ハイカーホリックの介護日記~機能訓練指導員の一日~
体の衰えは筋肉の衰えです。筋肉を復活させる事に全力を尽くします。
打倒サルコペニア。まずはウェブで!
 



プロ野球が開幕し、テレビを見ているといろんな選手がファイテンのラクーワネックを付けているのを目にします。今シーズンは阪神の金本選手、藤川選手、下柳選手、新井選手、日本ハムのダルビッシュ選手、ソフトバンクの和田選手などのモデルが発売されましたが、みんなちゃんと付けてますね。

そのほかの選手もいろんなモデルを付けています。よく「野球の選手は付けているけど、サッカーの選手は付けていないよね。サッカーの選手には人気がないのかなぁ」と言われたりするのですが、これはプロサッカー選手は首にネックレスなどを付けて試合に出場するのを禁止されているからなのです。確かにちょっと危ないかもしれません。

ところで大人気のラクーワネックなのですが、患者さんからは「首につけるとちょっと目立ちすぎるので手首なんかに付けるのはないの?」というご質問をよくいただいていました。今までも手首に付けるものはあったのですが、素材が硬かったり、ネックのようにスポーツ中に付けるには不向きなものだったりと、イマイチ、ピンとくるものがなかったのです。

ところが今回、ラクーワブレスという商品名でオススメできるものが発売されました。しかもX30で登場です。なかなかスポーティなデザインで、軽く柔らかいので、入荷してから結構売れています。

★RAKUWAブレスX30


★装着したところ(リバーシブルです)



値段も定価1575円とお手ごろです。オススメです。

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昨日と同じような記事になりますが、まずは田中秀征氏(元経済企画庁長官、福山大学客員教授)の次の文章を読んでみてください。

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鳩山由紀夫首相は、5月23日、沖縄を訪れ仲井真弘多知事と会談し、こう話した。「私自身の『できる限り県外』という言葉を守らなかったこと、その過程の中で、県民に大変混乱を招いたことを心からおわびする」

そして、「代替地は辺野古付近にお願いせざるを得ないとの結論に至った」と、政府案を知事・稲嶺進名護市長らに初めて表明した。この2度目の沖縄訪問の経緯や結果については多くの報道があるから言及しない。当然過ぎるほど当然な事態の展開だった。

私が気がかりだったのは、首相の公約が巧妙に後退していることだ。首相は、普天間基地の移設先として『最低でも県外』と言っていたのであり、『できる限り県外』と言っていたのではない。

例えば、一家の主人が家族旅行の行き先について、『最低でもハワイ』と言っていたとする。そうすると家族は、「ひょっとするとアメリカ、あるいはヨーロッパ」と夢をふくらませる。しかし、『最低でもハワイ』と思えば心がときめく。

ところが、『できる限りハワイ』と言われれば、ヨーロッパなどは想定外になる。ハワイが『最高』の目標になってしまうからだ。要するに、『できる限りハワイ』ということは『最高ならハワイ』と言っているに等しい。『最低でもハワイ』とは全く意味が違ってくる。

おそらく、『できる限り県外』という言葉は、首相が日夜考えぬいてひねり出した言葉だろう。

案の定、今のところマスコミの反応は鈍感である。こんな重大な変節を見過ごしているように見える。しかし、ここでこの変節を容認すれば、首相の公約はだんだん消えてしまうだろう。

『できる限り県外』を容認すれば、県外移設は単なる努力目標になってしまう。「一生懸命努力したがダメだった」という釈明を受け入れざるを得なくなるだろう。新聞もテレビも、もっと鋭くならなければ肝心なところを見落としかねない。

もっと端的に言えば、『最低でも県外』なら県内移設は含まれないが、『できる限り県外』なら当然県内移設が含まれてしまう。したがって、期待感は抱かせたが、必ずしも公約に違反するものではないということになる。

しかし、こうやって首相が巧妙に言い逃れようとしても決して成功しないだろう。むしろ首相への不信感が強まるだけだ。首相の発言は常識によって理解されるものだ。常識的理解ではない特異な理解が必要であれば、それは首相の変節と受け取るのが当然である。

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もはや、はらわたが煮えくり返ってしまっていて、コメントしてしまうと過激になってしまいそうなので憚りたいのですが、できるだけ冷静に行きたいと思います。

沖縄や徳之島の人たちが鳩山兄の言動に翻弄されている間に、このバカタレはこんなくだらない言葉のトリックを考えていたのです。こんな事はどうでもいいことです。要はどうすればベストでなくてもベターな解決ができるのかを早急に考えなくてはいけないのです。

橋本竜太郎元首相が1996年に「普天間基地返還」をアメリカに提起し、その後名護市がそれこそ断腸の思いで基地の受け入れを容認し、その後もいろいろな紆余曲折があり、14年もの長い歳月の間、多くの人が積み上げてきた苦渋の決断を「最低でも県外」という安直な言葉で踏みにじったのに、このバカタレはまだこんなくだらない事を考えているのです。何でまだ首相の座に座っていられるのでしょうか。

もはや国民の投票行動を変えていくしか日本を良くする手段はないように思います。現状では民主党に投票しても地獄、他に投票しても地獄の状況です。もはや二世議員やタレント議員に投票している場合ではありません。「地盤・かばん・看板」さえあれば当選するという従来の常識から有権者自体が脱却するしかありません。二世議員やタレントでいることが選挙に不利に働くような投票行動を有権者が地道にしていくしか、この国を変える手段はないように思います。

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まずは武田邦彦氏(中部大学)の次の文章を読んでみてください。

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世にも不思議な政権ができてしまったものだ。

月々1500万円をお母さんからもらったことや、あれほど華やかに登場した鳩山夫人はいったいどこに行ってしまったのかまで、奇妙なことが続く。

そしてさらに普天間では、日本の首相が「学べば学ぶほど、海兵隊のみならず、米軍の存在全体の中で、すべて連携して、その中で抑止力が維持できることがわかった」と言ったのには心底、ビックリした。

もちろん、国会議員たるもの、このような見識では話にならないが、鳩山さんは20年以上も議員をやり、その中でアメリカとの関係は最重要政治課題の一つであり続けた。

1500万円の件での首相の発言も私はまったくのウソ(相続税も、政治資金が透明性を持たなければいけないことを知っていた)を言い続けていると思うが、これもウソだろう。

でも、問題はウソより恥である。

武士は恥をもっとも恐れた。それは「人々を統治する」という人間にとってもっとも大切なのは「恥を強く感じる」ということだからだ。

あり得ないことだが、仮に鳩山首相が抑止力の内容について知らなかったとしよう。それでも、ひとたび首相になったからには「知らなかった」とは言えない、それは武士にとって死に勝る恥辱だからだ。

それを平気で言う。「私は愚かな首相だ」と公然と言う。その言葉だけで、わたしは誇り高き日本民族の首相としては認められない。

「武士は、生まれながらにして、自らの身分に伴う義務と特権を重んずるように育てられた。」(新渡戸稲造「武士道」より)

つまり、どの国でも同じだが、指導者は高い地位に伴う高い道徳、恥を知る心などを求められた。平易に言えば「良いとこどり」は出来ないのである。

鳩山首相のこのような発言に対して、「正直で良い」という人もいるが、それは「彼が庶民だったら」という前提がつくのである。

首相というのはさまざまなことを決定し、多くの日本人の生活を左右する。その人だからこそ、知識も豊富で判断力もあり、正義を重んじて誠実であり、恥を知って行動が正しいことが求められるのである。

私は鳩山首相が判断したことで人生を左右されたくない。

でも、とんでもない内閣と首相が誕生したものだ。民主主義、マスコミの報道、そして選挙制度、さらには選挙権の行使の制限など多くのことを考えなければならないだろう。

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全くその通りだと思いました。これは鳩山兄のことについて書かれていますが、鳩山弟とて全く同じです。以前記事にしましたので、まずはこちらを読んでみてください。

構図は全く同じでしょ。恥知らずな上に、それを隠そうともしない傲慢さというか、浮世離れしているというか、ちょっと庶民感覚とはかけ離れている点は全く同じです。ただ鳩山兄は首相である分、余計に罪が重いということです。それから昨年の暮れのこちらの記事も読んでみてください。

今まさに、昨年の暮れに感じていた恐ろしいことが現実となっています。鳩山兄は大罪人ですが、福島瑞穂とて今のままでは同罪です。沖縄の人には「いい顔」をするが、権力にはしがみつきたい。こんな虫のいい話はありません。とっとと大臣を自ら辞め、連立を離脱し、社民党の議員全員を引き連れて沖縄で座り込みをしなさい!。社民党の存在意義なんてすでに失われているのですから、「護憲」というシングルイシューを貫き通すだけでいいと思うのです。

鳩山さんは子供の頃から何か希望を言えば回りの人間がその通りにしてくれていたのでしょうね。自分が何か言えばきっとその通りになると勘違いしているのです。これは安倍も麻生も同じでしたね。だから二世議員はダメだと再三言っているのです。武田さんの言うところの「良いとこどり」を追いかけている連中ばかりだからです。これは本人だけでなく育てた親にも問題があるのでしょうが、そんなことは言っていられません。事は国の存亡に関わることです。

でもようやく自分の言った通りに世の中が動かないことに気付き始めたのでしょうね。そこで出た言葉が「私は愚かな首相だ」という言葉です。今度は自分を卑下すれば誰かがかばってくれると思ったに違いありません。武田さんの言われるように彼が庶民であれば、このような思考回路も許されるでしょう。ところが彼は日本国の首相なのです。彼が国民を守らなくてはいけないのです。残念ながら彼にはそんな覚悟も思想もないということです。ほんと、とんでもない内閣と首相が誕生したものです。

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★クロフネサイシン




クロフネサイシン(黒船細辛)は見ての通りウマノスズクサ科の花です。ウスバサイシンのおしべやめしべが半減したものをクロフネサイシンと言うそうです。僕はこの手の花が苦手なので、今までほとんど記事にしていません。今回なぜ記事にしたのかというと、名前の由来が知りたかったからです。
細辛(サイシン)は漢方薬の名前で主にウスバサイシンの根茎のことを指します。ちなみにスミレサイシンはウスバサイシンに葉っぱの似たスミレということだと思います。
問題は「黒船」の方です。いくら調べても納得のいく答えが見つかりません。中には「花が黒いから」と書いてあるものもありましたが、ウマノスズクサ科のこの手の花の色はだいたいこんなもので、この花が特別に黒いようにも思えません。それに色で言うのならば「黒色細辛」とか「黒花細辛」でいいと思うのです。「船」の意味がわかりません。
丁度今、NHKの大河ドラマでは坂本竜馬をやっています。坂本竜馬といえば「黒船」です。何か関係があるのかと思いましたが、ペリーの乗ってきた「黒船」と関係があるとの記述もみつかりませんでした。
どなたかご存知でしたら教えてください。



これは木の股の部分に着生していたもので、葉っぱをめくったら気持ち悪いほどうじゃうじゃと花が咲いていました。

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ナベワリはビャクブ科という聞き慣れない科の草本です。以前記事にした事のあるヒメナベワリと同じ仲間です。馴染みがないのはどちらも結構深い山の中でしか見られないからだと思います。それに目を引くようなキレイな花でもありませんしね。

今回四国に行ったのですが、目的にしていた花は残念ながらまだつぼみで、次に目的にしていた花はちょっとピークを過ぎていて、このナベワリを見れたことで救われました。お初の花だったのです。ヒメナベワリは今まで何度も見ていたのですが、ナベワリは山口県や広島県には咲かないので、見れて良かったです。

★ナベワリ






葉っぱなどを舐めると舌が割れるくらいに痛くなるので「舐め割り」、それが転じてナベワリになったそうです。ハシリドコロと同じくらい怖い植物ですね。怖いハシリドコロはこちらからどうぞ。
花びらは内被片2枚、外被片2枚の計4枚で、そのうち外被片の1枚だけが大きくなるのですが、写真のものはちょっとわかりにくいですね。

★ヒメナベワリ




こちらが以前撮影したヒメナベワリです。花はナベワリに比べるとずっと小さいです。ただ全体的な姿はこちらの方が大きいように感じました。図鑑にもヒメナベワリの方が大柄で茎も太いと書いてありました。

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4年ぶりに会ったサイコクサバノオはとっても小さなサイコクサバノオでした。「アイナエかよ!」と突っ込みを入れたくなるほど小さな花でした。以前見たものはもうちょっと大きくて、他の仲間と同じくらいだったと思ったのですけどね。

★サイコクサバノオ



花びらのようなガク片に紺色というか紫色というか、不思議な色のすじが入るのが特徴です。サンインシロガネソウとの違いをこちらの記事で見てみてください。

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山口県の周辺でゴールデンウィーク頃にちょっと高い山に登ればイワカガミは普通に見られるはずなのですが、今年はどこに行っても葉っぱばかりで花がひとつも見れませんでした。やっぱり今年は変です。

ところが思いがけずに見ることができました。しかもたった一株。でもその一株が芽吹いたばかりの赤い新しい葉っぱと相俟って、とびきりキレイでした。

★イワカガミ


たった一株だととっても貴重な花のように感じます。カタクリやヤマシャク同様に僕の「一年に一度は見ておきたい花リスト」に入っている花なので、見ることができて良かったです。

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ヤマシャクヤク(以下、ヤマシャク)とルイヨウボタンは僕の中ではセットになっています。ヤマシャクが咲いていれば、「ルイヨウボタンないかな?」と思いますし、ルイヨウボタンが咲いていれば、「ヤマシャクがどこかにあるはず」と思います。

ヤマシャクはボタン科で、ルイヨウボタンは「ボタン」と名前についているのにメギ科です。ですから親戚でも何でもないのですが、咲く時期と咲く環境が似通っているのですね。どちらも好きな花です。

★ヤマシャクヤク


今年は花の咲く時期が変でしたので、ヤマシャクはもう見れないと思っていましたが、思わぬところで出会えました。終わっているだろうと思っていたのに、キレイな時期に出会えました。

★ルイヨウボタン


葉っぱがボタンに似ているので「類葉牡丹」です。花のアップはこちらからどうぞ。
前回の記事のサンカヨウもメギ科ですから、あまり似ていませんがサンカヨウと同じ仲間です。

★贅沢な風景


こんな風に咲いていたりするので、僕の中ではセットになっているのです。

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★サンカヨウ


2年ぶりのサンカヨウでした。今年は花の開花状況がおかしいので自生地にたどりつくまでやきもきさせられましたが、沢山咲いていました。しかも咲き始めの株が多く、汚くなった花を見ることがありませんでした。



まだ葉っぱが完全に展開していないのに、花はキレイに咲いています。



純白の花がとても清楚です。



また来年会いに行きます。



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島根県と広島県との県境に位置する「大万木山(おおよろぎやま)」に登ってきました。県境の山ですが、島根県側の方が何かと整備されているので、島根県の山として紹介されることが多いようです。今回で3回目ですが、いつもこの時期に登っています。

島根県の山に登って思うのは自然林がとても多く残されていることです。山口県と島根県の県境の尾根を歩くとよくわかりますが、山口県側は標高1000m近い尾根付近まで植林されているのに対して、島根県側は自然林が残されています。歩いて気持ちの良いのは断然自然林ですから、この山もお気に入りなんです。

新緑のこの季節は緑がとっても鮮やかで、空気まで緑色に色付いているような感じがするんです。花もいろいろと見られるので何度でも登りたい山です。また山頂付近はブナの大木が多くあり、歩くと自然に包まれていることを実感できる山なんです。

★大万木山登山道


予定では門坂Pに駐車し、まずは横手コース(青線)を歩いた後に渓谷コース(緑線)を登り、下りは滝見コース(橙線)をとる予定でした。このコースですと時間はかかりますが山を一周できます。また上りも下りも谷筋を歩くので距離はありますが、急登が少ないのです。
ところが当日は山開きということでイベントが行われていた関係で門坂Pはすでに満車でした。係員が位出谷Pに駐車しろと言うので位出谷Pに駐車しました。
そこでこれまで歩いたことのなかった権現コース(桃線)を急遽登ることにし、これまで下りに使ったことのなかった渓谷コースを下ることにしました。地図によると権現コースは尾根ルートですので、距離は短いですが急登が予想されました。でも新しい発見を期待して登山を開始しました。

★武智神社鳥居


位出谷Pから車道を100m程度下ったところにあるこの鳥居が権現コースの登山口です。

★ユキザサ


登山口付近ではユキザサが沢山咲いていました。高度を上げるにつれ咲いている株は少なくなり、山頂付近ではまだ小さなつぼみでした。

★ユウシュンラン


「ギンラン?」と思いましたが、葉っぱの様子が違います。ユウシュンランでした。以前にもこの山で見たことがありました。

★チゴユリ


チゴユリも沢山咲いていました。

★シロバナニシキゴロモ


普通のニシキゴロモ、シロバナニシキゴロモとありましたが、代表してシロバナニシキゴロモに登場してもらいました。

★ルイヨウボタン


ルイヨウボタンが一株だけ花を付けていました。この花が咲いているということはヤマシャクもと思いましたが、ヤマシャクはまだつぼみでした。

★ウスギヨウラク


この山に多いウスギヨウラクです。

★大万木権現


予想通りの急登でしたが、先日の蒜山や4月の大江高山に比べれば大したことはありませんでした。
大きな岩に開いた洞窟の中に祠がありました。権現コースの名前の由来の大万木権現です。

★山頂大ブナ


山頂が近くなってくるとブナの木が多くなりました。いつもですともっとブナが芽吹いていたような印象があったのですが、今年は木々の成長や花の開花がここにきて遅くなったようです。
この木は山頂から権現コースを少し下ったところにあった大ブナです。「山頂大ブナ」の看板がありました。同じような木は他にも数本ありました。

★大万山山頂


山頂は丸く刈り払われていてちょっとした広場になっています。山開きということで多くの登山客で賑わっていました。

★コゴミ


「コシアブラが丁度良い頃だから、コゴミも丁度良いはず」ということでコゴミを山から少しいただいて山頂で茹でてマヨネーズをつけて食べようと計画し準備していました。
しかし、山に登る前に立ち寄った道の駅でコゴミを発見してしまい購入しました。山では見つからなかったので丁度良かったです。茹でてマヨネーズ和えにして美味しくいただきました。

★三瓶山


渓谷コースから少し草峠縦走路に入ったところに三瓶山の展望台がありベンチやテーブルも設置してあります。

★オオカメノキ(ムシカリ)


オオカメノキが満開でとてもキレイでした。

★タチカメバソウ


尾根のコースでは見られませんでしたが、沢筋のコースの渓谷コースではタチカメバソウが沢山咲いていました。
ただいつもならば咲いているラショウモンカズラなどはほとんどがつぼみでしたから、やっぱりちょっといつもより遅れています。

いつも五感をフルに満足させてくれる素敵な山です。「また来年も来れるといいね」と言いながら山を後にしました。

帰りは「頓原ラムネ温泉」で汗を流し、出雲そばの「一福」で美味しいおそばをいただいて、大満足の一日を終えました。

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その6より続きます。

★再び下蒜山山頂(13:50~13:53)


★再び大山と烏ヶ山の勇姿


暑かったですが、終始天気が良くて大山と烏ヶ山もその雄姿を再び見せてくれました。

★登山口への急降下


まだまだ終わりではありません。最後の下りが待っていました。上から見ると標高差約600m、駐車地が真下のように見えました。よく疲れると「膝が笑う」と言いますが、足全体が笑っているような感じでした。

★草原を下る


九合目から七合目までの急坂を慎重に下ると草原の道になりました。長男はどんどん先に行きます。

★草原をひたすら下る


気持ちの良い道ですが、必死に下りました。

★再び雲居平(14:27)


雲居平まで戻ればあと30分です。

★無事、下蒜山登山口に帰還(14:56)


3時前に戻ることができましたので、休憩時間を考えるとコースタイムよりもちょっとだけ早く歩くことができたようです。バテバテだったのですが良かったです。

★帰路、山麓より下蒜山、中蒜山を見上げる


帰路、山麓より振り返ってみました。

途中目立った渋滞にも遭わず、夕食を途中で食べて9時半頃自宅に戻ることができました。夜中にならずに良かったです。さすがに疲れました。

昨夏の那須岳以来の長男と2人での登山でしたが、高校の陸上部で鍛えられているせいか、だんだんと逞しくなっていきます。逆にこちらはどんどんと衰えを感じるようになってきてちょっと悲しくなりました。


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その5より続きます。

★再び中蒜山山頂(11:49~12:09)


★下蒜山はまだまだ遠い


中蒜山の登山口に下るか、元に戻るか迷いました。ここが最後の決断場所でしたが、結局タクシー代が惜しいので(笑)、元に戻ることにしました。

★蒜山盆地


蒜山盆地は観光客で大賑わいのはずです。

★再びフングリ乢(12:38)


再びフングリ乢に戻ってきました。中蒜山には大勢の人がいましたが、このルートを歩く人はそれほど多くありませんでした。

★標高差300mの最後の登り


ようやく最後の登りです。

★カタクリは元気いっぱい


往路でお休み中だったカタクリも元気いっぱいになっていました。

★5人娘がお見送り


花付きの良い株が見送ってくれました。

★なかなか下蒜山は近づいてくれません


足が重くて、少し歩いては休むような状態でした。長男は先に行ってしまいました。

★どうにかこうにか再び下蒜山山頂(13:50~13:53)


本当に「どうにかこうにか」たどり着きました。中蒜山の混雑とは対照的に1人いらっしゃっただけでした。
でもよく歩けたと達成感はありました。来て良かったと思いました。

その7に続きます。

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その4より続きます。

★上蒜山三角点峰(10:46~10:47)


★三角点峰より樹林越しの大山


展望は最高点峰よりはマシでしたが、それでも大山の眺めは樹林越しでした。

★再び上蒜山最高点峰(10:54)


再び笹薮をこいで最高点峰に戻りました。

★気の遠くなる行程


下蒜山が気が遠くなるほど遠くに見えました。歩いてきて道がわかっているだけに大変さがわかるのでタクシーを利用しようかどうか迷いました。

★槍ヶ峰


上蒜山登山口から登ると通過する槍ヶ峰です。ここからは大山がよく見えるそうです。

★カタクリ定番のアングル


気温も上がり、太陽も照りつけるのでカタクリは絶好調でした。斜面で下から撮りやすかったので定番のアングルをいただきました。

★キクザキイチゲ(青花)


キクザキイチゲもよく開いています。

★再びユートピア(11:26)


鞍部に下りると涼しい風が吹き快適でした。

★ユートピアより上蒜山を振り返る


急な坂を下り、上蒜山ともお別れです。

★再び中蒜山山頂(11:49~12:09)


正午前に中蒜山に戻りたいと思っていたのでどうにか達成できました。お昼時で山頂は大混雑でしたが、どうにか場所を確保して昼食にしました。
長男とふたつずつおにぎりを買っていましたが、バテて食欲がなかったので小さなアンパン1個しか食べれませんでした。4個のおにぎりは全部長男が食べました。

その6に続きます。

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その3より続きます。

★中蒜山山頂(9:22~9:28)


★上蒜山への道


フングリ乢の時ほど下らないようでしたが、それでもキツイ登りが待ち構えていそうでした。

★上蒜山分岐の道標


避難小屋のそばから上蒜山への道が分かれます。

★ユートピアを目指して下る


中蒜山と上蒜山の間に広がる草原はユートピアと呼ばれているようでした。

★ユートピアより見上げる中蒜山(9:43)


こちらも雲居平に劣らないくらいの素晴らしい風景でした。

★キクザキイチゲ(青花)


キクザキイチゲの青色がひっそりと咲いていました。

★カタクリも元気が出てきました


気温も上がりカタクリも元気を出して反り返っていました。

★キクザキイチゲとカタクリのコラボ


上蒜山への斜面も多くの花が見られました。

★上蒜山への岩場の急登


ずっと草原歩きでしたが、ここの斜面は岩場の急登でした。

★キクザキイチゲ(白花)


白花のアップです。

★イワナシ


イワナシがまだ残っていました。

★歩いてきた下蒜山と中蒜山を振り返る


振り返ると、よく歩いたものです。

★上蒜山最高点峰(10:28~10:36)


ようやく上蒜山山頂(標高1202m)に到着です。ただここは山頂といっても狭いですし、木に囲まれて展望もありませんから、通過点といった感じでした。
中蒜山からちょうどコースタイムどおりに歩いていたのでまずまずでしたが、結構疲れました。

★笹ヤブをこいで三角点峰へ向かう


三角点峰へは道はしっかりしていましたが、笹がかぶっていて薮こぎ状態でした。眺めは最高点峰よりも多少良いということでしたので向かいました。

★残雪


途中の北向きの斜面には雪が少し残っていました。

★上蒜山三角点峰(10:46~10:47)


10分足らずで三角点峰に到着しました。二等三角点でした。

その5に続きます。

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その2より続きます。

★下蒜山山頂(7:49~7:51) 


★これから行く山々と大山


この後、中蒜山、上蒜山へと歩きました。ただ大山はこの下蒜山から見るのが一番でした。

★上蒜山と大山、烏ヶ山


上蒜山の手前の峰が最高峰で、奥の峰が三角点峰だと思います。

★大山と烏ヶ山


前の週も伯州山より大山を見ましたが、雪は減っていました。

★中蒜山への道


ここから300m下り、322m登り返す事になります。

★カタクリはまだお休み


中蒜山からフングリ乢の間がカタクリが一番多く咲いていました。まだ日当たりが足りないのか、ほとんどが半開き状態でした。

★中蒜山への道


ここもほとんど草原の中を歩くので日陰がありません。だんだんと気温が上がってきました。

★キクザキイチゲもまだ寝惚け眼


キクザキイチゲもまだ半分寝ていました。

★フングリ乢(8:31)


フングリ乢(たわorだわ)が下蒜山と中蒜山の最低鞍部です。その昔巨人がこの峠を跨ごうとして「キ○タマ」=「フングリ」をぶつけたという伝説から、この名前があるようです。「乢」とは「峠」のことのようです。

★ダイセンキスミレ


フングリ乢から中蒜山への斜面でダイセンキスミレは多く見られました。阿蘇や九重などで見られるキスミレよりも小さい花でした。

★下蒜山を振り返る


振り返ると、ずいぶん下ったことがわかります。

★ダイセンキスミレ


平坦な場所よりも斜面やちょっと崩れたような場所を好むようです。キスミレが山焼きの後の草原を好むのとはちょっと違っていました。

★塩釜中蒜山登山口分岐(9:14)


きつい斜面を登り終えて平坦になった所で塩釜の中蒜山登山口からの道と出会いました。

★中蒜山避難小屋(9:20)


この山域で唯一の避難小屋です。

★中蒜山山頂(9:22~9:28)


中蒜山山頂(1122m)に到着です。登山口から176分ですから、まだコースタイムは上回っています。ただ下蒜山~中蒜山だけをみるとコースタイムを1分上回っていますからバテてきていたのだと思います。
3つの山頂の中でこの山頂が一番広く、ベンチなども沢山ありましたので、休むのには一番最適だと思いました。昼食は上蒜山まで行って再び帰ってきてから摂ろうと思いました。
中蒜山の山頂も下蒜山の山頂と同様に360度の大展望だったのですが、残念なのは大山が上蒜山の影になってしまって見えなかったことでした。

その4に続きます。

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