こ と の 端

散文でロジックを
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誠 な き 心

2014-04-27 10:20:59 | Weblog
かつて

ソビエト連邦

と呼ばれていた

巨大な

共産主義体制で統一された

国家群が

内部崩壊状態で

一夜にして自滅してしまったのは

長年続けられてきた

統制された計画経済

という

市場メカニズムを超越した仕組みの維持に

執着していたからだった

当時の段階で

既に

それは

機能しなくなっていた


この事実に

共産党指導部が

尊大であるガゆえの

無関心

に終始し続けていたということが

強大な国家群であった

ソビエト連邦という体制を

もののみごとに消し去った

最大の原因となっていた


往時

対抗勢力と位置付けられていた

アメリカ型の

市場原理に基づく

自由主義経済圏では

貿易量の拡大

を維持継続し続けていくことによって

付加価値を生み出すための

さまざまな努力が

ビジネスとして成り立っており

その仕組みの継続と発展とが

精力的に続けられるようになっていた


70年代に於いて

二度のオイルショックを経たことにより

エネルギー資源の安定確保

の枢要性ということに

世界各国が同時に目覚めることとなったことから

その後

試行錯誤と紆余曲折をさまざまに経て

通貨交換システムの反応場

であるところの為替市場と

原油取引の相場の基準

とされるようになった

W T I

と呼ばれる市場の結果によって

世界の原油価格が決定される

という仕組みが改善を経て

現在のモデルへと発展していくこととなったのだった

原油相場で価格決定を行うための最大の因子

に影響を及ぼす中心となった場所が

アメリカ国内に作られていたW T Iだった

ということなのだ


ヨーロッパと太平洋とを舞台とした

世界的な規模の戦闘に勝利した

連合国の代表的存在となったアメリカの通貨

であるドルは

英国の通貨であるポンドに

とって代わる存在となったのだった


第二次世界大戦の欧州戦線に於いて

重商主義の時代から

植民地経営で富を集積する地位にあった

英連邦の総帥であるイギリスから

指導者としての地位を奪ったヒットラーのドイツが

アメリカに指導的地位を与えた

という見方ができる


英連邦で流通していたスターリングポンド

が占めていた基軸通貨の座の後を襲って

あたらしい世界基準

を樹立するための

共通通貨となったのが

アメリカのローカル通貨に過ぎなかった

今の基軸通貨

つまりドルだった


当時 金本位制が敷かれており

金保有高が優れて高くなっていたアメリカのドルが

戦後体制の基軸通貨に相応しい

とされたからだった

この時の合議のことを

後にブレトンウッズ会議とよび

それによって後に形成された

戦後復興のための枠組みのことを

ブレトンウッズ体制というようになった

1944年夏のことである


連合国は日本が敗戦を受け容れた時点より

13か月も前に

戦後処理の進め方について

予め

基本となる方針を既に決定していたのだ


このため終戦を急ぐ目的で

日本本土に繰り返し

執拗な爆撃を行い

日本の強い抵抗に業を煮やして

ついに

原爆の行使へと

踏み切った

その後の経過は戦後史にみるとおり


核兵器の量を競い合うようになった

アメリカとソ連とは

一触即発の危機的状態へと追い詰められ

鉄のカーテンと呼ばれた

冷戦の構造を膠着化させていった

経済成長を競う経済戦争で

計画経済に拘った共産党国家は

次第に経済活力を失っていき

緩慢に衰退していったその一方で

市場原理に基づいて

旺盛な経済成長を遂げつつあった

自由主義経済圏では

日本のバブル経済が突出した繁栄を記録し

その姿が統制経済下で

行列して待たなければ

何も買えないソ連の消費市場に

アイソをつかした国民を量産することとなった


共産党指導部の専横を

国民に批判させることとなり

民心を離反させてしまった結果として

ソ連の内部崩壊が誘導された


中国型の共産党体制は

市場原理を取り込んで経済成長を図ったのだったが

ドル余り現象が生む必然の帰結として

過剰流動性の受け皿となる道を

意味を知らぬまま

自らの意志で選び取った積りになっていた


ドルの中国への大量流入は

人民元の通貨価値を

必要以上に

短期間で押し上げた

高くなりすぎた人民元の価値を押し戻す目的で

共産党政府はドルを買うための人民元を大量供給し

ドルの価値と人民元の価値との間にできた乖離幅を

安定化させる金融政策をとるよう仕向けさせた

国内市場は過剰流動性の上陸で

資本は渦を巻く勢いとなり

13億人が形成する消費市場の巨大さと

土地価格の一方的な上昇が生む利益の増大効果で

不動産の使用権売買を商機として

巨額の富を手に入れた党幹部と

それに連なる市場主義経済の推進者達とが

市場規模の野放図な拡大を放置し

資本移動の制約のない陰の銀行を多用して

ドルの流入を一層拡大させるようになっていった


この時期

1990年代から2013年にかけて

中国は

人民元の通貨価値を引き下げておくために

ドルを切れ目なく買い続けていなければならなくなり

ドル資産の運用先として

最も安全かつ有利なドル建ての公債

への大量投資を増やしていった


このようにして

中国は世界最大の債権国へと昇りつめたのだったが

アメリカへの投資を意味するドル建て債権の拡大が

米政府を支援することにしかなっていなかったことから

2012年頃から

脆弱化していた自国の海軍力を増強するための予算へと

為替介入して得たドルの使い道を

振り替えるように方針を変更していた


この経過が安定状態を保っていた

ミリタリーバランスに強い影響を及ぼし

アメリカの艦隊を大西洋から太平洋へと

シフトさせるという展開を新たに生み出した


同じ頃

尖閣諸島の帰属を巡って

日本が国有化したことを契機として

示威的な行動を

共産党政府が取るようにもなっていた


世界の生産基地となることを目指していた中国は

エネルギー資源の確保を絶対命題と心得

世界中の地下資源の取り込みに

熱中する姿勢を誰憚ることなく見せていた


中国共産党政権は

尖閣問題を起点として

カントリーリスクのある市場であることを

世界中に知らしめた

ドル資本以外の投資家は

過剰流動性が生む経済圧力の埒外にいたことから

対中投資に一定の距離を置くようになり

中国の経済成長は

その後停滞期に突入していくこととなったのだった


世界中からやってきた工場が

より低い労働賃金を求めて

中国本土から出ていき

産業の空洞化と

乱開発の結果として残された

巨大なゴーストタウンなどが

複数残されたままとなり

いまでは

過去の栄耀栄華を

物語る虚ろな存在となり果てた


経済のメカニズムは推進力を失った時

逆回転する準備へと入る

既にその兆候はあちらこちらで

観測されるようになっており

大量の債務不履行が

浮上する時の到来を

いまや遅しと待ちかまえている


ソ連の崩壊ではドル経済圏の拡大がおき

二期目のクリントン政権で

長年の赤字続きに苦しんでいた財政状態を

短期間で黒字転換させていたのだったが

ブッシュジュニアが大統領に就任した翌年に始まった

イラク戦争で

その後急速にもとの赤字体質へと転落してしまい

現在では財政の崖となって

米政権から自由度を奪い取る

最大の圧力源となっている


こうしてアメリカは

世界の保安官となっていることができなくなり

中東ではテロリストとの戦闘で疲弊し

シリアでは介入することを躊躇した

ロシアからの調停案を取り入れたところに

ウクライナでの内部対立が表面化し

軍事的な対立への道を選ばずに

経済的な対立の道

を選択するようになったのは

けだし

賢明な変化だといえよう


民族的な武力闘争と

宗教的な武力抗争との

二正面作戦を強いられているそのアメリカに

日中間

日韓間

の軋轢が米朝間の上に加わったことにより

アメリカの財政危機は

いままさに

極限状況へと差し迫りつつある


日本による集団的自衛権行使の提案は

まさしく

渡りに船の申し出となっているのだが

日本の政治的立場の独立志向は

米政府に

太平洋戦争当時の悪夢を蘇らせる

という経過を潜またものとなっている


平和と繁栄は両立しない

異なる概念を並立させることに意味はない


繁栄のないところに平和はなく

平和のないところに繁栄はない

平和と繁栄を不用意に並べて見せるその神経は

言葉に対する責任の無さを

よく物語っている


指導者の認識能力は

これほど

低い

ということを

この度の日米首脳会談は

はしなくも

露呈することとなったのだった


繁栄こそが平和の礎

健全な経済政策の履行こそが

そこへ至るただ一つの道


踏み出す足の置きどころ



最初の 一歩
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