退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「自由ふたつ」について

2016-02-29 01:20:14 | Weblog
晴れ。おだやか。

昨晩は二週間ぶりの老舗バー。

ゴードンのボトルは注文する前にすでに冷凍庫に入っていた。
脂が耳たぶ以上に柔らかでホロホロの豚の角煮を食べつつ飲む。

とろみを帯びたジンをそのまま。
昔の映画の話などしながら調子に乗って半分近く空ける。

終電で帰宅後は爆睡。
何とも幸せな週末ではある。

本切れで浅草キッド「お笑い 男の星座2 私情最強編」を古本屋で買って読む。

臨場感溢れるノリノリの文章は実に心地よく太字でネタも満載。
「好きなんだなあ」と伝わってくる気持ちが清々しい。

タイトルは「巨人の星」の梶原一騎の作品から。
鈴木その子、寺門ジモン、飯島直子、江頭2:50そして百瀬博教というラインナップ。

文庫は11年前に出ているので今となっては「自由だった過去」か。

上野千鶴子・湯山玲子「快楽上等! 3・11以降を生きる」を読む。

頭がよくて自由なふたりの会話は楽しさ全開。
「文化資本」と「社会関係資本」の重要さをあらためて知る。

前者にはそこそこ自信があるものの後者が微妙な自分としては
こういう友人がいればなあと思うことしきり。

とりわけ今回湯山玲子という魅力的なキャラクターを初めて知ったので
他の著作もあれこれ読んでみたいもの。

元気で楽しそうな女子を見ていると心が踊る。
それも「幻想」だと言ってしまえばそれまでだけれど。

「結婚という制度」に縛られないことの意味をもっと積極的に。
「子どもがいない」ということについても同様。

明日は珍しく連休なので
今宵も飲むだけ飲んで眠くなったら寝る予定。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「繰り返す貧しさ」について

2016-02-27 02:17:55 | Weblog
くもりときどき晴れ。夜にやや冷える。

菊池聡「なぜ疑似科学を信じるのか」を読む。

この手のものはあれこれ読んだけれど
平易な言葉で書かれていて読みやすい。

特定の例だけが印象に残ってそうでない例が忘れ去られること。
「血液型」を広めた著者はデータを公開していないことなど。

至極当然だと思われる指摘ではあるけれど
実際には「よくあること」なので注意したいもの。

そもそもわれわれが「理不尽」に耐えられない存在であり
安易に「白黒つけたがる体質の持ち主」であるというのがポイント。

もっともその「理不尽」は文字通りの意味でないことも多く
「偶然」に「理由」を求めて納得したがるだけ。

そのためなら神であろうと仏であろうと何でも利用する。
あるいはそれが宇宙人である場合もあり。

ある意味「あさましい」姿ではある一方でわれわれの「哀しさ」を表してもいて。
とにかく「信じたいものを信じる」という「認知的不協和」も同様。

「理屈じゃないんだよ」という言葉の持つ矛盾には気付いていたいもの。
その言葉は「お前の理屈は気に入らない」という「理屈」を言っているわけで。

そのように言いたくなる気持ちについてはわからないでもないとはいえ
誰かの言葉を借りてもいいからそれが何故なのかは説明できないと。

少なくとも「公的な場所」ではそうすることが必要。
ただし残念ながらそのような作法に欠ける人物の跋扈が目立つ。

意味不明な言語を操ってそれでよしとするのではどうにも。
わが国に「公共」という空間ができないのにもなるほどと思うのみ。

主義主張や立場を問わず「望ましいこと」を追求する姿勢がないという「貧しさ」よ。
相手の「理路」を確かめもせず揚げ足取りに終始する「どうしようもなさ」よ。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「無頼であることあるいは小心者であること」について

2016-02-26 03:21:01 | Weblog
晴れ。昨日ほどではないが夜に冷える。

西部邁「生と死、その非凡なる平凡」を読む。

「あまりに論理的であると同時に感情的にあけすけであること」が
こうした「新しいジャンル」を生み出したのかと思った次第。

さまざまな「語源」を駆使した上での
「論理は、感情の軽重や凸凹や流れを刻むための、小刀である」という喝破。

生徒の前で万引きして見せる徹底ぶりよ。
LSDを試して「自分の想像力を超えない」という見切りをするのもさすが。

「戦後」と「貧困」を知る世代ならではの「無頼」は
「理」が失われて久しい現代では貴重なもの。

伴侶となる存在と終生関わりを持てたそのかたちは
傍から見ればいかにも「劇的」と言うよりないか。

すべてを支えていたのが妻との「何気ない会話」だったとのこと。
それを知るに至ったことを思えばこれまでの読書は無駄だったとの感想も。

「身銭を切ること」の意味をあらためて痛感。
やはり著者は「文章の中でこそ活きる人」だと思うことしきり。

要は「表現者」であるということ。
この「ヤクザな文学」を見逃す手はないだろう。

少なくとも「圧倒的なキャラクター」であることは確か。
「北海道の空気」のような冷たさがむしろ心地いいのだと言っておく。

さて。

そうした「ドラマ」と無縁の生活を送る身としては
これからも淡々と過ごすのみ。

ただひたすらあれこれ味わいたいという気持ちはあれども
「危険地帯」に突っ込んでいかない「小心者」ではある。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「難しいこと」について

2016-02-25 02:43:23 | Weblog
晴れ。夜風は冷たく。

川上量生監修「ネットが生んだ文化 誰もが表現者の時代」を読む。

執筆陣は川上量生、ぱるぼら、佐々木俊尚、小野ほりでい、荻上チキ、
伊藤昌亮、山田奨治、仲正昌樹。

ネットという「新大陸」における「原住民vs新住民」の争い。
「2ちゃんねる」「ブログ論壇」「リア充・非リア充」「炎上」など。

日本文化における「コピペ」を「本歌取り」や「浮世絵」に見出す試みがあって
最後に仲正昌樹の「まとめ」という構成。

結局「他者を貶めること」で自らを浮かび上がらせる構図はおそらく「貧しい」。
それでもそうでもしなければ生きて行けない自分もいたりするのがおそらくは「日常」。

できれば「存在証明」として「いいもの」を生み出すあるいは伝えること。
その種の「回路」を広げる場所としてネットが利用されるのが好ましいものの。

「判断の基準」は人それぞれでそういうわけにもいかず。
何より誰もが「メディア」になれる「技術」がすでにあるわけで。

やはりネットとは「ほどほどなお付き合い」が適当か。
「中毒」にならないのがいいのは「クスリ」と同じ。

もっとも「活字」「アルコール」「ニコチン」に関しては他人の事は言えず。

繰り返すが何事かの「問題」について「アイデア競争」になるようなパターンがあれば。
各地でそうした「プラットフォーム」が出来れば幸い。

あとはそれぞれがどこかで「共通の作法」を学ぶこと。
少なくとも一方的に罵詈雑言を浴びせることはダメなはず。

「立場」や「思い込み」と関係なく「相手と付き合うこと」。
とりあえず「ハグする」くらいの「身体性」は重要だと思われる。

何度でも繰り返すが「敵ながらあっぱれ」。
それぞれが相手にそう思わせられる存在であるようにと祈るのみ。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「ややこしい問題」について

2016-02-24 01:59:52 | Weblog
くもり。やや風強し。

鈴木涼美「『AV女優』の社会学」を読む。

副題に「なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか」。
もちろんそれは演技の部分もあるのだけれど。

ふとしたキッカケで何気なくその世界に入った彼女たちは
「単体モノ」から「企画モノ」への移行で「仕事に目覚める」模様。

それを「自由意志」と呼んでいいかは微妙。
もっとも「売れるための語り」がやがて「自己陶酔」となり「中毒」になるとも。

「頑張っただけ生活がよくなる」ため身体を壊す者もいるらしい。
それでいていまだに「親バレ」を代表とする怖れを抱いていたり。

著者は彼女たちを「『名誉回復が不可能である』ほど、
緩慢で大胆な線の引き方をする女性たち」と呼んでいる。

「身体がキレイなうちにヌードを撮っておきたい女性の数」は少なくなくても
「さまざまな設定でのセックスの様子を残しておきたい女性の数」は多くなかろう。

「ヤリチン」が「性豪」と呼ばれる一方「ヤリマン」はどうか。
ある種の女性たちが「本気」を出したら大抵の男たちは萎えることなど。

「性の複雑さ」があらためて浮き彫りになったような。
ただ「AV女優」と「一般的な女性」の差は「濃淡」だけかもしれないという視点は重要。

「結婚という制度」は世間に認められているけれど
「AV女優という職業」がそうではないことだけは確か。

「リベンジ・ポルノ」が問題になる一方で
自ら裸体とセックスをさらす者たちに対する評価を思えば。

「発情期」が決まっている人間以外の存在がうらやましいような。
とはいえその「ややこしさ」を生きるのがわれわれの「つとめ」でもある。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「時代を問わないこと」について

2016-02-23 02:59:42 | Weblog
くもり。まずまずおだやか。

佐藤優「いま生きる階級論」を読む。

現代を読み解くためには「マルクス経済学」が役立つということで
「資本論」や宇野弘蔵をめぐる読解と講義。

「修養」と「教養」を合わせ持つ著者が
「プロレタリアート」としてあれこれ教えてくれる内容。

「私塾の凄さ」を知った次第。
こうした先生の下で学べば「見識」は身に付くだろう。

若い頃に出会っていればと思うことしきり。
その種の「ご縁」には恵まれなかったか。

とりあえず「背筋が伸びる」効果はあるので
「生来の怠惰」と付き合いつつ勝手に勉強させていただく。

「労働力=商品」が成立した時点で
「プロレタリアート」であれば決して「資本家」にはなれないという「仕組み」よ。

そこには「階級」が「埋め込まれている」というのにふむふむ。
「ファシズム」に関するあらたな「個人的発見」もあったのがうれしい。

著者の「宗教」に関する考えも気になるところ。
「余談」にも「含蓄」があるので興味のある向きは是非。

この種の「光」があるとまだまだ生きていて楽しい感じがする。
レベルの違いはあれど何事かを感じさせる存在でありたいもの。

「圧倒的な貧しさ」の中にいると思うと人はついつい腐りがちに。
それでも「まともな人々」はきちんとした仕事をしていて。

実はいつの時代もそうだったこと。
「好ましいレベル」を見据えて先に進めばいいだけのこと。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「対人関係が北朝鮮の外交並みであり大本営発表が現実であること」について

2016-02-22 03:14:52 | Weblog
晴れ。風が冷たい。

武田砂鉄「紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす」を読む。

「ホメるか貶すか」のオール・オア・ナッシングになるのは
そもそもが「脆弱」だから。

対人関係の「安全保障」としてその種の「態度」はあるらしいが
立場を問わず批判も納得もあっていいだけのこと。

どこにも切り込まない歯痒さを浮き彫りにしたのが本書の内容。
そうまでして「守らなければならない自分」など壊れてしまえばいいだけ。

「現実」をどうにも受け入れられない「セカイ系」が増えて久しい現在
本書の視点は大いに参考になるはず。

読みやすいかというといささか微妙。
ただしそれも含めて「意見の異なる相手」と「議論」できるだけの懐はないと。

マル激を観る。

Nコメでは「表現の自由」がなぜ「経済的自由」に優越するのかを知らない首相の姿など。
前者が侵されると「侵されたことそのもの」さえわからなくなる「コワさ」があるから。

そうした「歴史」が身にしみている欧米と
「与えられた民主主義」しか知らないわれわれの違いがあるのだと言うけれど。

「戦争の記憶」が語り伝えられていないことも大いに影響がありそう。
少なくとも「大本営発表」という言葉くらいは知っておきたいもの。

「事実」が曲げられればそれを「情報」として与えられる者には「まともな判断」などできず。
実はそれが今や「現実」であることをヒシヒシと感じられるだけの「アンテナ」を持とう。

本編は「わが国には『保守思想』などない」というお話。

少なくとも江戸や明治の農家では男女ともに働くのが当然だった「事実」は忘れ去られ
「男は仕事、女は家庭」という「昭和幻想」がいつのまにか「保守」だとされ。

今回政府が出した「女性が輝ける社会」とやらも
「移民」を受け入れるよりそっちがマシという「経済的事情」のためだとのこと。

これまでの政府が出来なかったことを打ち出したという意味では悪くもないものの
そこに本気で「女性の活躍」を望む気持ちがあるかといえばそうでもなく。

先行世代の苦労を見て「専業主婦」を望む若い女性たちに告ぐ。
そろそろ本気で「どうしようもない『オヤジたち(年齢を問わず)』」に怒れ。

あるいは「オヤジ化したオバサンあるいはバアサン」についても同様。
「大した根拠もないことばかりゴチャゴチャうるせえんだよ」と言っていただきたい。

もちろんどのような暮らしをするのかはそれぞれの自由だとして
いいかげん「つまらない男」との関わりは適当にした方がいいだろう。

「類は友を呼ぶ」のだから
あなたの隣りにいる男子の「現実」をあらためてしっかり見るのがよさそう。

それでも「ロマンチック」が維持できればそれは幸い。
「恵まれているのだ」と言っておく。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「『思い通り』という麻薬あるいは未知の物語」について

2016-02-21 02:38:17 | Weblog
くもりときどき雨。一時的に激しく降る。

本切れで岡田尊司「あなたの中の異常心理」を古本屋で買って読む。

三島由紀夫、ガンジー、バタイユ、サド、ユング、ドストエフスキー、
夏目漱石、バートランド・ラッセル、バイロン、

ショーペンハウアー、ニーチェ、オスカー・ワイルド、ヘミングウェイ、
その他に岸田秀や東電OL、映画「ブラックスワン」の主人公など。

「子ども時代の愛情関係のかたち」がいかにその後も影響を与えるのかといった内容が主。
「支配することの快楽」や「虚言症」「拒食症」についても少々。

「誰にでもある異常心理」というのは「異常」というよりむしろ「通常」。
ここで「異常」だとされる基準が実は問題だったりすることを忘れずに。

「何事かの欠如」が生む「異様な執着あるいは妄想」だとすればわかりやすいか。
もっともそれが「魅力的なもの」を生み出すこともあり。

そもそも「完璧」を求める気持ちの裏に「欠如」があるのは確かだろう。
複雑なようでいて単純であったりもするわれわれの「同工異曲ぶり」よ。

もっともそれが「悲劇」になることもあるのでご用心。
どこかで「いいかげん」になれる力があれば幸いで。

「思い通りにするという快楽」が持つ力は相当に大きい模様。
ほどほどにしたいもののそれぞれの「歴史」もあって。

できればそれらがうまく「交わる」ことを祈るのみ。
「手近な快楽」は「麻薬」になることもある。

「正解」を求めずに生きるためには
あらゆる「リソース=資源」を分散させるのが重要かもしれず。

自分の「歴史」を振り返りつつ
「好ましい物語」を見出したいものではある。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「文字という呪術あるいは未知の極上のカクテル」について

2016-02-20 01:44:23 | Weblog
晴れ。また暖かい。

杉浦康平編「文字の美・文字の力」を読む。

「花文字」とかいうものもあったりするけれど
その「歴史」はずいぶん前からあった模様。

アジアの極彩色のあれこれはまさに「目に彩」という趣き。
他方で地味なものもシンプルなものもある。

李朝、台湾、ミャオ族、わが国のものなど。
「願いを込めるという行ない」のもたらす楽しさは知っておいてもいいかも。

「福」のつくりは「下部にふくらみをもつ樽の形」であったり
「壽」の上のつくりは「老人」で下は「長くうねる田のあぜ道」だったり。

「喜」の上は「太鼓」で下は「祝詞を入れた器」だとか。
個人的には「禄」のつくりが「きりもみ」で「神からのおこぼれ」だというのにふむふむ。

意外なところに「トリクルダウン=おこぼれ」を発見。
経済の世界で否定されるそれは呪術だとOKらしい。

イスラムにもクルアーン(コーラン)をびっしりと書いた魔除けのシャツがあって
「文字の力」を信じるのはアジア各地であまり違いはなさそう。

わが国では「耳なし芳一」の話が有名で。
映画「オーメン」では部屋に聖書のページを張り付けて身を守ろうとする神父もいたか。

サンスクリットの文字はいかにもその効用がありそう。
具体例についてはこちらまで。

深夜NHKでカクテルの大会で世界一になったバーテンダー岸久を知る。

銀座一丁目の地下にある「スタア・バー」にいるとのこと。
一度行ってみたいものではある。

「引っ込み思案」がもたらしたカクテルに関する技術の粋を味わいたいもの。
もっともカクテルについてはほぼ何も知らず。

キングズレー・エイミス「酒について」は読んだはずだけれど
今となってはすべてが霧の中。

能書きよりも具体的な一杯を。
たまには「極上のもの」を知るのもいいはず。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「翻弄されることあるいは期待すること」について

2016-02-19 02:49:26 | Weblog
晴れ。三寒四温の趣き。

川島一彦「地震との戦い なぜ橋は地震に弱かったのか」を読む。

「震度法」というその当時としては優れた考えが
たまたま大震災がなかったことも手伝って「金科玉条」となり。

「それとは違う現実」があることにも気付かないまま。
21年前の「阪神大震災」という「悲劇」によってようやくあらたな気付きが。

多少物理関係の知識があった方がいいものの
著者の解説は非常にわかりやすく親切。

現在の「耐震基準」もまだまだ不十分なことに変わりなく
それぞれの土地の地盤によっても対策は変わるとのこと。

ここでも「複雑な世界」に翻弄されるばかりのわれわれの姿がある。
あくまで謙虚にその姿を追うのがよさそう。

深夜アニメ「僕だけがいない街」を観る。

自分だけの時間が巻戻る「リバイバル」を経験する主人公は
母親が殺されたことをきっかけに過去に戻る。

同じく虐待によって殺された当時の同級生を救うことで
「未来=現在」が変わるのではないかと信じる彼はあれこれと努力するのだがというお話。

以前一度だけ観たことがありふと思い出してという感じ。
主人公の声を過去と現在に分け前者が土屋太鳳で後者が満島真之介というキャストも魅力。

「オチの付け方」がどうやらポイントのよう。
「リバイバル以前の未来」が関わってくる展開になると楽しそう。

「タイムマシーン現象」を敢えて「リバイバル(再上映)」と呼んでいることを思えば
それなりの予想はつくはず。

とりあえず「ハッピーエンド」か「バッドエンド」か。
個人的には後者が妥当だとしつつ東浩紀経由で知った舞城王太郎「九十九十九」を思い出す。

おそらくそこまでの複雑さはないはず。
とはいえ「オール・ユー・ニード・イズ・キル」(’14)あたりとの違いに期待したいもの。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加