アルバムは見ようによっては命のつぎに大事なものかもしれない。己の生きた証、家族のすべてがそこにある。
久しぶりに、この正月、アルバムを広げた。
2日、遠藤周作の小説『沈黙』がマーティン・スコセッシによって映画化され、まもなく公開されるニュースをブログで紹介した。
30年昔、秋の日「沈黙の碑」が長崎の外海で除幕されることになり、私はつれあいと二人、沈黙の舞台に遠藤さんが比定した場所
という当時の長崎県東彼杵郡外海町(現長崎市外海町:ソトメチョウ)に出かけた。
角力灘の海は穏やかで波がきらきらと輝いていた。眼下に海を見下ろす丘、除幕が終わり一息ついたとき、つれは「沈黙」の本に
遠藤さんにサインをいただいた。
私はサインをしてくださっている遠藤さんの写真を撮った。遠藤さんのにこやかな嬉しそうな顔があった。
フトンにもぐりこんでまもなく、まどろみの中であの写真を思い出した。嬉しそうに本にサインをされる遠藤さん!を思い出した。
そうだ、あの写真は遠藤文学記念館がオープンしたとき、遠藤さんの奥様に除幕の日のスナップ写真をお見せした。
奥様は「まあ、こんな写真があったのですね!いただいていいかしら」とおっしゃった。喜んで差し上げた。
そんなことが、夢とうつつのはざまで浮かんでは消えた。
私は跳ね起きた。“あの写真はあのアルバムにキットあるはずだ!”
夜中の12時を過ぎたのに飛び起き、本棚をガサガサやりだした私をつれあいが怪訝そうに眺める。
「ほら、アッタ!」文学碑除幕式の日のスナップが10数枚、アルバムに貼っていた。遠藤さんに差し上げたもののほかに数枚の写真があった。
いまは鬼籍に入られた遠藤さん。30年前の若い妻の顔が小さなスナップ写真の中に収まっている。
30年間、おそらくこのアルバムを開くことはなかった。忙しさにかまけ、あるいは、人生を振り返ることをなんとなく
避けてきたからか…
遠藤さんの奥様はいま、どうしていらっしゃるだろうか。
いつか、遠藤さんが外海町の体育館で講演されたときの写真など遠藤周作文学記念館にお届けしよう。
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