退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「合理と非合理」について

2013-11-30 03:43:23 | Weblog
晴れ。夜風が冷たい。

須藤靖・伊勢田哲治「科学を語るとはどういうことか」を読む。

物理学者が抱いた「科学哲学」に対する疑問に科学哲学者が答える内容。
「理系vs文系」といった趣きでその「すれ違い」が面白い。

「『素朴』な疑問」をぶつける前者と
「『丹念』な解説」で答える後者と。

どうやら少しは「わかり合えた」ようだとはいえ
それにしても「堂々めぐり」な印象は拭いがたいところ。

読者として参考になるのは
「畑」が違うとこれくらいわからないものなのだという「事実」。

残念ながらあまり「生産性」は感じられないので
むしろ「別々に暮らす」方がいいかもとさえ思わせるほど。

ただしこれを「男女の仲」だと思えばよくあることではある。
恋人や夫婦などの「カップル」が次々と生まれ続けていることだし。

あながち「生産性」がないわけではないというのが微妙というあたりか。
自分も含めた「人の合理性」というものをあらためて考え直したくなる次第。

あとはそれぞれの「生き方」か。
内容はどうあれ「何事か」を感じさせるものであれば「幸い」。

その「立場」は星の数ほどあって
評価の具合もさまざまに。

できれば自分が好ましいと思う相手にほめられたいもの。
「ささやか」なつもりの望みは案外難しい。
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「幼さ」について

2013-11-28 02:54:12 | Weblog
晴れ。薄雲が広がり夜にはパラパラ。

稲葉陽二「ソーシャル・キャピタル入門」を読む。

「ソーシャル・キャピタル」とは「社会関係資本」のこと。
もう少し具体的には「信頼」「互酬性(お互い様)の規範」「ネットワーク」を指すらしい。

ある種の「危機」に際して
こうしたものがしっかりとあると対応や回復が早いとのこと。

著者の言いたいことはわかるけれど
少なくともわが国ではそれらが「解体」される方向で今も進んでいる。

もちろん一部の地域や人々の間ではうまくいっているのだろう。
それは「幸福な少数者」ではないかと思うのだが。

データ・マイニングその他の手法で消費はどんどん細分化されつつある。
「消費は人を孤独にする」なら人々はさらに孤独になるはずで。

そのあたりについてはいささか悲観的な見方しかできない。
若者たちの日本語解読能力も含めて。

身近にはすでに「現在の自分が嫌うもの」に対して異様に理解力が下がる「現実」がある。
あるいは「理解」そのものを「拒否」する態度も少なくなく。

個人を縛りがちな従来型の「絆」ではなく
いい意味で「その場限りのつながり」の方がむしろ好ましいような。

さて。

秘密保護法案が衆議院を通過した。

公文書をきちんとどう保存するのかも決まっていない中で他の重要法案と比べての「異様な拙速」よ。
わが国には戦争が終わる直前に「都合の悪い書類」を燃やしたという「歴史」もあり。

おそらくはアメリカからわが国による「機密情報漏洩」を突かれて
大慌てで用意したものなのではないかと思われる。

「頭の悪い子」が「ガキ大将」から不備を指摘され
訳もわからずに取り繕いをするのに似ているとでも言ったらいいのか。

「景気」に関する「ムード」だけでそこそこ支持されていた安倍内閣は
ひょっとしてそれが「命取り」になるかもしれないということもわからない模様。

「衆議院の優越」にまかせて法案を成立させればいいという目論見だとしたら
それは「大きなまちがい」になるだろう。

ただしこの「バカバカしさ」がヒットラー登場当時のドイツに似ていると思うと
それなりの恐怖感を覚えないでもない。

とりあえず「ハイパーインフレ下」ではないし敗戦直後でもないので
きちんと廃案に追い込むのが「筋」。

「普通の国」になるにはわれわれはまだあまりに幼く
いたずらに「普通のフリ」をするべきではないのを「自明」だとしておこう。

「理想」を掲げることは悪くないが実現に至るまでの道のりはまだまだ長く遠く。
その「事実」を真正面から受け止めるべし。
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「面より点であること」について

2013-11-27 02:33:27 | Weblog
晴れ。昼に風強く夜に冷える。

上野千鶴子「〈おんな〉の思想 私たちはあなたを忘れない」を読む。

「おひとりさま」シリーズはあまりピンと来なかったものの
本作にはいわゆる「渾身」という言葉がふさわしい。

森崎和江、石牟礼道子、田中美津、富岡多恵子、水田宗子、
フーコー、サイード、セジウィック、スコット、スピヴァク、バトラー。

既読のものあれば未読のものもあるけれど
いずれも「読んでみたい気」にさせる力があるのは確か。

「他者を鮮やかに斬って見せる手際」が中心の著者が
「自らを斬って血を流した」という印象。

この「血脈」は受け継がれるべきもの。
「フェミニズム」がどうであろうと「関係ない」と敢えて言っておく。

個人的にはこの種の「血縁」こそ望ましい。
勝手ながら著者は「親戚のコワイおばさん」というありがちな設定なのでよろしく。

かつて「男流文学論」で共に語った
富岡多恵子と小倉千加子の感想が是非とも聞きたい。

ひとつだけ気になるのは副題に「私たち」とあるところ。
「私」という「単数」でよかったのに。

そこに著者一流の「政治学」を見てしまう。
「多数派」じゃなくてもいいじゃないのと思うのだけれど。

「面」という二次元より強烈なのは
「点」という一次元の「交錯」のような気がするので。

今のところそれしか「信じられない」というのが正直な気持ち。
あまり「社交性」のない自分の性質ゆえの感想だと思えなくもないが。
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「バタバタ」について

2013-11-26 01:51:44 | Weblog
雨のち晴れ。一時は台風を思わせる風の強さ。

昨日は仕事場の飲み会。

すっかり「姐御」扱いになってしまった若い女子が
「あたし、どうしてこうなっちゃったんでしょうね」とつぶやく。

一次会で退却するつもりだったので
いつもよりちょいとペースを上げて黒霧島のロックを。

もちろん「アルコール消毒」なわけだが
帰りに電車を乗り過ごしたりしつつ風邪の症状は改善されてメデタシメデタシ。

科学的には「いつもより多い睡眠時間のおかげ」だとはわかった上で
「終わりよければすべてよし」ということ。

一橋文哉「となりの闇社会」を読む。

それにしても「犯罪者諸君」のお元気なこと。
いずれ「世はいかさま」なのだと違う意味で思わせられる。

そして「いたちごっこ」は続く。
よくも悪くも。

「山田宏一写真集 nouvelle berg」を見て読む。

アンナ・カリーナ、フランソワーズ・ドルレアックが素敵。
ちなみにゴダールの映画は初期のものがいいタイプなのでよろしく。

明日はいつもより早出。
「タイミング」がいいのか悪いのか。

今週末にも仕事がらみの「イベント」がある。
「師走の先走り」ということにしておこう。
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「魔都とメディアと気の緩み」について

2013-11-23 04:41:38 | Weblog
晴れ。少し風が吹く。

平野純編「上海コレクション」を読む。

かつて「魔都」と呼ばれた上海の姿を
15人の作家の作品から浮かび上がらせる趣向。

時代は1911年から1987年まで。
国際色豊かな中での「風俗」があれこれ。

津村謙の「上海帰りのリル」
あるいは井上陽水の「なぜか上海」という曲もある。

「上海バンスキング」という芝居や映画もあり。
どこか心惹かれる都市なのだろう。

「澱みに浮かぶうたかた」が極彩色や土止め色で描かれるあたりが魅力か。
「猥雑なモダン」は「誘蛾灯」の効果を持つものらしい。

深夜ちょいと寝てしまった後で「破線のマリス」を観る。

「オチ」以外は感心せず。
「メディア・リテラシー」の基本をいささか大げさに描いている印象。

実際にメディアに関わっている人々にとっては「衝撃」があるかもしれないけれど。
「ストーカー」を感じさせる執拗さが重苦しく「フリ」が長すぎる。

さて。

「親知らず」に加えて今シーズン初の風邪を引いてしまった模様。
原因はタバコの煙を部屋の外に出すために開けたサッシを閉め忘れたせいかも。

いずれ「気の緩み」であることは間違いないものの
「一病息災」にするつもりなので特に問題はない。

完治までは普段だと1、2週間。
毎度お馴染みではあるので「時間がクスリ」になるはず。
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「青春と欠片」について

2013-11-22 02:03:07 | Weblog
晴れ。冬用のスーツを着たらちょいと暑い。

本橋信弘「裏本時代」を古本屋で買って読む。

雑誌「スクランブル」の誕生から廃刊まで。
AV以前の「裏本」で儲けた村西とおるがスポンサーだとは知らなかった。

ちなみに「裏本」とはいわゆる「無修正もの」。
「AV以前の時代」ゆえにバンバン売れた事情があった模様。

著者は「非合法時代の共産党」に興味を持ったりするタイプで
ちょいと「時代が違う感じ」もあるのだけれど。

マリファナやコカイン、LSDまでキメる様子も描かれていて
いかにもな「時代」を感じさせる。

なるほど「活きのいい雑誌」というのはこうして生まれるのか。
ヤクザがらみの「裏の世界」もあれこれ。

「人間関係」に疎い著者がむしろ「純真」に見えるのは
「現実」を受け止めつつ「夢に生きている」からかもしれず。

その「負け方」に「華」を添えるのは
「噂の真相」元編集長岡留安則や竹中労、あるいは中森明夫など。

いやはやと言うよりない「青春」。
実に面白く読ませていただいた。

それとは別に。

仕事帰りにクインビーへ行く。

久方ぶりに料理を頼む。
そのせいか酔いが薄いまま帰宅。

地元の客が少ない代わりにネットか口コミで来るお客さんが多いらしい。
とはいえ夜の営業がさっぱりということなので心ある者は是非。

いつか一緒に飲むことがあるやもしれず。
まだ見ぬ友を待つともなく待つのもまた一興。
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「意味と祈り」について

2013-11-21 02:14:35 | Weblog
晴れ。そろそろ冬の気配。

「近代ヨーロッパ史」読了。

第一次大戦でおしまい。
後半はいささか軽い印象で終わる。

とはいえ参考文献のリストを見ると
なるほど最低限これくらい読まないとダメだということはわかる。

これでまた本切れ。
明日また古本屋で仕込みをしないと。

アル中ニコ中活字中。
いずれの「毒」との縁も切れそうにないのだけれど肝心なところが。

それはそれとして。

「門前の小僧習わぬ経を読む」を地で行く若い女子について。
彼女は言葉の持つ意味を捨てて「音」と「順序」のみですべてに対応しようとしている。

それは彼女なりの「最善策」だとして。
なぜ彼女が「意味を捨てた」のかが気になる。

そのあたりについて具体的な情報は何もないので推測するのみ。
単純に考えれば彼女は「意味不明なもの」と接触しすぎたのだろう。

もちろん当初は「理解」しようとしたものの
どこかで「もう無理」と思ったゆえのことだと解釈しておく。

わかりやすく言えば「お前が好き」と言いつつとてもそうは思えない「行動」をする親とか。
混乱の末に「意味」を探るのをあきらめるのが「日常」になったということで。

「意味あるもの」を与えられずに過ごした年月が彼女を育てた。
とりあえずそういう結論にしておく。

それでも彼女は笑う。
全く「意味」を捨てたわけでもないのは明らかではある。

その笑顔は悪くない。
ならば彼女を笑わせたくなる気持ちも生まれてくるというもの。

やがて彼女が「意味」をあれこれ知るようになることを祈る。
そして「楽しく暮らせる」ように。
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「歴史と親知らず」について

2013-11-20 02:15:05 | Weblog
晴れ。やや冷える感じ。

「ゾロアスター教」にちょいと飽きたので
福井憲彦「近代ヨーロッパ史」を途中まで読む。

ポルトガル、スペイン、オランダ、ベルギーなど。
イギリスやフランスは言うまでもなく。

「歴史の流れ」が非常にわかりやすく頭に入ってくる。
時代の「パラダイム」がきちんと書かれている印象。

それにしてもこうした「広い視点」を持って「歴史」が書けるまでには
どれくらいの「蓄積」が必要なのだろう。

とりあえず明日続きを読むのが楽しみ。
やはり「歴史」は面白い。

自分のことを振り返ってみると
いわゆる「歴史意識」は20代前半には全くなかった。

「子ども」あるいは「学生」の記憶しかないと
その種のものは浮かび上がってこないのだろう。

英語の「ジェネレーション」は確か「三十年」を表すはずで
「一世代」生きるとようやく「歴史」が現れるのだということにしておく。

それとは関係なく。

「親知らず」がまた腫れて。
痛みはないのだが右頬が「ゴッドファーザー」のマーロン・ブランドのようになる。

いちおう薬を飲んで対処。
まだ歯茎の中に「眠ったまま」で切るのもめんどくさい次第。

若い知り合いに「親不孝のせいなんじゃないの」と言われて「その通り」と答える。
仕方なくするマスクのせいでいつもより余計に「ヘンなおぢさん」に見えるはずではある。

日曜には仕事場の飲み会がありその前にクインビーにも行く予定。
気分はかまやつひろし「どうにかなるさ」ということでよろしく。
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「自分勝手なこと」について

2013-11-19 01:55:30 | Weblog
晴れ。コートがちょうどいい。

昨日も寝てしまう。
再び「更年期」のせいにしておく。

青木健「ゾロアスター教」を途中まで読む。

「拝火教」のイメージが強かったものの
それは必ずしもこの宗教に限らない模様。

「世界の終末」を説いたもののそれが実現せず
その「後始末」として「救世主」を持ち出すあたりが面白い。

それがキリスト教を始めとする他の宗教に影響を与えたとのこと。
やはり人は「信じたいものを信じる」らしい。

「ピラフ」という言葉が「ペルシャ起源」だとは初耳。
ヨーロッパにとって中東は「ギリシャ・ローマ」を思い出させる「起源」でもあった。

そういえば評論家呉智英は自宅にかかってきた勧誘電話に
「自分はゾロアスター教だ」と答えて煙に巻いたと中野翠が書いていたっけ。

さて。

世界の複雑さと自らの無力ゆえに
人間は「宗教」という「処理装置」を作った。

要は自分が「納得」するためだとしたらずいぶん「都合のいい話」ではある。
「思い通りになること」はかくも大きなものか。

いっそ「素朴な自然信仰」の方が好ましいかも。
「敬虔さ」という意味ではむしろ清々しく謙虚。
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「紙一重であること」について

2013-11-17 02:32:57 | Weblog
晴れ。暖かいというか室内は暑い。

森炎「量刑相場」を読む。

あらゆる「理不尽」を経験した人々は
「法」という形式でそれをどうにかしようとした。

ただし「法」はやがて自ら「独立」し
「歴史」や「現実」を忘れた人々によって運用されることになり。

わが国では「裁判」がまだまだ「真実を明らかにする場」として認識されている模様。
実は「真実」をよそに限られた相手にいかに「説得力」を持つかというゲームにすぎない。

量刑のあれこれも確かに興味深いけれど
「一瞬の気の迷い」で犯罪に至る人の「はかなさ」がむしろ印象に残る。

実際に犯罪にならなくても
ひとつ間違えばそうなっていてもおかしくないことは誰しも覚えがあるはず。

その「皮一枚」を意識すれば
おそらく犯罪に対する感覚も変わってくるのではないか。

そして犯罪以上の「罪を犯すこと」も。
それでも「合法的」でありうるというのが微妙なところ。

「未必の故意」が連鎖して
とんでもない事件が起きるというのは小説によくあるパターンで。

一方「何事も起きないこと」を同様に思えば
「世界」や「日常」は「奇跡」となる。

明日目が覚めること。
その「当然」が「思い込み」にすぎない「リアル」を味わおう。
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