と。確かに彼女に言われるまでもなく、それがお洒落道の基本だ。時にシニアの女性で、若い娘が身に付けるような鮮やかで華やかな色のスカーフなどを刺し色的に身に纏う事を躊躇う人がいるが、だから老け込むのが早くなるんだよと筆者は言いたい。逆に若い娘がそんなファッションを披露しても単に浮き上がるだけで、むしろ年齢的に落ち着いた女性の方がそんなファッションが似合うものさ。そんな趣旨の話で盛り上がった。

 

さて、エアコンがほどよく効いた特等室もいいが、夏ならばやはり甲板に出て大海原を眺めるべきだろう。そう思った筆者は、まず資生堂のジェルタイプの日焼け止めクリームを顔と手足にたっぷり塗ってから甲板に上がってみた。その昔、カーフェリーの船体がまだ小さかった頃は、島のおじさん達が甲板にござを敷き車座になって酒宴に興じていたそうだが、現在では夏休みを佐渡で楽しもうという家族連れが20数人たむろっているだけで、だだっぴろいヘリポートと言った趣である。やがて左舷前方に小佐渡山脈が見え、その向こうに大佐度山脈が重なるように右へと広がっているのが見えた。太宰が佐渡を訪ねた際、そのあまりにも大きな島影を中国かロシアの大陸と勘違いしたと言うのも頷けるほど、初めて佐渡を訪ねる人々はその大きさにびっくりするらしい。海面を見たら、そこには7月の中旬ほどではないものの、津波に飲まれたがれきの一部と思われる流木がまだ漂っていた。

カーフェリーの航送券売り場

カーフェリーを追い抜いて行くジェットフォイル

 


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アンティカ オステリア デル ポンテ(丸ビル36階)   投稿者:佐渡の翼

2011年08月26日 04時36分27秒 | 国内高級ホテルレストラン・料亭食べ歩記

「ミラノの最上級リストランテ、最上の空間で天才シェフ・エツィオサンティンの冴えを愉しむ。丸ビルの36階にあり、東京を一望できる眺望。イタリアの貴族の館からすべてを取り寄せた調度品の数々。本店と変わらない2万本からなるワインリスト、店内に足を踏み入れると、そこには贅が尽くされたもてなしの雰囲気が。。。 世界中の美食家たちから賞賛の声が止まない「繊細かつ完璧」と呼称される料理人「エツィオ・サンティン」が、料理の数々を芸術品にまで高めています。」以上は、このお店の宣伝文句の文章を改変引用したものだが、これだけを読むとどんな高級レストランなのかと思ってしまう。

 

ところが、食べログなどでの評判をチェックしてみると、価格が高額なのが難点のようだし、高級イタリアンのくせに食材がそれほどよろしくなく、かつ調理が雑だとの指摘もあった。ま、美味しいと言う評価一辺倒でないお店の方が、逆に興味が湧くものである。筆者は8月中旬のとある日にこのお店にお邪魔した。事前に予約してから出かけたが、予約時に、「暑い時期ですが、Tシャツ、短パンは不可」とのドレスコードを念押しされた。午前11時半丁度にお店に到着したが先客は皆無!グラン東京ノースタワービルがよく見える窓際席へと案内された。ウエイター氏はメニューを広げ、シェフお勧めコース(12000円)の部分を見せたが、筆者は、4800円のピッコロランチを注文した。「丸ビルを食べる」の著者、JCオカザワ氏によれば、デイナーでこの店を訪ねると、まず食前酒として2000円もする「スプマンテ」(シャンパンのようなもの)を勧められるそうだから、ランチでは高いメニューから勧められるのかもしれない。ほどなくして最初のお楽しみとして、小玉ねぎにベーコンか何かをふりかけた一品が運ばれてきた。スプーンの上に乗った一口サイズだ。次いでアミューズは、大山地鶏の胸肉の薄切りの上にズッキーニが乗っかったもの。「アレルギー、苦手な食材等ございますか?」の問いにはまさか鶏肉料理が出てくるとは思わなかったので「特にありません」と答えておいて後悔した。1個だけ食べて終了。パスタは百合根の形をしたショートパスタ、米茄子のピューレ、リコッタチーズ、トマトソースなどを絡めた一品、美味しかったが量がちと多いかな。メインはスズキと金目鯛のソテー(画像)、ソースは冷製トマトのガスパッチョ。酸味がほどよく効いた夏のソースだ。これも美味しい!最後はアプリコットのコンフイを入れた、クレームプリュレ。プチフール(ゼリー、抹茶をかけた柔らかチョコ、マンゴータルト、チョコムース)も全て自家製だそうで、これらも完食した。ミネラルウオーターのお代を含めた総額は5940円。店内は確かに眺望は良いが、ホテルのように広々とした感じではなく、ウエイターらがお料理を取り分けたり、フォークやナイフを取り出したりするテーブルの近くに座っていたため、終始ウエイター氏らに監視されているような感じで食事を終えた高級イタリアンのアンティカ オステリア デル ポンテだった。

 


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妙生庵再び(佐渡市両津秋津)         投稿者:佐渡の翼

2011年08月25日 07時50分28秒 | 佐渡グルメ美味しい食べ歩記

筆者は7月18日の午後3時頃に、丁度1年ぶりにこの秋津の隠れ家カフェを再訪してみた。その日の午後は羽茂滝平の白山神社と諏訪神社の発見作業が意外にも手早く終了したため、両津発5時35分のジェットフォイルの出航まで充分時間的な余裕があった。喉の渇きもあったので、秋津通過時にほとんど思いついた感じでカフェ方向へと右に車の舵を切った。妙生庵に入ると、一年前に座った座席には先客の中年夫婦が腰掛けていたので、中央の丸いテーブル席に座りアイスコーヒーを注文した。筆者はおねーさんの顔を極力見ないようにし、テーブルの上に置かれた佐渡観光協会発行の、初心者のために佐渡を紹介する「佐渡入門」なるパンフレットをめくった。そこには取り立てて目新しいスポットなどは見当たらず、全て筆者が知っている場所ばかりだった。おねーさんは筆者の背後からアイスコーヒーを運んできて「すいませえ~ん、丁度豆を切らしてしまい別の豆になりますがご了承下さい」と言うような意味の事を言いながらアイスコーヒーを運んできた。筆者はおねーさんの顔が見たくて来たわけではなく、あくまでも休憩をしに立ち寄っただけだ。それにこのマドンナはスナックやクラブのホステスさんではない!「へたに話しかけて話が盛り上がり、提供予定の軽食の下準備作業に支障が出てもまずい」と思い、筆者は終始無言を貫いた。マドンナも、余計な事を言ってブログに何か書かれても困ると思ったのかどうか分からぬが、カウンターの内側で何かを刻む作業に専念し、終始無言を貫いた。だが、人間の視野角は200度程度あるので、右斜め後方の視野に「ああ~あの人かもお~」と眼で語っているマドンナの顔が飛び込んできたように思えた。この日のアイスコーヒーには軽い苦味を感じた。ホンダプリモのカフェ22やえんやで出されるアイスコーヒーとはちょっと違う味だ。お代を支払う時、マドンナは筆者の顔ではなく、肩に掛けた伊勢丹の可愛いバッグの方を見つめながらお金を受け取った。

 

妙生庵を出た後3時半頃に両津港に到着した。4時5分発のカーフェリーの特等に変更してもらおうと思ったが生憎特等はこの日に限って満席!これが時化の日だったらスイートルームに乗るつもりだったが、予定通り5時35分発のジェットフォイルまで待つ事にした。湊の妙法寺に立ち寄った後、時間潰しにとカフェロータリーにも入ってみた。すると謎のフイリピン人集団と地元のあんちゃん連中がいて彼らがタバコをぶかすかやりだしたので、アイスコーヒーを飲み終えるとそそくさと店を出て海岸方向まで歩いてみた。曇っているお陰で陽射しが遮られ、そして両津弯からの海風が涼しいので実に気持ちがいい。1時間近くそこに立ち尽くして涼をとった。やっぱり佐渡は涼しいなあ~、そしてアイスコーヒー以外にもちょっぴりほろ苦さを感じた妙生庵だったかな。


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稲よし(佐渡市小木)    投稿者:佐渡の翼

2011年08月24日 06時00分27秒 | 佐渡グルメ美味しい食べ歩記

お上品なフレンチやイタリアンのコース料理ばかり食べていると、たまには庶民的な味を求めたくなる。そう、うな丼が急に食べたくなった。うな丼にもピンからキリまであるので、天然鰻を使用したうな丼は高価ゆえ庶民の手が届かない存在だが、国産の養殖鰻使用のうな丼なら庶民にも手が届くであろう。「鰻はようしょくか?と尋ねたら、いや和食だよ」と答えた小話があったが、佐渡で提供される鰻料理はまず養殖物だろう。筆者は、ふっくら焼かれていて身が柔らかくタレが良く馴染んだ鰻で、ご飯も固めに炊かれている関東風の鰻丼が大好きだ。そしてコクのあるタレこそが鰻丼の命でもある。佐渡では両津のホテル天の川荘さんの鰻料理が有名だが(上野の伊豆栄直営)、その他の飲食店でも季節限定(7月から10月がほとんどだ)で鰻料理がメニューに掲載されている。ここ小木では、「まつはま」と「稲よし」さんで鰻が食べられる。市販の鰻を電子レンジでチンして御飯の上に乗っけても鰻専門店で食べるような味にはならない。蒸す事によりふっくらさが出るし、秘伝のタレを繰り返しかけながら焼く事でテリが出て旨みが増すのだ。どうやら「稲よし」さんでは通年で鰻が食べられると聞き、筆者は718日のお昼に「稲よし」さん(朱鷺寿司さんの真向かいにあります)を訪ねてみた。午前11時半にお店にお邪魔したら、地元の親子連れが店から出てきて「今日は営業していますけど、出前で忙しいらしく1210分頃に開店するそうです」と教えてくれた。それではと言う訳で、開店までの時間潰しに小木港をふらついてみた。佐渡汽船の小木港ターミナルが見える場所に行ってみたら海からの潮風が心地よくて実に涼しい!1210分にこがね丸が入港してきた。「来た、来た、大きいなあ~」などと子供を連れたおかあさんが叫んでいた。1215分に「稲よし」さんに戻ってみたら営業を開始していた。店内に入ると先客は皆無!6人掛けのテーブル席が2卓に、4人掛けのテーブルが1席、奥には8人が座れる座敷があり、二階にもお部屋があるようだった。

 

筆者はテーブルに座ると、うな丼(2200円)を注文した。おやじさんが「これから鰻を蒸すので、少しお時間かかりますがよろしいでしょうか?」と言ったので、「ええ、構いませんよ」と答えて待った。20分ほどでうな丼が出来上がった。鰻を裏返してみたら中央部が白かったので背開き、つまり関東風である(武士が多い江戸では切腹を嫌ったため腹開きにはしない)。しかし、表面のツヤと言うかテリ具合は関西風で、噛んだ時に弾力のある身は関西風の焼き方を思わせた。つまり、関東と関西の両方の調理法をミックスさせたような仕上がり具合で、大変に美味しい!箸でつまむとちぎれそうなほど柔らかい関東風の鰻を食べ慣れた筆者の舌にも心地よく響くしっかりとした味わいで、これはこれで美味しいと思う。肝吸いではなく油揚げのお味噌汁、そしてもずく酢の付け合せも佐渡らしい。タレはやや甘みが強い田舎風だが、佐渡人には受ける味であろう。ご飯の量がやや多かったものの、何とか食べ終えて完食!土用の丑の日も近いと言うのに、筆者が食べ終えるまで客は一人も来なかった。食後に洗面所で歯を磨こうとしたら、店主のおやじさんがコップを差し出してくれた。よく気の付くおやじさんだ!佐渡で2200円と言う単価はけっこう値が張るが、充分その価値があった稲よしのうな丼だった。おやじさん、美味かったよ!

 


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諏訪神社(佐渡市羽茂滝平)  佐渡の知恵袋解答シリーズ

2011年08月23日 05時15分13秒 | 佐渡及び首都圏近辺の面白観光スポット

白山神社を出た後、車で200~300メートルほど走行したところで左手に人家が見えてきた。諏訪神社と白山神社は近接しているからこの辺だろうと、あたりを付けて、この人家で道案内を請うてみた。この地区では防犯上の観点から番犬を数匹飼っている家が多い。この人家には5匹の犬がいたが玄関先に陣取るスピッツの鳴き声は弱弱しく、まるで「お客さんが来ました」と告げているかのようだった。お昼寝中のおばさんを起こしてしまい申し訳なかったが、諏訪神社の場所を尋ねたら、「眼の前だよ、ほら真向かいの人家の左手に石段がある、そこを登れば諏訪神社だ」と答えた。いい感してるなあ~と、自分自身に感心しつつ、この石段を登ってみた。鳥居の注連縄がやけに立派なのが白山神社との違いである。この神社の能舞台は能舞台発祥の神社である相川の春日神社に移設されている。その能舞台跡を示す石碑があり、境内の片隅にはさる有名な歌人の歌碑があった。この諏訪神社からしばらく行くと、右手に「滝音」というバス停が見える。ここを右折すると、地蔵院や千手院に到達する。


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白山神社(佐渡市羽茂滝平)   佐渡の知恵袋解答シリーズ

2011年08月22日 04時00分20秒 | 佐渡及び首都圏近辺の面白観光スポット

羽茂大崎から更に県道を北上し、滝平という集落に至る。かなりの山奥である。滝平のバス停を見つけたので車のスピードを緩めてみたら偶然にも左手に白山神社の標柱を見つけた。見るとここから100メートルほど登ると能舞台に到ると書いてあった。小道をゆっくりと登って行くとやがて道が二手に分かれていた。まず右に行ってみたら、田んぼの壁に突き当たったため断念し、Uターンした後左手の道を川沿いに進んでみた。しばらく行くと階段状のものが見えたのでこれに間違いないと思い、坂を登っていくと鳥居が見えた。よお~しと思い階段を急いで登り鳥居を潜った。本殿はかなり高い所にあり、能舞台は本殿とは繋がらずに独立して建っていた。これと社務所をつなぐ渡り廊下は朽ち果てており、歳月の長さを感じさせた。境内には焚き火をした後が2箇所あった。本殿に向かって右手から本殿と能舞台がカメラアングルに収まるような位置で撮影したらいい写真が撮れた。


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夏太りにご用心!        投稿者:佐渡の翼

2011年08月21日 09時49分59秒 | 佐渡の翼の独り言

「夏は汗をかくから痩せるんでしょ」と思っている子は相当おめでたい女の子だ。夏の発汗は体温調節のためであり、エネルギーを消費する運動によってかく汗ではないので決して痩せる事はない。「でも夏は暑くて食欲が落ちるからやっぱり痩せるんじゃないの」と反論する子がいるだろうが、確かに秋や冬のようにモリモリと食べるわけではないが、さっぱりした冷やし中華などをけっこう食べてるでしょ。冷えていると油分や甘味に対する感覚が鈍くなるので油分が多くてカロリー高めの冷やし中華などを食べ過ぎると太るのだ!そして暑いからと言って、アイスクリームや糖分の多いジュース類についつい手が出てしまう。夏のアイスやジュースは太る元凶だ。ではカロリー控えめのざる蕎麦ならば太るまいと言うかもしれないが、毎日ざる蕎麦ばかり食う訳にもいくまい。夏は内外の気温差が少ない(冬が20度くらいの差に対し夏はせいぜい5度程度)ので体の基礎代謝量が低い=消費エネルギーが少ない=ちょっと食べ過ぎただけで太る!の図式になる。夏バテしないようにスタミナをつけようと、鰻やステーキ、焼肉などを食いまくればもっと太る。そして夏は夜祭り、花火などのイベントが多く、夜遅くに食事したり夜更かしが多くなったりする。夜が遅いとついつい朝ご飯を抜いてしまい生活のリズムも乱れがちになる。生活のリズムが乱れると、脂肪が蓄積されやすく太りやすい体質になるのだそうだ。夏はてっきり痩せるものだとたたかをくくる女子は秋口に体重計に乗り、「おかしいなあ~、1キロ太ってる」と小首を傾げる羽目になるだろう。下腹の出っ張りを恰幅が言いなどと正当化していたおじさん達は、忍び寄る動脈硬化、心筋梗塞、糖尿病などの予備軍たるメタボリックシンドロームにはまりこんでいる。はっきり言おう、生活習慣に起因する肥満は健康上も美容上も悪なのだ!

 

なお、この記事は「健康・医療all about」のサイトを参考にし、その一部を引用しつつ分かり易くまとめたものです。更に同種の内容は民放テレビでも再三再四放映されているので、ダイエットに敏感な当ブログの愛読者諸姉に置かれては馬の耳に念仏かもしれまい。


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サルバトーレ・クオモ・ブロス(ゼックス東京内)    投稿者:佐渡の翼

2011年08月20日 04時27分24秒 | 国内高級ホテルレストラン・料亭食べ歩記

東京駅大丸百貨店13階にゼックス東京と言う高級レストラン街がある。ここにはサルバトーレ・クオモ・ブロスと言うイタリアンレストラン、鉄板焼きの和食店、バー&カフェの3店舗が入居している。筆者は、7月下旬のとある日に、事前に予約した上でサルバトーレ・クオモ・ブロスを訪ねてみた。午前11時半丁度にお店にお邪魔した。すると予約したにも関わらず窓際席ではない二人掛けの席へと案内された。予約したのが訪問日の三日前だったので恐らく窓際席は1週間前から予約した客で既に埋まっていたのだろう。まあ良い、眺望は抜群であり、丸ビルと新丸ビルの間に国会議事堂が良く見えた。W型の柱の前の席などに座らされたら外の景色などは見えないので予約しておいて正解であった。

 

例によってウエイター氏がメニューを広げて説明にかかったが、筆者は予めネットで調べて決めておいた、前菜、パスタかピザ、メイン、デザート、紅茶からなる3,800円のコース料理を注文した。ものの5分も経たないうちに旬の前菜盛合わせが運ばれてきた。水牛の乳から作製したナポリ産モッツァレラチーズとトマトのカプレーゼ(パセリのソース)、スモークサーモン(オレンジソース)、スモークした鴨肉の三種類である。量はこれっぽっちかというぐらいのミニサイズだったが味は美味しかった。次いで注文した夏野菜のピッツア(画像)が出てきた。ズッキーニ、枝豆、パプリカ、チェリートマト、茄子、モッツァレラチーズがトッピングされていた。ピザ生地はクリスピータイプの薄型だ。う~ん、両津のフレンチ「清助」のピザの方が遥かに美味いな!佐渡でもピザを提供するお店は何軒かあるが、いずれもレベルは清助の足下にも及ばない。その程度のピザを「美味しい!」などとブログに書いて満足しているようでは高級イタリアンに対する舌の訓練度は不十分としか言いようがあるまい。佐渡で展開されているイタリアン料理を提供する飲食店、これらは何でも屋を含め数多くあるが、いずれ淘汰される運命にあるのではないだろうか?都内の美味しい数多くのイタリアンレストランを食べ歩いた経験を持つ筆者が思うに、将来佐渡で生き残れるイタリアン料理の提供飲食店は二軒だけであろう。一軒は両津にあるが、もう一軒は秘密だ。心あたりのある飲食店店主におかれては必死に味向上に努めて頂ければと思う。メイン料理が収まるキャパを残すために、ピザの土手部分は残し、メインには「産地直送鮮魚のグリル」を選んだ。ウエイター氏に鮮魚の種類を問うたらば「こしょう鯛」だと答えた。筆者は間髪を入れずに「魚の産地は?」と尋ねてみた。するとウエイター氏は「千葉産でございます」とやや遠慮がちに答えた。津波に飲まれたがれきが新潟沖まで漂流して来る現実を鑑みると、九州産の魚でも、福島第一原発から海へと廃棄された放射性物質で汚染された循環水と完全に無縁だとは言い切れまい。無論、セシウム汚染牛肉を食べるよりは安全だろうが。。。この鯛のグリエにはケッパーとシリエのソースがかけられていた。魚の焼き加減は絶妙だが塩気がかなり強い!そして付け合せのエリンギは少々生臭く、冷蔵庫から取り出してすぐに網に乗せて焼いたような感じであった。筆者の前の席に座っていた40代のおばさん二人組みは前菜をビュッフェから取るコースを選択したらしく、皿に山盛りの前菜を乗せて席に戻ってきた。彼女らはこれを食べ終えると次はピザを三切れほど皿に乗せて運んできた。これらを平らげた後にメインのパスタ料理をパクついていた。摂取したお料理の総量に関して言えば筆者の方が彼女らよりやや少ない!「当方の勝ちだな」と妙な対抗心を燃やしながら、本日のドルチェ3種盛合わせを待った。シュークリーム、ガトーショコラ、パンナコッタ(ラズベリーのソース)である。1週間に一度の甘味、これは少々はしたない言葉で言えば「胃の腑にしみる」である。やや間の抜けたヒップアップ調のBGMが終始かまびすしく、お料理のレベルも期待したほどでは無かったサルバトーレ・クオモ・ブロスであった。


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居酒屋「天狗」(佐渡市畑野)    投稿者:佐渡の翼

2011年08月19日 04時44分59秒 | 佐渡の居酒屋

717日の夕刻、筆者は新穂の居酒屋「くしき」さんを訪ねてみた。午後6時頃だったから既に開店していた。だが、店内には小麦粉だか米だかを入れた袋が座敷席に山積状態で、とてもじゃないが落ち着いて食事できる雰囲気ではなかった。店内中央には昔懐かしいハエ取り紙が一本ぶらさがっていた。やがてママさんが現れたので、筆者が「メニューとかないの?」と尋ねたら、「うちはメニューはないんですよ。お客さんのお好みの物をお造りしますが、食事は麺類くらいで、ご飯は炊いていません」と答えた。ママさんは筆者の事を、その身なりから地元客ではないなと感じ、食事をしにきた観光客と勘違いしたらしい。筆者が「鮑とかサザエとかないの?」と再質問したら、「ああ、それでしたら長三郎さんへ行かれてはどうでしょう。うちには鮑はありますが冷凍物で、生は市場がお休みなので仕入れていないんですよ」と親切にも他店を紹介してくれた。

 

それではと言う事で、畑野の居酒屋「天狗」さんの開店を確認していたのでそちらへ行ってみることにした。店内にはフロア席はなく、座敷席と4席のカウンター席があるだけだった。午後620分頃にお店にお邪魔した。カウンター席には常連らしき地元のおじさん二人組みが座り、目の前のテレビを見ながらお通しを食べビールを飲んでいた。メニューを見たらば、デジブックに紹介したとおり、焼肉、焼き鳥、揚げ物、おにぎり、サラダ、刺身、焼き魚等々の極普通の居酒屋メニューが並んでいた。ふと見たら、壁に今日のお勧めメニューが張られていた。鯵のたたきを見つけたので、これと揚げ出し豆腐を注文した。この居酒屋で筆者が食べられるお料理はこの二品しかなかった。店主の「飲み物は?」の問いには「お茶を下さい」と答えておいた。5分ほど待ったところで、鯵のたたきを持ちながら奥さんらしき人が奥の厨房から現れた。鯵の刺身を細かく刻んでから包丁でその身を叩き、軽く生姜と合えてあった。市場が休みなのでその鮮度に一抹の不安があったが、その不安を払拭するような文句のない美味しさで、完食した。たたきを食べ終わると間髪を入れずに「揚げ出し豆腐」が運ばれてきた。お皿が熱々で持ち上げるのにかなり苦労した。やむを得ず、だし汁を吸うために、口を皿のところまで持っていく犬食いをしてしまった。この揚げ出しも美味しいなあ~。筆者の訪問当日のいでたちは「ユニクロのカーキのシャーリーカーゴクロップドパンツとピンクのデオドラントポロシャツ、コーギーの左右色違い靴下。バーニーズの白網目ベルト、ナイキの白スニーカー、伊勢丹の白・グリーンの可愛いバッグ」であった。この格好に、欠食児童さながらの猛スピードでの食事、居酒屋に入りながら酒類を注文せずにお茶だけを注文し、何とか定食と言った食事メニューではなく一品料理だけを注文してしかもお行儀の悪い食べ方をする珍妙な客、それはもう、店主の目には筆者の事を「いかにも金のなさそうな今時の腹を空かせた若者観光客」と映ったのかもしれない。哀れと思ったのかどうか知らぬが、店主は、常連客に提供した天麩羅盛り合わせの中から小鮎の天麩羅を一匹つまみ上げ、それを筆者の目の前に差し出し「よかったらお客さん召し上がってみませんか?」と言った。筆者は有難くそれを頂戴し、ダシ汁の中にそれを置きデジカメでパシャリとやった。するとそれを見た店主は「写真に撮るほどのものでも。。。」と言いつつ苦笑いをした。筆者には店主の心根の優しさが嬉しかった。だが筆者には金がなかった訳ではない、それどころか唸るような金額の札束をワレットに入れ、カーゴパンツのポケットの中に忍ばせていた。お酒を飲まなかったのは宿に帰ってから部屋でカクテルパートナーを楽しむためである。筆者は佐渡でのキャバクラ遊びやスナック通いにはもう飽きていた。何故なら、パレス(今ではどうだか知らないが)以外はどこへ行っても必ずおばさんが混じって出てくるからだ。30過ぎればもうおばさん。おばさん相手にお酒を飲むくらいなら、部屋で一人酒をした方がまだましである。若い美人とおしゃべりがしたければ、東京へ戻れば周囲にそんな人はいくらでもいるので不自由はしない。お代の1100円を支払い、領収書を受け取った筆者は、常連おじさん達に話しかけられないうちにと、そそくさとこの美味しい居酒屋を後にした。

 


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富士権現社(佐渡市佐渡高校下)佐渡の知恵袋解答シリーズ  投稿者:佐渡の翼

2011年08月18日 03時52分01秒 | 佐渡及び首都圏近辺の面白観光スポット

このお社が佐渡高校の近くにあるので探索せよとの設問だ。筆者は、この神社の事を記載したさるブログ記事のコピーを携えて、佐渡高校へと向かう通学路に車を進めた。この通学路は坂道になっており、その昔、佐渡高校の校舎周辺が獅子が城だった頃は、お侍が登城の際に使用した道だったのかもしれない。通学路の中腹あたりで右斜め方向へと続く石段があったのでここに車を停めた。ここを登り切ると佐渡高校の正門に到る。「けんぱの日記」ブログには「佐渡高校の階段を降りたあたり」と書いてあったので、一旦この階段を登り、それから佐渡高校の敷地内を横断し、鍛治町方向に向けて進み、反対側の階段を降りたあたりにこの権現社が存在するのかなと思っていた。正門の真向かいには体育館とは違う建物があり、この前で数人の女子生徒達が、佐渡高校がひょっとして夏の甲子園に出場できた時のためにかどうか分からぬが吹奏楽の練習をしていた。この女生徒達に声をかけられたら困るなと思いつつ、真っ直ぐ前を向いて歩いて行こうとしたその矢先に、筆者のバッグと靴下をめざとく見つけた可愛い女生徒から「こんにちわあ~」と声をかけられ目で逮捕されてしまった。ピンチをチャンスに変えるのが得意な筆者は、これ幸いとばかりに、彼女らにブログ記事のコピーを見せながら富士権現社の場所を尋ねてみた。「鍛治町方面にそのような場所はあるのか?」との筆者の質問に女生徒は「階段はありますが、その向こうは坂になっていてそのような建物はありません」と答えた。ではどこに富士権現社はあるのか?すると眼鏡をかけた女生徒が「あそこじゃない、あの秘密基地」と言った。何でも、「高校のグランドを道なりに進むと西側の応援用の石段が途切れたあたりに一本入っていく道がある、そこを進むとお墓に突き当たる、そしてその向こうにそれらしき建物がある」と、その女生徒が言った。神社に墓と言うのはちょっとおかしいなあ~と思いながら取り合えずそこまで行ってみる事にした。確かに墓はあったが、その向こうには無人寺があるだけで鳥居らしきものは無かった。だが、ここまで来たのだから簡単に引き下がる訳にはいかぬ。グランドではサッカー部の生徒達が練習をしていて、グランドの袂には、監督とおぼしき教諭っぽい人物がいた。筆者はこの方に「富士権現社って御存知でしょうか?」と尋ねてみた。すると彼は、筆者が停めた車の方向を指差しながら、「あの車が停めてあるもう少し向こうの場所に、確か富士権現社と書かれた標柱があったように思います。その方向に行けば神社があるのでは?もし何もなければ又戻ってきて下さい、何とかしますから」と言ってくれた。筆者は多分このお方は佐渡高校の教諭だと確信した。筆者にも教育経験がある、教育者と言う者は相手が教育者かどうか直感で分かる。自身の通学路の路傍にくだんの神社の案内標柱があることなど知らなかった女生徒達の目は節穴だが、この教諭の目は慧眼だった。丁度アビーロードと言う名称の建物の真向かいにこの標柱があった。標柱が指し示す方向に向かい田んぼの畦道のような通路を60メートルほど歩くと左手に池のような場所が見えた。ここを左折したら小さな祠が見え、その向こうにブログの写真と同じ赤い鳥居が見えた。鳥居の近くには「佐渡人力・・・」と書かれた石碑もあった。場所さえ特定できれば富士権現社の由来などはどうでも良い。多分、金北山を富士山になぞらえて誰かがこの地に神社を建立したのだろう。ひょっとしたら、佐渡高校の歴史の中間テストや期末テストに、「この神社の謂れを書け」などという問題が出るかもしれない。

 

 

 

 


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稲葉堂(佐渡市水渡田)     佐渡の知恵袋解答シリーズ

2011年08月17日 06時00分54秒 | 佐渡及び首都圏近辺の面白観光スポット

火伏観音へと向かう道を思い出して欲しい。佐渡なびの管理人さん提供の地図から類推するに、旭局のバス停のある十字路を左折すれば稲葉堂に到るはずだ。そう思い定めてこの小道を進んでみた。途中で農作業をするおじさんと出会ったので道案内を請うた。すると、正しい道は更に一本北側の道を西に進むのだと言った。おじさんは「今日は稲葉堂で何か催し物でもあるんですか?」と逆質問をしてきた。「写真を撮るんですよ」と答えたら、「ただ写真を撮って帰るだけかい?変な趣味だな」と言った。変だろうが何だろうが、趣味だから別にいいじゃんと思った。おじさんに指示された通りに道を進み、やや右手にカーブし、そして直線になったところで左手に活性化センターみたいな建物を見つけた。するとその前に、「稲葉堂」と書かれた標柱を見つけた。なあ~んだここかあ~、車から降りると、日は照ってはいるものの、涼しい風が吹いてきた。この稲葉堂、水渡田のふれあいセンターの建物の一角(右端)を占め、ふれあいセンターと一体化したような構造になっており、その位置は、佐渡なびの管理人さん提供の航空地図とほぼ一致していた。通常、観音堂はお寺にあるものだが、佐渡ではお寺以外に集会場、公民館、庵などに観音堂が祀られている。これは佐渡だけの現象で貴重な隠れた観光資源と言えよう。稲葉堂も又その一つである。この観音堂にどのようなご利益があるのかは知らない。


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佐渡の翼管理人

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