退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「音を描くドラマの漢詩と素敵な『商家の息子』あるいは時代によって異なる魅力を放つ男優」について

2019-03-31 01:21:27 | Weblog
くもりのち雨。ビニール傘を買うことに。

「白楽天詩選(上)」読了。

「琵琶引」の内容が素敵。
琵琶の音色の描写とともにその「ドラマ」がなかなか。

「重題 其三」における「香鑪峰」は清少納言「枕草子」で有名だけれど
「捨此欲焉往 人閒多険艱(此れを捨てて焉くに往かんと欲する 人閒険艱多し)」の方がいい。

開高健「パニック」のラストはこの逆。
「やっぱり人間の群れに戻るより仕方ないじゃないか」。

いずれが優っているかどうかは問題ではなく
それぞれの「見方」を味わえばいいだけ。

久方ぶりに新刊本屋へ行く。

多少迷った挙句に橋本治「思いつきで世界は進む」を買って読む。
冒頭の「反知性より無知性がこわい」にふむふむ。

いわゆる「おやじ系雑誌」に「社会に対する関心」が全くないことを指摘していて。
著者と同じようなことを思えるようになったかといささかの感慨など。

「忖度」は「証明できないもの」で
むしろ重要なのはそんなことをさせてしまう自分を反省することだという「鮮やかさ」よ。

その一方で「承認欲求」などというものが「普通に認められていいのか」という疑問も。
何しろ「徹底的に無視されてきた過去」を持つ著者ゆえ。

「『経済理論』は世界を同様に測るものでなければならないのか」というのが鋭い。
「すべてを貫く『真理』がある」というのは実は「信仰」に近く。

「世界」がわれわれに見せる「姿」はおそらくもっと複雑なはずで。
もっと「具体的に考える」必要がありそう。

そして本書以降に「新作」がないこともあらためて。
さまざまに「恩恵」を受けた身としてはどうにか受け継ぎたいもの。

それにしても著者の全集は出せるのかどうか。
あまりに作品が多いんだもの。

とはいえ個人的には「断簡零墨」に読み落としがあったら確認したいだけなので
「全集」そのものにこだわりはないのでよろしく。

敢えて背負った借金を返済した後で「これから」という時に亡くなったのは
「商家に生まれた遺伝子のせい」だと思うことにしておこう。

ジョー・チャーバニック「ザ・ウォッチャー」(’00)を観る。

彼女が焼け死ぬのを見ることになったFBI捜査官は職を辞めその地を去るものの
彼を「好き」な連続殺人犯が追いかけてきてというお話。

「ブラック・リスト」のジェームズ・スペイダーの若き日の作品。

ハワード・ドゥイッチ「プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角」(’86)や
スティーヴン・ソダーバーグ「セックスと嘘とビデオテープ」(’89)が懐かしい。

フランコ・ゼッフィレッリ「エンドレス・ラブ」(’81)にも出ていた模様。
ダイアナ・ロス&ライオネル・リッチーの主題歌のみ覚えている。

そういえばデヴィッド・クローネンバーグ「クラッシュ」(’96)もあった。
ちょいと「異常な雰囲気」を出すのにうってつけだったということか。

「虚ろな瞳と長い睫毛」の魅力は頭髪を失ってから「渋さ」に変わり。

本作はキアヌ・リーブスの「犯人」にあまり魅力が感じられない。
精神科医マリサ・トメイもそんなに「美人」ではなく。

「焼け死んだ彼女」も同様。
殺す相手が写真で送られ「時間限定」で殺されるのが辛うじての「サスペンス」。

監督は映像に工夫をしたつもりだと思われるが今となってはそれも「虚しい」だけ。
「犯罪者を追う捜査官」が実は「犯罪者の理解者」であることが少しだけ残る。
コメント
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