わ! かった陶芸 (明窓窯)

 作陶や技術的方法、疑問、質問など陶芸全般 
 特に電動轆轤技法、各種装飾方法、釉薬などについてお話します。

朝鮮の青磁2(象嵌青磁)

2011-08-20 22:23:30 | 各種の釉(鉄、銅、その他)
象嵌技術は、10世紀頃に出現し、11世紀後半より、盛んに製作される様になります。

更に、12~13世紀に、絶頂期を迎えます。

 初期の象嵌青磁は、皿の一部に、写実的な象嵌模様が描かれ、陰刻や陽刻で表されている部分に、

 施されていました。

 象嵌最盛期には、器の全体又は、内側にも施され、写実的文様から、図式的に様式化していきます。

1) 象嵌(ぞうがん)とは

 成形した作品の表面に、凹みを作り、異なった色土を詰め、凹み通りの模様を付ける方法です。

 ① 作品はやや厚めに作ります。文様を深く彫る為と、表面を一皮削る為です。

 ② 切れる刃物や、鋭く尖った釘などを使い、深く線彫します。(溝が浅いと、綺麗な文様がでません。)

   特に、切り口が丸くならない様に、エッジを立てる様にすると、文様が綺麗に仕上がります。

 ③ この溝に、やや硬めの白泥や色泥を、埋めます。

  ) 泥の収縮率は、胎土と同じように調整します。収縮率に違いがあると、乾燥時や焼成時に、

     文様との間に、「ひび」が入ります。

  ) 文様を引き立てる為には、素地の色と、泥の色の対比が大切です。

     なるべく、差を大きくして、鮮明差をだします。

  ) 泥はスポイトなどを使い、搾り出す様にして、塗り込みます。溝から「はみ出す」様にします。

     しばらくすると、泥が固まり、溝が現れますので、再度泥を塗り込め、盛り上がる様にします。

    場合によっては、この行為を数度繰り返す事も、稀ではありません。

 ④ 水気が引いたならば、竹へらで摺りこむ様にします。圧を掛ける事により、溝の中まで、隙間無く

   泥で埋める為と、文様自体に「ひび」が入らない様にする為です。

 ⑤ 表面をカンナで削り、文様を出します。

   文様の彫に、逆らわずに、丁寧に削らないと、文様が崩れます。

   轆轤では、綺麗に削れない場合も有りますので、その際には手作業で削ります。

2) 雲鶴(うんかく)青磁

  象嵌青磁の中でも、雲鶴文様は、好んで用いられていました。

  鶴は鳥類の長として、長寿の象徴であると供に、栄耀栄華と富貴を願う、図でもあります。

 ① 初期には、雲と鶴が斑(まだら)に配置され、余白を多く残していましたが、次第に一定の図案に

  成っていきます。

  即ち、上昇(飛翔)する鶴、水平飛行する鶴、下降する鶴が適宜配置され、その間に雲が描かれて

  います。

 ② 雲鶴青磁では、白泥と黒泥が使われています。

   即ち、雲と鶴の本体(頭、頸、翼)は白泥を使い、嘴(くちばし)と脚は黒泥を使っています。

   又、丸い円内に鶴が描かれている場合には、白い丸の内側に黒い線の丸が、描かれています。

 ③ 作品としては、梅瓶(めいぴん)が、有名で、年号など、銘文が記された物も多いです。

   この為、製作年代が判明し、技術史など、大いに参考になっています。

  (口縁が短く細く、その真下より大きく膨らみ、球形になり、下部に行くに従い細く、更に裾が

   やや広く成た形をしています。)

3) 青磁釉の調合は、長石系の釉で、暗緑色、緑色、黄褐色、緑褐色など、色の数は多いですが、

   釉薬に、3%程度の鉄分と、少量のマンガンとチタンを、添加しています。

   翡青磁は、マンガン>チタンの時、現れ易いとの事で、緑青磁では、マンガン<チタンと

   成るそうです。

4) その他の青磁

  ① 象嵌青磁は、雲鶴文様以外にも、色々な文様があります。

    牡丹(ぼたん)文、鳳凰文、唐草文、葡萄文、柳文、柳蓮文、柳蓮花文その他です。

  ② 青磁瓦(屋根瓦): 窯址から発掘される瓦片は、完成期の翡色釉よりも、明るくなっていました。

  ③ 金彩青磁:13世紀後半に成ると、作品は大型化し、図案も複雑化して、派手に成ってきます。

    金彩青磁は、象嵌文の外郭線を、鋭利に彫り込み、そこに金を挿入した物と、思われています。

以下次回に続きます。
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朝鮮の青磁1(高麗青磁)

2011-08-19 22:13:22 | 各種の釉(鉄、銅、その他)
中国の青磁は、近隣諸国に、大きな影響を与えます。特に朝鮮に於いては、中国の青磁を模倣しながら、

独自の青磁を作り上げて行きます。

 10世紀頃、龍泉寺窯の青磁が、黄海を渡って、朝鮮の高麗朝の、全羅南道康津郡大口面に、

 もたらせられ、ここに、中央政府が直接支配する、青磁を焼く窯が築かれます。

1) 高麗(こうらい)朝(918~1391年)

 ① 三国時代(新羅、高句麗、百済)には、1200℃以上に焼成できる窯が、存在していたそうです。

   中国六朝時代(439~589年)の青磁や黒釉が流入してきます。

   この初期の青磁は、胎土も不純物が多く、釉薬も滑らかではなく、緑褐色を帯びています。

 ② 作品も中国風(唐風)で、広口長頸瓶、広口長頸裳形瓶、口縁が内側に巻き込んだ大鉢や、

  外側に反った皿など、これ以降に見受けられない、作品も多いです。

 ③ 918年太祖によって、高麗は建国されます。政変も少なく、比較的安定し、文化水準も

   高かった様です。

 ④ 6代の成宗(981~997年)に、中央集権体制が完成し、地方豪族は新しい支配階級に成ります。

  宗と交易しながら、宋の北方の遼(りよう)とも、友好関係を保持します。

  宋の青磁を手本に、12世紀以降、翡色(ひしょく)青磁や、象嵌(ぞうがん)青磁など、

  独自の高麗青磁を、発展させていきます。

2) 高麗陶磁器

   高麗陶磁器の種類は、青磁、白磁、黒釉磁、鉄釉磁などに、分類されます。

  ① 高麗青磁は、世界に比類の無い青磁とされ、特に翡色青磁は、宋の青磁を、押さえて、
   
    天下一品とも、賞される程に成ります。

    青磁では、無文青磁、象嵌青磁、鉄画青磁、銅画青磁などに、区分されます。

    その他、青磁瓦や、青磁のタイルなどの、建築材料も焼かれています。

  ② 翡色青磁

    翡色青磁の胎土は、地元、全羅南道康津郡産で、濃い褐色の土で、適度に鉄分を除く事により、

    粘りの強い、やや白い土に成ります。焼成温度は1200℃以上です。

   ) 翡色青磁には、無文、陰刻、陽刻、透刻(透かし彫り)、及び、象形青磁(人物、動物、

    植物の形)があります。

     a) 無文青磁: 表面に特別装飾を、施していない青磁で、安定した落ち着いた形で、

      格調ある青磁です。

     b) 陰刻青磁: 表面を鋭利な刃物で、細く繊細に彫る技法で、表面の凹凸により、

       釉に濃淡が出て、立体感を出しています。

     c) 陽刻青磁: 文様を器面より、浮き上げて、表現する技法です。

       文様の周囲を削り落とし、文様を浮き上がらせる方法と、切り取った文様を、貼り付ける

       方法、更には、型に押し当てたり、型に流し込んだりする方法も在ります。

       押出陽刻文青磁は、土で作った型を利用して一定の文様を付ける方法で、11世紀後半から

       現れる技法です。

       牡丹文、唐草文などの、文様が多いです。

     d) 象形青磁: 人形形の水注、鴨形の硯滴、猿形の硯滴、獅子形香炉、瓜形青磁などが

       あり、どこか遊び心を持った、作品が多いです。

     e) 透刻青磁: 有名な作品に「青磁透刻蓮花七宝文香炉」(韓国の国宝)があります。

       丁寧に透かし彫を施し、作品の軽さや、繊細さを表現し、更には高度の技術が、

       見て取れます。

  ③ 翡色青磁の全盛期は、12~13世紀で、13世紀に成ると、社会変化に合わせ、象嵌青磁に

    移っていきます。

 以下次回に続きます。

 参考資料: 「韓国美術五千年展」(東京国立博物館他)カタログ 1976年

       「韓国のやきもの」山田貞夫訳 (株)淡交社 発行 2010年
        
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青磁9(砧、天竜寺、七官青磁)

2011-08-18 22:01:37 | 各種の釉(鉄、銅、その他)
隆盛を極めた宋の時代には、皇帝、貴族、文人等がお茶を飲む為の、最高の茶器として、青磁が

珍重されます。更に龍泉窯から、多くの作品が、我が国にも輸出されました。

⑧ 「砧青磁」「天竜寺青磁」「七官青磁」その他

 ) 砧(きぬた)青磁

   我が国で一番有名なのが、龍泉窯で焼かれた、国宝の「青磁鳳凰耳花生」銘萬声の、砧青磁です。

   その他、鎌倉円覚寺伝来の、重文の「袴腰(はかまこし)香炉」が著名です。

   砧とは、布や衣を叩く為の道具で、手に持つ部分が細く、途中から太い円柱形をしています。

   この形に似ている事からとか、千利休が「ひび」の入った、青磁を見て、謡曲「砧」の砧を打つ

   響きに掛けて、名付けたとも、言われています。

 a) 胎土はかなり白く、たっぷり掛けられた釉は、半透明感のある、澄んだ青緑色をしています。

   釉は柔和な光沢を持ち、明るい光の下では、一段と華やぎ、器形も均整が取れ、ゆったりした

   おおらかさを、感じさせます。無文を基本にしますが、彫刻を施したものも在ります。

   花瓶や香炉のみに、使われる名前です。

 b) 砧青磁は、我が国に多く運ばれ、日本各地の遺跡から、大量の破片が出土しています。

 c) 我が国では、青磁と言えば、砧青磁の色を理想として、この色を目指している方も多いです。

   (故板谷波山は、青磁の制作で、文化勲章を受けられています。その他、宇野仁松、諏訪蘇山、

   川瀬忍、塚本快司など、多くの人々が、青磁を手がけて、独自の綺麗な青磁を、作ています。)

 ) 天竜寺(てんりゅうじ)青磁

  a) 濃い黄緑色の青磁で、浮き牡丹文などの刻文や、貼り付け文のある物も多く、装飾に主眼を

    置いた、新しい作品とも言えます。

  b) 元代後期から、龍泉窯で焼かれた青磁で、厚手に作られ、大皿(大盤)、花瓶、香炉など

    大型作品も多いです。東南アジアなどに、大量に輸出されています。

  c) 名前の由来は、室町時代、足利尊氏が始めた、貿易船の「天竜寺船」や、京都の天竜寺に伝わる、

    青磁の香炉に、由来するとの説があります。

 ) 七官(しちかん)青磁

  濁った青緑色(又は、黒みがかったで透明な緑色)の青磁で、侘茶(わびちゃ)の席で、珍重され、

  古渡(こわたり)、中渡(ちゅうわたり)、新渡(しんと)と、作品に、時代の差があります。

  a) 明中期頃より、龍泉窯は衰退して行き、地方の日用雑器を焼く、窯に成ってしまいます。

   これらは、龍泉窯青磁の最終段階で、退廃的な雰囲気が、漂っている作品です。

  b) 珠光(じゅこう)青磁は、茶人の村田珠光(足利義正に仕える)が好んだ青磁の茶碗で、

    くすんだ鶯色をしており、櫛で彫った文様があります。

    どちらかと言えば、下手の部類に属す青磁とも言われています。

    又、人形手と呼ばれる、黄色っぽく、人形の文様のある青磁もあります。
    
 ) 飛(とび)青磁

   元時代、龍泉寺窯で焼かれたと思われる、鉄分を含んだ顔料を、散らした斑文のある青磁です。

   斑文の位置は、一見バラバラの様ですが、計算されているのは、確実です。

   鴻池伝来の、国宝「飛青磁花生」や、福岡藩黒田家伝来の、重文の「飛青磁花生」が有名です。

   茶人によって、花生として、大変珍重されている物です。


中国の青磁の話は、ここで終わりにし、次回より朝鮮の青磁について、お話します。
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青磁8(青磁色の謎3)

2011-08-17 21:22:44 | 各種の釉(鉄、銅、その他)
青磁は平安時代より、我が国に輸入されていましたが、使用出来たのは、皇族と、1部の特権階級の者

のみと、言われています。

⑥ー2 青磁色の謎

  e) 青磁の釉は、厚く掛ける事です。

   青磁の陶片の断面を見ると、胎土と同じ又は、それ以上の厚みの釉の層が見られます。

   釉を厚く掛けるには、一度に濃い釉を掛けるのではなく、やや薄めの釉を、数度に分けて塗る事です。

   一度に、濃い釉を掛けると、釉が逃げて、[釉ハゲ]を起します。釉の層が厚いほど、

   色も濃く、深みのある色となり、貫入も入り易く成ります。

   発掘された作品は、薄作りです。轆轤で作っていますが、当然、職人の技が冴えています。

   これを、薄胎厚釉(はくたい、こうゆう)と呼びます。 

   (余談ですが、どうしても、轆轤で薄く作れない場合は、削り作業で肉を薄くします。)

 f) 貫入(かんにゅう=ひび)を引き立たせる方法。

   一般に、貫入は釉の割れですので、欠点と見なされます。しかし青磁の場合は、ここが見所でも

   あります。それ故、積極的に貫入を、目だ立たせる事さえあります。

   (又、氷裂青磁と言い、「ひび」を大きくする釉もあります。)

  イ) 使用していると、自然に「ひび」に色が付く。貫入の部の鉄分が、空気に触れて、酸化し

     赤錆の様な色に成る事もありますが、ほとんどは、汚れが侵入したものと、思われます。

  ロ) 砂糖水に作品を漬け、素焼する事により、割れ目に入った砂糖が、焼成で墨状になり、
  
     黒い色が残ります。

  ハ) 本焼き後に、書道の墨や、弁柄を全面に塗り込み、黒や赤い色を、浸み込む方法も在ります。

     直ぐに乾燥しますから、水洗いします。以後水で洗っても、色が落ちる事は、ありません。

 g) 「紫口鉄足」」(しこう、てっそく)

   良い青磁を表す言葉に、「雨過天青」と言う言葉の他に、「紫口鉄足」と言う言葉もあります。

   鉄分を含んだ胎土に、青磁の釉を掛けて焼成すると、口縁部では、素地の鉄分を熔かし、

   やや流れた状態になり、色が茶色っぽく成ります。これを「紫口」と言います。

   下部は、釉が掛からず、鉄分の色がそのまま出ます。それ故、「紫口鉄足」と表現します。

⑥ 北宋、南宋の官窯の青磁(龍泉窯)

    北宋末~南宋前期に掛け、浙江省、西南にある龍泉市を中心に、四百以上の窯址が、確認され

    中国最大の、青磁の生産地である事が、判明します。

    日本人を最も魅了した陶磁器の一つに、この龍泉窯産の青磁が挙げられます。(砧青磁など)

    同時に、世界に向けて、最も多く輸出された、青磁でもあります。

  ) 龍泉窯独特の作風が、確立されたのは、11世紀の北宋時代と言われています。

    初期の作品は、灰色かかった、淡い青磁が特徴で、作品も日常品の、瓶、皿、碗、水注など

    の他、埋葬用の「明器」も生産されています。

    北宋後期では、緑青の釉が多くなり、海外に輸出される様に成ります。

  ) 12世紀末~13世紀初頭の、南宋の時代に、技術と意匠が大きく発展します。

    薄胎厚釉(はくたいこうゆう): 薄い胎土に、厚めの釉を掛けます。

    粉青(ふんせい)釉(水色)の青磁が、生産される様に成ります。

    作品類も、青銅器や金銀器、ガラスなどに由来する、新たな形の青磁が作られます。

  ) 元の時代に成ると、支配階級のモンゴル人や、西アジア人の好みに合う、大型の花瓶、

    酒器、大皿(大盤)が作られ、貼花文、書花文、鉄斑文などの、装飾が施される様に成ります。

    この時代が、龍泉窯の最盛期で、世界各地に運ばれます。トルコのトプカプ宮殿のコレクションや、

    前に述べた、新安沖沈船に詰まれていたのも、この時代の青磁です。

  ) 明~清の時代になると、宮廷用の最上質の青磁が、焼かれますが、陶磁器の中心は、

    次第に、景徳鎮の青花磁器や、五彩磁器などに、取って代わって行きます。

    それに伴い、龍泉窯の製品は、粗雑化し、釉も黄色がかり、輸出も途絶えて、衰退して行きます。

⑦ 「砧青磁」「天竜寺青磁」「七官青磁」

 以下次回に続きます。
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青磁7(青磁色の謎2)

2011-08-16 21:30:29 | 各種の釉(鉄、銅、その他)
鉄分が青や緑色に、発色するとは、とても不思議な気がしますが、鉄分を含んだ胎土と、釉の組み合わせ

更に、還元焼成の結果により、青や緑色になります。

⑥ー2 青磁色の謎

 d) 青磁釉薬の調合

  ハ)青磁釉には、長石釉と石灰釉があります。 

    長石釉は、粘りのある釉で、淡い緑色をしています。砧青磁(後で取上げます)がこの釉です。

    石灰釉は、塩基性成分の石灰を、加えていますので、黄色っぽくザラザラした、感じに成ります。

    我が国では、「天竜寺青磁」と呼ばれる青磁が、石灰系の青磁との事です。

   ・ 一般的な青磁釉の調合は、長石(石粉)と木灰(酸化Caが大半)、石灰石(炭酸Ca)

      藁灰(珪酸)を合わせたものです。これは、有田焼などで使われる、染付用の釉の調合と

      同じだそうです。

     例 対州長石(又は有田の陶石): 柞灰 =50:50 (又は70:30)

       これに、弁柄を2%加えます。

      柞灰(いすはい): 鉄分の少ない灰で、有田焼等の磁器用の白い釉に 使います。

       九州の宮崎地方に、生えている柞(ゆす、ゆん)の木 が原料です。
    
   ・ 安定した青磁釉は、灰釉(かいゆ)と呼ばれる、以下の調合例があります。 

      長石(対州長石:アルカリ分が多い): 60%、

      土灰(どばい=雑木の灰)     : 30%

      藁灰(わらはい)           : 10%

      弁柄(酸化第二鉄)         : 2%

     人によっては、これ以外に、バリウム(色を鮮やかする)、酸化亜鉛(亜鉛華)、酸化錫、

     酸化ストロンチューム等を、加える事も有ります。

  二) 鉄分の粒子の細かさが、発色の良し悪しを、左右します。

    今までは、ガラス質の中に、酸化第一鉄が溶け込んでいると、考えられていました。

    しかし、数十時間程度の、短い時間内に、鉄がガラスに溶け込むのは、ほとんど不可能で

    ある事が、次第に判明して来ました。

    現在では、顕微鏡などから、小さな鉄の粒子が、ガラス質に浮いている状態と、観察される様に

    成ります。 この粒子が細かい程、良い色に発色するそうです。

    即ち、微粒子に光が当ると、青磁色以外の色は吸収され、青磁色のみが反射され、我々の眼に

    入るとの事で、粒子が細かい程、均等に散らばり、反射光も柔和な感じと成ります。

  ホ) 鉄の種類

     釉や胎土に入れる鉄の種類は、一般に弁柄や珪酸鉄です。どちらも同じ様な働きをします。

     過去には、硫酸鉄(緑礬=ろうは)が使われ、市販されていた様ですが、近頃は見受け

     られません。昔は、弁柄もこの緑礬を細かく摺り潰して、使っていたそうです。

     鉄も純粋の鉄では、良い結果が出ないと言います。

    ・ 胎土に鉄分を混ぜ込む場合、鉄の粒子が残らない様にします。

      残ると、鉄が斑点状に表れます。出来れば、泥状にして良く混ぜ、乾燥後に良く練ってから、

      使います。

 e) 青磁の釉は、厚く掛ける事です。

 以下次回に続きます。
   
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青磁6(米色青磁,青磁色の謎1)

2011-08-15 21:22:18 | 各種の釉(鉄、銅、その他)
⑥-1  米色(べいしょく)青磁

  基本的に、青磁は還元焼成で、青色に焼き上がりますが、同じ釉を掛けても、酸化焼成すると、

  黄色み掛かった、黄金色に焼き上がります。この色を、日本では米色と呼びます。

  米の籾殻の様な、色をしている事から、名付けられました。

  意図的に、最初から、作り出した色なのか、失敗作で出現したのかは、諸説あります。
 
 ) 二重貫入の米色青磁

    粗く太い貫入の中に、細く小さい貫入った、二重貫入の米色青磁は、我が国で特に人気が

    あります。貫入には、赤錆の様な色が付いています。これは、使用中に自然と、付いたようです。

    (貫入については、後日お話しします。)

    昭和初期に、南宋官窯(郊壇下官窯後期)で、破片が発見され、ここで焼成されたと、

    見なされます。しかし、龍泉窯の一部である渓口窯(けいこうよう)でも、米色青磁が焼成

    されていた事が、知られていました。

    尚、釉は米色を帯びた灰青色で、胎土が灰白色であり、二重貫入があるのも、郊壇官窯の

    特色になっています。    

⑥ー2 青磁色の謎

 青磁の色は、古来より、鉄の色によって、表出したものです。近年、酸化クロムを加えて、青色を

 出している場合が多いです。それ故、クロム入りの釉は、青磁の部類に含めないと言う、研究者も

 います。クロムは、明治以降安価な、青磁の器や、タイルなどに使用される様に成ります。

 ) 鉄が青又は緑色の理由

  a) 純粋な鉄元素の色は、銀白色をしています。即ち、ステンレス・スチールの様な色です。

   地球上にある物質は、空気中の酸素の影響で、ほとんどが、酸化物に成っています。

   鉄も酸化第一鉄(FeO)と酸化第二鉄(Fe2O3)の状態ですが、ほとんどは、赤錆である

   酸化第二鉄の状態に成っています。

 b) 酸化第一鉄は、ほとんど見る事は出来ません。ただし、厚めのガラスを、割った際にその断面が、

   青み掛かった緑色をしているのが、見受けられます。この色が第一鉄で、青磁の色と成っています。

 c) 鉄の成分は、釉の中にも有りますが。胎土の中にも存在します。

   窯の中で、酸素が少なく成る様に、焼成する方法を、還元焼成と、言いますが、釉や胎土の鉄分の

   酸素が、強制的に剥ぎ取られ、酸化第一鉄に変化し、それが、青磁の青緑色に成ります。

   薪窯で焚いた場合、火は軟らかく、炎も長く延びますので、自然に還元焼成に成り易いですので、

   昔は青磁色を出すのに、さほど苦労は、無かったと、思われます。

   ちなみに、酸素分の多い窯の場合には、鉄分の含有量によって、黄瀬戸、天目、飴、柿、瀬戸黒釉

   と成ります。

 d) 青磁釉薬の調合

  イ) 釉の中に、鉄分が多いと、いくら還元を掛けても、還元仕切れずに、茶色に成ってしまいます。

     青磁色を出すには、鉄分は2~3%の範囲内で、淡い色の場合は、0.8%、薄い藍色では、

     1%程度が良いと、云われています。

     尚、0.5%程度では、青白釉に成り、5%では飴釉に成ります。

   ◎ 但し、この割合は、胎土と釉の合計の鉄の、含有量を表します。

  ロ) 胎土と釉の鉄分の含有量

     ある研究者が、中国北方の、焼成された青磁を、化学分析した結果、酸化第二鉄が、

     胎土に1.7~1.9%、酸化第一鉄が1.3%含まれ、釉にも2%程度含まれていたそうです。

     (注目は、加えられた、酸化第二鉄が、全て酸化第一鉄に、変化している訳ではありません。)
 
  ハ) 青磁釉には、長石釉と石灰釉があります。 

 以下次回に続きます。
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青磁5(汝青磁 謎の窯柴窯)

2011-08-14 22:06:03 | 各種の釉(鉄、銅、その他)
引き続き、中国の著名な、青磁について、話します。

④-1 汝窯(じょよう)の青磁 

  北宋時代(947~1125年)の末に、宮中で使用される日用品として、焼成された青磁での中でも、

  汝窯の青磁は古来から、文献に登場する、気品のある、名器と言われています。

  明時代の五大名窯と呼ばれ、その筆頭に上げられる、汝窯の伝世品は、北京、台北の両故宮博物館に

  70点余り存在しているのみです。

 ) 特徴は、淡い青色の釉で、全面に貫入が入っています。丁寧に成形され、底部も含めて、全てに

   釉が掛けられています。その為、底裏には、小さな目痕が着いています。

 ) 窯址の発見

   1986年、この種の青磁を焼いたと、思われる窯が、河南省の清涼寺で、発見されます。

   この窯は、「官窯」ではなく、宮廷に献上させる為の窯「貢窯」でもなく、宮廷が民間の窯に、

   見本を示して、発注した方式の様です。

   2000年に、河南省汝州市で、発掘された窯から、清涼寺の青磁に似通った、作品群が出土します。

   但し、清涼寺の作品よりも、胎土は白く、薄手で精巧に作られていました。

 ) 「北宋官窯」の登場により、汝窯も大きな影響を受け、衰退して行きます。

   即ち、政和年間(1111~1118年)以降、北宋宮廷自ら「窯」を築き、青磁の制作に取り掛かります。

 ) 耀州(ようしゅう)窯

   陜西省銅川市で発掘された窯からは、唐時代以降、白磁、黒釉、三彩などが、発掘されていますが、

   五代時代に成ると、淡い青磁が多数生産される事が、解かります。

   尚、我が国で、一時この窯が、「汝窯」と思われていた時代があった様です。

 ④ー2 柴窯(さいよう)

  文献上では、存在していても、実在が証明されていない、青磁の焼き物があります。

  それが、柴窯です。文献上では、高い評価を受け、各地で探索が行われていますが、今だに作品は

  勿論、窯址も見つける事が出来ず、幻の青磁と言われています。

 ) 五代十国の時代の、951年に、今の河南省地域に、後周が建国されます。

   二代目国王の世宗が、「雨過天青(うかてんせい)、雲破れるところの、青色の器を作れ」と命じ、

   後周の首都で、国王の為に、焼成された青磁とされています。

 ) 清時代編纂された「陶説」や「景徳鎮陶録」などに、「後周柴窯」として、記述されています。

   「釉の青き事、天の如し。薄き事紙の如し。響きは磬(けい:*印)の如し。」とあり、

   「釉は潤いがあり、釉面には貫入が走り、高台畳付は、釉が掛からず、粗い黄土が表れている」と

    記されています。(理想の青磁像が、記載されている物とも、読み取れます。)

  * 磬(けい):中国古代の打楽器。枠の中に「へ」の字形の石板を吊り下げ、角(つの)製の槌で

    打ち鳴らすもの。石板が1個だけの特磬と、十数個の編磬とがある。

    宋代に朝鮮に伝わり、雅楽に使用されます。

 ) 世宗の時代はほぼ、5年間しかなく、例え、当時実在していても、作られた数も限られていたと、

    思われています。

    又、空想上の作品であるとか、「北宋官窯」の作品の一部が、「誤認されている物だ。」等

    色々な説が存在しています。

    それ故今後、窯址や作品が見つかるかどうかは、不明です。

⑤ 米色青磁

以下次回に続きます。
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青磁4(秘色青磁)

2011-08-13 22:18:21 | 各種の釉(鉄、銅、その他)
中国の、著名な青磁についての話を、続けます。

③ 秘色(ひそく)青磁

 秘色とは、中国唐時代の末(9世紀頃~11世紀頃)に、越窯で焼かれた、皇帝用、皇室用の青磁で

 その色を指します。

 秘色の言葉は、唐時代(621~907年)の文人達が、詩歌に歌い、その美しさが、賞賛されます。

 我が国でも、「源氏物語」の注釈書の「河海抄(かかいしょう)」(10世紀中頃)に「その色翠青にして、

 真に優れたり」と記述されて、いるほどです。

 又、平安時代の「宇津保物語」にも、取上げられている程、評判の良い色です。

 ・ 但し、言葉のみが伝わり、実際はどの様な色彩なのか、長らく不明でした。

) 秘色青磁の発見

  1986年、中国、陜西省扶風県にある古刹法門寺で、前年崩壊したの塔の再建の為、基壇の発掘

  調査が、行われました。

  その際、塔の下に、唐時代末期の第二十代・僖宗(いそう)帝(873~888)が、寄贈した宝物を

  収めている、地下宮が発見されます。

  その宝物中に、「越州窯青磁」が含まれており、併納されていた 宝物目録に、「秘色瓷」と

  記された文書があり、「秘色青磁」の実物14点を、見る事に成ります。

  (尚、地下宮殿には、金銀宝石等で飾られた、八重の箱に仏舎利、金銀器、ガラス器、青磁器、

   宮廷茶器、絹織物などの文物が、大量に収められていました。)

   これらの宝物は、法門寺への埋葬後、続く動乱と唐の滅亡で、人々の記憶から、完全に消え去り、

   今日まで至った訳です。

  ・ 現在、これら宝物の大部分は、法門寺博物館に、展示されているとの事です。

 ) 秘色青磁の特徴

    法門寺出土の「秘色」は、「一般の越磁と違い、薄手の端整な姿をした、碗や皿で、淡く澄んだ

    青緑色の釉薬が掛かった、艶のある青磁である」という事が、多くの書物に書かれいまです。

    又、釉肌は、萌黄(もえぎ)色、璧玉(へきぎょく)色、翡翠(ひすい)色などに似た、

    薄い青緑色をしています。 

  ・ 尚、中国語で「秘」、「碧=へき」、は同じ(びい)の音であり、「秘色」は、碧の色即ち

    青緑色の意味でもあります。

 ) 秘色の焼かれた、越州窯は、五代十国時代と呼ばれる、小国が分立していた、小国の呉越国の

    支配下にあり、国王の庇護の下に、優れた青磁が焼かれていました。

    秘色青磁はその中の一つで、唐の皇帝に、献上されたものと、思われます。

 ④ 汝窯(じょよう)の青磁 : 淡い青色の釉で、全面に貫入が入っています。北宋の時代の作で、

    世界でも、故宮博物館(北京、台北)を、中心に70点余りしか、確認されていません。

 以下次回に続きます。
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青磁3(古越磁、越窯)

2011-08-12 21:08:38 | 各種の釉(鉄、銅、その他)
代表的な、中国の青磁についての話を、続けます。

青磁とは本来、釉の名称である為、胎土は、磁器土、半磁器土、粘土(陶器)など、様々で、必ずしも

磁器を表すものでは、ありません。

 ② 古越磁(こえつじ)

  ) 戦国時代から、後漢後の、呉、西晋(せいしん)、東晋(とうしん)と五世紀にかけて、

    南京の江南地方を中心に、多くの墳墓が作られ、そこから特色ある青磁が、出土します。

    これらの青磁を、古越磁と呼びます。

    特に我が国では、六朝時代(西晋、東晋、宋、斉、梁、陳)の越州窯の作品を、古越磁と呼びます。

  ) 古越磁は、前回お話した様に、最初は、副葬品の明器(めいき)として、作られました。

    青銅器を模した、重厚で厳格な形から、次第に丸みを帯びた、軽やかな形へと変化し、

    釉も改良が進み、滑らかに熔け、安定した色になって行きます。

  ) 五世紀以降、短命な王朝(宋、斉、梁、陳)が続きますが、青磁の需要が大きくなり、窯場も

     拡散し、作品も多様化します。 胎土は白っぽく、釉は黄色みを帯びています。

   ・ 形は優美で、細身のものや、蓮弁や蓮花の文様が流行します。

     更に、六世紀に成ると、器表面は華やかな、貼り付け文で、飾られる様に成ります。

     又、実用と言うより、装飾の為に、細い紐状の耳が、肩に複数個付いた壷なども、多く

     出土しています。 これらの作品には、暗褐色の青磁釉が、掛けられています。

  ) 我が国に、中国から最初にもたらされた、青磁の器は、東京国立博物館所蔵の、青磁四耳壷と

     言われています。奈良法隆寺伝来で、香料を入れる容器(丁子=ちょうじ)として、

     使用された器です。重文に指定され、高さは26.4cmで、唐時代(618~907年)前半に

     作られた物と、思われています。

    ・ 肌理(きめ)の細い、ねっとりとした胎土に、灰色かかった青緑色の青磁が、かかっています。

  ) 唐の後期になると、実用的な青磁が、大量生産される様になります。

     王侯貴族や僧侶以外の、一部庶民にも、行き渡る様に成ります。

     それに連れて、陶磁器(越州青磁)の輸出に、本格的に取り組み、世界各地へ運ばれて行ます。

     我が国でも、多くの遺跡から、この時代の、青磁が出土しています。

 ③ 秘色(ひしょく)青磁: 釉肌は、萌黄(もえぎ)色、璧玉(へきぎょく)色、翡翠(ひすい)色を

   しいます。 長らく、その正体が不明でしたが、近年明らかに成りました。

   唐及び、その後の五代時代の越州窯(越窯=えつよう)で、焼かれた作品群です。

以下次回に続きます。 
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青磁2(原始青磁)

2011-08-11 20:27:46 | 各種の釉(鉄、銅、その他)
青磁の話を進めます。

4) 青磁の色も様々で、一様ではありません。

  ① 原始青磁 : 灰色又は、褐色を帯びた青磁

    灰釉(かいゆう)で発色するもので、不純物が多い為、色むらが存在します。

  ② 古越磁(こえつじ) : 褐色又は緑かかった、青銅器色に似せた青磁です。

  ③ 秘色青磁: 釉肌は、萌黄(もえぎ)色、璧玉(へきぎょく)色、翡翠(ひすい)色をしいます。

    長らく、その正体が不明でしたが、近年明らかに成りました。

    唐、五代の越州窯で焼かれた作品群です。

  ④ 汝窯(じょよう)の青磁 : 淡い青色の釉で、全面に貫入が入っています。北宋の時代の作で、

    世界で70点余りしか、確認されていません。

  ⑤ 米色(べいしょく)青磁 : 黄色がかった青磁で、同じ釉ですが、酸化焼成された為に、

    緑にならず、色が変化したものです。

  ⑥ 北宋、南宋の官窯の青磁 : 釉が厚く掛けられ、深い緑色をしています。龍泉窯の青磁です。

  ⑦ 砧(きぬた)青磁 : 半透明(半失透)感のある、澄んだ青緑色で、中国では、粉青(ふんせい)

    と呼ばれています。

  ⑧ 天竜寺青磁 : 深い緑色の釉が掛けられ、文様装飾に主眼を置いた、厚手の作品が多いです。

  ⑨ その他、青磁の色は、非常に多く、一説には数万種類とも、言われています。

    特に、現在では、自分で調合し、独自の青磁の色や、ひび割れを作っている人も、多くいます。

 以下代表的な、中国の青磁について、より詳しく説明します。

 ① 原始青磁(灰釉陶器)

  前回述べました様に、釉は窯の発明により、高温で焼成出来る様になると、薪の灰が作品に掛り、

  高温で熔け、ガラス質の表面を、覆う様になり、この灰を水に溶き、作品に塗る事から、釉が

  発明されます。その成分を改良する事により、釉は発展し、様々な色が作られる様に成ります。

 ) 釉が発明された頃は、灰に中に、不純物が多く、安定した色を出す事は困難でした。

    この頃の釉を、原始的な釉薬と言いますが、おおむね、褐色や緑かかった釉と成ります。

   (松灰は、熔けると、緑かかった色に成り易いです。)それ故、この頃の作品を、原始青磁と

    呼ぶ事があります。

 ) 紀元前15世紀に、中国で商の中期で、最初の施釉陶器が出現します。

   それ以後、戦国時代にかけての、千年もの間、釉は徐々に、改良発展して行きます。

 ) 主な生産地は、長江の中、下流地帯で、東南沿岸一帯の、呉越地域でした。

    やがて、黄河中流域まで、広がって行きます。

  ・ 作られた作品は、粘土紐を巻き上げて作る方法で、表面に鋸歯(きょし)文、弦文、葉脈文などが

    多く、黄緑又は青緑の釉が、掛けられています。

  ・ 作品の形は、鉢、壷、缶、盆などで、青銅器を模したと思われる、作品は発見されては、

    いないとの事です。又、一般集落跡からは、ほとんど出土せず、権力を誇示する為に、

    一部有力者が保持していた、可能性があります。

 ② 古越磁(こえつじ)

以下次回に続きます。 

  参考資料: 別冊太陽 「中国やきもの入門」 (株)平凡社

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