パハルプールの仏教寺院遺跡群(バングラデシュへの旅 其の3)
2006年1月20日~27日。




バングラデシュはイスラム教国であるが、8世紀~9世紀に北部にはパーラ王朝の支配を受け、仏教が大いに栄えた。これと共に、この地域には多数の仏教寺院が建設され、その最大級のものがパハルプール。
東インド最大の仏教遺跡群で177の僧院と1000人もの僧を収容することが出来る仏教寺院であった。この施設配置は、インド仏教末期の典型的な配置であり、当時の中核的な仏教施設であったと言われている。
広大な敷地には、煉瓦の礎石と中央に小高くそびえる大仏殿の跡が残るだけだが、当時は壮大な伽藍が聳えていたことを偲ぶことが出来る。


ボレンドロ研究博物館
仏跡巡りが目的の「パンカジ会」の旅行だから、幾つかの博物館を訪問するのがお約束だが、バングラデシュに関しては1910年 に設立したボレンドロ博物館( ラジシャヒ大学管理)だけだった。
博物館というより研究資料の展示室という感じで、残念ながら今回の全行程を含め魅力的な仏様との出会いは無かった。

ベンガルを代表する吟遊詩人ラロン聖者廟を見学した後、ラロン聖者の崇拝者達が演奏する音曲を聞く。楽器を背負ったバングラ人も多く、宗教法人的な要素が有りそうな感じだった。

観光客誘致には政府としても力を入れているからなのか、安全を考慮して警備はかなり厳しく、移動のバスを先導するように警護の車両・警官が付いた。
長距離だと区域が変わるごとに警護も交代する。
2006年1月20日~27日。




バングラデシュはイスラム教国であるが、8世紀~9世紀に北部にはパーラ王朝の支配を受け、仏教が大いに栄えた。これと共に、この地域には多数の仏教寺院が建設され、その最大級のものがパハルプール。
東インド最大の仏教遺跡群で177の僧院と1000人もの僧を収容することが出来る仏教寺院であった。この施設配置は、インド仏教末期の典型的な配置であり、当時の中核的な仏教施設であったと言われている。
広大な敷地には、煉瓦の礎石と中央に小高くそびえる大仏殿の跡が残るだけだが、当時は壮大な伽藍が聳えていたことを偲ぶことが出来る。


ボレンドロ研究博物館
仏跡巡りが目的の「パンカジ会」の旅行だから、幾つかの博物館を訪問するのがお約束だが、バングラデシュに関しては1910年 に設立したボレンドロ博物館( ラジシャヒ大学管理)だけだった。
博物館というより研究資料の展示室という感じで、残念ながら今回の全行程を含め魅力的な仏様との出会いは無かった。

ベンガルを代表する吟遊詩人ラロン聖者廟を見学した後、ラロン聖者の崇拝者達が演奏する音曲を聞く。楽器を背負ったバングラ人も多く、宗教法人的な要素が有りそうな感じだった。

観光客誘致には政府としても力を入れているからなのか、安全を考慮して警備はかなり厳しく、移動のバスを先導するように警護の車両・警官が付いた。
長距離だと区域が変わるごとに警護も交代する。