「ゆるちょ・インサウスティ!」の「海の上の入道雲」

楽しいおしゃべりと、真実の追求をテーマに、楽しく歩いていきます。

「弱虫やくざと、家出少女の物語」(1)

2010年06月15日 | 過去の物語
「うぃー。ったく、くそおもしろくもねえ」

島田邦衛は、朝から一升瓶をかかえて、酔っていた。

最近、おもしろいことも、楽しいこともなく、ただただ、つまらない人生を送っていたのだった。

「あなた、体に悪いから、昼間のお酒は・・・」

と、美人の妻、華子は、元看護婦なだけに、その心配は、正統な知識から、くるものであった。

「うるせえ。だいたい、おまえは、子供をつくることさえ、拒否しているくせに、俺にモノを言うな」

と、邦衛は、ふてくされます。

「それは、あなたに、負担をかけたくないから・・・。子供の存在があなたの負担にならないなら・・・私はいつでも・・・」

と、最近、収入が減っている邦衛のことを考えての、華子のやさしい気持ちです。

「うるせえ!まったく、いちいちうるさくて、楽しく、酔うこともできねえ。事務所に顔をだしてくら」

と、口では汚くののしるものの、華子の気持ちがちょっとうれしくて、仕事を探しにいく、邦衛です。

「ったく、いちいちいち・・・。でも・・・」

と、邦衛は、自宅マンションを調子よく出てきたものの、ひとりになると、弱虫の自分が顔をだします。

「あいつに、いつまでも、苦労をさせるわけにはいかねえ。と言って、今更、かたぎの仕事につくなんざ、できねえだろうなあ」

と、邦衛は、しょんぼりします。

「俺はどこで、道を踏み外しちまったんだろうなあ」

と、邦衛は、しょんぼりした顔で、つぶやきます。

「華子、華子・・・俺も一生懸命、おめえを、しあわせにしたいんだよ・・・」

と、邦衛は、思わず泣き出してしまいます。

「俺のために、看護婦さえ、やめたおめえに、俺は何ひとつ、してやることもできねえ・・・」

と、邦衛は、だだをこねる少女のように、妻のことを思って激しく泣いています。

「俺はだれよりも、おめえを愛しているんだ。だからよ、今のおめえを見ているとつらいんだよ」

と、邦衛は、つい自分の思いを吐露してしまいます。

「だからよ、俺は、お前のために、何か、でっけーことをよ、やり遂げたいんだよ」

と、邦衛は、自分の夢を話しています。

「華子・・・」

と、邦衛は、泣き崩れて、その場にうずくまってしまいます。


「おじちゃん、大丈夫?人生は、希望をもたなきゃだめって、先生が言ってたよ」

と、幼稚園生と思しき女の子が、肩を叩いて慰めてくれます。

「お、これは、街中だった。ありがとうよ、おじょうちゃん、おじさん、がんばるからね」

と、少し赤くなる邦衛です。

「とにかく、仕事だ。それをもらえなきゃ、話にならねえ」

と、邦衛は、気合を入れなおして、事務所へ向かいます。


紅色金魚組の事務所には、組長の神山雄三とその妻ひろこが、来ていました。

「あら、邦衛じゃないかい。久しぶりだね。あんた、最近、元気ないそうじゃないかい」

と、邦衛がこの事務所に入るきっかけとなったひろこは、邦衛には、古いなじみです。

「華子ちゃんに、おいしいものを食べさせなきゃいけないよ。がんばるんだよ、邦衛」

と、まるで、邦衛の母のつもりのひろこです。

「そうだぞ。おめえ、ここんところ、元気ねえからな」

と、組長神山雄三は、ゆっくりとした感じで、話します。

「へえ。それで、今日は、何か仕事でも、もらえねえかと、思いやして」

と、邦衛は、世話になりまくりで、頭の上がらない組長夫婦に、頭を下げています。

「おう。それがよ、おまえに、ちょうどいい仕事があってよ」

と、雄三組長は、にこにこ顔で、話しています。

「おれが、昔から世話になっているある筋のひとがいるんだが、そのひとにどうしてもって、頼まれちまってよ。俺の言わば、恩人だ」

と、雄三組長は、少し熱く語っています。

「そのひとの、娘さんが、よ。ちょっとグレてるらしくって、手を焼いているらしいんだな。それで、やめさせようとしたら、姿を消しちまったらしい」

と、雄三組長は、よくある話的に話します。

「まあ、行った先ってのは、だいたい見当がついているから、おめえ一っ走り、その娘さんを、お連れしてこい」

と、雄三組長は、おおらかに話しています。

「なんで、行った先の見当がつくんすか?」

と、邦衛は、素直な質問をしています。

「おう。その、まあ、お嬢さんがよ、しつけが行き届いた、まあ、超お嬢さんだからよ。数カ月経ってから、律儀にも、今後の目標とやらを、書いて送ってきたんだそうだ」

と、雄三組長は、少し笑みを浮かべながら話しています。

「まあ、だから、心配するなって、言いたかったんだろうが、看護婦になるんだそうだが、手紙の消印が釧路になっていて、そして、釧路には大きな看護学校がある」

と、雄三組長は、簡単な推理の結果を話しています。

「じゃってんで、電話で、その学校に聞いてみたら、その子は、毎日、ちゃんと通学してるときた。だから、こっちから理由を話して、お嬢さんの住んでる場所も聞いたのさ」

と、雄三組長は、行動的で、頭のまわりの早いところを見せています。

「学校には筋、通してあるし、あとは、連れて帰ってくるだけだ。おめえは、女にやさしいし、変にモテるところがあるから、この役には、うってつけだ」

と、雄三組長は、明るく言うと、

「さらに、相手のお嬢ちゃんは、超がつくくらいすげえ家柄だ。報酬もたんまりもらえるだろう。その仕事をおめえにやろうって、言うんだよ」

と、雄三組長は、邦衛思いのやさしいところを見せています。

「ま、行ってみりゃ、ボーナス仕事みたいなもんだ。ちょっと行ってつれ帰ってくれりゃ、一千万は、固えな」

と、雄三組長は、まるで魅力的な額を提示しています。

「ま、俺にすりゃ、恩人に義理も果たせる。警察沙汰にも、ならねえ。穏便にすませられるからな。それにおめえもボーナスだ。皆万々歳ってことなのよ」

と、雄三組長は、社会のしくみ、というものを話しています。

「どうでえ。やってくれるよな」

と、雄三組長が、満を持して聞くと、

「もちろん、俺なんかで、よかったら。組長の恩が返せるなら。ぜひ、やらせてください」

と、邦衛は、願ったり叶ったりの状況で、うれしそうに、そう宣言します。

「よし!そんじゃよ、これに必要な書類、いれておいたからよ。あと、当座の金の100万だ。足らなくなったら、言ってくれ。いくらでも出すからな」

と、鷹揚なところを見せる雄三組長です。

「わかりやした。なになに~、ほう、ここが、そのお嬢さんの住所ですかい。わかりやした。北海道旅行、存分に楽しんできますわ」

と、邦衛はにこにこ顔で、そう言うと、

「まあ、明日の夕方には、帰って来ますから」

と、邦衛は言って、事務所を出て行きます。

その後ろ姿に、

「邦衛、くれぐれも、気をつけるんだよ!」

と、組長の妻、ひろこが声をかけます。

「えー、俺ももう、大人っすよ。高校生じゃあ、ありませんから」

と、おどける邦衛に、苦笑いのひろこです。

暴力事件を起こし、退学になって、くさっていた邦衛に、この事務所を紹介したのが、

当時、近所で、邦衛の母親がわりをしていた、ひろこだったのです。

「見ててくださいよ。うまく、やりとげますから!」

と、邦衛はにこやかな表情とともに、事務所を出て行きます。

「あの子、小さいときと、全然、変わってないんだから」

と、その笑顔を思い出しながら、ひろこは、そうつぶやいていました。


「ラッキー、俺にも、どうやら、運が向いてきたぜ!」

と、邦衛は、自宅へ向かって走りながら、そうつぶやきます。

「俺の人生は、これから、上昇気流に、のっていくんでえ」

と、邦衛は、何度もジャンプしながら、自宅に帰っていくのでした。


「おう。華子!仕事だ!それも、簡単で、それでいて高収入の仕事だぜ!」

と、邦衛は、うれしそうに、妻に報告しています。

「そんな仕事・・・危ない仕事じゃ、ないわよね」

と、邦衛の体を心配する華子は、ついつい悪い想像をしてしまいます。

「んなもん、組長がこの俺にそんな仕事させるわけねーだろ」

と、邦衛は、うれしそうに悪態をつきながら、話しています。

「どっかの金持ちのお嬢ちゃんがとんずらしたらしいんだが、もうとんずらした先も釧路って、わかってんだ。そのお嬢ちゃんを連れて帰ってくるだけで、一千万だとよ!」

と、邦衛は、幸運が舞い込んだかのように、妻に向かって話しています。

「そんな、おいしい話・・・大丈夫なの?うまく、やれる?」

と、華子は、邦衛のことが、心配で心配で、たまらないようです。

「ばかやろー、おめえ、こんなおいしい話、とびつかねーほうが、どうかしてらあ」

と、邦衛は、のりのりで話しています。

「それによ、おめえ、一千万入りゃあ、おめえに、いい服も着せられる、うめえもんも食わせられる、いいことばかりじゃねえか」

と、邦衛は、旅行の準備をしながら、うれしそうに話します。

「ほんとうに、大丈夫なの?北海道、行ったことあるの?」

と、華子は、普通に邦衛のことを心配しています。

「んなもん、行ったこたあねーけど、大丈夫だ。どうせ、日本国内だし、グアム行ったときみたいに、パスポート忘れたりしねえから、大丈夫だ」

と、邦衛は、新婚旅行で、行ったグアムで、パスポートを忘れた記憶を思い出しています。

「あなた、忘れもの、多いから、心配だわ・・・」

と、華子が心配すると、

「大丈夫だって、俺も、あれから、大人になったんだから。じゃ、行ってくるぜ」

と、邦衛が、うれしそうに、話すと、

「うん。がんばって。くれぐれも、体に、気をつけてね」

と、やさしく見送る華子さんでした。

「よっしゃー!俺の人生は、これから、始まるんだ!」

と、邦衛は、ジャンプすると、駅に向かって、一目散に、走っていくのでした。


(つづく)


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