趣味は読書。

気ままな読書記録と日々思うこと、備忘録

「子どもは判ってくれない」内田樹

2007年10月11日 | 内田樹
元気のないときには内田樹をよむに限ります
あ~、そういうことだったのか・・・と
目からうろこ満載です。

今回は、自分への戒めうろこが多くみられ
たとえば
‘何のために正論をいうのか’
「正論を言いたがる人は、自分の正しさを主張したいだけ」
あ~
まさに自分のことだ、思い当たることいっぱい

私自身内田先生のおっしゃる
‘折り合いをつける’という言葉が好きなはずなのに。
そのためのいわゆる議論?喧嘩?言い合い?のはずなのに。

成れの果てに
いかに自分は正しいか、主張合戦に突入してしまう・・・

正論は正しいから正論なわけで・・・
そうだよな~
相手を絶句させて喜ぶなんて
まさに「呪い」そのものだよなぁ~

こんなに気づかせてくれる内田樹という人はすごい

同級生

2007年10月10日 | つぶやき
小中学校の同級生が亡くなったと、知らせが届いた。
知らせてくれた友達と電話で話すのも十数年ぶりだった。

実は亡くなって一年経つこと、やはり同級生だった奥さんと
墓地で偶然会って亡くなった事を知ったという話でした。

白血病だったそうです。

信じられない・・・

小学6年の頃、隣の席で結構仲が良かったのです。
色白で、ついたあだ名が‘ラッキョウ’
中学生になると、クラスが違ってしまい
思い出はあまりないなぁ。
あだ名がいつしか‘エンキョウ’に変わっていたっけ・・・。

ほんとうは、小学校卒業前のバレンタインデーにチョコあげたかったんだけどな。

ご冥福お祈りいたします。

めがね

2007年10月09日 | つぶやき
めがね、といっても映画のお話ではありません。
映画の方も興味ありますが。

目が悪いので、長くコンタクトレンズを愛用してきたのですが
近頃目の乾燥度が増してきて
なにやら、レンズをはずした後の右目がビミョーに痛むのです。
最近ファッショナブルなめがねフレームが流行っていて
めがねをかけるのも悪くないかな~と思い始めていました。

近所にメガネ何某のお店がたくさん開店していて
週末には折込チラシもたんと入っています。
学生時代、ビンボーでしたから
格安メガネにお世話になりましたが
久しぶりに作るので、もう少しおしゃれな品揃えのお店に
行ってみました。

ほ~んとに素敵なフレームがいっぱい
がぜん、テンションアップです

心配だった視力検査も丁寧に合わせてくれて
まんぞくまんぞく
出来上がるのが、う~ん楽しみ

映画「キサラギ」

2007年10月08日 | 映画
今日、前から行きたかった「キサラギ」を観てきました。
このあたりでは観られないかな、とあきらめていたので
とても楽しみにしていました。

とても面白かった~
こういうものを観ると、大金かければいいわけじゃないって
よ~くわかりますね

登場人物ひとりひとりに謎があり、エピソードがありで
えーっほんとの連続で
予想外の展開でした。

脚本がいいのでしょうか、言葉の応酬だけで魅せてくれます。
俳優たちのがんばりに、拍手です


スピンサーブ

2007年10月07日 | テニス
今日はテニス講座の日。
今日はスピンサーブの打ち方を教わりました。

このところサーブの打ち方を変えたいと思っていたので
ジャストタイミング

でも、今までとぜんぜん違うグリップやトスの位置がとても難しく
何より自分がちゃんと打てているのかさえわからない状態でした。

ただ、サービスでとても大事なことは
グリップとトスの位置だということが、よ~くわかりました。
よくわかったからといって
すぐにできるというわけではないのですが・・・。

羽子板サーブからの脱出をはかって
フラットサーブの打ち方も教えてもらいました。

ふむふむな~るほど。

頭でわかっていても
それを体現するのって難しい~





とりとめもなく

2007年10月06日 | つぶやき
子どもの頃から涙もろく、感激屋である。
ドラマを見ても
映画を観ても
本を読んでも
心にずしんと響くものには、涙がこみ上げてくる。

「魔法使いサリー」の最終回を見て泣いた覚えがある。
サリーちゃんが、友達と別れて魔法界に帰るシーンで。
記憶に残る一番古いものだ。

電車通学、通勤の頃は車内で本を読んでいたので
こみ上げてくる涙をこらえるのに
とても難儀したことを覚えている。

こんなことを書いているのも
昨日偶然「Dr.コトー診療所」の再放送を目にしたからだ。
あのドラマは毎回欠かさずビデオに録画して見ていた。
毎回胸に迫り、茶碗を持つ手が止まり
テッシュをかかえて我忘れ・・・。

いつも最後の場面のコトー先生の寂しげな表情に心を衝かれ
人のやさしさ、やさしいとはどういうことなのか
考えさせられてしまった。。

「夜明けの街で」東野圭吾

2007年10月04日 | 
本日読了。
予約してようやく借りられた作品です。
東野圭吾はホントに人気で、図書館の書棚に並んでいるのをあまり見かけません。

‘不倫’がテーマのちょいミステリという感じでした。
う~ん、私はあまりビビッとこなかったかな。
でもとても読みやすいので、あっという間に読めてしまいます。

‘不倫’に共感しないからかなぁ・・・。
最近は、お互いに好感持った相手ならどの人と結婚しても
そう大差ないんじゃないかと思っているのでよけいです。
長い間連れ添うということは、めくるめく恋愛とは
対極にあるような気がします。

「村上春樹にご用心」内田樹

2007年10月03日 | 内田樹
9月29日に発売になったばかりの新刊です。
まだ、読んでいません。
が、これは買おうと思っています。

‘村上春樹を絶賛する本’と内田先生はおっしゃっていますので
とても、とても、とても楽しみ

最近になって「ノルウェイの森」を読み返したくてたまらなくなりました。
なぜだろう??
秋だからかな~
でも6年前の引越しのとき、Book offに売ってしまって
手元にないのです・・・。
やっぱり残しておけばよかったなぁ~
なぜか、図書館にもいつもありません。
下巻は2冊あったけど・・・。
ひょっとして、秋はシーズンなのかな??

がっかりしたので
内田樹先生の「子どもは判ってくれない」を借りてきました。
前にも読んだことがあるのですが
なんだか元気をもらいたくなって

内田樹さま

2007年10月01日 | つぶやき
悩みの多いときは、内田樹ブログで元気になろう

9月30日の「老いの手柄」という日記、内田樹57歳の誕生日でした。
おめでとうございます

そこで、「老いる」ということを明快に説明してくれています。


‘40年経っても、「がわ」が爺になっただけで、16歳の私はそのまま手つかずで残っているのである。
そういうたいせつなことをどういうわけか大人たちは決して子どもに教えてくれない。
だから、私の文章を読んでいる若い方々にここに声を大にしてご教示するのである。
このあと何十年経っても、あなたの「中身」はほとんど今のまま残っている。
でも、「がわ」の性能にはガタが来る。
歯が抜け、毛が抜け、腹が出て、肌がどろんとたるみ、白目が黄色く濁り、全体にやる気がなくなる。
そういう中年老年の自分の肉体に「いまの自分」の頭を移植した状態を想像してみればよろしい。’


な~るほど、そういうことか・・・。
確かに思いあたるふしがあるなぁ~
今の私の頭の中にあるものは、いったいいつからの物なのだろう。
ベースにあるものは
きっとはるか昔、中学生の頃かもしれない・・・。
そこに年々の老獪さが加味されているのかもしれない。

‘幼児期の自分も少年期の自分も青年期の自分も壮年期の自分も、全員が生きていま自分の中で活発に息づいている。
そして、もっとも適切なタイミングで、その中の誰かが「人格交替」して、支配的人格として登場する。
そういう人格の可動域の広さこそが「老いの手柄」だと私は思うのである’


う~ん明快