わ! かった陶芸 (明窓窯)

 作陶や技術的方法、疑問、質問など陶芸全般 
 特に電動轆轤技法、各種装飾方法、釉薬などについてお話します。

現代の陶芸228(寺田康雄2)

2012-10-31 21:03:46 | 現代陶芸と工芸家達

 ② 寺田康雄氏の陶芸。

    彼の作品は大きく分けて、手捻りによるオブジェ的な作品(陶壁やモノメントを含め)と、轆轤で

    制作した実用的な壷、甕(かめ)、皿、鉢、花器などに分かれます。

    最初に手掛けた作品は、オブジェを中心とした作品です。

  ) オブジェ的な作品。

    a) 「布と泥漿(でいしょう)シリーズ」の作品。

      1979年 最初に発表した作品は、土の洞察考「布シリーズ」です。

      これは、ドレステン(ドイツ東部の都市)で見た陶人形のレースの衣装が、焼き物であった

      事にヒントを得て制作した作品です。

      即ち、大きく幅の広いレース地を泥漿の入っている容器に漬けて、布地に泥漿を浸み込ませ

      布の両端を持って引き上げ、自立する様に布の裾野を形作り、何かに吊るした状態で乾燥

      させ、その後に布ごと焼成する事により、布を焼き去り、土のみの布地状の作品に仕上げて

      います。作品には光沢がありますので、施釉している可能性があります。

      ・ 布シリーズ(Textile seris,”Clay insights"): 100 x 110 x 50 cm。

    b) 「土の彷徨シリーズ」: 1984年に発表された、二番目のシリーズ物です。

       工業用のセラミック(ファインセラミック)製の陶板に、くすんだ色の化粧土を掛け、

       櫛目の文様を付けたり、流れ易い釉を厚く掛けその「釉が縮れ」て、不規則な形に成った

       作品です。

      ・ 土の彷徨<陶板> : 72 x 72 cm。

      ・ 土の彷徨<火> :  70 x 25 x 25 cm。

        この作品は、焼成でひび割れたと思われる、茶褐色の角柱を13本を石材を切り出した

        様な場所に立てて並べた作品です。

     c) 「合金焼きシリーズ」の作品 : 平板な真鍮を陶板に嵌めて焼成したものです。

       四角形や不定形の厚さ3~5cm陶板の表面に、四角に切った大小の真鍮板を、複数個

       嵌め込んだ作品です。

       真っ白な陶板には、金色の真鍮板が熔け掛り、金属と土との縮み具合の差により、亀裂が

       入っています。

      ・ 合金焼<陶板> : 45 x 55 x 5 cm (1983年)

      ・ 合金焼<陶板> : 27 x 35 x 3 cm (1983年)

    d) 「金滴シリーズ」の作品 : 寺田氏の代表的な技法の作品です。

      陶土の長石粒と上絵付けによる金彩との相互作用によって、陶土から金の滴が噴き出して

      いる様に見える作品です。この技法は「カボチャシリーズ」の、陶制の「カボチャ」や陶壁の

      陶板に発生させています。

     ・ 金滴シリーズ<カメ=甕、花器、陶板、壷>など多くの作品が有ります(1985年)

       これらの作品には、かなり大きな真鍮板が複数個使われ、表面に飛び出しています。

     ・ 金滴カボチャ<カボチャシリーズ大> : 125 x 35 x 35 cm (1990年)

     ・ 「カボチャシリーズ」<小、金滴、金彩、金釉> : 8 x 12 x 12 cm (1991年)

  ) 轆轤を使って実用的な作品も多く作っています。

    e) 「灰釉金彩シリーズ」の作品 : 轆轤挽きされた作品に、灰釉を掛け本焼き後に、上絵付け

      の技法で、金彩を施した作品です。灰釉は濃淡のある緑色(ビードロ)や茶褐色、白色などに

      発色し、幾何学文様や自由な線描きの金彩が施されています。

      作品としては、鉢、壷、花器、甕、皿、盤などの作品があります。

    ・ 更に、灰冠金彩、黒釉金彩、灰釉金銀彩、伊羅保(イラボ)金彩などと、バリエーションも

     増えます。又手捻りの四角い作品(花器)にも施しています。

   f) 「陶彩シリーズ」の作品: 小さな皿から巨大な甕まで多種に渡ります。多くは轆轤挽きです。

     素焼き後の作品に、三角形や短冊状に青緑色を施釉し、黒釉、白釉、茶(瓦土)釉を無造作に

     線状に垂らしや、ハネの技法で施釉し(それ以外は無釉)、酸化や還元焼成した後、金や

     銀彩の上絵付けを施した作品です。(1991年頃より制作されています。)  

彼のオブジェの中には、全長10m以上の、飛翔「土から土へ」と題する作品もあります。

作品を作ってから、周りをレンガで囲み窯を築き、焼成後に窯を壊したと言われています。

大きな割れやひび割れがあちこちにあり、表面は松灰による自然釉が掛かっています。

尚、オブジェの作品は、静岡県の伊豆多賀の山腹に築いた窯で焼成し、轆轤の作品は主に瀬戸に

ある窯で制作焼成しているとの事です。 

次回(若尾利貞氏)に続きます。

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現代の陶芸227(寺田康雄1)

2012-10-30 21:30:41 | 現代陶芸と工芸家達

寺田氏は、愛知県瀬戸市で、割烹食器を専門に製造する窯元の四代目として生まれます。

その様な環境の下ですが、伝統に囚われないオブジェや陶壁、そして、皿や花器などに新たな装飾

方法を取り入れ、新たな焼き物を創造します。更には古窯の復元などと、幅広い活動をています。

1) 寺田康雄(てらだ やすお): 1948年(昭和23) ~

  ① 経歴

    1948年 愛知県瀬戸市で、窯元の四代目として生まれます。

    1967年 愛知県立瀬戸高校を卒業します。

    1972年 「朝日陶芸展」」(朝日新聞社主催)に初入選を果たします。

    1973年 多摩美術大学の彫刻科を卒業します。

    1976年 「現代工芸展」に入選します。

    1977~1988年 愛知教育大学講師に就任します。

           (1988~ 豊橋短期大学講師、2009年~愛知県淑徳大学教授)

    1982年 「朝日陶芸展」で、グランプリ賞を受賞します。

    1984年 「日中美術展」(台北竜門画廊)に出品します。

    1986年 「朝日陶芸グランプリ受賞作家新作展」(東京・池袋西武)に出品。

    1988年 「八木一夫賞展」に入選します。

    1989年 「セラミックアート展」に入選します。

      故宮博物院(台北)に、『金滴壺』が収蔵されます。

    1994年 「朝日現代クラフト展」に招待出品。

    2007年以降毎年「清豊寺窯展」(名古屋市民ギャラリー)開催。

  ) 個展も多く開催しています。

   ・ 国内: 日本橋三越、渋谷西武、萩・彩陶庵、神奈川・KSPギャラリー、長野・東急、名古屋・

     MOAギャラリー、新宿小田急など。

   ・ 外国: 英国、台湾、韓国などで開催しています。

  ) 陶壁やモニメントの製作も盛んに行っています。(他の陶芸家との共同制作が多い様です)

     古備NCモニメント(1983)、東陽中学・砂町中学・江戸川高校(1985)、アイコー本社ビル

     (1986)、森新空港陶壁(1987)、 東海大菅生高校陶壁(1989)、 日本競輪会館(前橋)

     モニュメント(1990)、三次風土記の丘モニュメント・(広島、1991)、2000年 建国寺陶壁

     「時の風」「日の風」(1991)など多数。

   ) ご本人は「築窯家」と呼んでほしいと言う程に、全国各地の日本古来の窯を復元し、

     新たに築いています。

   1996年 中京大学豊田学舎に、桃山時代の「大窯」を復元・焼成します。

   2002年 国指定史跡 元屋敷大窯復元。

   2004年 14連房元屋敷の登窯復元完成。(豊田中京大学キャンパス内) その他、多数

  ② 寺田康雄氏の陶芸。

    彼の作品は大きく分けて、手捻りによるオブジェ的な作品(陶壁やモノメントを含め)と、轆轤で

    制作した実用的な壷、甕(かめ)、皿、鉢、花器などに分かれます。

    最初に手掛けた作品は、オブジェを中心とした作品です。

以下次回に続きます。 

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現代の陶芸226(十四代 中里太郎右衛門)

2012-10-29 21:40:20 | 現代陶芸と工芸家達

唐津焼きは、16世紀に渡来した李朝(朝鮮)の陶工達によって発展した焼き物で、現在でも茶陶から

日常雑器まで、多くの種類の作品が作られています。中でも中里家は、江戸時代より続く由緒ある、

窯元で、多くの陶工や陶芸作家を輩出している、唐津焼を代表する家柄です。

1) 十四代 中里太郎右衛門(なかざと たろうえもん)本名 忠寛(ただひろ) : 1957年(昭和32)~

 ① 経歴

   1957年 十三代 太郎右衛門の長男として、唐津の窯元の家に生まれます。

   1979年 武蔵野美術大学 造形学部彫刻学科を卒業し、1981年、同大大学院を修了します。

   1983年 多治見陶磁器意匠研究所の釉薬科を修了します。その後

          国立名古屋工業試験所の釉薬科を修了します。

          父の陶房(中里太郎右衛門陶房)で、作陶を始めます。

   1984年 日展で青唐津手付壷「貝緑」で、初入選を果たします。

   1990年 日展で「焼締壷」が特選に選ばれます。

   1999年、東京・日本橋高島屋で初の個展を開催し、好評を博します。

   2000年 第5回アジア工芸展で、文部大臣賞を受賞します。

   2002年 十四代 太郎右衛門を襲名します。

   2003年 日本伝統工芸展で「叩き唐津焼締壷」が入選します。

   2011年 襲名10周年記念の個展を開催します。(福島県いわき市平・小野美術)

 ② 太郎右衛門氏の陶芸

   ) 武蔵野美術大学で、彫刻を学んだ関係で、襲名する二年程前までは、オブジェなどの前衛的

      な造形の作品を作り、各種の公募展で入選や入賞を重ねていました。

      「日展」でも特選を得ています。

   ) 豊臣秀吉400年を記念した、名護屋城での献茶式に2000個の茶碗を制作したのを

      機会に、茶碗造りに取り組む様になり、以後オブジェの作品造りは封印し、伝統的な唐津焼

      に取り組む事になります。(注文は400個でしたが、2000個轆轤挽きしたそうです。)

    ) 掻落しの作品。

       「十四代襲名記念展」には、茶碗、水指、壷、花器などの作品を発表しています。

       その中でも、白(又は緑)地黒掻落しの技法による作品が注目を集めます。

      a) 白と黒、又は緑と黒と明度差のある色合いが、強い存在感を表しています。

      b) 彼の掻落しの技法は、轆轤成形した器に白(又は緑)化粧土を掛け、更に鉄釉

        (黒釉)を掛けて、鉛筆などで、線などで下書き(当たり)を施してから、線の部分は

        竹へらで、小さな面は、 自作のカンナで掻落し、文様は陽刻にします。

        その後、透明釉を掛け焼成します。

        この技法は、中国・北宋時代に河北省の磁州で焼かれていた技法で、毎年の様に中国を

        旅行している太郎右衛門が、魅了した焼き物です。   

       ・ 現代ではこの技法を取り入れた作品は少ないそうで、太郎右衛門氏の独壇場となって

         います。

      c) 描く絵柄は、牡丹(ぼたん)、芙蓉(ふよう)、椿、雲など植物や、自然現象を題材にして

        います。中国の技法に日本的な絵柄を組み合わせています。

      d) 作品としては、唐津白地黒掻落し壷、唐津白地黒掻落し葉文瓶、唐津緑地黒掻落し

        芙蓉文壷、唐津緑地黒掻落し雲流文壷などがあります。

      ・ 茶碗は、唐津茶碗、唐津井戸茶碗、唐津井戸刷毛目茶碗、彫唐津茶碗などがあります。

次回(寺田康雄氏)に続きます。

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現代の陶芸225(三輪和彦2)

2012-10-27 21:46:02 | 現代陶芸と工芸家達

1946年に東京国立近代美術館(京橋)で開催されていた「現代国際陶芸展」で三輪氏は、世界

各国の陶芸作品に遭遇しす(当時中学1年生との事)。

その中で、ピーター・ヴォーカス(ギリシャ 系米国人、美術家)の白い皿に感激し、更に1971年

近代美術館(竹橋)での「現代陶芸展」で、ジョン・メイスンの真紅の直方体の作品を見て、米国の

焼き物に興味を抱く様になり、米国に留学する事になります。

  注:戦後のヴォーカスらによる米国の造形的な陶芸は、粘土を工芸素材から彫刻素材へ昇格させ、

    陶芸の伝統にこだわることなく、前衛的アートの作品を制作しています。

三輪和彦氏のデビュー作の「DEAD END」の作品は、米国留学からの帰国の3年後です。

この作品は、彼の留学中に受けた米国の前衛的現代アートに、大きく影響されたものと思われます。

即ち、偶然性と必然性によって作り出された、独創的世界の作品を目指すものです。

体に絵の具を塗りつけ、紙(カンバス)の上を転び回ったり、ターザン風にロープで飛び回り絵の具を

擦り付けたり、絵の具をカンパスに投げつけたりした作品で、一時流行したアートです。

この影響からか、土の上をバイクで走り、タイヤ痕(轍=わだち)を残す作品を作ったものと思われます

前置きが長くなりましたが、今回の本題に入ります。

  ② 三輪和彦氏の陶芸。

   ) 2007年 三輪氏は2006年度の日本陶磁協会賞を受賞しました。

      この賞は、その年度に最も優秀な陶芸作品を制作した作家に贈られる賞で、同協会賞

      記念展が、東京・銀座の和光ホールで開かれました。

    ・ 対象に成った作品は、「黒の遺構」と題する作品で、兵庫陶芸美術館開館記念特別展に

      出品した陶制の大型造形物です。約20トンもの陶土を使い、45cm四方、高さ2mの角柱

      25本で、ギリシャ神殿風の力強い巨大空間を構築した作品です。

      スケールの大きな焼き物は、これと格闘した作家の努力と自己表現の力強さが賞賛評価

      されたものです。

    ・ 三輪氏は「人間が持つ根源的な欲求や、大地が孕むエネルギーを大胆に造形表現し、

      その制作モチーフが理解された」と、受賞を喜んでいます。

   ) 近年、三輪氏はオブジェ的作品以外にも、萩焼の伝統的な作品も作っています。

      作品は主に茶陶で、茶碗、水指、懐石料用向付けなどの食器類や、花器等です。

      これらは、各地で行われる個展で発表しています。

     ・ 2000年の「三輪和彦の茶室・黎-REI-」展(山口県立美術館)

     ・ 2005年 「三輪和彦ー魔に入るー」(JR名古屋・高島屋)

        三輪家伝来の白萩釉で、茶碗の創作に取り組くんでいます。

        彼は「碗が持つ底知れぬ魔の世界」に引き込まれて行様だ、と述べています。

     ・ 2007年 「三輪和彦 春華を待つ展」(名古屋・松坂屋)

        春を待ち望む気持ちを込めた「花冠」・「花入」がずらりと展示されました。

     ・ 2010年 「三輪和彦 白い楔子展示」(松坂屋)

     ・ 2012年の「三輪和彦 淵淵(えんえん)の白Ⅱ」展(東京・高島屋、名古屋・大丸、

        松坂屋など)。 刳り貫き(くりぬき)技法により制作した作品や、三輪家特有の

        白萩釉の掛かる、造形志向の強い花器や茶道具を展示しています。

次回(14代 中里太郎右衛門氏)に続きます。

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現代の陶芸224(三輪和彦1)

2012-10-26 22:22:23 | 現代陶芸と工芸家達

 萩焼の窯元の家に生まれますが、そのデビュー作品は衝撃的で、萩焼とは無関係な斬新な

巨大な「オブジェ」で、独自の表現を追求した作品と成っています。

以後も巨大なオブジェの作品を発表し続けているのが、三輪和彦氏です。

1) 三輪和彦(みわ かずひこ): 1951年(昭和26) ~

  ① 経歴

   1951年 11代三輪休雪(人間国宝)の三男として、山口県萩市に生まれます。

   1975年 米国に留学、サンフランシスコ・アート・インステテュートに学びます。

   1981年 帰国し、「三輪窯」で作陶を開始します。

   1984年 現代の陶芸II「今、大きなやきものに何が見えるか」(山口県立美術館)に出品し、

          デビューします。

   1987年 「机上空間の為のオブジェ」展を開催します。(東京・渋谷西武)

         個展「恒久破壊」を開催(東京・ギャラリー上田)。

   1988年 「東西現代陶芸展」に出品します。(韓国・ソウル)

         中川幸夫・三輪和彦「ばけるほのお」展を開催します。(萩・ぎゃらりい彩陶庵)

   1989年 埼玉県立近代美術館(浦和)で「アート・エキサイティング」に出品。

   1990年 「土の発見・現代陶芸と原始土器」(滋賀県立陶芸の森陶芸館)に出品。

         西瀬戸現代美術展(愛媛県立美術館・松山)に出品。

   1991年 個展「白い夢」(東京・日本橋三越)を開催。

   1991~1992年 「立体表現の流れ」展を、山口県立美術館で開催。

   1992年 日本の陶芸「今」百選展出品(パリ・三越エトワール、東京・日本橋三越)

         「陶芸の現在性」展出品(東京・池袋西武、神戸西武)

         個展「白い夢 '92」(東京・日本橋三越)

   1993年 素材の予感(東京・スダスタジオ) 

   1996年 松坂屋美術館「三輪窯・伝統と革新の歩み」展出品

   2000年 山口県立美術館「三輪和彦の茶室・黎-REI-」展出品

   2002年 岐阜県陶芸美術館「現代陶芸の100年」展出品

   2003年 茨城県陶芸美術館「現代陶芸の華-響き合う色と形」展出品

   2005年 第3回 京畿道 世界陶磁ビエンナーレ「横断する陶磁芸術の世界」(韓国)

   2006年 ceramic NOW+(兵庫陶芸美術館)。

   2007年 2006年度日本陶磁協会賞を受賞します。「黒の遺構」の大作が評価されます。

  ② 三輪和彦氏の陶芸。

   ) 彼の陶芸界へのデビューは、1984年に発表した「今、大きなものに何が見えるか」で、

      会場に四十数トンの生土を持ち込み、その上をバイクやジープで走り回り、その轍

      (わだち)の作品「DEADEND]です。(当然焼き物ではありません。)

       作品の大きさは: 2000 x 8000 x 6000 cmです。

    ) 初の個展(1987年)の「恒久破壊」の作品は、生土で作った円筒形の一端を切り開き、

      自然に亀裂を生じさせた物で、土が持つ生命観と、存在性を確認する作品と成っています。

    ) 翌年の個展では、直径1.5 m程のドーナツ状の形で、「Untitld '88-Ⅰ~Ⅴ」と

       題された作品は、野焼きで制作されています。

       トラック数台分の薪を使い、畑の真ん中で焼成した作品です。作品の表面は熱でひび割れ

       が多数発生しています。

       大きさは: 高 370~600、径 1180~1400 cm。

    ) 1987年の「机上空間の為のオブジェ展」では、細い円柱形の針山状の作品「変奏曲」を

      発表しています。

    ) 1989年には「無想の地Ⅰ~Ⅵ」の作品へと続きます。

      基本形は、ドーナツ状の作品を、1~数個並べた物で、各所に大きな割れやひびが入った

      作品に成っています。

      大きさは:365~1050 x 2260~2400 x 620~910 cmの大作です。

   ) 1993年には、上記の関連した作品の、「無想の地ー砦」が鳴門市の恰美術館に収蔵され

       ています。大きさ: 2000 x 4300 x 1600 cm。

   ) 1991年より、「白い夢」シリーズを制作しています。

      歪んだ円筒形や鼓状の土台の上に、白い円錐状の作品が載っている様に見える作品で、

     先の尖った先は、天に向かって伸びて行く様に表現されています。

     大きさは: 高 805 x 径 530 cm。高 464 x 径 367 cm。高 397 x 径 273 cm。

            170~350 x 130~340 x 126~306 cm。

以下次回に続きます。

 

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現代の陶芸223(今千春)

2012-10-25 22:03:37 | 現代陶芸と工芸家達

雪の降る新潟県長岡市や、福島県石川郡で窖窯(あながま)や登窯による、信楽焼きの焼き締陶器の

作品を焼いているのが今千春氏です。

1) 今千春(こん ちはる):男性: 1951年(昭和26) ~

     「木火窯」(長岡市宮本)及び、「陶工房千」(福島県石川郡平田村)にて、作陶しています。

  ① 経歴 : (詳しい経歴は、公表されていません。)

   1951年 新潟県長岡市に生まれます。

      武蔵野美術大学を卒業後、故辻清明氏(東京多摩に在住)に師事し、信楽焼を学びます。

        注: 辻清明氏(当ブログ現代陶芸37、38を参照の事)

            辻協氏(当ブログ現代陶芸82を参照の事)

   1980年 長岡に窖窯(あながま)を築き、独立します。

   1991年 「焼き締め陶公募展」に入選します。

   1992年 「淡交ビエンナーレ茶道美術公募展」で、家元賞(奨励賞)を受賞します。

   2003年 福島県石川郡平田村に登窯を築きます。

   2011年 「開窯30周年展」を朝日酒造の松籟閣(新潟県長岡市)で開催します。

   その他、作品の発表の場として、主に個展を活用し、グループ展も行っています。

  ・ 個展は、渋谷黒田陶苑、新宿伊勢丹本店、渋谷東急本店、銀座松屋(以上東京)

阪急梅田本店(大阪)、名古屋三越、新潟三越、新潟大和、金沢大和本店、斗々庵ギャラリー
 
(富山)など各地で開催しています。 

  ② 今千春氏の陶芸。

    一般に雪の降る地方、即ち土が凍る様な土地では、陶芸は不向きと言われています。

    轆轤挽き(手捻りでも同じ)した作品は、凍る様な場所に放置して置くと、土の中の水分が凍り

    膨張する事で、作品が破裂する(又は割れる)と言われています。

    それ故、冬場は作陶を行わないか、作品が凍らない様な室(むろ)に収納する必要があります。

    即ち、余分な設備が必要になる訳です。

  ) 信楽の原土(白色で肌理の粗い土、黄の瀬土)を使って制作しています。

  ) 作る作品は、茶道具(茶陶=抹茶々碗)、水指など)、食器類(皿、片口など)、酒器(徳利、

     ぐい呑など)、日用雑器(鉢、擂鉢など)、壷、花器等多肢に渡ります。

  ) 制作方法は、轆轤挽き、手捻り、叩き技法、タタラなどで、作品に応じて使い分けています。

  ) 作品は無釉の焼き締めで、窖窯(あながま)で焼成し、緋色(火色)や窯変、薪の灰による

     自然釉や灰被りの作品が、代表的な作品に成っています。大きな豪快な作品も数多く制作

     しています。

    ・ 雪国である為、窯は屋内に築かれているそうです。

      1250℃以上の高温で数日間焼成する事で、原土に含まれる長石(ハゼ石)も土と灰と

      熔け合い、信楽焼きの独特の表情が現れます。

      又、灰が多く降掛った作品は灰被(はいかつぎ)と言い、炭化した部分や焦げた部分、

      「トンボの目」と呼ばれる、「ビードロの溜まり」が出現します。

      これらが渾然一体となって、施釉した作品とは異なる、焼き締めならではの表情を与える

     事になります。

   ) 今氏は焼き締め以外にも、粉引、瀬戸黒等施釉した作品も手掛けています。

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現代の陶芸222(松崎健)

2012-10-24 21:41:14 | 現代陶芸と工芸家達

栃木県益子町には、大小多くの窯元が有り、陶芸家や陶芸家を目指す人が数百人いるとも言われて

います。その中で、島岡達三氏(人間国宝)に師事し、独自の技法を確立したのが、松崎 健氏です。

1) 松崎健(まつざき けん): 1950年(昭和25) ~ : 遊心窯

  ① 経歴

   1950年 日本画家の松脩己氏の三男として、東京に生まれます。

   1972年 玉川大学 芸術学科 陶芸専攻を卒業し、益子焼の島岡達三氏(後の人間国宝)の

       門に入り、師事します。

   1977年 栃木県益子町に窯を築き、独立して現在に至ります。

   1978年 京王百貨店(新宿店)にて個展を開催し、以後毎年開催いています。

   1980年 阪急百貨店(大阪うめだ本店)にて個展を開催します。

   1984年 国画会・会友優作賞受賞

   1993年 ニューヨークに於いて「近代日本陶芸展」にて師弟展を開催します。

   1997年 西武百貨店(池袋店)にて、日米陶芸4人展を開催します。

      (島岡達三、松崎健、ウォーレン・マッケンジー、ランディ・ジョンストン氏の4人です。)

   2000年 栃木県立美術館にて、「栃木県美術の二十世紀Ⅱ千年の扉展」を開催。

   2003年 ニューヨーク・メトロポリタンミュージアムにて「織部-転換期の日本美術展」に出品

   2011年  銀座松屋 「松崎融・健兄弟師弟展」 (銀座松屋)(松崎融:木漆工芸家)を、

         宇都宮の青木ギャラリーにて個展を開催します。

   2912年 青木ギャラリーで東日本大震災復興支援特別企画「松崎健 大皿展」を開催。

      地元の復興活動を支援するこの展示の為に、 直径90cmの大皿など30点の大作を

      焼き上げています。 

    その他、英国、米国(ニューヨーク、ボストン、ロスアンゼルス等)で多数の個展やグループ展に

    出品しています。

  ② 松崎氏の陶芸。

   ) 彼は、後に人間国宝となった島岡達三氏の門下として、陶芸の修練を積み、五年後に

      独立します。

   ) 独立して15年間は、生活に結びついた食器器を中心に作陶しています。

      その後は、島岡氏の窯変に憧れ薪窯を作り、窯変を中心に作陶活動をしています。

      島岡氏から、灰被窯変の技法を学びますが、その技法を単に引き継ぐだけに終わらず、

      独自の作品へと発展させます。

   ) 松崎氏の近年作る作品は、茶盌・鉢・徳利・ぐい呑・湯呑・扁壷・壷・大壷・方壷・水指・

       花器・香炉など多種類です。

   ) 近年新たに築いた登窯で焼成し、窯変灰被・灰被耀変志埜(ようへん しの)・耀変志埜・

       耀変金志埜・金志埜・窯変灰被刻文と名付けた作品を発表しています。

       尚、この登窯は、形は登窯ですが、実際は窖窯(あながま)に近く、焚口が一箇所との事

       です。

    a) 耀変志埜とは: 志野釉を掛けた作品を炭化焼成させた物で、「耀変」と命名し、松坂氏

      独自の「志埜(しの)」と成っています。

    b) 金志埜:やや赤味が掛かった金色に発色します。

       「金志埜は厄介の奴で、少しでも窯の中の雰囲気が違うと金にならない。」

       「灰被耀変志埜の鮮やかな紅の耀き、金志埜のやわらかい金色に微妙な耀きが

        それぞれに加わり耀変が雅の世界を繰り広げてくれる。」と松崎氏は述べています。

    c) 灰被耀変金志埜: 灰被窯変の技法を志野焼に用い、灰被耀変金志埜を生み出します。

      松崎の灰被耀変金志埜は、伝統的な志野からは、かなり異なる志野の作品にも見えます

      灰被耀変金志埜を作り出すには、登り窯の炎が不可欠との事です。

      7日間の焼成の末、炎よって生まれるのが灰被耀変金志埜との事です。

    d) 窯変灰被刻文の作品: 刻文は器面に平行の溝を、直線や斜線、曲線などで表現した

       作品で、彼の作品の特徴に成っています。

       ・  窯変灰被刻文花器・ 線刻文壷等。

   ) 釉にも工夫を凝らしています。

      織部、黒織部、黄瀬戸、志野などの作品を作っています。

     ・ 掛分織部大皿、鳴海織部扁壷、窯変織部水指

     ・ 織部黒茶盌     ・ 黄瀬戸扁壷などの作品があります。

   伝統に囚われず、伸びやかな創作活動で、感性溢れる造形を開拓し、独自の作風を作りあげて

   活動しているのが、松坂 健氏です。

次回(今千春氏)に続きます。

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現代の陶芸221(中里太亀)

2012-10-22 21:50:07 | 現代陶芸と工芸家達

東京で大学生活をしていた頃、唐津に帰省中に、何時もと違う酒の旨さを感じます。

その理由が、家で作った土物の酒器の為と解かり、焼き物の良さに目覚めます。

1) 中里太亀(なかざと たき): 1965年(昭和41) ~ : 隆太窯

 ① 経歴

   1965年 唐津の陶芸家の中里隆氏の長男として生まれます。

   1988年 父隆氏の下で陶芸を始めます。

   1993年 柿傳ギャラリー(東京・新宿)にて、中里隆、奥三十郎、 三人展を開催します。

   1994年 万葉洞みゆき店(東京・銀座)で、父子展を開催します。

   1995年 伊勢丹新宿店で初の個展を開催します。

   2000年以降、GALLERY一番館(福岡店)にて、個展を5回開催しています。

     以後も各地で個展を開催しています。

   2006年、新しく登り窯を設計、築窯します。

 ② 中里太亀氏の陶芸

   大学卒業後、父中里隆氏の下で、本格的に陶芸の修行に入ります。

   作品は主に、茶道具類や、鉢や片口などの食器類と、花器(花入)などが多いです。

   ) 彼は、唐津特有の鉄分が多い赤土を使用しています。

   ) 師匠の隆氏より、轆轤挽きの要領を学んだ事は、「土の中心を出す」と言う事です。

      土殺しによって土の中心を出しますが、この技術をしっかり身に付ける事で、初めて轆轤を

      自由に制御できると教わります。

     更に、轆轤で多くの作品を作る事で、体や指の動きに無駄が生ぜず、轆轤のスピードも

     早くなり、作品にも勢いが出て来ると言われています。

   ) 轆轤は、桃山時代に、朝鮮の陶工達が我が国へ持ち込んだ、足で蹴って回す蹴轆轤

      (けろくろ)を用いて成形しています。

      (美濃や瀬戸などでは、手回し轆轤を使っていました。唐津が後発の窯であった為、抵抗が

      少なかったのも、大きな原因の一つです。)

    ・ 蹴轆轤は、一般に右足で蹴って、左回転(反時計回転)で使いますが、左足で蹴ったり、

      右足を引く様に使えば、右回転(時計方向回転)になります。即ち、臨機応変に回転方向を

      変える事が出来る事と、回転速度も微妙に変化できる利点があります。

      彼の場合は、成型時には右回転で、底削りの際には、左回転で使用しています。

    ・ 更に、「牛べら」と呼ばれる、独特の道具を使い見込み(内側)部分を一気に、形作るのも

     特徴の一つです。

    ・ 釉や窯焚きなども、回数が多い事が大切で、「数は質を凌駕する」事を学びます。

    ・ 窯は登窯と窖窯(あながま)を使い分けている様です。

      窖窯は焚き口が長く、勾配も緩やかで、意図的に温度上昇が遅い窯を使用しています。

  ) 唐津南蛮について。

    父隆氏より引き継いだ、唐津南蛮の技法は、父に劣らない出来栄えになっています。

    薄作りで非常に軽く作られた、片口、鉢や壷、花入等の作品は、無釉で焼締られています

    くすんだ黒色の下には、強い緋色が器の見込み部分等に発色しています。

次回(松崎健氏)に続きます。

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現代の陶芸220(佐藤和彦)

2012-10-21 22:20:55 | 現代陶芸と工芸家達

手捻りの実力者で、食器類の作品は電動轆轤と同程度に、薄く綺麗な形に作られています。

1) 佐藤和彦(かとう かずひこ): 1947年(昭和22) ~

 ① 経歴

   1947年 神奈川県藤沢市に生まれる。

   1970年 東京芸術大学美術学部工芸科を卒業します。

   1972年 同大学院陶芸専攻を修了。在学中に藤本能道、田村耕一氏に師事します。

      修了作品「彩文器」に対してサロン・ド・プランタン賞を受賞。 自宅に窯を築きます。

   1973年 東京セントラルにて個展。

   1976年 新宿京王百貨店にて「朝陶会展」に出品。

   1979年 ニューヨーク「ブルーミングデール」にて「ジャパンセラミック展」に出品。

   1982年 西武池袋店にて「彩道会展」に出品。

   1983年 「現代日本陶芸展」ワシントン、ロンドン巡回展に出品。

   1984年 「小原流研美会花展」のための花器を製作します。

   1996年 新宿京王百貨店にて個展を開催します。

   1999年 誠文堂新光社より「手びねり陶芸塾」を出版。  NHK「やきもの探訪」出演。

   2001年 韓国「陶磁エクスポ2001」に招待。

   2004年 信楽「陶芸の森」招待講師になります。

  ② 佐藤和彦氏の陶芸

    ) 作品は主に、玉造り、紐造りや、タタラなどの手捻りで、轆轤で作った様に綺麗な形の

       物が多いです。

      a) 玉造り(塊造り)の利点は、一個一個土の量を秤で計り、同じ分量にする事が出来る

         点にあります。その結果、作品の大きさを揃え易くなります。

      b) 紐造りは、どの様な作品にも対応出来る事です。

         一般に、輪積みの方法と、螺旋状に巻き上げて積む方法があります。

       ・ 丁寧に且つ綺麗に積み上げるのでしたら、輪積みの方法が良く、初心者向けとなります

       ・ 巻き上げ方は、紐の太さが均一に出来る様になれば、安定して積み上げる事が可能

         です。いずれにしても、紐同士はしっかり接着し、繋ぎ目が見えない様に滑らかにします

         数段積み上げたら、ある程度乾燥させてから、上部に土を積み重ねます。

       ・ 玉造りや紐造りでは、肉厚が厚く成りますので、作りながら指で摘んだり、土を外側から

         叩いて、肉薄にします。更に、「カンナ」や「彫塑へら」などで、作品を削り形を整えると

         共に作品を軽くする必要があります。

      c) タタラ(板状の土)では、角皿、方形の花器等、大きな作品を軽く作る事が出来ます。    

    ) 彼の作品としては、湯呑み、ご飯茶碗、中小の鉢などの食器類や蓋物、壷、花器などが

       多い様です。

    ) 使用している土は、美濃と信楽土8種類ほどを「ブレンド」したものです。

       「ハゼ石」の混じる鉄分の多い赤土で、味のある焼き物となっています。

       土鍋の場合には、市販の鍋土や急熱急冷用の土を使います。

       又は、耐熱度の高い道具土を3~4割混ぜて使用しても良い様です。

    ) 装飾方法は、化粧掛け(刷毛目、スポンジ塗り)や粉引き等が多い様です。

    ) 焼成は電気窯を使い、冷却還元(還元冷却)の技法を取っています。

        即ち、900℃~1280℃まで還元焼成で温度上昇し、その後、800℃まで還元のまま

        徐々に冷却します。焼き上がった作品は、錆びた金属色やグレー色になります。

次回(中里太亀氏)に続きます。

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現代の陶芸219(鈴木徹)

2012-10-20 22:13:47 | 現代陶芸と工芸家達

釉の専門家である、祖父鈴木道雄氏と、織部に大胆なデザイン化を施した、人間国宝の父鈴木藏氏の

家系に生まれ、地元美濃の織部に拘りながらも、新たな織部を目指して活動しているのが、鈴木徹氏

です。

1) 鈴木徹(すずき てつ): 1964年(昭和39) ~

 ① 経歴

  1964年 岐阜県多治見市に、鈴木藏氏(人間国宝)の長男として生まれます。

  1987年 龍谷大学文学部史学科を卒業します。

  1988年 京都府陶工職業訓練校成形科を卒業します。

  1991年 「日本伝統工芸展」で初入選を果たし、以後も入選を繰り返しなす。

  1994年 「東海伝統工芸展」に入選し、以後連続入選。

  1997年 日本工芸会正会員になります。同年 黒田陶苑(東京銀座)で個展を開催します。

  1999年 「東海伝統工芸展」で岐阜県教育委員会賞を受賞します。

  2001年 「東海伝統工芸展」で東海伝統工芸展賞を受賞します。

  2002年 東京日本橋三越本店で個展を開催します。

  2003年 「日本伝統工芸展」で新人賞を受賞。「日本工芸展」(毎日新聞社主催)に入選します。

  現在、名古屋芸術大学陶芸コースの非常勤講師を務めています。

 ② 鈴木徹氏の陶芸

   京都府陶工職業訓練校を卒業後、父の仕事を手伝いながら、訓練校で知り合った仲間とともに

   グループ展や個展で作品を発表しています。更にグループ展に参加する度に、新しい技法を発表

   しています。

   ) 作る作品は主に、皿や鉢や湯呑などの食器類が多い様です。

   ) 彼の使う土は、「ザックリ」した、美濃の五斗蒔(ごとまき)土の単味です。

   ) 彼の作品の特徴の一つに、櫛目と箆目(へらめ)の作品が多い事です。

      平面的な皿には、数十本の力強い櫛目と、数本の箆目が施されています。

     a) 櫛は自作のもので、合板(ベニヤ板)を折って「ぎざぎざ」の切断面を使っています。

        当然、櫛目の間隔もばらばらで、櫛部の長さもばらばらです。

        この櫛を強く押し当てると、幅や深さに強弱のある筋となります。

        この様な櫛を多数準備してあり、適宜使い分けています。

     b) 箆(へら)も手製の合板による箆になっています。

        幅の広い箆や、湾曲した箆など多種類の箆を自作しています。

     c) 櫛目や箆を動かす方向は、その場その場で、瞬時に判断して施している様にも見えます

   ) 櫛目や箆目の他に、美濃伝統の「そぎ目」の技法も取り入れています。

      自家製の松の木を削った箆や、合板で作った切れ味の悪い刀状の箆を使っています。

     a) 「そぎ目」を入れる場所は、皿などの底削りの際や、口縁周辺部に施します。

     b) あえて切れ味の悪い箆を使う理由は、器の表面を「ささくれ」させ、作品に力強さを与え、

       施釉して焼成するとその装飾的効果が、一段と発揮されるとの事です。

   ) 鈴木徹氏の使用する釉薬は、「緑釉」と「灰釉」があります。

      「緑釉」は一般に織部釉と呼ばれる釉ですが、あえて「緑釉」と呼ぶ事で、今までの織部とは

      異なる釉を目指しているからです。施釉は素焼き後に行います。

     a) 施釉の方法は、浸し掛けでは無く、筆で2~4回重ね塗りをしています。

       釉n厚みを確認しながら施釉できるとの事です。又濃目の釉と、薄目の釉を塗り分けている

       そうです。焼成すると、濃目の釉が薄目の釉の中に溶け込み、櫛目や箆目とは異なる

       効果が出るそうです。

    b) 櫛目を入れた際の「毛羽立」ちや、削り作業の「ささくれ」等の表面の「バリ」には釉が

      濃目に付くそうです。

 尚、彼の作品は自身のホームページの「 陶藝 鈴木徹」 で見ることが出来ます。

   (福島県で同姓同名の陶芸家がおりますので、間違わないようにして下さい。)

次回(佐藤和彦氏)に続きます。

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