ぶちょうほうのさんぽみち(旧名:「気ままに野山」)

亭主「ぶちょうほう」の歩き回りで見た、身近にある風物や、野山の景色などをお楽しみください。

回想の山路 1994年8/7~8/12 南アルプス南部縦走:茶臼岳・上河内岳・聖岳・赤石岳・荒川三山・小河内岳・本谷山・塩見岳

2017-01-21 14:40:18 | 草花
1994年のお盆休みに、5泊6日掛けて南アルプスの南部を歩きました。
本当は北部にも足を延ばすつもりでしたが、塩見小屋に着いた時に、靴底の剝がれに気づき、そこから先を断念せざるを得なくなりました。
今から考えると、靴と底を紐で括ってでも歩き通せばよかったと悔やんでもいますが、それ以後の天気が下り坂でしたので、無理を通さなかったのは正解だったかもしれませんね。

この時は新幹線で静岡まで行き、そこからはバスを乗り継いで入山しました。
塩見岳からの下山は伊那側にして、JR飯田線、東海道本線を利用して帰ってきました。

南半分 ↓


北半分 ↓


行程断面図 ↓

歩いた距離は、実際には70kmを超えていたようです。




背負ったキスリング ↓

この頃はすでに、こういうキスリングスタイルは古くて、珍しくなっていました。(三日目の朝撮影)



大井川鐡道井川駅 ↓

バスは、これからあと、なおも山の中に入っていきます。(8月7日)



畑薙大吊橋 ↓

ここでバスから降りたのは小生一人だけで、乗り合わせた他の登山者たちは皆もっと奥まで入っていきます。
この橋は全長181.7メートルで、幅20センチとありました。随分狭い幅ですが、これは木の板の幅のようですね。
下は畑薙湖で、湖水面の標高は936mです。



ウソッコ沢小屋 ↓

最初の晩はここに泊まりました。その日の晩は丼蕎麦で軽く済ませました。翌朝からは行動食になります。(8月7日泊)



茶臼岳 ↓

8月8日。南アルプスで、最初の高みは茶臼岳(2604m)でした。ここから稜線を北上していきます。




上河内岳 ↓

上河内岳(2803m)の頂上では登山者が一人、昼寝をしていました。
このあとから激しい雷雨がやって来て、小生は命からがら樹林帯に潜り込んで雷の遠のくのを身を縮めて待っていましたが、あの、午睡者は急にやって来た雷雨からどう逃れたのか未だに気がかりです。



聖平小屋 ↓

雷雨に打たれて、やや濡れた体を小屋に入れましたが、ここでは食事の提供はなくて、自炊専門でした。



聖岳頂上 ↓

8月9日。聖平小屋から恐らく3時間ほどだったと思いますが、聖岳の山頂(3013m)に着きます。



赤石岳 ↓

山頂では、目の前に赤石岳が根張り大きく・太く構えています。



富士山 ↓

この日は午前中、富士山が良く見えました。



赤石岳を目指して長い道のり ↓

聖岳の次に目指すは赤石岳ですが、山が大きくて、この日のうちには近づくだけです。
手前の山をひとつづつ越えて行きます。



百閒洞山の家 ↓

ここでは珍しい思いを二つ体験できました。
一つは、トイレが沢水を跨いでいるので、完全な”水洗”のトイレであったことでした。
もう一つは、食事がフランス料理であったことでした。スタッフにその経験者がいるとかで、なかなかのものでしたね。



赤石岳に取付く ↓

8月10日。 まだ暗いうちから歩き出し、赤石岳の大きな山体に取付いています。
木曽の御嶽が、中央アルプスの背後に見えました。



富士山 ↓

この日も富士山は良く見えました。



赤石岳 ↓

赤石山脈の大親分たる赤石岳(3120m)に着くと、そこには畑薙大吊橋のところでバスから降りた小生と別れた他のパーティの人が来ていて、小生のことを覚えていてくれました。昔風のレトロなキスリングで歩く人間を多少なりとも奇異に感じて、記憶に残っていたのでしょうね。
挨拶を交わして、お別れします。



北の方角 ↓

行く手には3000m級の山々が見えています。



恵那山 ↓

西の方角には雲の上に恵那山が見えています。



振り返り ↓

振り返ると、歩いて来た、聖岳や兎岳が見えています。
赤石岳の山頂から下り、小赤石岳を目指します。



赤石岳を振り返る ↓

小赤石岳まで来て、先ほどまで居た赤石岳を振り返ります。大きな山体ですね。



穂高岳と槍ヶ岳 ↓

遠くに穂高岳と槍ヶ岳も見えていました。



荒川岳(前岳) ↓

赤石岳の山頂から5時間近く後になって、荒川岳の前岳(3061m)に着きました。人が誰もいなかったので、そこでは雷鳥の雛が砂浴びをしています。早くも雲が出て来ていて、これからの天気はあまりよくなさそうです。



中岳と避難小屋 ↓

前岳からそう離れていない距離に中岳(3069m)があり、そこには立派な避難小屋があります。
この小屋は無人ですが、夕方近くに、他所の場所から年配の男性が、小屋使用料を徴収にやってきます。




悪沢岳(=東岳) ↓

中岳の小屋に荷物を置いて、悪沢岳まで往復することにします。眼前の大きな山体に正対します。



悪沢岳の山頂 ↓

悪沢岳の山頂(3141m)までは中岳の避難小屋から小一時間歩いたような気がします。
3141メートルという高さは半端ないものですね。あたりはガスが立ち篭めていました。
これからあと、中岳避難小屋に戻り、一夜を過ごします。



小河内岳 ↓

8月11日。中岳避難小屋から稜線を北上して塩見岳に近づいていきます。
荷物は日を追うごとに軽くなり、身体は山慣れして快調です。天気は午前中は未だ日が差しますが、お昼過ぎ夕刻が近づくと、確実にガスって来るのがパターン化しています。
小河内岳(2802m)は通過点の一つで、しっかりと記憶には残っていないのが残念です。
2800メートル超えという高さは侮ることはできないのですが、重鎮たちの中にあると埋没してしまいますね。



甲斐駒ヶ岳 ↓

これは烏帽子岳(2726m)あたりから写したものでしょうか。甲斐駒ヶ岳が良く見えています。



塩見岳 ↓

三伏峠から北に延びる稜線上から撮ったものでしょうか。これから向かう塩見岳が大きく聳えています。
稜線上は日差しが強くて、随分暑い思いをしました。



塩見小屋 ↓

塩見小屋に着いた時も暑さのさなかでした。ここでリュックをおろし、身の回りを片付けている時に、山靴の底のゴムが剥げてペラペラしていることに気づき、それが修復不可能であることから、これから先のハードな山行は無理であると判断して、この小屋での泊りを最後にして、下山することを決意しました。


白根三山 ↓

夕刻には小屋から外に出て、こんなに見事な景色がありました。
(この景色を最後にして、翌日は朝から天気が怪しくなります。)



仙丈岳 ↓

仙丈岳も、この山行中では一番姿を良く現わしていたようです。

翌12日の早朝、ガスの中を塩見岳山頂を往復しておいて、それから下山の途につきます。
靴底がしっかりして居たら・・・・・なんてことを考えることなく、サッパリと諦めをつけて下った山道でした。
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回想の山路 1993年3月7日、20日 藤原岳 セツブンソウ フクジュソウ スハマソウ

2017-01-18 11:54:00 | 草花
東三河のあるお寺さんの境内でもうセツブンソウが咲き始めたということです。
小生も過去に何度か行ったことのあるところですが、そこはお寺の前庭にびっしりとセツブンソウが生育していて、たくさんの花があたり一面に咲いていました。

それまでは山中でポツリ、ポツリ・・・・というレベルで咲いている姿しか見たことが無かったのでこの繁殖密度の濃さについては驚かされました。

小生とセツブンソウとの初めての出会いは、1992年の3月7日に藤原岳に来て、9合目の雪の中で、同行者の映像をビデオに撮っている時にズームして居たら突然この花が画角に飛び込んで来た時でした。
全くだしぬけの登場で、この時の喜びの大きさは今でも忘れることが出来ません。

セツブンソウの花追いはこの時から始まりました。それからきっちり一年経った同じ日にまたこの場所に来て雪の中でセツブンソウに出逢っています。
その時と、それから約2週間後にまた藤原岳にやって来て、今度はフクジュソウに出逢っていますので、それを回想しながらレポートします。
大貝戸登山口 ↓

藤原岳に来た初期のころはここから入って行きました。



セツブンソウ ↓







セツブンソウはこの山の裾から山頂付近にまでかなり広く生育しているようです。



オニシバリ ↓

こんな花も見かけます。



マンサク ↓

鈴鹿ではこの頃からGWのころまで、散発的に見ることが出来ます。



カンアオイ ↓

この山ではカンアオイにそれほど多くの回数で出会うことはないように思いました。
三河で見るものとは種類が違うようです。



フクジュソウ ↓













3月7日に来た時には未だ蕾でしたが、20日に訪れた時には、きれいに開いた花に出逢えました。



山中 ↓

8合目から上部ではまだ雪が残っていて、踏み抜き踏み抜き歩きました。



展望丘山頂 ↓

雪の積もった中、ガスと風に包まれています。



スハマソウ ↓





この頃は、山中でもスハマソウをたくさん見ましたが、最近は数が少なくなっています。
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雪の朝 

2017-01-15 12:26:43 | 草花
昨日、夕方から降り始めた雪は、深更には一時止んでいましたが、今朝はまたすぐに融けてしまいそうな雪が降りしきっていました。
積雪量は精々5センチくらいでしょうか。

雪を纏ってあたりの景色は白く丸くなっていました。
お昼頃から日が差してきていますので、この雪もどんどん融けて行っています。
久しぶりの積雪ですので、今の時間でも交通機関に混乱が生じているようです。

この雪が、昨日は全国の大学受験生を狙い撃ちしたかのようなことでしたので、交通機関の乱れはお気の毒でしたね。


雪の朝独り干鮭を噛み得たり 芭蕉

いつの間にかナンテンの実がすっかりなくなっていました。



雪の朝二の字二の字の下駄のあと 田捨女

玄関わきのマキの木の植え込みにも雪が載っています。




葬る日の朝より雪の別れかな 安原葉

一か月前に幼馴染を亡くしていますので、葉を落としたモクレンの木を見て一層寒さを感じます。




雪の朝無用の用をにくみけり 調和 選集「板東太郎」
庭全体が丸っこくなったように感じます。



つね憎き烏も雪の朝哉 松尾芭蕉

松尾芭蕉翁もカラスは好きではなかったようですね。


木屋町の旅人訪ん雪の朝 蕪村遺稿

庭の隅・・・・とはいっても東南の角なんですが、コンポストの上にもちゃっかりと載っています。



雪のほかは見る物がなき雪を掻く 菅 裸馬

シキミの木に蕾が付き、大きさを増しています。




ちらと雪ちらちらと雪雪又雪 坊城俊樹

菊の花も頑張ってくれました。



雪ふれば女子大もつくる雪達磨 山口青邨

思わぬ雪に水仙も驚いているのか、むしろそれを喜んでいるのか・・・・



バッハ聴く雪は音なく雪を追ひ 橋本榮治 麦生

奥穂高岳からの帰りの山道で、新穂高温泉の手前で拾った実を育てたトチノキは我が家では枝を伐られてこんなにこじんまりとしています。



我が雪とおもへばかろし笠の雪 其角

隣との境界線で、これ見よがしに残っている雪も、明日にはもうなくなっていることでしょう。



 
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回想の山路 1993年08/09~08/14 黒部源頭の山域巡り:台風との遭遇、台風一過、願ってもないような・・・・

2017-01-14 10:11:58 | 草花
(「回想の山路」シリーズでは山行の順番が時系列的には前後して出て来ます。)
この山行は山に入ってから台風が日本海側を通り抜け、その影響を受けています。
しかし、台風がすり抜けた後は、すばらしい景色に出逢うことが出来ました。

行程図 ↓

第一日目:移動日で有料道路の林道ゲート前でテント泊
第二日目:折立~太郎平~薬師岳
第三日目:薬師~黒部五郎岳
第四日目:黒部五郎~三俣蓮華岳~鷲羽岳~水晶岳~野口五郎岳
第五日目:野口五郎~祖父岳~雲の平~薬師沢
第六日目:薬師沢~太郎平~折立に下山
という行程を歩きました。



鳥瞰図 ↓
 



断面図 ↓




折立の登山口 ↓

ここから太郎平まで登り一方の道で、ずっしりと重い荷物を背負って辛抱の部分です。



薬師岳山荘 ↓

ここで宿泊しました。台風が近づいている模様で、小屋の中は行動を停滞する人たちがいました。
この日のうちに薬師岳の山頂まで往復しておきます。




薬師岳山頂 ↓

山頂には立派な祠がありました。中には薬師様が祀られていました。
山頂からの景観は雲に遮られて無し。 風が強まっていますので早々に引き返します。



黒部五郎岳 ↓

翌日は風雨が強まり、ひどい天気でした。山に入っていた人々は殆んどが行動を停滞していたと思われます。小生は途中に山小屋があるので、行けるところまで行っておこうと思い、稜線歩きをし始めましたが、強い風にあおられて身体を倒されたり、ザックカバーを風に引き剝がされたりしました。
何とかしてたどり着いた黒部五郎岳でしたが、雨と濃霧の中でした。
この日はこの頂のずっと下にある黒部五郎小屋に泊まりました。



黒部五郎岳 ↓

黒部五郎小屋は満員で、寝床に入ってから、トイレに立ったらもう寝床が消え失せていました。
やむなく、屋内トイレ前の通路で寝袋で寝ましたね。
翌朝は台風一過で、ご覧のような快晴で、昨日立った山頂部分が綺麗に見えています。
黒部五郎岳のカールのところに日の光が集約されているように見えます。


白山 ↓

三俣蓮華岳に登って行く途中で稜線に着くと、西の方角に白山が浮かんでいます。



木曽御嶽 ↓

南の方角には木曽御嶽も見えて来ました。台風の余波でまだ風が強く吹いていますが、時間の経過とともに風も収まってしまいます。



槍ヶ岳と穂高岳 ↓

三俣蓮華岳の山頂に着くと、素晴らしい眺めが待っていました。



穂高岳連峰 ↓




剱岳と立山 ↓

三俣蓮華岳から三俣山荘に向かって下って行きます。



鷲羽岳とワリモ岳 ↓

これから行く山が大きく見えています。最低鞍部にある三俣山荘は近くなっています。



槍ヶ岳 ↓

最低鞍部にある三俣山荘で水分補給をしてから鷲羽岳に向かって登り始めます。
槍ヶ岳の北鎌尾根の全貌が見えています。



三俣蓮華岳 ↓

山頂で大景観を楽しんだ、その三俣蓮華岳を振り返って眺めます。



常念岳 ↓

鷲羽岳の頂上付近で常念岳も見えています。その背後のシルエットは八ヶ岳ですね。



鷲羽池 ↓

この池に槍ヶ岳を投影した写真を見たことがありますが、そこまで降りることはしませんでした。



恵那山 ↓

台風のお陰で、真夏だというのに遠くまで見通しが利きます。恵那山も見えています。



乗鞍岳 ↓

乗鞍岳はここに来る前も見えてはいましたが、このあたりが一番よく見えたようでした。



笠ヶ岳方面 ↓

鷲羽岳の山頂に着きました。振り返る方角に笠ヶ岳が見えています。



富士山 ↓

この時間、この方角ですとシルエットになりますが、富士山もしっかり見えています。



浅間山 ↓

ここからだと100kmもないのでしょうか、浅間山も見えています。



白馬岳方面 ↓

ワリモ岳を過ぎて、水晶岳への分岐点近くで後立山の景観が得られます。



鹿島槍ヶ岳 ↓




五竜岳 ↓



黒部湖 ↓




薬師岳 ↓

おそらく水晶岳からだと思いますが、薬師岳が間近に見えています。



野口五郎岳 ↓

これからあの穏やかな稜線を見せる野口五郎岳に向かっていきます。



野口五郎小屋 ↓

この日に泊まる野口五郎小屋は、二重山稜に挟まれた位置にありました。



水晶岳 ↓

野口五郎岳から水晶岳は真正面に見えていました。

この日は野口五郎小屋泊まり、翌日は引き返して祖父岳、雲の平を経由して、薬師沢小屋泊まり、
次の日は最終日となりますが、雨の中を太郎平まで登り返してから、折立に下山しました。
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回想の山路 1992年3月 寧比曽岳 :息子の多摩での下宿生活の前に記念山行

2017-01-13 13:14:57 | 草花
ちょっとの間、引きこもりの生活を楽しんでいますが、余りブログを休んでいると、それが心地よくなってしまいますので、ボケ防止のために過去の素材を掘り起こして、脳に刺激を与えることにしました。

なお外に出かけていないこの期間も、適当に筋トレをして貧乏生活を楽しみ、元気に過ごして行きますので、ご安心ください。

今回以降の画像は昔のアナログ機材で、ソニーのハンディカムを持ち歩いていたころのものがしばらく続くと思います。
Hi8のテープからキャプチャーしたものですから、恐ろしく画像が粗いのですが、レトロな雰囲気が満載のこんな企画も自分的にはボケ防止の観点からはちょうど良い負荷のようです。

適当に距離を置いてお付き合いいただければ幸いです。

今回は三河の奥の「寧比曽岳(ねびそだけ=1121メートル)の回想です。
息子が首都圏の学校に入り、八王子で下宿生活に入る直前に、家族4人でしばしのお別れ山行を楽しんだ時のものです。
位置図 ↓

紅葉で有名な足助の香嵐渓の奥になります。



鳥瞰図 ↓

山頂までなだらかな斜面を歩いています。このときはピストン形式の山行でした。



実行図 ↓

歩いた道は東海自然歩道になっています。ここを単純に往復しました。



出発地点 ↓

未だ愛犬(フク=雑種)が存命で、この時6歳で元気いっぱいの頃でした。



山道 ↓

山道は東海自然歩道になっていますのでよく整備されていて、植林帯や、このような広葉樹林帯が混じっていました。



山頂部 ↓

適当に疲れを感じたころに、山頂の稜線に着きます。



山頂 ↓

山頂についてもあたりは春霞で遠くの展望はありませんでした。地面が酷くぬかるんでいたことを思い出します。



東屋 ↓

山頂のすぐ近く、稜線上に東屋があり、ここで昼食をとりました。たしかカップ麺だったと思います。
昼食後に、来た道を使って山を下って行きます。



重鎮三座 ↓

途中で見晴らしの良い場所があり、ハンディカムを構えて山並みを撮ります。
その時代の最新鋭機でしたが、未だアナログで、画素は実に粗いものでしたね。
折角の大景観が勿体ない!



塩見岳以北 ↓

カメラを左に振っていきますと、塩見岳から農鳥や間ノ岳まで見えています。北岳は前山の陰になり、見つけるのはやや厳しいのですが、少しは見える位置にあるようです。
今度行く機会があればそのことを確かめてみたいものです。



蛇峠山 ↓

蛇峠山も見えていますが、この頃は未だ山岳眺望にあまりこだわりのない時でしたので、ビデオカメラをあっさりと流していきます。



大川入山 ↓

この頃はこの山にも全く興味なく、あっさりとカメラを動かしていますね。



山の背後に白い峰(中央アルプス) ↓

カメラをどんどん左に流しています。山の向こうに雪を頂いた峰があるのにそれをズームすることもなく画面は移って行ってしまいました。
その画像をキャプチャーしてみると中央アルプスが写っていました。



そして恵那山 ↓

恵那山はこの位置から近くて、(計測してみると37kmでした。)画角に入りきれないほどの大きさになっています。


このあと、出発地点に戻り、帰りの途中で足助香嵐渓の飯盛山に立ち寄り、咲き始めたカタクリの花を楽しんで帰宅したようです。 
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