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ハイカーホリックの介護日記~機能訓練指導員の一日~
体の衰えは筋肉の衰えです。筋肉を復活させる事に全力を尽くします。
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昨日は太平洋戦争開戦の日でした。65年も前のことなのですね。山口県の山には山頂などに戦争の遺構の残る山がいくつかあります。その中のひとつ周南市戸田地区にある「昇仙峰(しょうせんほう)」(標高261m)に先日登ったときのレポートをします。
ちなみに戸田地区の戸田は「へた」と読みます。青森県などで「八戸」を「はちのへ」と読むのと同じですね。本州の端と端で面白い共通点を見つけました。

★昇仙峰の位置


11月の半ばから休日ごとに天気が悪く、思うように山に行けない日が続いています。この日も曇りがちでしたが、雨は降りそうに無かったので散歩がてらに午後3時頃から出かけました。とても寒い一日でした。

★昇仙峰の登山口


この道は高速道路の管理道のようです。まずはこの急坂を登っていきます。この山はもう何度も登っています。山にも好きな山とそうでもない山とあって、この山は好きな山なのですね。

★昇仙峰の名前の由来


★徳山西インターチェンジ


しばらく登ると高速道路を見下ろすようになります。

★フユイチゴ


5分くらい登ると管理道から離れて山道に入ります。道の脇にフユイチゴが鈴なりになっていました。ナガバモミジイチゴの味を知ってしまった口には物足りない味です。

★あと200mの道標


山道に入ってからずっと雑木林の中を歩きます。この道標の少し先で頭上が開けます。頂上はもうすぐです。

★兵舎跡


山上部は戦争の遺構がたくさんあります。この建物は兵舎の跡のようですが、現在は山小屋のようになっています。
このところ「出口のない海」とか「硫黄島からの手紙」という戦争の悲惨さをテーマにした映画が封切られています(どちらも見てはいませんが)。憲法改正や核の論議など政治の右傾化を懸念して作られているのでしょうか。

★ビナンカズラ


山上部の木にはビナンカズラ(サネカズラ)の真っ赤な実がぶら下がっていました。キレイです。秋に見た花はこちらのページに載っています。

★探照燈台の台座跡


海に突き出すようにして作られているのが探照燈台がのっかっていたと思われる台座の跡です。ひょっとしたら砲台の跡かもしれません。この山は戦時中、軍の要衝であった徳山湾を守るための山だったのです。
僕は戦争映画は気持ち悪くなるのであまり見ません。でも映画でなく、このようなリアルな戦争の遺構を目の当たりにすると、日本人が「戦争」という愚行を実際に行ったということをひしひしと実感できます。

★石の祠


戦争が起こる前からこの里山も信仰の対象になっていたのでしょう。後ろの祠には石鎚神社と彫ってありました。

★昇仙峰山頂


山頂から瀬戸内海方面の眺めは抜群です。僕がこの山を好きな理由はこの眺めにあるのだと思います。煙の出ている煙突があるあたりが旧徳山市街(周南市)、右端の山肌が削り取られた島が御影石で有名な黒髪島です。

★三等三角点


古い三角点がありました。「三等三角点」と古い字で彫ってあります。

★大津島


この島が映画「出口のない海」の舞台となった大津島です。「回天」の発射基地・訓練基地のあった島です。山口県にはここのほかに2ヶ所訓練基地があったようです。
僕はまだこの島には行ったことはありません。というかあまり行きたいと思わないのです。ここには「回天記念館」という施設が建てられています。つまり戦時中に国家の行った「愚行」が展示してあるわけです。「回天記念館」と命名したらこの愚行を記念しているように聞こえます。
普通は「記念」というのは、貢献した人や行いに対して付けられるものです。競馬の「有馬記念」や「セントライト記念」は競馬に貢献した人や馬の名前が付けられています。
もちろん「回天」によって犠牲になった人たちは「国を守るため」にその尊い命を捧げたのですから、僕たちは彼らに敬意を表し、感謝しなくてはいけません。しかし彼らがこの「回天」に乗りたかったとは思えません。命令されたから仕方なく乗ったはずです。回天に乗った人たちの命は尊いものです。しかしこの回天というものを考案したり、戦争で実際に使用させようとしたり、「乗れ」と命令した人たちの行いは愚行です。「回天記念館」と名付けてしまったら、これらのことも含めて「記念」するように感じるのです。そこがしっくり来ないのです。できたら「回天戦没者記念館」とかに変えてもらいたいものです。

人間は愚かなので、同じ過ちを何度も繰り返したりします。でも戦争だけは二度と起こさないでもらいたいものです。

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その5から続きます。

日の山(146m)

★六畳岩から(西側から)見た日の山


日の山は宇部市の東端の東岐波地区ににポツンと聳えている山です。その形から僕が子供の頃には「ぞうやま(象山)」と呼んでいました。相変わらず象が寝そべっている形をしています(変わるわけないって!)。
子供の頃から何度も登っている山です。ルートマップやコースタイムについては「山口県里山歩き記録集」の「日の山」のページを見てください。こちらからどうぞ。

★古尾稲荷神社の鳥居


メインルートの登山口は若宮古墳のところから日本料理店の「吉祥」の横を通って登るのですが、今回は古尾稲荷神社から登ってみることにしました。低山ばかりとはいえ4つ目となると足が重くなりました。

★古尾稲荷神社


石段を上がっていくとこのお宮がありました。そこから広い道を通ってメインルートに戻ることもできましたが、今回は藪の中の道を通ってみました。

★メインルートとの合流点


クモの巣と悪戦苦闘しながら登っていくとメインルートと合流しました。丁度写真の道標のところに飛び出ました。

★古尾稲荷神社旧社の跡


子供の頃、夏休みに友達とこの山に登ったときに急に雹(ひょう)が降ってきたことがありました。その時古い社に避難したのですが、今はなくなっていました。おそらくここがその跡だと思います。

★日の山山頂


登山口から20分位で山頂です。巨岩が折り重なっています。名前からして昔の狼煙場だったようですから、この大きな岩もその名残の何かかもしれません。山頂は樹林に囲まれていて展望はありません。

★焼火神社


山頂から登ってきた方と反対側に下ると広場があり、そこからは展望が広がります。ただ以前よりは木々が伸びてしまっていて見通しが悪くなっていました。この神社は隠岐より勧請した焼火(たくひ)神社です。

★灯台跡


沖を航行する船のための灯台の跡です。

★秋穂方面の眺め


東方向は僕が住む秋穂方面です。

★きらら浜から周防大橋を望む


北東方面に目を向けると眼下にきららドームがあります。この日は国民文化祭の閉会式が行われていました。その向こうには椹野川にかかる周防大橋、さらにその向こうには秋穂八ヶ岳の火の山連峰が見えます。

★千畳敷から南方向の眺め


帰りはメインルートを下りました。そして千畳敷と名づけられた岩場から南方向を眺めました。写真の中央右に「千畳敷」の道標があります。これは誇大広告です。いくらなんでも「千畳」はありません。先の「六畳岩」を見習ってほしいものです。
写真に見える半島部は宇部市の丸尾地区です。僕の母親が育ったところです。右側に見える砂浜が「キワ・ラ・ビーチ」と名づけられた海水浴場です。

★メインルートの登山口の道標


これがメインルートに設置された登山口の道標です。

★東側から見た日の山


下山後、日の山を望むことが出来る東側の海辺に行ってみました。東側から見てもやっぱり日の山は寝そべったゾウの形をしています。

★きららドームと日の山


きららドームと日の山です。

★落日


秋の夕日はつるべ落としです。この日の低山徘徊も終わりです。

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その4から続きます。

六畳岩(96m)②

六畳岩の周回コースでは山に入ってしまうと花はありませんでしたが、途中の道路脇にはまだまだいろんな花が咲いていました。取り立てて珍しいものはありませんでしたが花の少ない時期ですので一挙大公開です。

★シロバナタンポポ


タンポポの仲間はちょっと暖かいと咲きますね。

★ホトケノザ


春にも紹介したはずです。

★イヌホウズキ


畑や道端でよく見かけます。

★イヌホウズキの実


花と実が同時にありました。

★キツネノマゴ


花穂が伸びてキツネの尻尾のようになっていました。

★キツネノマゴの白花


白花は珍しいですね。初めて見ました。

★ワレモコウ


「まだ咲いていたの」って感じです。今年は暖かいので花の時期が長いです。

★アキノタムラソウ


これも真夏から咲いていましたから長いですね。

★ヤツデ


これはこの時期の花です。

★シマカンギク




シマカンギクが咲くと花の時期も終わりだと思わされます。

その6に続きます。

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その3から続きます。

六畳岩(96m)①

★六畳岩二千年回道の第一出発点


石ヶ坪山のある旧小郡町からちょっと車を走らせて旧阿知須町にある六畳岩に向かいました。現在ではどちらの町も山口市です。
六畳岩は標高96mと書きましたが、とても山と呼べるような形はしていません。単なる丘陵地というのが正解です。しかしここも地元の方たちが整備をされていて、とても素敵なハイキングコースになっています。写真の看板の下に以前は手作りの地図があったのですが、なくなっていました。その地図やルートマップ、コースタイムは「山口県里山歩き記録集」の「六畳岩」のページを見てみてください。こちらからどうぞ。

★途中の道標


上の写真の看板のある第一出発点から下の写真の第二出発点までは車道をずっと歩きます。ところどころに道標が立っていました。

★六畳岩二千年回道の第二出発点


「結構遠いなぁ」と思い始めた頃に第二出発点に到着しました。ここからようやく土の道になります。ここにも賑やかに沢山の看板が立っていました。

★雑木林の中の道


道は雑木とシダの道でした。山に入っても道標が沢山立っていて迷うことはありません。

★引野遺跡


引野遺跡という貝塚です。昔は海辺だったということですね。「貝塚」という道標に従って歩きましたが、さすがに結構下りました。ということは戻るときには登ったということです。

★貝塚


貝塚であるという証拠の貝殻です。

★六畳岩


ここが一応山頂の六畳岩です。ベンチなども作られていて展望台になっています。右側の大岩が六畳岩ですが、ほんとに丁度六畳位でした。正直な不動産屋さんです。

★六畳岩から東方向の眺め


この場所が人に愛される理由はやはりこの展望だと思いました。標高が96mしかないとは思えないほどの雄大な眺めで、正直ビックリしました。雑木を定期的に刈りはらっていらっしゃるようでした。
右側の山がこのあと登った日の山、中央の白い建物がきららドームです。阿知須・秋穂・小郡・防府方面の眺めが本当に見事でした。

★六畳岩から南方向の眺め


おだやかな瀬戸内海です。この日は北日本は大荒れで、突風が吹いたなんて言っていましたが、こちらの海は凪でした。

★黒谷池


山頂から少し下ると黒谷池というため池がありました。水面がキラキラしていてキレイでした。

★元の場所に戻ります


ずっと道標に従っていれば迷うことはありませんでした。最後はススキの茂る川沿いの道を通って駐車地に戻りました。

その5に続きます。

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その2から続きます。

石ヶ坪山(122m)②

★「探訪荘」の中に貼ってあった言葉


山小屋の中にあった素敵な言葉です。特に下の言葉のように皆が思っていたら、きっとイジメもなくなるでしょうね。

★椹野川河口方面の風景


椹野(ふしの)川は山口県の中央部を流れる川で、山口盆地を形成している川です。美味しい鮎の獲れる川です。

★東海道・山陽新幹線「新山口駅」


山口県の陸の玄関口ともいえる「新山口駅」です。

★JR山陽本線


かつてはいろんな特急や急行が走って賑わっていた山陽本線です。

★JR山口線


山口市街地と新山口駅とを結ぶ山口線です。山口市街地からはさらに津和野町、益田市へと延びています。新山口駅はこの他にも宇部線の起点でもあります。

★百谷コースの道標


帰りは往路を戻って、八十八ヶ所巡りの残りを歩こうかと思いましたが、以前に歩いたこともあるので、歩いたことの無い百谷へ下るコースを歩きました。山を挟んで反対側に下ります。下ってからは車道を歩いて駐車地に戻りました。

★種田山頭火の歌


ここにも種田山頭火の句が書かれていました。

★センブリ


麓の道の脇にはまだまだ沢山の花が咲いていました。センブリを一株だけ見つけたのですが、毛がもじゃもじゃしていたのでイヌセンブリかとも思ったのですが、ガクが短いですし、湿地に生えていたわけではなかったのでセンブリとしました。

★リンドウ


リンドウもまだまだ沢山咲いていました。

その4に続きます。

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その1から続きます。

石ヶ坪山(122m)①

★近くのショッピングセンターから見上げた石ヶ坪山


JR東海道・山陽新幹線で新山口駅を出発した直後、左前方に目を向けると頂上に鯉のぼりのはためく小さな丘のような山が目に入ります。見たことがある方もいらっしゃるのではないかと思います。この小さな山が石ヶ坪(いしがつぼ)山です。小さな山ですが椹野(ふしの)川の河口近くで川辺からそそり立つ様に聳えています。「山口県里山歩き記録集」というホームページの「石ヶ坪山」のページにルートマップやコースタイムが書かれていますので見てみてください。こちらからどうぞ。

★東津橋のたもとの道標


椹野川にかかる東津橋のたもとの歩道の法面のコンクリートに直接書かれた道標です。とてもわかりやすいです。

★登山口


先ほどの道標からホントに100mくらいで登山口があります。車はこの階段の前にある大聖院の駐車場に止めさせていただきました。

★大聖院


上の看板に書かれてある通りにまずは大聖院にお参りいたしました。

★八十八ヶ所巡りの登山道


登山道は途中まで八十八ヶ所巡りの道と一緒になっています。仏様が新しくなっていました。

★八十八ヶ所巡りとの別れ


ここが八十八ヶ所巡りの道との別れです。下山のときに残りの八十八ヶ所を巡ってもいいと思います。ぐるっと回って先ほどの大聖院に戻ります。
登山道は左側のトム・ソーヤだかピーターパンだかわからない男の子のイラストの矢印の方向に進みます。このイラストの意味は後ほどわかることになります。

★整備されている方たちからのメッセージ


いいですね。この小さな山が愛されていることがよくわかります。

★山頂の鯉のぼり


石ヶ坪山のシンボル、山頂の鯉のぼりが見えてきました。山頂に到着です。

★基地のような山小屋


山頂には子供の頃に夢見た「基地」があります。地元の有志の人たちの遊び場なのですね。素晴らしいです。先ほどの男の子の絵の意味がお解かりになったと思います。

★「探訪荘」という看板


この山小屋は「探訪荘」という名前でした。いつまでも探究心とか好奇心とか、そういったものを忘れないようにしたいですね。

★展望台と小郡の街


この山が愛されている理由はこの素晴らしい眺めにあるのではないかと思いました。展望台もデッキ風の手作りでした。360度とはいきませんが、旧小郡町の町並みは全て見渡せます。右側奥の一番高い山がここに来る前に登った禅定寺山です。

★種田山頭火の句碑


種田山頭火の句碑がありました。旧小郡町には其中庵(ごちゅうあん)という山頭火の過ごした庵の跡があります。句碑には「分け入っても分け入っても青い山」と書かれています。また手前の酒瓶には「酔うてこおろぎといっしよに寝ていたよ」と書かれています。

その3に続きます。

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用はないし、天気もいいので、以前から気になっていた山に登ったとき(11月12日)の記録です。朝からひとりでウロウロして来ました。「徘徊」と書きましたが、目的もなくウロウロしたわけではありませんし、登山口と登山口の間は車で移動しています。でも地元の低山は歩く人も少なく、4つの山に登ったのに、人に出会ったのはたったの1回でした。

★この日登った山の位置関係


山口県中部の低山ばかりです。でもそれなりに見所のある山ばかりで結構楽しいのです。今回も何回かに分けて報告したいと思っています。

禅定寺山(標高392m)

★山口市秋穂二島地区から望んだ禅定寺山


禅定寺山は山口市の小郡地区(旧小郡町)の市街地の背後に聳える山です。以前に一度チャレンジしたことがあったのですが、登山口がわからずに断念したことがありました。その後新しい登山道が整備されたとの情報を得ていたのですが、なかなかチャンスがなくて、今回ようやく登ることができたのです。詳しいアプローチやルートについては「かずの里山ハイク」の「禅定寺山」のページを見てください。こちらからどうぞ。

★ヒュッテ桂谷


まずはランプの宿「ヒュッテ桂谷」を目指して車を走らせました。登山道はこちらの管理人さんが整備されたそうです。登山口はさらに荒れた林道を上がります。200mくらいで駐車スペースがありますので、そこに車を置きました。

★登山口の道標


車からしばらく荒れた林道を歩くと写真のような道標が現れます。林道をそのまま直進しても、左に曲がり山道に入っても山頂にはたどりつけるようですが、左の山道の方が近いので、そちらをとりました。帰りは周回コースをとって林道から下りてくる予定にしました。

★七合目という標柱のある休憩所


登山道は全般的に荒れていました。道標が倒れていたり、文字が消えていたり、植林の作業道の分岐も多いので、慎重にルートを見極めながら進みました。写真は七合目と書かれた場所でベンチが設置してありました。ところが倒木でベンチに座ることはできませんでした。また小さな滝があって水場になっているようでしたが、水量はほんのわずかでした。

★稜線の道標


七合目の休憩所からは植林地の荒れた道の急登でした。ただ時間にすればわずかで、ほどなく稜線に出ました。写真は稜線の道標ですが、倒木でわかりにくくなっている上に、文字もほとんど消えていました。山頂へは稜線に出て左に向かいます。

★禅定寺山山頂


稜線に出てから3分位で山頂に到着しました。ここも荒れた雰囲気でした。展望は北方向に開けているだけでした。

★東鳳翩山と西鳳翩山


一番奥の山並みの中央右に見える三角錐が新日本百名山の一峰「東鳳翩山(ひがしほうべんざん)」です。標高は734mです。そして左側の鈍頂が「西鳳翩山」です。標高はこちらの方が高く742mです。電波塔が林立しているのでわかりやすいのですが、写真では見えませんね。

★山口盆地


これが山口県の県庁所在地のある山口市の町並みです。SLやまぐち号の汽笛の音が聞こえました。

★御神顔岩


帰りは先ほどの稜線の道標の所を下らずに稜線をそのまま真っ直ぐ進みました。5分ほどでこの「御神顔岩」がありました。神様の顔ということですが、ずいぶんタレ目の神様です。このあとは周回して下りました。

その2に続きます。

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英彦山、その8「参道と銅(かね)の鳥居」

その7からの続きです。

★スロープカー「神(ディウ)駅」


奉幣殿のすぐ近くにこんなものができていました。「英彦山花園」という施設もできていて、このスロープカーは奉幣殿-英彦山花園-銅の鳥居の間を通っていました。詳しくは添田町のホームページを見てください。
「こんなものに乗らないで歩いて来いよ」なんて言っていたのですが、ミーハーなもんで乗ってみようということになったのです。ところが大行列だったので結局歩いて下ることにしました。

★スロープカー


これがそのスロープカーです。予想以上にスローだったので、歩いて正解でした。

★マムシ


参道に戻ると女の人が「皆さん、マムシがいますから気をつけてください」と大騒ぎをしていました。行ってみると確かにマムシが参道に横たわっていました。暖かいせいなのですね。登山者の1人が逃がそうとしてステッキでつつくと、尻尾をブルブルと震わせて、鎌首をもたげて、臨戦態勢に入りました。とっとと逃げればいいのに勇敢というか、愚かというか、マムシはほんと逃げません。結局他の登山者が棒で叩いて潰してしまいました。早く冬眠してしまえば良かったのにね。合掌。

★正面参道


参道を下っていくとおみやげ物屋さんが立ち並ぶ一角があって、そこを右折すると別所の駐車場に戻るのですが、折角なので銅(かね)の鳥居まで行ってみることにしました。
写真はその参道です。ここはほとんど人が歩いていませんでした。本来の参拝は鳥居をくぐり、参道を歩いて、そして戻るというのが筋だと思うのですが、途中まで車が上がってしまうと参道は寂れてしまいますね。防府天満宮なども同じことが言えます。
石畳で、両側には山伏の宿舎であった「坊」の跡が立ち並んでいて、雰囲気の良い道でした。

★銅(かね)の鳥居


銅(かね)の鳥居です。本来の英彦山登山はここから始まらなくてはいけないのですが、僕たちは最後に訪れました。



歴史を感じさせてくれます。



鳥居から見た参道です。ここからまた参道を通って駐車地まで歩きました。最後は足がつりそうになりました。

★英彦山ガラガラ


「英彦山ガラガラ」という土鈴です。とっても素朴な作りの鈴です。魔除けとか、厄除けに使われているそうですが、昔はこの英彦山ガラガラが英彦山参拝の通行証の役割を果たしていたそうです。

これをもちまして英彦山登山のレポは終わりです。最後までお付き合いいただきありがとうございました。いずれ鬼杉方面からもまた登りたいと思っていますので、その時にはまたお付き合い願います。

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英彦山、その7「正面登山道を下ります」

その6からの続きです。

★正面登山道への下り


南岳から一旦中岳に戻り、英彦山神社の上宮の前から正面登山道を下りました。ここからはずっと階段が続きます。最短で登ることができる道ですが、面白味には欠ける道です。

★台風で荒れた杉林


以前はもっと杉の木が茂っていたようですが、台風で倒れてしまったそうです。中には白骨林のようになったところもあって大台ヶ原山のような風景でした。

★産霊(むすび)神社


上宮から少し下ったところにある神社です。由来などが書かれていた説明板がありましたが忘れてしまいました。

★井戸


産霊(むすび)神社の傍らには屋根のついた井戸があります。山頂直下にある貴重な水場です。飲んでみましたが冷たくてとても美味しい水でした。

★大きな切り株


とても大きな木だったことが想像できます。切り株の中から新しい命が育っています。

★紅葉


山の中ではずっと美しい紅葉を見ることができました。山口県では今年の台風の塩害で紅葉はほとんど期待できないと言われているので、英彦山もダメかと思っていましたが、予想外に被害を受けていませんでした。

★中津宮


英彦山神社の中津宮です。中宮のことなのかどうかがよくわからなかったのですが、最近建て直されたもののようです。

★英彦山神社下宮


下宮まで下ってきました。ここまで下れば奉幣殿は目の前です。

★正面登山道の鳥居


正面道の鳥居です。この少し上で道は二手に分かれます。真っ直ぐ行けば正面登山道、右に行くと玉屋神社、鬼杉方面の登山道です。

★英彦山神社「奉幣殿」


英彦山神社の奉幣殿(ほうへいでん)です。境内は多くの観光客で賑わっていました。ここも一昨年の台風で大きな被害を受けたのですが、こちらはキレイに修復されていました。

その8に続きます。

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英彦山、その6「中岳から南岳へ」

その5からの続きです。

★英彦山神社上宮


大勢の登山者で賑わう山頂直下の広場を抜け、石段を上がると英彦山神社の上宮があります。一昨年の台風でひどく痛めつけられた傷跡が今でも各所に残っていました。

★南岳を下る修験者


これから向かう南岳の登山道を修験者の団体が下っていました。

★紅葉


中岳山頂直下の紅葉です。色鮮やかでとてもキレイでした。

★中岳を振り返る


南岳へは一旦鞍部に下り、上の修験者が下っている道を登るのが近いのですが、行き帰りとも同じ道を通るのは面白くないので、鞍部から南岳をトラバースする道を通り、そして反対側から南岳の山頂を目指すことにしました。このトラバース道を通ったのが正解でした。写真はトラバース道から見上げた中岳の山頂です。

★黄葉のトンネル


トラバース道は通る人が少ないのか、落ち葉のじゅうたんがフカフカで、黄葉のトンネルでした。谷を挟んで反対側に見える山肌の紅葉もキレイだったのです。

★シロモジの葉っぱ


黄葉の木はどうもシロモジの木のようでした。至るところにあって鮮やかな黄色を主張していました。

★南岳直下の鎖場


南岳の登山道の鎖場です。オーバーハング気味のところもあったりして腕で体を持ち上げたので、翌日は肩やら上腕が筋肉痛でした。

★南岳山頂


南岳山頂にある鳥居と祠です。一等三角点はこの後ろにありました。

★南岳の展望台


南岳の展望台です。英彦山で一番眺めの良い場所だと思います。展望台の下は小屋のようになっているので、雨のときなどの食事場所に便利です。

その7に続きます。

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英彦山、その5「北岳で昼食後、中岳に到着」

その4からの続きです。

★紅葉


稜線に出るとキレイに色づいた木々が多く見られるようになりました。

★黄葉


赤く色づいた葉っぱもキレイですが、黄色もキレイです。山肌を遠くから見ると赤と黄色のコントラストが見事でした。

★北岳山頂


望雲台から約1時間で北岳山頂に到着しました。中岳にはテーブルなどが設置してある広場があるのですが、大混雑が予想されたので、静かなこの場所で昼食を摂ることにしました。

★豪華ランチ


この日のランチは豪華版でした。牛肉とウインナーと玉ねぎ、ピーマン、キャベツなどの野菜たっぷりの焼肉、サラダにおにぎりに漬物と皆で持ち寄った食材で美味しくいただきました。でも下の高住神社で牛をさわっていろいろお願い事をしてきたのに、山の上で牛を食べちゃっていいものかと、ふと思いましたが、美味しかったので勘弁していただきましょう。
山でこのようにフライパンで焼肉をするときには、肉はすぐに火が通るのですが、野菜がなかなか火が通らないので、あらかじめ野菜はある程度炒めておいてジップロックなどに入れてくると便利です。

★磐境(禁足地)


磐境、「いわさか」と読みます。石などを配列した祭祀場のような場所のことを言うようで、聖域とされ、ここでは立ち入り禁止になっていました。

★中岳・南岳を望む


さてと、立ち上がるのが苦しいくらいにお腹が一杯になりましたが、先を目指さなくてはいけません。でも山で1時間かけて食事をしたのは久しぶりでした。
北岳から中岳に向かって歩き始めると、中岳と南岳が見えてきました。右側の建物が見えるピークが中岳で、ここが一応目指す山頂です。そして左側のピークが南岳で、最高点は実はこちらで、一等三角点もこちらにあります。ですからどちらのピークにも行きます。

★紅葉


山口県や福岡県は紅葉のキレイな山が少ないのですが、そんな中で英彦山の紅葉は一番です。

★黄葉


こういう道を歩くのはとても楽しいですね。

★北岳を振り返る


北岳と中岳の鞍部まで下ると中岳への最後の登りです。ここにも鎖場があります。途中で振り返った北岳の山肌もとてもキレイでした。

★英彦山中岳山頂


北岳から約25分で、ようやく中岳山頂に到着しました。予想通り多くの登山者で賑わっていました。
そしてこれが有名な(?)英彦山山頂の標識です。色づいた葉っぱと青空とその中に立つ標識と、いいですね。

その6に続きます。

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英彦山、その4「北岳を目指します」

その3からの続きです。

★望雲台からの下り


望雲台でビビりながらの写真撮影を終え、やれやれと一息つきましたが、登って来たら、下らなくてはいけません。。実はこういうところは登りよりも下りの方がはるかに恐ろしいのです。事故も下りのときに多く起きているので慎重に下ります。



このように全然平気な人もいらっしゃいます。



このように誰かが岩を掘って道を作ってくださったので、素晴らしい展望を得ることができたのですね。



ここが最初の登りを上から見たところです。下で待っている人たちが見えますが、その人の大きさで高度感がつかめると思います。

★イワタバコの葉っぱ


岩肌にはイワタバコの葉っぱがありましたが、人の手の届く場所のものは小さいものばかりで、人の手の届かない場所に大きな株がありました。

★自然石の階段


さて再びザックを背負い、登山道に戻って北岳を目指します。上に行くに従ってだんだん傾斜がきつくなって行きます。最初はこのような自然石の階段で歩きやすくなっています。

★溶岩の壁


英彦山は古い火山なのですね。このような柱状節理の溶岩が見られます。

★紅葉


高度が上がってくると色づいた葉っぱが多く見受けられるようになってきました。

★落ち葉


色づいた落ち葉がキレイでした。色づいた落ち葉はキレイですが、くれぐれも男子たるもの、「濡れ落ち葉」にはならないように気をつけなくてはいけません。

★ガレ場


稜線手前の最後の登りのガレ場です。こういうところでは岩を下に落とさないように慎重に歩く必要があります。一番最後の最も急な場所は以前は鎖を使って登っていましたが、木の階段ができていて登りやすくなっていました。

その5に続きます。

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英彦山、その3「望雲台」

その2からの続きです。

★キッコウハグマ


箱庭さんのブログ(「風に誘われて」)の11月1日の記事(「たった一輪 キッコウハグマ」)で紹介されていたものとおそらく近い場所のものだと思います。花はほとんど終わりかけています。
約7時間、英彦山を歩き回りましたが、僕もキッコウハグマの花はたった一輪、この花を見ただけでした。葉っぱや閉鎖花は何ヶ所かで見かけましたが、花は咲いていませんでした。

★屏風岩


英彦山には耶馬溪や国東半島の山々と同じような、溶岩台地が侵食されて形成されてできた「メサ・ビュート地形」が見られ、面白い形の奇岩が多く見られます。そそり立つような大きな岩には圧倒されます。これから向かう望雲台もそんな岩によってできた場所です。

★望雲台分岐


高住神社より15分くらいでこの分岐に到着です。まずは望雲台を目指します。

★望雲台の最初の登り


ザックを下ろして、いよいよ最初の登りです。岩と岩のすき間のような場所を鎖をつかんでよじ登ります。ステップが切ってあるので、それほど困難な登りではありません。

★横道


最初の登りを登りきったら、この大岩を巻くように付けられている道を行きます。道がちゃんと作ってあり、鎖の手すりもありますから心配は要りませんが、左側は崖ですから用心は必要です。

★望雲台の最後の登り


さて、望雲台の最後の登りです。垂直とまではいきませんが、それに近い高さ7、8mくらいの岩壁をよじ登ります。ここも鎖とステップがあるので心配は要りません。それでも3点支持だけは忠実に守りたい場所です。
てっぺんには鉄柱と鎖の手すりでできた鉄柵が見えますから、きっと大岩の展望台のようになっていると誰もが思うのですが・・・。

★鉄柵の向こうには


ところが登りきった向こう側はいきなり切れ落ちています。高さはわかりませんが、落ちたら命が無いことだけは保証できます。展望台のはずなのですが、どのようになっているのかというと・・・。

★望雲台とはこんな所です


このようになっているのです。右側が登ってきたほうで、左側は断崖絶壁です。いわゆる「ナイフリッジ」と呼ばれる場所で、歩ける幅は30cm~50cm位でしょうか、怖がりの僕なんぞは手すりがあるので立つことができますが、これが無かったら決して近寄ることの無い場所だと思います。

★鷹ノ巣山


望雲台の正面に見えるのがこの「鷹ノ巣山」です。山全体が国の特別天然記念物に指定されている、典型的なメサ・ビュート地形です。紅葉の最盛期にはもっと山全体が赤く染まるのですが、ちょっとまだ早かったようです。

目的のひとつである「望雲台」の登頂は無事終わりました。その4に続きます。

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英彦山、その2「豊前坊・高住神社」

その1からの続きです。

★豊前坊・高住神社の参道


豊前坊・高住神社は天狗伝説の残る場所です。参道の周りの雰囲気はNHKの大河ドラマ「義経」に出てきた鞍馬寺のような感じで、天狗が出てきそうな感じではありました。

★御神木「天狗杉」


この日は護摩焚の行われるお祭りの日で、この御神木にもこのあと大きな注連縄が巻かれました。

★豊前坊・高住神社の本殿


お祭りの準備で皆さんお忙しそうでした。

★神牛


★こちらはホルスタインのような牛


この女の人も忙しそうです。

★豊前坊


英彦山には「坊」とつく建物や地名が多く見受けられますが、「坊」とは山伏(修験者)の宿坊のことで、最盛期には山域全体で3800余りの「坊」が散在したそうです。

★ジンジソウ


神社の石垣や登山道には沢山のジンジソウがありましたが、そのほとんどは終わりかけでした。

★ユキノシタ


「あっ、ここにも」と最初はジンジソウかと思ったのですが、どうも様子が違います。葉っぱを見てみると葉っぱも違います。これはユキノシタでした。狂い咲きしてしまったのですね。でもこのユキノシタは丁度見頃でした。

★九州自然歩道の看板


高住神社の裏手のこの看板のところから、いよいよ登山道に入っていきます。まずは望雲台を目指します。

その3に続きます。

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英彦山、その1「別所から豊前坊へ」

福岡県と大分県にまたがる霊峰・英彦山(ひこさん・標高1200m)に登ってきました。主な登山口が福岡県側にあるので、福岡県の山として語られることが多いようです。そして英彦山は肩書きの多い山です。

まずは深田クラブ選定の「日本二百名山」の中の一峰です。

次に岩崎元郎さんが選ばれた「新・日本百名山」の中の福岡県代表です。

また一等三角点研究会選定の「一等三角点百名山」の中の一峰です。

それから「日本三大修験道の山」の中の一峰です。ちなみにあとの二つは「羽黒山(山形県)」「大峰山(奈良県)」です。

それから「三彦山」の中の一峰です。ちなみにあとの二つは「弥彦山(やひこさん・新潟県)」「雪彦山(せっぴこさん・兵庫県)」です。

まあ、それだけ人気のある山だということです。この日も大勢の人で賑わっていました。

★英彦山の地図


英彦山は「日の子の山」が「日子山」となり、それが「彦山」となったそうです。現在も地名では「彦山」と書きますし、最寄の駅も「彦山駅」です。そして享保14年(1729年)に霊元法皇より「英」の字を賜ってから「英彦山」と表記するようになったそうです。
英彦山の見所といえば、英彦山神社と修験道にまつわる施設や遺構なのでしょうが、自然の景観に限定すれば、地図の右側にある「鬼杉」と地図の左側にある「望雲台」を取り上げたいと思うのです。ただ山口県から日帰りだと鬼杉を見て、山頂に行き、望雲台も登って帰るというのはちょっときついので、今回は鬼杉はパスして、まず駐車場から豊前坊へと行き、そこから望雲台に登ってから山頂を目指し、正面登山道を下って帰るというコースを選びました。地図で言うと左側半分を巡ったことになります。

★鷹巣原駐車場


さすがに連休とあって、8時半前に別所の駐車場に着いたときには満車でした。仕方が無いのでちょっと上にある鷹巣原駐車場に車を止めました。歩く距離は同じなのです。8時半に歩き始めて、車に戻ったのは午後4時50分でした。

★九州自然歩道


駐車場から車道を少し歩いた後に九州自然歩道に入って、まずは豊前坊・高住神社を目指しました。この日は高住神社のお祭りの日でしたので、午後に神社に下ってくると大勢の人で混雑するので、先に通過しておくことにしたのです。
オタカラコウがまだまだキレイに咲いていました。



樹林の中を歩いたり、草原のようなところがあったりと、変化があってウォーキングで歩くだけでも楽しいコースだと思います。

★マユミの実


至るところにマユミの木があって、どれもたくさん実を付けていました。これはまだ実が割れていませんね。

★ススキの原


ここは冬はスキー場になる場所です。スキー場の手前にはウォータースライダーのあるプールがあったりして、一年中楽しめる場所のようです。
このスキー場のところにトイレが新設されていました。

★杉林


このあたりの左側に「英彦山青年の家」があり、右側の杉林が田川農林高校の演習林、近くに種田山頭火の句碑などがあります。

★石畳


石畳の道です。昔の人もこの道を通っていたのです。何だか厳かな気持ちになりました。

★豊前坊の紅葉


豊前坊の紅葉は全般的にはまだ早かったのですが、このようにキレイに色づいたものもありました。

★豊前坊・高住神社


駐車場から45分くらいで豊前坊・高住神社に到着です。この日はお祭りで護摩焚が行われるのでした。その時には大賑わいになるのですが、まだ時間が早かったので人はまばらでした。

今回は長いシリーズになる予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。その2に続きます。

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