退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

自負と臆病

2008-02-29 01:23:38 | Weblog
晴れ。おだやか。

美濃部美津子「おしまいの噺」を読む。

著者は五代目古今亭志ん生の長女で
十代目金原亭馬生・三代目古今亭志ん朝の姉。

前作「三人噺」に比べると聞き書きのような形式になっているので
江戸弁の魅力がやや薄れている感じ。

ただし父親志ん生の落語の編集作業をやっていたおかげか
それぞれのエピソードはいきいきとして目に浮かぶよう。

金井美恵子が悪口を言うときに使う「~だっての」という言い回しが
やわらかく使われていたのが印象に残る。

ひどい貧乏生活を苦労とも思わせず
身内との別れを淡々と描いているあたりが好ましい。

志ん生が満州で死ぬ気で六本開けたのはウオッカではなく老酒らしい。
空襲になると近くにあるものをひっつかんで一番最初に逃げ出す姿が「らしい」。

現代にない「自負と臆病」の楽しさはいかが。
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誘惑という義務

2008-02-25 04:31:22 | Weblog
晴れ。風強く冷たし。

宮台真司「亜細亜主義の顛末に学べ」を読む。
「ネタ」でやってたつもりが「ベタ」になってしまう危険を意識しろというお話。

そもそも「ネタ」というものは
どこかに「本当」があってするもの。

そういう意味でかつて筒井康隆がやったようなことが
すべて「常識」に依存していたということと似ている。

そういった「常識の共有」がなくなれば「ネタ」も「ベタ」もない。
オウム真理教が開いた「地平」はそういうものではなかったのか。

「歴史意識の不在」は資本制が自動的にもたらすものだとして
その「歴史」を知らない者をバカと言うことは出来る。

がしかし。

それでも「歴史」を知らせようとする者は
何か別の魅力で訴えるしかない。

自分にとって当たり前のことをいかに他人に伝えるか。

それはおそらく「教える」ということの中にしかなく
そうする者はある種の「誘惑」をしなければならない。
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ロートレックあるいは自意識の壁

2008-02-24 04:16:37 | Weblog
晴れ。風強く冷たし。

ジョン・ヒューストン「ムーラン・ルージュ」を観る。

伯爵家の息子でありながら両親の近親結婚のせいで
幼い頃骨折した足が治らずに下半身が短くなった画家のお話。

恋人に拒絶された彼は自分の境遇を捨てるべく
「下層階級」のマリーに恋をする。

彼女の自由さを好きながら彼は
結局彼女を家から追い出しつつも酒浸りになる。

母親の忠告を受けて別れたマリーを探し戻ってくれと言うものの
泥酔した彼女に罵言を浴びせられ彼はガス自殺を思い立つ。

それでも絵画への情熱が彼を思い止まらせて
常連になっている店「ムーラン・ルージュ」のポスターを描く。

名声を手にした彼は知性と美貌を合わせ持つマヌカンのミュリエルと出会い
しばし彼女と一緒に過ごす。

がしかし彼の「自意識」は彼女の真摯な愛を冗談でごまかし
彼女は「愛のない結婚」を決めた手紙を残して彼の元から去る。

一年以上もその手紙を読み返しつつ酒に溺れる彼。
そして病院に入れられるもののすでに手遅れ。

彼のことを認めなかった父親は瀕死の彼に
彼の絵がルーブル美術館に飾られることになったことを話すけれど。

「自意識の壁」の厚いこと。

愛されたいと思いながらそれは無理だろうと思う男は
自分の圧倒的な否定を破る相手が欲しかったのだが、という物語。

「才能のある異形の者の悲劇」というお話の裏には
「才能のない普通の者の願望」が隠されている。
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手口

2008-02-22 03:55:03 | Weblog
晴れ。あたたか。

最初に説明しましたとか
虫メガネでしか見えない約款を理由に自らの正当性を主張すること。

違法ではないものの
敢えて自分に不利なことは極力言わないこと。

いずれも短期的な利益を生むものなのかもしれないが
そこに「信用」はない。

「損して得取れ」という言葉を知らない人々が
商売のいかがわしさを更に際立つものにする。

卑怯って言葉をご存知でない方々。
日本語はまずます通じなくなりつつある、という現場を見た。

まとめて退場していただきたい。
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自己主張の力学

2008-02-21 04:34:26 | Weblog
冬晴れ。ずいぶんあたたかい。

たとえば会話の中でも文脈というものはある。

自分が話したい方向に持っていきたいこともあれば
その場の流れにまかせることもあるだろう。

誰があるいはどの話題が中心となるのかは
それぞれの場の力学による。

もちろん互いに自分の話だけしているのでは会話にならない。

何が正しいというわけでもなく
「行く川の流れ」のようにうつろう文脈。

ただし「自己主張」をするなら
まずは相手に「自己」を認めさせるしかない。

自分の話を聞いてもらえることが「自己主張のはじまり」。

ただしそれは自分の声を相手に聞かせるということではない。
音だけを聞いてその内容について吟味する気もないというのはよくあることだ。

相手に何かを感じさせること。
もっともその「前提」をクリアすることが難しいこともあるのだけれど。
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知性の力

2008-02-20 01:07:00 | Weblog
冬晴れ。おだやか。

橋本治「失楽園の向こう側」を読む。

「日本社会で一番重要なのは『適合』である」で始まる
「4 みんな『いい人』の社会」。

「日本人は自己主張がへただ。それはなぜかというと、“自己主張の度合”と
“自己主張の必要性”がわからないからである」で始まる「5 自己主張について」。

それ以上に面白いのが「6 愛のために丸をニつか三つ描いてみよう」の図説と
「7 三人の友人」の「性欲は未来を暗示する」以降。

内容が濃すぎるので詳細は本書に譲るというズルをする。
すでに2回読み直したがその論理は相変わらず圧倒的なアクロバットぶり。

その他に「塔の中の王子さま」という三島論もある贅沢を味わおう。
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ヤクザな日々

2008-02-19 04:55:37 | Weblog
晴れ。夕べの酒が残る午後をなんとかしのいで仕事。

DVDを観ることにためらいが少々。
映画は「愛人」のようなものだと再確認。

ところで「妻」は何なのかという話には
適当にお茶を濁すことにする。

リンゴの木の下で 明日また会いましょう。

と古い歌など歌いつつ
今宵も就寝。
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見守るということ

2008-02-18 02:36:30 | Weblog
冬晴れ。前夜のソウルバーのジンをひきずりつつ飲み会。

若者がおとなしい。
「門限」とかってまだあったのね。

ルールがあることはわからないでもないが
「何故そのルールを守らなければいけないのか」というルールもある。

ちょいとファルセットで脅す。
本物とニセモノの間のような。

よくわからない。
とりあえず楽しい会だったからよかったのだが。

若いおなごの太ももを隠すように言ったわたしには
「理性のかけら」があったのだということにしておこう。

そういう「世界」は彼ら彼女らにはわかるまい。
「一寸先は闇」ということは、ある意味で楽しく怖ろしいのだが。
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時にはベストセラーも

2008-02-15 01:18:48 | Weblog
くもり。寒さやや緩む。

たまにはベストセラーをということで
福岡伸一「生物と無生物のあいだ」を読む。

「生命とは自己複製を行なうシステムである」という定義が
「生命とは動的平衡にある流れである」という定義に変わるミステリー。

個人的にはエピローグに懐かしさを感じた。

家の前の細いどぶにアイスキャンディーの棒を流して
どこまで流れていくかをずっと追いかけた記憶がよみがえる。

虫を扱った文章は北杜夫の精密と静謐に似ている。
評判を何も知らずに読んでいたらもっと感動していただろう。

「内部の内部は外部」という一見奇妙な言葉に
徐々にリアリティが生まれていく叙述がいい感じ。

新書としては「濃い内容」なのが久方ぶりでうれしい。
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「日本化」

2008-02-14 01:20:55 | Weblog
冬晴れ。寒風が身を切る。

本田由紀・内藤朝雄・後藤和智「『ニート』って言うな!」を読む。

イギリスで生まれた「NEET(Not in Education,Employment or Training)」は
「16~18歳」の話だったにもかかわらず日本では「15~34歳」の話になったこと。

「ニート」という言葉がいつのまにか「やる気のない若者」という意味などに
すりかわって「現実」が見えなくなっているという本田由紀の分析。

「20歳未満の殺人検挙者・強姦検挙者」は減っているにもかかわらず
メディアが取り上げた「特異な事件」によって不安が煽られていること。

そして「年配者たちは、わけのわからない不安や不気味な感覚を青少年に
投影している」。

「しかも投影した自と他が分離されず、思い通りになるはずの他者が思い通りに
ならないことに自己の内側からいいようのない不気味さを感じている」。

そしてそのことが「青少年に対する執拗な被害感と憎悪」になっているという
「いじめの社会理論」の著者内藤朝雄の分析は面白い。

最後に「ニート」がマスコミでどう取り上げられてきたかについて
さまざまな「言説」が後藤和智によって紹介されている。

もちろんこの本も「現実を映す鏡」のひとつではあるが
「輸入された言葉が歪められて広がる」という「日本化」は変わらないようだ。
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