創価学会・公明党が日本を亡ぼす

  政教一体で憲法(20条・89条)違反だ!-打首獄門・所払い(=解散)せよ!

創価学会に未来はあるか?-5

2019-02-22 06:47:31 | Weblog

〈「興」から「亡」へ動き出した巨大集団の実相 〉  1979/昭和54
創価学会に未来はあるか     藤原弘達/内藤国夫    曰新報道出版
    ------(P.30)---(以下、本文)-------

Ⅱ 池田は辞めたのか、辞めさせられたのか
◆ 池田無謬説の崩壊
内藤 “池田会長勇退”の衝撃的なニュースが流れた時、創価学会員の多くは「法難を一手に引き受けられようとする会長・池田先生がお可哀そう」と号泣し、逆に、反創価学会派の僧侶や脱会した檀徒たちは「御本尊様は、やはり正しかった。さらに闘うのみ」と、気勢を上げた。藤原さんが公明党の矢野書記長と雑誌『現代』で対談されているのを読みましたが、やはり、自分たちの側近幹部の補佐が足りなかったためだ、といったようなことをいっていましたね。そこには、池田さんの“無謬説”というか、過去・現在・未来をすベて見通してて、決して間違わない、“生きた仏”説への反省が少しも感じられない。
 ぼくがかって、『公明党の素顔』を書く気になった動機の一つは、あの言論タブーと同時進行みたいにしてあった、マスコミ界の“池田大作英雄論”の大賛辞、大合唱ですネ。とにかく、学者、評論家、ジャーナリスト、経済人それこそうんざりするくらいに、百年に一度出るかどうかのスゴイ男だ、偉材である、とほめたたえている。それに対して、ぼくはとても危惧するというか腹が立ったんだ。
 日本人というのは、少しも進歩していない、その意識構造がネ。これではまるで、戦前の“大東亜共栄圏”や“聖戦遂行”の音頭とりとまったく同じになっている。少数意見、少しぐらいは疑問を提起する人が一人もいない。それがジャーナリストとして、あの『公明党の素顔』を書かせるキッカケになったんです。

藤原 そんな完全無欠な人間がいるわけがない。それ自体が大変な神格化なんだ。どいつもこいつも歯の浮いたようなことばかり書きおって、それだけでも言論人として人間失格なんだよ。
内藤 ぼくが池田大作さんを個人的に信用しないのは、あの事件のとき「いずれ関係者に会っておわびしたい」といってることだ。別に会いに来てほしくもないけど(笑い)。その後、雑誌『現代』の編集部を通し、あるいはそれ以外のいろんなルートも使ってインタビューを申し込んだけど、内藤じゃダメだと会おうともしない。これじや、まるでいってることとやつてることが正反対だものネ。
藤原 ぼくだって『現代』を通じて何回も申し込んでいる。わかりました、わかりましたで、いっこうに実現しない。
内藤 ある雑誌で評論家の俵孝太郎さんと対談した時にもこの話をしたんですが、やはり俵さんも全然会ってもらえないそうです。名ざしでくるんですよネ、これこれの人とは会いたくないからと。客観的、冷静にインタビューしょうとするジャーナリストとは会いたくない。創価学会に好意をもって、いいことばかり書いてくれて、お世辞ばかりいってくれる人にしか会わないなんて、人間が小さいよ。
藤原 そういう意味では、池田なんてまあガキだネ。大作ではなくて小作なんだ。ぼくの『創価学会を斬る』の時だって、東急の五島昇を仲介にして、“平和条約”を結びたい、と向うから申し入れてきたんだから。こちらだって一個の大人だ。相手が頭を下げてきてるのに、ソッホ゜向くわけにもいかないから、条件を出したんだ。創価学会は政教分離をし強引な折伏を止める、組織上、法律上、創価学会・公明党の分離さえ明確にしてくれるならばいい、こっちは個人的な憎しみがあるんじゃあないんだから。ところが、発表の前日になって断わってきた。五島の前で泣いて許しをこうたというんだがね。ぼくだって五島だって、まずはあきれちやったからねェ。

内藤 そういう意味でも、池田大作さんというのは、二重人格、三重人格の人だと思う。一番目立っているのは、学会員や大衆の面前に出たときの池田さん。学会員や大衆にいわせれば、たぐいまれなる指導者とされている部分なんですが、たとえば演説する際に、「みなさん、そうじゃありませんか」なんて問いかけながら繰り返す、暗示法なんてじつに見事だとしかいいようがない。ところが「言論出版妨害事件」のあとから、だいぶ内部の様子がわかってきた。
 どんどん情報が入つてくる。それも、池田さんの側近幹部といわれるような人までが、こっそり会長の言動を知らせてくるんだ。そういうことで耳に入ってくる池田さんというのは、“ジキル博士とハイド氏”くらい人間が違っている。大衆の面前での池田さん、ごく側近の幹部の間での池田さん、われわれマスコミに対応するときの池田さんと、まるで別人のように変わる。
 ぼくなんか初めにこの話を聞いた時には、池田大作さんが三人いるんじやないかと思ったくらい、全然違った人格なんだ。それくらいだから、内部にいる幹部たちにとっては、とてもやりきれない。

藤原 いままでは、ソ連のかってのゲー・ぺー・ウーみたいな組織で、内部からの離反者は一人もいないと安心しきっておった。ところが、末端どころか権力の組織の中枢にまで心の離反者が出てくるようになると、もうこれは末期的な症状だな。
内藤 彼ら側近が池田大作さんに直言すると即座にクビが飛ぶ。だけど、内藤国夫にそっと匿名で教えれば、内藤が書く。書いたことで、直言と同じ効果があらわれる。そういった意味でぼく自身は、創価学会・公明党の安全弁になりえたと思っているし、池田退陣の一つの大きなキッカケにもなったのではと、自負もしています。
藤原 たしかに池田退陣には、内藤君のインサイドレポー卜が大きかったと思うな。あの内容はしっかりしているし、すべて内部の人間じやないと知り得ない情報だ。当然、内部からの「密通」ルートだろうネ。
内藤 いずれ、将来になって公表できる時代が来るのが一番望ましいと思うんですが、現在はやはり、ちょっと無理で--。
 しかし、結果的には正しい情報を得ていたと思うんです。というのは、約二年くらい前から、側近幹部の人たちが口グセのようにいっていたのが、“なんとかして、現在のようなワンマン独裁体制の度合をうすくして、集団合議制にもっていきたい”といった願いなんです。いってみれば日本国憲法のようなもので、池田さんは実権のないシンボルになってもらう、という。結果的には、いま、それに近い形になってきつつあるわけですが、そういう側面から考えると、池田さんは辞めさせられたといえる。同時に、宗門としては池田さんが自己批判さえしてくれれば、なにも会長まで辞めてくれということじゃなかった。
 ところが、池田さん自身が責任をきびしく問われる会長職への情熱を失くしてしまったのか、責任逃れのために、肩書だけとっちやおう、ということになった。この面から見れば、自分から辞めたということもいえる。

藤原 必ずしも、完全自発的でないことは明瞭でしょう。法華講が退任勧告を出してきたり、ご本尊を握っている大石寺が決定的に大攻撃をしてきた。そこで、大作自身ももう長くはないぞと思った。となると、その前に法皇的な地位としての名誉会長に退いて、規則を変えて、終身会長だったものを五年制の会長にする。どうせ北条だったらオレのいう通りになる、勝手なことをやったらただじやおかないぞ、とニラミもきくだろう、という判断はあったと思う。だけど、辞めた時の記者会見の模様などを見てると、なにか妙な余裕をもって計画的にやったフシがある。きっと、内部では意外なことが起こってはいるんだろうネ。
     ----------(次回に、つづく)---------35

コメント
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