今日のことあれこれと・・・

記念日や行事・歴史・人物など気の向くままに書いているだけですので、内容についての批難、中傷だけはご容赦ください。

上野公園開園式の行われた日

2007-05-09 | 歴史
1876(明治9)年の今日(5月9日)、明治天皇行幸で上野公園の開園式が行われた。
上野恩賜公園は、東京都台東区にある公園。(通称上野公園)、あるいは武蔵野台地末端の舌状台地「上野台」に公園が位置する事から、上野の山とも呼ばれる。総面積約53万m²。東京都建設局の管轄。
現在、国立東京博物館国立西洋美術館国立科学博物館恩賜上野動物園などの文化施設が集中して立地している。また彫刻家高村光雲作の西郷隆盛の銅像があることでも知られる。
鐘は上野か さくらに蓮に
文化の花も 咲き競う
大慈大悲の ひかりをうけて
月も清かれ 墨田の流れよ
下谷浅草 道ひろびろと
つづく街並み にぎやかに
上記の歌は「台東区の歌」である。この歌は何時作られたかは知らないが、明治の頃の浅草の様子を表しているのだろう。転調、転調、また転調と難しい歌であるが、なかなかいい曲だ。台東区ホームページTOPで聞ける。作曲は渡辺浦人だというがよく判らない。作詞は地元の土岐膳麿。浅草松清町(現西浅草)生まれの歌人、国学者、文学博士だそうだ。歌詞冒頭の「鐘は上野か ・・・」は、松尾芭蕉の有名な句「花の雲 鐘は上野か 浅草か」からの引用のようだ。以下参考に記載の芭蕉db「芭蕉俳句全集」のここ参照。
ここで詠まれている「鐘は上野か」の鐘は、上野の山の「時の鐘」で、精養軒入口の小高いところにある。所属は東叡山寛永寺。「時の鐘」は、江戸時代、時を知らせるものであった。はじめ江戸城内で撞かれていたが、1626(寛永3)年になって日本橋石町三丁目に移された。元禄以降、江戸の町の拡大に伴い、これだけでは足らなくなり、上野山内・浅草寺のほか、本所横川・芝切通し・市谷八幡・目白不動・目黒円通寺・四谷天竜寺などにも置かれた。上野寛永寺境内の初代の鐘は1666(寛文6)年に鋳造された。現在の鐘は天明7年(1787)のものだそうである。(以下参考の「岡本綺堂の東京を歩く(時の鐘散歩)」など参照)
芭蕉の句の中にある「花の雲」は、「の花」 であり、『政恒(まさひろ)一代記』 には、「花見は3月盛んなリ。殊に上野の花は(居住する御徒町から)間近なれば土地柄珍しからざれども、彼岸桜は上野が第一にて、一重・八重順次咲故、盛り長く、遊び場も広く、よき遊び場なり。」と書かれており、 『江戸名所図会』寛永寺その二にも「このあたり桜多し」と記入されている。(以下参考の「歴史の足跡/歴史を留める東京の風景」寛永寺参照)台東区にも、「さくらに蓮に」とあるように忍ばずの池の蓮と桜は当時から見ものであったのであろう。
上野公園は、三代将軍徳川家光が、江戸の丑寅(北東)の方角、すなわち鬼門を封じるために、天海僧に正命じてこの地に寛永寺を建てたのが始まり。子院三十六防、本坊、根本中堂、文殊楼(吉祥閣)により構成された寛永寺は、京の都の鬼門(北東)を守る比叡山に対して、「東の比叡山」という意味で山号を「東叡山」とした。この頃、広範な山内に大和の吉野山から寄せられた山桜が植栽され、 1698 (元禄11)年、桜ヶ丘が花見の場所として一般に開放されたそうだ。 以下参考の『上野の桜』参照)
その後1868年~1869年(慶応4年~ 明治2)の戊辰戦争時に、彰義隊が寛永寺に立てこもり、伽藍は焼失、一帯は焼け野原と化したまま放置されいた。1870(明治3)年、医学校と病院予定地として上野の山を視察した蘭医ボードウィンが、公園として残すよう日本政府にはたらきかけた。その結果1873(明治6)年の太政官布告により日本初の公園に指定された。
同太政官布告第16号で「三府ヲ始、人民輻輳ノ地ニシテ、古来ノ勝区名人ノ旧跡地等是迄群集遊覧ノ場所 東京ニ於テハ金龍山浅草寺、東叡山寛永寺境内ノ類、京都ニ於テハ八坂社、清水ノ境内、嵐山ノ類、総テ社寺境内除地域ハ公有地ノ類、従前高外除地ニ属セル分ハ永ク万人偕楽ノ地トシ、公園ト可被相定ニ付、府県ニ於テ右所ヲ択ヒ、其景況巨細取調、図面相添ヘ大蔵省ヘ可伺出来」と定め、旧社寺地等を接収し公園としたのが国営造物公園の始まりであり、これより以前に神戸の外国人居留遊園(1868年)と横浜の山手公園(1870年)が存在したが、居留地の外国人専用であり、日本国民にとっては公園ではなかった。旧寛永寺境内の大部分が公園としての指定をうけた2年後の1875(明治8)年、上野の寛永寺本坊跡に博物館を開設する方針が内定すると、博物局は一帯の整備に着手し、「上野公園貸地条例」を定めるとともに、道路の修築拡張、休憩所の修繕、公園事務所の設置などを行い、公園の整備が一段落した1876(明治9)年5月9日、明治天皇・皇后両陛下の行幸啓を仰ぎ、開園式が挙行された。そして、翌・1877(明治10)年には、上野公園で第1回内国勧業博覧会(政府主催)が開催された。この第1回内国勧業博覧会は寛永寺本坊跡に建てられた煉瓦造の美術館を中心に、左右対称に東本館と西本館が設けられ、機械館・園芸館・農業館など6地区に分けられた。博覧会の中心的建築物となった美術館は「美術館」の名称を使った最初の建物としても記念すべきもの。出品者1万6千人余、会期102日で入場者は45万人を越えたという。蒸気機関車が出品されたほか臥雲辰致のガラ紡機が人気を呼んだ。なお、このときの会場案内図には美術館の裏に博物局の出品である茶室・六窓庵が示されている。(以下参考の「東京国立博物館 6.内国勧業博覧会」より)
その後、上野公園では第1回内国勧業博覧会が開催されて以来、東京の博覧会と言えば上野といわれるほどに好適地とされてきた。交通の便の良さと、山や池、森など変化に富んだ地形から上野の森は江戸時代から人々の娯楽地として親しまれていたからだ。そして、内国勧業博覧会が1881(明治14)年に第2回目、1890(明治23)年に第3回目と続いて開催され、1914(大正3)年には、大正天皇の即位を祝いかつ、産業の振興を企図した東京府主催の「東京大正大博覧会」が開催されるなど、開園以降、このような博覧会行事が盛んに開催され、文化の森の先駆けとなった。以来、この地は多くの人々に親しまれ、1924(大正13)年には皇太子のご成婚を記念して、公園が東京市に下賜(かし)され、このときのいきさつから、現代の「上野恩賜公園」という名称となったのである。昨・2006(平成18)年には、東京国立博物館 特集陳列 「日本の博物学シリーズ 上野公園の130年展」が行われていた。
(画像は、天皇陛下御幸図 楊洲周延筆 明治9年(1876)。東京国立博物館 「日本の博物学シリーズ 上野公園の130年展」展示のものより)
参考:
上野恩賜公園 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E9%87%8E%E6%81%A9%E8%B3%9C%E5%85%AC%E5%9C%92
歴史の足跡/歴史を留める東京の風景
http://bird.zero.ad.jp/~zam77093/fuukei.htm
寛永寺と徳川将軍家墓
http://www.aurora.dti.ne.jp/~ssaton/meisyo/kanneiji.html
台東区ホームページTOP
http://www.aurora.dti.ne.jp/~ssaton/index.html
芭蕉db「芭蕉俳句全集」
http://www.ese.yamanashi.ac.jp/~itoyo/basho/haikusyu/Default.htm
岡本綺堂の東京を歩く(時の鐘散歩)
http://www.tokyo-kurenaidan.com/okamoto-tokinokane1.htm
時の鐘
http://www.geocities.jp/kikuuj/kyudo/kane/toki.htm
寛永寺と徳川将軍家墓
http://www.aurora.dti.ne.jp/~ssaton/meisyo/kanneiji.html
江戸名所図会 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E6%88%B8%E5%90%8D%E6%89%80%E5%9B%B3%E4%BC%9A
鬼平犯科帳と江戸名所図会
http://homepage3.nifty.com/onihei-zue/
『上野の桜』・上野桜守の会
http://www.ueno.or.jp/sakuramori/ueno_sakura/shyoukai.html
博覧会 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%9A%E8%A6%A7%E4%BC%9A
東京国立博物館 6.内国勧業博覧会
http://www.tnm.jp/jp/history/06.html 
吉野山 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%AF%E3%83%A9
松尾芭蕉 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E5%B0%BE%E8%8A%AD%E8%95%89
博覧会ポスター | アド・ミュージアム東京
http://www.admt.jp/salon/collection/hakurankai.html
東京国立博物館 特集陳列 日本の博物学シリーズ 上野公園の130年
http://www.tnm.go.jp/jp/servlet/Con?pageId=B01&processId=01&event_id=2991
今日(8月21日)は「噴水の日」
http://blog.goo.ne.jp/yousan02/e/3d3e27c30f2885af23711dd8a9468740