おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

タクシー運転手 ~約束は海を越えて~

2021-05-18 07:33:58 | 映画
「タクシー運転手 ~約束は海を越えて~」 2017年


監督 チャン・フン
出演 ソン・ガンホ
   トーマス・クレッチマン
   ユ・ヘジン
   リュ・ジュンヨル
   パク・ヒョックォン
   チェ・グィファ

ストーリー
戒厳令下の1980年5月、民主化を求める学生と民衆による大規模なデモが各地で起こり、韓国西南部の光州では市民を暴徒とみなした軍が市内の出入口を封鎖し厳戒態勢を敷いていた。
その頃、妻に先立たれた陽気なソウルのタクシー運転手のキム・マンソプは、幼い娘を抱えて経済的に余裕のない毎日を送っていて社会の出来事には無関心だった。
家賃を滞納し、その金策に苦慮していたマンソプに耳よりの情報が飛び込む。
「光州へ通行禁止時間までにドイツ人を乗せて行ったら、その人が10万ウォン(約1万円)を支払ってくれる」というものだった。
マンソプは話をつけていた同業の運転手を出し抜いて彼を乗せ、英語もわからぬまま光州に向かった。
マンソプはタクシー代を受け取るために機転を利かせて検問を通り抜け時間ぎりぎりで光州に入る。
光州の治安は悪化の一途をたどっていた。
「危険だからソウルに戻ろう」とマンソプは訴えるが、ピーターは大学生ジェシクと光州のタクシー運転手ファンの助けを借り、撮影を始める。
状況は徐々に悪化し、1人で留守番をさせている11歳の娘が気になるマンソプは焦るが、目の前で起きているデモの生々しい様子を世界に伝えようと夢中で取材しているピーターにはマンソプのそんな思いが伝わらない。
思い余ったマンソプはピーターを置いて走り去るが、ほどなく見つかってしまいピーターらに糾弾される。
最初はお金目当てでピーターと行動を共にし、デモは北朝鮮を支持する「アカ」のやっていることとしか見ていなかったマンソプは、兵士がデモの参加者に発砲し、さらに殴る蹴るの暴行を加える姿を目の前で見て考えを変えていく。
外国人とすぐ分かるピーターが危険を承知で取材を続ける一方、彼のために寝泊まりする場所を提供する面倒見のいい地元光州のタクシー運転手一家や音楽好きのデモ学生らと触れあううちに、平凡なタクシー運転手だったマンソプは「真実」を伝えることの意味に気付いていく。


寸評
光州事件を当時の日本ではどのように報じていたのか僕の記憶の中にはないのだが、僕の関心が薄く記憶の外に追いやられてしまっているのかもしれない。
韓国映画では光州事件を時々取り上げており、僕の事件に対する認識は後年に知りえたものである。
この作品は事件を伝えたドイツ人記者ユルゲン・ヒンツペーターとタクシー運転手の交流を描いている。
韓国の歴史に残る暗黒の事件だけに重たい映画なのかと思いきや、滑り出しは何ともおおらかな滑り出しである。
ソン・ガンホ主演の政治がらみ作品として「大統領の理髪師」(2004年)を思い出すが、ソン・ガンホが主演するとどこか滑稽な内容になり、それでいながらシリアスなものを感じさせるという作品になるようで、この作品も正にそんな感じだ。

マンソプは片言の英語が話せるが、ピーターは韓国語がわからないので、まともなコミュニケーションが成立せず、そのすれ違いが数々の笑いを生む。
前半はまるで喜劇映画の様相なのだが、中盤になってそのムードが一変する。
描かれるのは、市民や学生たちの抗議活動の現場。
彼らを軍は実力で押さえつけようとし、ピーターはその現場をカメラに収めようとする。
マンソプやピーターたちも追われることとなり、サスペンスとしてのスリルが加味されてくる。
陽気な滑り出しとはまったく違う映画になり、軍が市民に銃撃、暴行するシーンは迫力たっぷりで、自然と憤りが湧き上がってくる。
実写を思わせるこの演出はスゴイとしか言いようがない。

重いはずの映画に、地元のタクシー運転手の自宅に招かれて絆を深める何ともほほえましい心温まるシーンを挿入して観客を引き止めるが、逆に映画を軽くしている側面も併せ持っていた。
ソン・ガンホの前半における軽妙な演技から一転して、中盤以降はシリアスな様相を呈してくる。
冒頭の楽しい歌と対比するように、悲しい歌を歌いながら涙するシーンが観客の胸を打つ。
再び光州に入ったマンソプは、カメラを回すことをやめたピーターを叱咤激励してもう一度立ち上がらせ、さらに、最前線に立って命がけで傷ついた市民を救おうとする。
光州からの脱出シーンでは、スリリングなカーアクションや銃撃戦まで飛び出し韓国映画の面目躍如である。
市民や学生はやられっぱなしだが、実際は武器庫などを襲って武器を手に入れかなり応戦していたようで、映画では市民側の反撃は描かれていない。
光州事件は誰によって引き起こされたのか知らないが、半ば内戦状態だったのかもしれない。
笑いと涙、スリルと恐怖、そして感動などのさまざまな要素をバランスよく詰め込む韓国映画のエンターティメント性がいかんなく発揮されている。

全斗煥によるクーデター後の話で、やはり軍事政権は問題ありなのだ。
この様な作品が撮られているので韓国の民主化も進んだと思われるが、昨今の政治運営を見ていると、1272まだまだ未熟なものを感じる。
では、日本は成熟しているのかと問われれば、「それもなあ・・・」という気持ちになってしまうのは情けない。