戦後採用された
欧米由来の
知育偏重型と呼ばれる教育システムは
学力重視の選抜モデルへと
直線的に特化してゆき
日本型の育成形態の特徴である
全人教育の価値を一方的に否定し
排他的であることを特徴とする
進学就職システムを偏に洗練させ
企業が求める即戦力
となる筈の
人材の育成と確保を
教育機関に務めさせることで
企業収益を支えて
産業を肥育するための
基礎的な枠組み
の策定とその実施
を営々と進めて
現在へと至っている
学力重視の教育制度は
知育偏重
と形容される強いバイアスを生み出し
知識の量を格段に増やすことにより
選抜する側の都合
を優先する結果を引き出した
この変化に伴って
偏差値教育が改めて再評価され
競合する対象の本質的能力を
知識の量を以て相対化する
という姿勢が一般化することとなり
学習塾へ通う風習が俄かに高まり
こどもの生育にとって
最も重要な
遊びを通じて創造するための
基礎を築くための時間
を投与することに
価値が宿らない制度が
頓に好まれるような時代となった
受験以外に使えない知識
を競って獲得するための制度が導かれ
実際に使う機会のない
無益な知識習得のための教育投資
となることを承知の上で
競争型社会を生き抜くための方法を洗練し
そのための資産投下が
教育産業全体に広まって
知識の意味を問わない
量的拡大が専ら行われる時代へと
突入する経過を生み出した
この時から知識の質的劣化が始まり
それが持つ固有の意味を
理解するに至らずとも
概念的な知識がありさえすれば
それでよい
という評価方法が定着した
こうした理解を前提としない到達点
を目指す教育が思考力を育てずに
批判精神をもつことを無駄
と位置づけ
認識能力を失って
判断を下すこともできない
所謂
指示待ち世代
と呼ばれる一群の再生産
を急がせた
このため大量の知識を習得しても
その意味を伝えるための時間を
教育する側が惜しむようになり
学力の拡大を専一とするようになった
そのことが
知識の用い方に関する理解を遠ざけ
意味を理解しないまま
荒削りの概念で判断し
誤った結果を導かせること
を教育と断じて国に損害を与えている
アベノミクスと消費増税のセット
を善と信じて
国民へと押し付けた
欧米由来の知育偏重方式の
学力研鑽型の競合教育は
知識の量的拡大のみに特化していき
質的劣化を急がせた
大量に積み上げられた
空疎な見せかけの学力を競い
実際に応用して
生活に役立てる機会のない
これまでに積み上げられてきた
膨大な規模に達した
教育投資の総てが
有効需要の創出に
寄与することなく
教育関連産業だけを
活性化しつづける
という経過の関与が
国の低回を促した
これが日本の生産性を引き下げ
何を学んだのか
ということより
どの学校を卒業したのか
という点の違いをみる習慣が
採否判断の分岐点として
位置づけられた
知識の意味を考慮する機会を奪われ
消化不良常態で肥育された頭脳から
思考力が失われ
批判精神も同様に消し去った
こうして企業にとって価値のある
従順で温和な
それでいて権利意識だけは異様に強い
それ故にヒトとしての魅力を失った
社畜
と呼ばれる集合存在
の再生産がこのようにして定着した
教育投資の失敗の一つ
がバブル経済の発生と破裂を招き
失われた二十年を確定させただけでなく
日本経済の長期的低迷を強制した
事実の存在にすら
当事者の総てが未以て何故か気付かない
という現状が新手の経済政策を
失敗へと導いた
問題認識能力を失った指導体制は
己の下した判断ミスを認められずに
バブル経済の崩壊に関する総括を
今以て避けている
という現状の拙さが
その証拠
アベノミクスは教育の失敗を
死し示す絶好の事例
状況を打開するための目標
として設定した
たった2%に過ぎないインフレ率の達成
すら
最早できなくなっている
四年の歳月をかけて
毎年80兆円の流動性供給
を実施し続けていながら
このていたらく
批判精神が不在であるが故に
己の判断の拙さを
恥じることも
ない
これが戦後始まった
欧米型の高等教育
のその結果
今や
国民全般が同じ病に感染してしまい
選挙結果が劣化したことにさえ
いま以て尚一向に気づかない
思考力を失うと
批判精神だけでなく
健全な認識判断能力まで
が奪われてしまうのだ
今起きている一流企業の脆弱化
という一般的現象こそ
戦後72年かけて築きあげてきた
教育が齎した負の遺産
ヒトを差別化するための教育に
生産性を生み出せる訳がない
国家の緩慢な脆弱化
という変化の相は
教育を無批判に高度化してきた
その酬い
思考力を鍛錬してこなかった
頭でっかちの指導体制は
北朝鮮のミサイル遊びを真に受けて
核の傘に率先して潜り込もうとして
勝手にうろたえ
それで安全を確保した積もりになっている
だが
核兵器が存在する以上
その誤用がない
とする道理には無頓着
核による安全保障など
共同体化した意識のマス
がもつ
幻想の共有化に過ぎない
また二酸化炭素が増え続けている
この現実を知りながら
有効に減らすことが
まったくできなくなっている
これも教育の失敗を示す
その追加事例
原因が分かっていながら
成果がない
という現実は
認識能力の欠如を
明瞭に指し示す
これなども学力重視の高等教育
が
招いた不毛な経過を生み出した
最終的な逢着事態
最も重要なことは
総ての当事者が
問題の本質に気付いていない
というそのことなのだ
知識だけ大量にあっても
その意味を理解していなければ
使い方の正当性を
誰も認識することはできない
こうして世界規模の迷妄が蔓延るようになり
経済のグローバル化を
資本の論理で推し進め
二酸化炭素濃度を高めつづけるその一方で
止まらない温暖化
という不毛な途中経過を生み出した
二酸化炭素の累増は
直流と交流の違いをみない
学力重視の教育が陥った
致命的な罠
知の劣化と環境の劣化には
相関がある
景気の低迷と経済政策の失敗
についても
同様に
共通する原因が
強く
関わっている
問題の所在を確かめることが
できない限り
有効な対策を特定することは
できない
企業が中卒の金の卵
の固有の価値を再認識し
教育コストを負担して
社内で育てる制度
へと舞い戻とうとしない限り
親の負担となる教育投資は
決して還元されないものとなる
可処分所得を薄くして
国民の消費意欲を削ぎ落せば
消費市場は低迷し
景気を反転させる能力は
失われたままとなり
戻るようなことはない
企業が教育機関に
人材育成のコストを負担させ
学校や塾が親の負担で
収益の向上を目指すようになった
というこの構造的変容が
国家の成長を
抑制する効果
を絶え間なく与えだしている
色のついていない無垢な中卒
に該当する有為な人材こそ
国家発展のための宝
それを再認識するという必要性が
この先どこかで
不意に
現象化する
すべての子供は天才である
教育制度の欠陥が
稀有なその才能を圧殺し
型にはめる教育で角を矯め
他者との差別化を
善と誤認して勝手に推し進め
教育投資を無駄に捨て
企業経営者や選良と官僚を
同時並行的に劣化させつつ
国に膨大な規模の借金を背負わせた
近頃の新聞紙面には
思考力を失った者の蹉跌
の事例が
毎日のように
絶えることなく
載っていて
いちいち引用する手間が
省ける
これほど雄弁な証拠は
他になかろう
欧米由来の
知育偏重型と呼ばれる教育システムは
学力重視の選抜モデルへと
直線的に特化してゆき
日本型の育成形態の特徴である
全人教育の価値を一方的に否定し
排他的であることを特徴とする
進学就職システムを偏に洗練させ
企業が求める即戦力
となる筈の
人材の育成と確保を
教育機関に務めさせることで
企業収益を支えて
産業を肥育するための
基礎的な枠組み
の策定とその実施
を営々と進めて
現在へと至っている
学力重視の教育制度は
知育偏重
と形容される強いバイアスを生み出し
知識の量を格段に増やすことにより
選抜する側の都合
を優先する結果を引き出した
この変化に伴って
偏差値教育が改めて再評価され
競合する対象の本質的能力を
知識の量を以て相対化する
という姿勢が一般化することとなり
学習塾へ通う風習が俄かに高まり
こどもの生育にとって
最も重要な
遊びを通じて創造するための
基礎を築くための時間
を投与することに
価値が宿らない制度が
頓に好まれるような時代となった
受験以外に使えない知識
を競って獲得するための制度が導かれ
実際に使う機会のない
無益な知識習得のための教育投資
となることを承知の上で
競争型社会を生き抜くための方法を洗練し
そのための資産投下が
教育産業全体に広まって
知識の意味を問わない
量的拡大が専ら行われる時代へと
突入する経過を生み出した
この時から知識の質的劣化が始まり
それが持つ固有の意味を
理解するに至らずとも
概念的な知識がありさえすれば
それでよい
という評価方法が定着した
こうした理解を前提としない到達点
を目指す教育が思考力を育てずに
批判精神をもつことを無駄
と位置づけ
認識能力を失って
判断を下すこともできない
所謂
指示待ち世代
と呼ばれる一群の再生産
を急がせた
このため大量の知識を習得しても
その意味を伝えるための時間を
教育する側が惜しむようになり
学力の拡大を専一とするようになった
そのことが
知識の用い方に関する理解を遠ざけ
意味を理解しないまま
荒削りの概念で判断し
誤った結果を導かせること
を教育と断じて国に損害を与えている
アベノミクスと消費増税のセット
を善と信じて
国民へと押し付けた
欧米由来の知育偏重方式の
学力研鑽型の競合教育は
知識の量的拡大のみに特化していき
質的劣化を急がせた
大量に積み上げられた
空疎な見せかけの学力を競い
実際に応用して
生活に役立てる機会のない
これまでに積み上げられてきた
膨大な規模に達した
教育投資の総てが
有効需要の創出に
寄与することなく
教育関連産業だけを
活性化しつづける
という経過の関与が
国の低回を促した
これが日本の生産性を引き下げ
何を学んだのか
ということより
どの学校を卒業したのか
という点の違いをみる習慣が
採否判断の分岐点として
位置づけられた
知識の意味を考慮する機会を奪われ
消化不良常態で肥育された頭脳から
思考力が失われ
批判精神も同様に消し去った
こうして企業にとって価値のある
従順で温和な
それでいて権利意識だけは異様に強い
それ故にヒトとしての魅力を失った
社畜
と呼ばれる集合存在
の再生産がこのようにして定着した
教育投資の失敗の一つ
がバブル経済の発生と破裂を招き
失われた二十年を確定させただけでなく
日本経済の長期的低迷を強制した
事実の存在にすら
当事者の総てが未以て何故か気付かない
という現状が新手の経済政策を
失敗へと導いた
問題認識能力を失った指導体制は
己の下した判断ミスを認められずに
バブル経済の崩壊に関する総括を
今以て避けている
という現状の拙さが
その証拠
アベノミクスは教育の失敗を
死し示す絶好の事例
状況を打開するための目標
として設定した
たった2%に過ぎないインフレ率の達成
すら
最早できなくなっている
四年の歳月をかけて
毎年80兆円の流動性供給
を実施し続けていながら
このていたらく
批判精神が不在であるが故に
己の判断の拙さを
恥じることも
ない
これが戦後始まった
欧米型の高等教育
のその結果
今や
国民全般が同じ病に感染してしまい
選挙結果が劣化したことにさえ
いま以て尚一向に気づかない
思考力を失うと
批判精神だけでなく
健全な認識判断能力まで
が奪われてしまうのだ
今起きている一流企業の脆弱化
という一般的現象こそ
戦後72年かけて築きあげてきた
教育が齎した負の遺産
ヒトを差別化するための教育に
生産性を生み出せる訳がない
国家の緩慢な脆弱化
という変化の相は
教育を無批判に高度化してきた
その酬い
思考力を鍛錬してこなかった
頭でっかちの指導体制は
北朝鮮のミサイル遊びを真に受けて
核の傘に率先して潜り込もうとして
勝手にうろたえ
それで安全を確保した積もりになっている
だが
核兵器が存在する以上
その誤用がない
とする道理には無頓着
核による安全保障など
共同体化した意識のマス
がもつ
幻想の共有化に過ぎない
また二酸化炭素が増え続けている
この現実を知りながら
有効に減らすことが
まったくできなくなっている
これも教育の失敗を示す
その追加事例
原因が分かっていながら
成果がない
という現実は
認識能力の欠如を
明瞭に指し示す
これなども学力重視の高等教育
が
招いた不毛な経過を生み出した
最終的な逢着事態
最も重要なことは
総ての当事者が
問題の本質に気付いていない
というそのことなのだ
知識だけ大量にあっても
その意味を理解していなければ
使い方の正当性を
誰も認識することはできない
こうして世界規模の迷妄が蔓延るようになり
経済のグローバル化を
資本の論理で推し進め
二酸化炭素濃度を高めつづけるその一方で
止まらない温暖化
という不毛な途中経過を生み出した
二酸化炭素の累増は
直流と交流の違いをみない
学力重視の教育が陥った
致命的な罠
知の劣化と環境の劣化には
相関がある
景気の低迷と経済政策の失敗
についても
同様に
共通する原因が
強く
関わっている
問題の所在を確かめることが
できない限り
有効な対策を特定することは
できない
企業が中卒の金の卵
の固有の価値を再認識し
教育コストを負担して
社内で育てる制度
へと舞い戻とうとしない限り
親の負担となる教育投資は
決して還元されないものとなる
可処分所得を薄くして
国民の消費意欲を削ぎ落せば
消費市場は低迷し
景気を反転させる能力は
失われたままとなり
戻るようなことはない
企業が教育機関に
人材育成のコストを負担させ
学校や塾が親の負担で
収益の向上を目指すようになった
というこの構造的変容が
国家の成長を
抑制する効果
を絶え間なく与えだしている
色のついていない無垢な中卒
に該当する有為な人材こそ
国家発展のための宝
それを再認識するという必要性が
この先どこかで
不意に
現象化する
すべての子供は天才である
教育制度の欠陥が
稀有なその才能を圧殺し
型にはめる教育で角を矯め
他者との差別化を
善と誤認して勝手に推し進め
教育投資を無駄に捨て
企業経営者や選良と官僚を
同時並行的に劣化させつつ
国に膨大な規模の借金を背負わせた
近頃の新聞紙面には
思考力を失った者の蹉跌
の事例が
毎日のように
絶えることなく
載っていて
いちいち引用する手間が
省ける
これほど雄弁な証拠は
他になかろう