わ! かった陶芸 (明窓窯)

 作陶や技術的方法、疑問、質問など陶芸全般 
 特に電動轆轤技法、各種装飾方法、釉薬などについてお話します。

現代陶芸114(三輪休雪1)

2012-05-13 21:47:57 | 現代陶芸と工芸家達

三輪休和(みわ きゅうせつ)は、山口県萩市の萩焼の窯元三輪窯の当主が代々襲名している陶芸作家

の名跡で、三輪窯は江戸時代の寛文年間に起こったと言われ、坂高麗左衛門の坂窯と共に

萩藩の御用窯を代々務めていた由緒ある家柄です。

いずれも三輪窯の当主の時は休雪を名乗り、隠居後は号を名乗っています。

    第9代 - 三輪雪堂(?~1927年)  注:年代は休雪を名乗った期間です。

    第10代 - 三輪休和(雪堂の次男、人間国宝 1927年~1967年)

    第11代 - 三輪壽雪(雪堂の三男、人間国宝 1967年~2003年)

    第12代 - 三輪休雪 (当代、本名龍作、第十一代壽雪の長男 2003年~)

 尚、十代に付いては、当ブログの現代陶芸20(三輪休和)(2012-1-17)を参照して下さい。

1) 第十一代 三輪休雪(壽雪)本名は節夫: 1910(年(明治43) ~ 

  ① 経歴

   ) 九代三輪雪堂(録郎)の三男として、山口県萩市に生まれます。

      本名を節夫、号を休(襲名前)、休雪(襲名後)、壽雪(隠居後)と言います。

      1927年 山口県立萩中学校を卒業し、兄の十代三輪休雪(休和)に師事して家業に従事します。

      1941年 三重県津市の千歳山窯で川喜田半泥子に師事し、精神的な面で大きな影響を

       受けたとされています。

      1955年 「休」と号して自己作品の発表を開始します。

      1960年 日本工芸会正会員となりました。

      1967年 十一代三輪休雪を襲名します。

      1972年 日本工芸会理事に就任し、山口県指定無形文化財に認定されます。

      1976年 紫綬褒章を、1982年 勲四等瑞宝章を、1990年 勲四等旭日小綬章を受章します。

      1983年 重要無形文化財「萩焼」の保持者(人間国宝)に認定されます。

      2003年 長男・龍作に家督を譲って隠居し、「壽雪」と号しました。

      日本伝統工芸史上初の兄弟「人間国宝」となる快挙を成し遂げます。

② 十一代三輪休雪の陶芸 

  ) 十一代の作品は、豪快で切れ味と胆力のある作品が特徴です。

     兄と成した「休雪白」を始めとし、休雪碗ともいうべき「鬼萩」、「割高台」は茶陶という概念を

     超え、 一個のオブジェとも思える極致にあります。

     その土台に成っているのが、約三十年に及ぶ長い基礎修練期があります。

     一般に 茶陶の製作は、手本になる優れた作品の写し物から入りますが、彼は写し物を作らず、

     自分の頭の中にある、心象を大切にし個性的な作品造りに専念しています。

   ) 白萩釉「休雪白」: 古来より各地の窯場では、盛んに藁灰を用いて白濁釉を使用しています。

      萩焼の藁灰釉は、工夫を凝らし純白度の高い白萩釉を造りだし、「休雪白」と呼ばれています。

      作品として「白萩沓形筆洗切茶碗」(高9.6 X 径15.5、高台径6.6)(1981)、

       「白萩茶碗・峰の雪」(高9.7 X 径12.8、高台径6.3)(1967)、「白萩茶碗・獅子」

       (高8.5 X 径14.6、高台径6.6)(1972)、「白萩茶碗・陽炎」」(高9.62X 径13.5、

       高台径6.8)(1971)、 「白萩手桶花入」」(高34 X 20)(1965)、 「白萩面取花入」

       (高28.1X 径8.4)(1970)、白萩角水指」(高17.7 X 径24.2)(1971)、などが有ります。

   ) 枇杷釉(びわぐすり): 16世紀朝鮮半島よりもたらされた、井戸茶碗(高麗茶碗の一種)の

       色が枇杷色に似ている事から、この色の釉を枇杷釉と呼ばれています。

       鉄分を含んた「ざんぐり」した胎土に、風化長石と土灰の混合により発色されると言われ、

       釉面に貫入が入る釉です。

      「萩枇杷釉茶碗・早瀬」(高7.9 X 径13.9、高台径6.9)(1968)、「枇杷釉萩茶碗・豊旗雲」

      (高9.69X 径12.3、高台径6)(1968)などの作品があります。

   ) 紅萩(べにはぎ): 鉄分の多い胎土に、紅色に発色する釉です。

     「紅萩茶碗」(高10 X 径12.5、高台径5,7)(1976)、「紅萩胴紐茶碗」(高9.5 X 径12.1、

     高台径7.1、割り高台)(1979)等があります。

   ) 萩茶碗の作品:「萩平茶碗・渓雲」(高6 X 径14、高台径4.2)(1969)、「萩茶碗・峰紅葉」

     (高10 X 径10.8、高台径5.8)(1966)、「萩茶碗・瑞雲」(高9.1 X 径13.3、高台径5.9)(1972)。

   ) 「角もの」について: 萩焼きでは、古来角形や菱形の水指はほとんど存在していませんでした。

      昭和30年代後半より、「角もの」の作品を作り始めます。

      「角花入」、「四方鉢」、「手桶花入」、「四方水指」、「菱形水指」などの作品です。

      面取り風に切り取る刃物は、三輪家伝来の刀だそうです。刃で切るのではなく、腕で切ると

      言われています。作品として、 「紅萩菱形水指」(高16 X 径25.5)(1969)等があります。

2) 十二代 三輪休雪(龍作) 1940年(昭和15) ~

以下次回に続きます。

 

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