おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

その夜の侍

2021-05-09 07:42:30 | 映画
「その夜の侍」 2012年 日本


監督 赤堀雅秋
出演 堺雅人 山田孝之 綾野剛 谷村美月
   山田キヌヲ 高橋努 でんでん
   坂井真紀 安藤サクラ 田口トモロヲ
   新井浩文

ストーリー
東京のはずれで小さな鉄工所を営む中村健一(堺雅人)は、5年前、トラック運転手に最愛の妻久子(坂井真紀)をひき逃げされた。
死んだ妻の思い出から抜け出せず、留守番電話に遺された妻の声を延々再生しながら糖尿病気味にも関わらず甘いプリンを食べ続けている。
久子の兄で中学校教員の青木(新井浩文)は、健一を早く立ち直らせようと、同僚の川村(山田キヌヲ)と見合いをさせるが、健一は「僕なんかあなたにふさわしくない」と新しい人生に向かうことを拒絶する。
一方、久子をひき逃げした犯人、木島宏(山田孝之)は、2年間の服役後、ひき逃げトラックに同乗していた腐れ縁の友人小林(綾野剛)の家に転がり込んでいる。
そんな木島のもとに、1ヶ月前から「お前を殺して俺も死ぬ。決行まで後○日」という無記名の脅迫状が連日執拗に送られてきていた。
決行日は木島が健一の妻を轢いた日で、もう数日後に迫っている。
木島から脅迫状のことを知らされた青木は、脅迫状を送っているのは健一と察し、復讐の決行をやめさせようとするが、健一を前にすると何も言えなくなってしまう。
決行前夜、ラブホテルでホテトル嬢のミカ(安藤サクラ)と過ごし、虚しさをさらに募らせる健一。
一方、木島は復讐を思い留めさせられない青木に腹を立て、生き埋めにすると脅すのだった。
そして決行日の夜、台風の激しい雨が町を覆っている。
歩き回ったあげく、人気の無いグラウンドまでやってきた木島は、後を追いかけてきた健一と遂に対峙する…。


寸評
登場するのは欠陥人間ばかりで、彼等の心理描写が手持ちカメラやアップの多用で描きだされていく。
会話を極力抑えた執拗なまでの描写で人間の本性を描きだしていく演出にスゴミがあった。
主人公はひき逃げされて亡くなった妻の復讐を果たそうとしているが、孤独と絶望の淵にいる。
無き妻を忘れることが出来ないのか、復讐するという気力を失わない為なのかよくわからないが、妻が遺した最後の留守電を繰り返し聴き続け、妻の下着を持ち歩いている。
鉄工所を経営する小市民のようでありながら、プリンを食べ続けるその姿は偏執的ですらある。
そんな義兄になんとか立ち直ってもらおうとする義弟の青木や、鉄工所の従業員も一見平凡そうでありながらどこか変。

世間を騒がせた尼崎の連続殺人事件を髣髴させる人間の不可解さ、恐ろしさを見せつけられる。
木島を恐ろしいと思いながらもそこから逃げられない星や小林、手籠めにされる由美子たちは、まるで木島のマインドコントロールにかかっているようでさえある。
健一は「工場で溶接作業をしていると、溶接の光の中にコガネムシが飛び込んでくる。嫌な臭いがして、食欲がなくなる」と話すのだが、木島の周りに集まる人間は、嫌な思いをすると判っているのに集まってしまう虫と同じだ。
この木島を演じた山田孝之が抜群で、「こんな悪い奴は許せん!」と思わせる嫌な奴を熱演していた。
今の世の中、こんな奴が増殖しているのだと思わせる、実にいい加減で身勝手な男をリアリティをもって表現していた。
なんとなく生きているのも情けないが、罪を感じず暴力と共に身勝手に生きる人間など許せるはずがない。
義弟の青木を演じた新井浩文も好演で、たまらず怒りを爆発させたりするのだが、やけに冷静を装う謎めいた性格の持ち主を巧みに演じていた。
だけど、義弟の青木はどうしてあそこまで健一に尽くすことが出来たのかなあ…。

妻役の坂井真紀が引かれる場面は恐ろしい。
ほんのちょっとした動作が脇見を引き起こして事故を誘発する様が描かれている。
マイカーを運転する自分としては、反射神経の衰えも感じていて、気をつけなくてはの思いを強くした。
もしかしたら街のあちこちに存在しているかも知れない木島の様な男に係わった時の怖さも思い知らされた。

クライマックスの豪雨の中での壮絶な肉体のぶつかり合いは観客を圧倒し、息をのむ迫力のシーンとなっている。
その時の二人の対決行動が観客の想像を掻き立てる。
そして中村のその後を描いたラストに至る数シーンにわずかな希望を描く。
ここでもセリフは極力排除され、心の内を映像で押してくる。
「他愛のない会話がしたかった」に、家人と二人で暮らすサンデー毎日の私は幸せを感じたりしたのです。
今得ているこの平凡さは全力で勝ち取ったものなのですがね。

ちょっとしか登場しない安藤サクラの姿と歌声がやけに印象に残る。
なんか圧倒された映画だったなあ・・・。