退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「音楽における『磁場』」について

2014-08-29 04:20:52 | Weblog
上間綾乃のその後について。

まずは「ソランジュ」。
これはまだいいとしよう。

続いて「はじめての海」。
何の変哲もない「フォーク」じゃないか。

安里屋ユンタ」の生き生きとした歌声は何処へ。
あるいは「ハリクヤマク」のノリの良さは。

アメリカン・ポップスを歌いたかった大橋純子は
「シルエット・ロマンス」「たそがれマイラブ」で知られることに。

どう考えてもロック好きのsuperflyは
「how do I survive」が面白かったのに「愛をこめて花束を」が売れてしまい。

後者ふたりはたまたまいい曲あるいは売れたからよかったことにするとして
上間綾乃はというといささか疑問。

わが国では独特の「磁場」による歪みがいまだに生じている。

アーティストの「個性」が本来生かされる場を失い
「売れるあるいはウケる」という「ビジネスの思惑」によって捻じ曲げられる「悲惨」よ。

「傾向と対策」は誰にでもできることで
その種の「マーケティング」によっておそらくはそこそこの「実績」は残せるのだろう。

がしかし。

音楽を楽しみたい身として
それは圧倒的につまらないことでしかない。

そう思うのが仮に「少数派」であろうが問題は「多数決」ではない。
「素晴らしい音楽もしくは才能」を「抑圧」することが間違っているだけ。

「正しいこと」は常に「負ける」のは承知の上で敢えて言っておきたい。
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「ありがたさ」について

2014-08-29 02:15:30 | Weblog
くもり。パラついたり晴れたり。

昨日は知らぬ間に寝てしまう。
ただしなぜか眠りは浅く。

「陶淵明全集(上)」を読み続ける。

あれこれ気にかかったフレーズはあったのだけれど
寝床に本がないので詳細は書けずじまい。

明日何とか読み終わる予定。
(下)は延長して借りることになりそう。

いつのまにか扇風機の風が冷たく感じられるようになる。
昨日は寒くて途中で起きて消したはず。

今宵はエコヴァージョンにしてみた次第。  
それでも薄い布団がないとやや冷えるか。

つい先日まで35度が当たり前だったのに濃厚な秋の気配が。
たそがれるにはちょうどいい時期かもしれない。

繰り返す季節の「意味」を知るには
それなりの「歴史」を生きなければならないという「定理」がある。

栄えては滅びまた栄えては滅ぶ。
この「自然のリズム」を目の前にするとすべては「束の間」。

もちろんその只中を生きる者にとってはすべてが「激動」で
あらゆる要因に浮かんでは沈みつつ流れ。

とりあえず明日目が覚めれば「同じ毎日」であること。
実はそれが「途方もない幸運」なのだと実感できれば。

いたずらに何事かへの執着もなく暮らせるはずなのだがそれがなかなか。
「ありがたい=滅多にない」と解釈してあらためてなるほどとうなずく。
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「憂鬱な前夜」について

2014-08-27 01:23:13 | Weblog
くもり。午後にスコール。

「陶淵明全集(上)」を読み始める。

額に四文字が書いてあるのはどうやらこのタイプだと知る。
今のところまだ「お気に入り」の文句はなし。

五言や七言の律詩はもちろん
絶句より読者が勝手に「思い入れる」場所は大きそう。

ただし明日は早朝から丸一日仕事。
あまり読む暇はなさそうなので後日に期待することに。

もうちょいと飲んで寝る。
それにしても「早起き」は憂鬱。
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「もてあますこと」について

2014-08-26 03:26:25 | Weblog
くもり。夜に少し雷。

結局どこかへ出かけることもなく
近所にあるイオンで映画を観ることになる。

三池崇史「喰女 クイメ over your dead body」。

「東海道四谷怪談」を演じる主役たちと「現実」が交錯するお話。
「回り舞台」が盛んに使われている。

「スタイリッシュ」すぎて「情念」の行方が不明な感じ。
何だか俳優たちの「お芝居」を淡々と観てしまった。

「二つの結末」は「男女の差」か。
「意志を貫徹する」のは女だとしておく。

常に「新しいもの」を欲しがるものと「ふたり」を深めようとするものと。
もちろんどちらかが「正しい」わけでもなく。

うまくお付き合いできれば幸い。
個人的にはどうも「傍観者」になる傾向はあるけれど。

夏休みとはいえ平日の映画館に人は少ない。
最初は「貸切」かと思ったが最終的には三人。

最後部に座ってのんびり。
いかにも「ヒマなおぢさん」にはふさわしい。

明日はまた少し「早起き」。
にもかかわらずいつもの夜更かし。

どうにかなるさ。

そう言ってどうにかなってきたのはおそらく「奇跡」に近いのだろう。
ならばそれが続くだけなどと「神話」をうそぶいて眠る。
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「貧しさ」について

2014-08-25 03:10:14 | Weblog
くもり。雨がパラつく。

友人の墓参りに行く。

マスターのお子のキャラが以前とは打って変わって
ひたすら「おしゃべり」になっているのに驚く。

字が読めるようになったせいもあって
ひたすら目に映るものすべてに反応する。

その「好奇心」は母をして「地獄」と言わせるほど。
できるだけ笑いにまぶしおだやかに収めることに注意して。

友人たちの「老け具合」にも驚く。
「長老」が最も生き生きしていたりするのだけれど。

帰りに「道の駅」に寄る。

ひたすら横に長い造りで全体を示す地図もなし。
案外座る場所がないのが不思議。

初めてコンビニのアイスコーヒーを飲む。
いかにも薄味で確かに誰でも飲みやすい仕上げではあるものの。

それでもTVで採り上げられたせいか次々に客が来る。
満足している人々には申し訳ないが「貧しい」と言わざるをえず。

その後別の最寄りの駅まで送ってもらい電車で帰宅。
運賃が100円値上がりしていることに気付かず自動改札で足止めを食らう。

そのまま家に帰るつもりにもなれず
いつものドトールで自分に「お疲れ様」。

野暮用が待っていたせいもあり。
TVしか情報源のない母親が3.11の被災地の人々に怒りを示したりする。

かつて同じような災害があったのになぜ「高台」に家を建てないのかとか
「原発誘致」で「豊か」に暮らしていたのにいつまでも「被災」を言い過ぎとか。

彼女の中には「被災から数年たったらゴチャゴチャ言うな」という「ルール」がある模様。
さらには今回の広島豪雨の方が可哀想だとも。

なるほどこれが「日常」を取り戻すための「洗脳」の成果かと思った次第。
この「貧しさ」に対抗するには相当な「胆力」がいるとあらためて知る。

どうしようもなく「貧しい」わが国よ、嗚呼。
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「しばしの快適さ」について

2014-08-24 01:16:50 | Weblog
晴れのちくもりで雨もしばしば。妙な天気。

いつもより早く仕事に出かける。
ほぼ誰もいないドトールでの読書は快適。

「恐慌論」は読了まであとちょっと。
ついつい流し読みになりがちなところをかろうじて踏み止まる感じ。

残念ながら受け止められる部分は少ない。
本も「相手」を選ぶのだから仕方がないか。

いつものようにクインビー。

マスターからキャンプ話を聞いているうちに
「中島らも」さんがやってきてあれこれ話す。

言葉が非常に丁寧でお話しやすい人だということを再確認する。
実は年齢もあまり変わらないことを知る。

ニューボトルを入れたので安心して飲んだものの
今宵はあまり量はいかず。

いつものように終電で帰宅。
これまたいつものようにちょいと飲み直す。

明日は友人の墓参り。
マスターの車で送ってもらう予定。

お子が「でかくなった」ということなので確かめるつもり。
今回は面と向かってお話でもしようかなどと。

上司の連絡が錯綜したせいで月曜が思いがけず休みになる。
あてもなく電車に乗ってぶらぶらするのも悪くないと思いつつ。

きっとダラダラしながら終わるはず。
それもまた楽しからずや。
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「意外あるいは案外なこと」について

2014-08-23 02:04:29 | Weblog
晴れのちくもり。少しパラつく。

「恐慌論」を読み続ける。

利潤率というものの重要性が「資本の不思議」。
10億で10%なら1億の利益が12億で8%だと9600万にしかならない。

計算としては至極当然の結果だけれど
あらためて言われてみるとなるほど。

資本は増えても利益は減る。
となると資本そのものの中に「利潤率を上げろ」という性質があることになりそう。

「時給」で暮らしている身には「ほほー」というお話。
もっともその種の「ゲーム」には元々参加する気がないのも事実。

「自分という資本」にどれほどの価値があるかは不明。
少なくともそれを「貨幣量」で表すつもりはない。

どうやら「ちょっと変わった人」らしいので
みんなの「ネタ」になれば十分か。

ところでジャック・フィニィのSF「盗まれた街」を
ドン・シーゲルが監督したのが「ボディ・スナッチャー」(’56)。

ある街で人々が妙に感情がない存在になりつつあり
それが実は人々の肉体を乗っ取る形での宇宙人の侵略だったというのがおおよその筋書き。

若い知り合いにその話をして
「最近どうもそれが現実のように思えてならないのだが」と言ったところ。

「〇〇さんこそ宇宙人じゃないんですか」と返されたので
「理論的な可能性は認めるがいちおう否定しておく」と答えておいた。

ついでに「君の肉体が実は着ぐるみで家のタンスにいくつも吊るしてあるんじゃないか」
「このところどうも出来がよくないから新品と取り換えなさい」とも。

「少なくとも目の前の数行の文章全体が目に入らない視野の持ち主であることは確かだろう」
「おまけに自分の言いたいこともうまく説明できない」

「君は本当に人なのか」と言ったら彼は笑ってごまかした。
「どうせ地球人のマネをするならもっと上手にしなさい」とダメ押しして。

「故郷の星にはいつ帰ってもかまわないから」
「ぼくは地球人です」

「それが植えつけられた記憶だということがわからないようだね」
そう言うと彼は、いさぎよく「兜」を脱いだ。
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「今ひとつさえない日」について

2014-08-22 01:41:45 | Weblog
晴れ。雲が多く暑さはそこそこ。

昨日はまた寝てしまう。
いつものように「身体まかせ」。

「善意で貧困はなくせるのか? 貧乏人の行動経済学」読了。

「知恵」が「現場」に直結している趣きがあって好ましい。
「理論」を「結果」で確かめているのも同様に。

わが国でもこの種のことはもっとあっていいはず。
もっともこちらが知らないだけかもしれないけれど。

宇野弘蔵「恐慌論」を読み始める。

何とも読みにくいのはかつてのドイツ語翻訳のせいか。
かろうじて理論の基礎を知るのみ。

とりあえず「歯が立つ」部分だけを吸収するつもり。
たまには脳に「負荷」をかけなければと思った次第。

今宵も適当にゴソゴソして眠る。
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「非合理的であること」について

2014-08-20 02:29:09 | Weblog
晴れ。今日も暑い。

D・カーラン&J・アペル
「善意で貧困はなくせるのか? 貧乏人の行動経済学」を読み始める。

「失業者や十分な資金のない起業家、または貧困層に少額を貸し付ける」のが
「マイクロクレジット」という「制度」。

それを生かすためには実際に貸し付けた相手の行動を細かく調べた上で
きちんと「効果」を調べると「新たな事実」がわかるらしい。

「マーケティング」を導入するのも重要だと。
今のところそんな感じだが文章が軽くて読みやすいので楽。

わが国の「生活保護制度」にも参考になる部分がありそう。
関係者は読んでみるべしとか。

そういえば大学時代に経済学部の知り合いにレポートを頼まれ
「合理的にしか動かない」人の設定に「これはバカげている」と書いたことがあった。

同じようなことが本書にもあって思い出した次第。
人の「非合理性」もきちんと捉えてこそ「経済」のはず。

もちろん敢えて単純化したモデルを想定することで
「予想外の発見」があることも承知の上で。

昨日は「浅い眠り」だったせいか仕事場で睡魔に襲われる。
何とか乗り切ったものの帰りの電車で身体の傾くこと。

今夜も結構蒸し暑く
少しエアコンを入れては様子を見つつ切ったり付けたり。

「安眠」を確保しようと思えばおそらく長時間連続で付けるのがいいのだろう。

ただ「エアコンなし生活四半世紀以上」の経験を持つ身としては
「エアコンに頼りきる」のは何だか「負け」のような気がして。

生まれた時から「エアコン生活」が当然の人々からすると
「信じがたい非合理」に思えるのではないか。

人はパンのみに生きるに非ず。
いわんやエアコンにおいておや。

この種の話を真面目にすると
若い世代からほぼ自動的に笑いが起きることを付け加えておく。
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「残念なこと」について

2014-08-19 01:52:40 | Weblog
晴れ。歩くだけで汗が流れる。

森達也「『自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか』と
叫ぶ人に訊きたい」を読む。

タイトルに象徴されるように
「他人を代弁するあなたはその気持ちを本当にわかっているのか」と。

「誰にもわからない」のが「本当」のはずなのに
どうして自分だけがそれをさも理解しているかのように思うのか。

そしてすぐに「罵詈雑言」を吐くのかというのがポイントらしい。
もっともその種の人々を相手にしなければいいという考えもあるのだけれど。

ある時期以降「言葉あるいは論理の整合性」という土俵に乗らず
自らの鬱屈を晴らすためだけに何事かを発言する人々が増えた。

おそらくネットは手軽な「はけ口」になっているのだろう。
「自分の思いもしなかった考え」に気付く類いの「議論」は難しい模様。

何が「正しい」かは別として
「自分が無条件に前提としていること」を「疑ってみる」のは悪い事ではないはず。

著者と見解の異なるところもあるものの
その一点については全く異論がない。

それとは別に。

「他人思い」であれこれいいことはするのだけれど
それをすべて打ち消してしまうようなことも同時にする「残念な人」がいる。

本人は「ぶち壊し」について決して気付かず
悪いのはすべて「相手」であったり単に「無意識」だったり。

落ち着いて話すと一度は納得することもなくはない。
ただし必ず同じことを繰り返してしまう。

おそらく何らかの「孤独」がそうしたキャラクターを作り上げたことは予想できるが
「特定の過去」から離れようとしないせいかもしれない。

やはり「残念」と言うよりないのがこちらとしては残念でもある。
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